4
「まずは始めに、兄の悪政を………」
辺境の街。地図に載らず、結界で四方を守れたその街にも魔法中継が為される意味を、青年は思考する価値も無いと切り捨てる。その中継は、この街にとって害悪でしかない。青年は不安気に、或いは苛立ちを滲ませて、手を握る複数の手を発見する。
そろそろと、誰かが口を開くだろう。煩い、と。
青年は空の結界の魔力に反応して映る、頭を下げたリフェリア=バリフェナスの魔法中継の映像をみやる。
そして、唇を噛み締めた後、溜め息をつき、空へ向け、盛大に魔法の散弾を浴びせる。そうすれば、映像は波に揺れ、辺りには魔力がぶつかり合った稲妻の様な音が響き渡った。思ったよりも、強い力で放っていた自分に、自分も大概苛立っていると内心で苦笑を送りつつ周りを見回した。
「何も知らない奴が云う幸せに踊らされる必要なんて全く無い。此処は、俺達の街であの人が帰ってくる場所だ!なぁ、そうだろルイス!」
「っもっちろん!!リアンの言う通りだ!っ…アンタ、ムカつくんだよーーーー!良い奴なのも知ってるけど!くそーっ良い奴なのにっ!でもやっぱムカつくーーー!」
「お前…人のいい感じの演説をぶっ壊すなよ……」
クスクスと街から漏れた笑い声に青年は成功をみる。ルイスという男は、これだから凄い。人を和ませる力に掛けて右に出るものは居ない。青年は自分もまた笑わされている事に気付き、何度目になるか判らないその思考をストップさせると共に、何やらまだ騒いでいるルイスの腕を引き歩きだした。
「り、リアン?みんな、むっちゃアイツ何したんだ?って顔で見てるんですけど。今オレの死体が上がったら絶対リアンが犯人だっ……あ、いやリアンがそんな事する訳無い派100票でお前の勝ちだ」
「解決して良かったな」
「おう!…って、何か違くね!?」
「良かった、良かった」
「人の話聞けよ!?」
周りの笑いが大きくなっていく。街の雰囲気もこれで少しは落ち着くだろう。この魔法中継が何故結界の網を潜り抜けたのか。信じて待つというのは、こんなにも不安が付き纏うものなのか。それでも、待つ。ここで待つ事が、自分達の役目なのだから。そこまで、巡った思考に青年は1つ、笑いを溢す。それは自分に向けた嘲る笑いであった。
「…なぁルイス。兄貴との再開、楽しみか?」
「何だよ急に……魔法移動ならそろそろか。便利だよなー!エリアスさまさま!」
「お前が泣いてる事に、兄貴が気付かないとオレは思わないけどな」
ルイスが青年を黙り見る。その顔は、笑っている。そこに意志があると思う人間を青年は腐る程に見てきた。
平和だ。笑顔は平和を生む。だが、青年は知っている。ルイスが人を和ます力を持つのはその笑顔があるからではない。馬鹿で、優しいからだ。
「こ…この烙印。せめて消したい。頬にこんなもん貼りつけて笑顔背負って…兄貴…泣くよ。兄貴はそういう人だから…泣いて、自分を責める。…オレはそれを笑って見てる事しか出来ない…会う意味ねぇよ……こんなの、兄貴が可哀想過ぎる」
「お前は会いたくなかったって事か?」
唐突な背後からの声にルイスが振り向く。だが、向き合っていた青年にはその姿は、大分前から見えていた。旅人は距離を詰め、真っ直ぐにルイスを見ると、驚きに固まるその瞳に流し込む様に、もう一度同じ言葉を言う。
「お前は…オレに、会いたくなかったって事か」
「っ、そんな訳無い!!!」
弾かれる様にそう言った言葉は、お誂え向きに人を避けたその森にこだまする。人目を避ける必要も無いのだけれど。と青年は思う。むしろ、見せつけてやって欲しい。あの人の帰りを待つ、自分達にとってこれは余りにも心地よいモノの筈だから。と。
「兄貴が…迎えに…来てくれるって聞いて…オレがどれだけ舞い上がったか…一生会えないって思ってて…幸せならいいって…兄貴が幸せならって…兄貴ごめん…オレ、こんなだ…こんなんになっちまって…兄貴の自慢の弟に…オレやっぱなれなかっ…」
「お前は…変わらない。やっぱり、馬鹿だな…オレはこんな馬鹿な弟を持てて…幸せだ…っ、」
旅人の腕が、強くルイスを抱き締める。その手が震えている事に青年は気付く。この幸せを亭主していたかった青年だったが、旅人の後ろ、強い眼光で此方を見るもう1人の青年にその場を後にした。
「なぁ、ファル。あれを見て何を思った?」
「…そんな判りきった事、わざわざ聞かれても」
「オレは、アイツが再会出来て良かったと思うのと同じぐらいにルーウェス様に会いてぇなと思った」
森から少し距離を取った山の麓。腰を下ろした二人。青年は山を適当に眺めつつ、その言葉を云わずにはいられなくなった。
「…僕だって会いたいに決まってる。…剣術を習う約束をしたし…暗殺じゃなくて…剣舞ってやつ」
「オレも、次の魔術の課題出して貰わないと。…エリアスに習えとか言いつつ、相手してくれんだから…ほんと、優しい」
「今更でしょ…あの人は、僕達に激甘だもん」
「…激甘…違いないな、ハハッ」
『お前に死んで欲しくはない。けれど、お前の願いを叶える用意はある。もう一度言う。それでもお前に生の道を選んで欲しいと願う』
青年の脳裏に言葉が響く。淡々と語るその言葉に感情は無かった。けれど、だからこそ。強く真っ直ぐと此方を見て、自分にそう投げ掛けた言葉は本心であると、判った。久方振りに触れたその思い遣りという陳腐な言葉でしか表現できない自分が嫌になる濁流の様な暖かさに、青年は涙を流し生を受け入れた。その瞬間から青年にとって、否。ここの人間にとって、ルーウェスは最高の王様なのだ。それなのに。
「待つって、辛いな」
「…リアンが言ったらおしまいでしょ。率先して、みんなを宥めた癖に」
「…エリアス様にしか止められないからな。…判ってはいても」
「それも、アンタが言ったら。でしょ」
「…だ、な…」
ルーウェスが、民衆と徒党を組んだ新王に倒される。そこまでは、青年達にとって約束された流れだった。エリアスの力があれば、攻撃の無効化など容易い事だった。そして、敗走と称しここに逃げ帰る。それが、聞かされていた話だったのだ。それが、抵抗する間もなく、捕まり牢へと入れられた。と、事実は変わっていた。
それを聞いた街の人間が助けに向かおうとしたのを、率先して止めたのは確かに青年だった。本当に、ルーウェスが捕まったのだとすれば、自分の命を捨てて青年も助けにいっただろう。けれど、違う。ルーウェスは、恐らく自ら捕まったのだ。その選択肢を取ったルーウェスを連れ帰れるのは、エリアスしか居ないと、青年は思った。自分には、待つ事しか出来ないのだ。
それは、隣の青年もまた理解していた。2人の間に暫し無言の時が流れる。自然と向かう視線は帰宅を願うその人が現れる筈の魔方陣だった。
「この街は、ルーウェス=バリスフェナスが作ったのか?」
「感動の再開はもういいの?」
「長々やっててもな。これからは一緒に居れるしな」
「うん、だな…へへ」
「良かったな、泣きべそかいて兄貴に嫌われるーとか言ってた癖に」
「あっ。おまっえ、そう言うことを!」
「嫌うわけないのにな」
「お兄さん男前だなー」
4人で笑う声が響く。青年は一度皆に合わせた視線を魔方陣へと戻す。
「ルーウェス様は、この国の身寄りの無い人間や酷い仕打ちを受ける人間…奴隷、マドゥンクルセ。その全てを救った。生だけじゃ救えない命もあった。その全てをあの人は、自分の手で、救った」
「…あの人は、激甘だから。そして、絶望の意味を…知っているから」
「……救いたかったって…墓前に手を合わせて……っ、やっと終わったのに…悲しみが減れば笑顔は嘘じゃなくなるだろって…ルーウェス様が…言ったんじゃん…だから、オレは…だから」
「…そうか、じゃあ俺にとってもルーウェス様は、命の恩人だな。ルイスの命を救ってくれた」
「エリアス様が任務を失敗する姿なんて想像できないだろ?あの、鉄火面の鬼軍師様がな!」
「ははっ!うんっ!もちろんっ!!」
涙を浮かべるルイスに、青年は笑顔を見せる。強がりでしかないその笑顔はけれど、その場に必要なものだった。
「っエリアス様が帰ってくるまで、ここで待つ。それが俺達の役目だ」
「言うまでもないね」
「あぁ!待つ!」
幸せが戻る音を彼等は願う。幸せの音は鳴る?