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ある国の幸せ  作者: ragi
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 螺旋した石段をエリアスは歩いていた。埃の被ったその石段に足跡が着いていく。久々に使われたその石段は昔、埃1つ無い程に清潔を保たれていた事実をエリアスは知っていた。王の小飼が監禁されるその場所を甲斐甲斐しく掃除していた小飼とそれを解放した人間の会話だ。


『汚いよりは綺麗な方がマシだろ?病気になったら、大変だし』

『……そうか、お前は偉いな』

『え?そう?…へへ。兄貴以外に初めて誉められた』


そんな会話を魔方陣を精製しつつ聞いたのを思い出す。

そう。思い出す。という行為は脳に刺激を与えなければ成されない行為だ。それとは別に、焼き付くとは見ればそこに在るもの。目を逸らさなければ、見えてしまうモノ。ルーウェスにとっての王の存在はそういうモノだったのだろう。

 扉を破壊し侵入した先、鉄格子越しに見えたルーウェスを見てそんな事を思う。鉄格子を魔法で溶かせば、眉を潜め此方を見る様にエリアスはその顎を指で上げる。鋭い眼光が何をしに来たと言うのが判る。エリアスは1つ、乾いた笑いを漏らした。


「随分と、滑稽な姿ですね」


魔法拘束具によって口を塞がれ、手足は鎖に繋がれているルーウェスの姿は、見るからに大罪人のそれだ。在るべくしてある姿。ルーウェスがそう思っている事がエリアスには勿論と判っていた。魔法拘束具をエリアスが取り払う。そうすれば、エリアスが思っていた通りの行動に、笑いすら出なかった。


「させてあげると、思いますか?」

「っ、」

 口につけた魔法拘束具を取った瞬間、ルーウェスは魔法強化したその歯で、舌を噛み切ろうとしたのだ。判りきったその行動はエリアスの魔法を帯びた指が簡単に阻止する。


ついでに、とエリアスはその口に唇を重ねる。舌を舌で取る。首に手を添え、深く、相手の呼吸を奪う様に。漏れる息はどちらのものか。エリアスは思えば久方振りの口付けだと思い至った。鎖の音がルーウェスの抵抗を知らせた頃合いで、エリアスは口を一度離した。




「っ、はぁ…っ、は」

「助けにきて、殺す訳にはいきませんから」

「っ……戯れ言を」



唾液に濡れた口を拭く事も出来ず、呼吸を乱され生理的に浮かぶその潤んだ瞳で。しかし、ルーウェスの眼光の鋭さは変わらない。意思の固さ。だが、エリアスとて意思の固さは変わらない。


『私は、父を殺す。私の為に』

 それは王が崩御した時よりも更に過去。エリアスに時の概念は余り無いが、まだ幼さの残る顔に、今の冷たさを瞳に宿らせルーウェスが言い放った言葉だ。

あの時に、ルーウェスは決めたのだろう。弟の優しい治世を終わりとした、自分の破壊活動の、数々を。

そしてその時から終焉はルーウェスの中で決まっていた筈だ自分の処刑という形で。

だが、エリアスにとってそんなものはどうでも良かった。自分の為、と銘打ち国を破壊するという目の前の男にエリアスは興味が湧いたのだ。国など、移り行く世界にある一時の平和など、エリアスには興味がなかった。ただ、ルーウェスという男がどういう終わりを迎えるのか見るのも一興だと。それだけの、筈だった。



「策は為りました。後はあの者達が勝手に平和な国を作るでしょう。貴方の望んだ平和を」

「策はまだ成っていない」

「貴方の死が、そんなに必要だと?」

「国民の敵が死ななければ、終わりは無い」


「あの子達はどうするんです」

「もう、大丈夫だろう。結界の維持も食料の確保も、全てアイツらならばもう、出来る」

「貴方は本当に愚かですね」


 何故、理解しようとしないのか。自分のしてきた道を省みて、何故、気が付かないのか。


「貴方もあの子達を裏切るのですね。王が貴方にした様に」


驚きに、開かれる目。本当に、気が付いて居なかったのかとエリアスは思う。沸々と怒りが込み上げる。そんな自分を自覚し、怒りとは沸き上がるモノなのかと知る。


 陳腐だと、エリアスは思う。陳腐な言葉。だが、敢えてそう表現するべきだろうとエリアスは思うに至る。

ルーウェスは自分の手で殺した王が、父が。大好きだったのだ。だが、ルーウェスは知ってしまった。マドゥンクルセの本当の意味を。

そして、この牢にて行われる行為を、ルーウェスは見てしまった。ルーウェスはその時、王に問うた。何をしているのかと。その時の絶望にうちひしがれたルーウェスの顔をエリアスは覚えている。国王はその問いに当たり前であるかのように、こう返したのだ。「これは見なくてよいものだ。忘れろ。お前は国民の幸せを考えていればいい」と。

王にとって、それは仕事だけをしていればいいという意味合いだったのだろう。けれど、ルーウェスはその言葉を、目の前で笑って泣く少年を、父が国民だと思っていない事実に絶望したのだ。

国民の幸せを国王は願っていた。けれど、国民とは国王の中で、限られたモノでしかないという事実。その事実を、ルーウェスは壊すとその時に決めた。それも、最悪な方法で。国民と国民では無いものを平等にしようとしたのだ、破壊という手段を使って。そして、父を殺す事を、決意した。


「あの子達は泣くでしょうね。ですが、生きてはいけます。暫く笑えなくなるでしょうが、それでも生活の環境はよくなった。救いだしてくれた貴方が死んだという苦しみを抱えても、確かにあの子達は生きていけるでしょう」

「、」

「国民を国民として、最後に想い、最期に国民を取った貴方をあの子達はそれでも忘れずに、傷として、貴方の想い出が至る所に残るあの街で、あの子達は生活していくのでしょうね。」

「やめ…ろ」

「やめませんよ。貴方の選ぼうとしている選択肢の愚かさに貴方が絶望するその時まで。死を選ぶ者も居るでしょう。それでも、貴方は死を選ぶ。自分が、どれ程にあの子達に必要とされているかに気付かず。裏切り、最後に」

「判った!……判ったから、黙れ」


大きく、大きくルーウェスの口から漏れた溜め息に、エリアスは場違いに心に高揚を感じる。恐らくそれは、歓喜。やはり、とエリアスは思う。想像していたのだ。この時が訪れた時に、自分はどう思うのかと。終わりが一緒であればいい。そんな事を、見るだけでは飽きたらず変えようと動いた自分の行為。それは正解だった。


「……私は最期まであの子達と共にあるべきだ。私の選んだ道は…そうあるべきだな」

「お判りいただけたようで」



空気の和らぐ感覚。あの決意を聞いた時より無かったもので。それは確実に終わりを知らせるものだ。


「そういえば、言っていませんでしたが、私は貴方が好きです」

「…何を今更。そんなもの、嫌という程に知っている」

「返事は無いんですか」

「……皆の所に戻ってからな」



幸せが戻る音。幸せの音が鳴る。幸せの、音が成る。

そして、それぞれの幸せが動き出していく。

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