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ある国の幸せ  作者: ragi
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随分と賑やかだ。旅人は最近、拠点としている宿の部屋から食事処に繋がる階段を下りつつ、聞こえてくる騒がしい声に何となく意識を向ける。

20席は在ろうその店内は人で埋まっている。何事かあるのか、そう思った所で、店主と目があった。店主は笑顔で入り口までやってくる。


「兄さん!わりぃが今日は満席だぜ!」

「何か、祝い事でもあるのか?」

「戴冠式だよ!戴冠式!王都からの魔法中継がそろそろ…あっ、始まった!わりぃな兄さん!」


ドタドタと戻っていくその背中を見送れば、店内の壁に魔力によって造られているらしい映像が流れている。頭を下げる映像の中の青年を視界の片隅に入れた旅人は、今日は何処に行っても食事にありつけそうもないと、苦笑しながら、宿を出た。


 そういえば確かに、街で王が変わると噂を聞いたと旅人は、何とは無しに歩きながら思う。悪政が何だ、逆転劇だ、正義は勝つだの。とにもかくにも、前王は嫌われていたらしい。旅人の身で在る自分にとって余り関わりのある話でも無く、あまり覚えても居ないが。

この国は、旅人からすれば裕福の部類に入る国だ。貧国の貧民街の生まれである旅人にとって、実感として伝わってくるものはあまり無かった。


「おはよう、お兄さん」

「っ、……急に現れないでもらえるか」


 唐突に目の前に現れた、フードを深く被ったその人間を視界に捉え、旅人の心臓が縮こまる。何処から現れたのか。旅人が居る細路地には身を隠せる所など存在しなかった。けれど、対峙するその人間ならば、自分などに気配を感じさせる事無く姿を現す事など、造作も無い事だろうと旅人は思い至る。彼は、恐らく、暗殺者なのだから。


『ねぇ、貴方は現王に従うの?』

『と、当然だ!私は現王に忠誠を誓っている!!私は現王の為っ』


 その場に居合わせてしまった自分をその時、旅人はどれだけ呪った事か。

1ヶ月も前の話だ。隣街に辺る、この国でも王都に次ぐと云われる街スナフィの街に旅人は居た。そして、正に青年と対峙し、焦り騒ぐその貴族。スナフィを納めるヤリト=ルーテンの身辺を探っていたのだ。だから、居合わせてしまったのだろう。彼が、青年に殺される場面に。

そして、青年はその貴族越しに確かに旅人を見た。殺される。そう思った時、青年はその場から消えたのだった。


「ねぇお兄さんは戴冠式、見ないの?」

「お前こそ、見ないのか?あれに関わってるんだろう」

「王様に興味はないから」

「大事なのは前王の方か」

「お兄さんは頭がいいんだね」


抑揚の無い声は嘘も本気も感じさせない。けれど、嘘を付いていると旅人は何故か思わなかった。思わないものは仕方無いだろう。旅人は苦笑し、細路地の壁に背を預ける。そうすれば、青年は旅人の横に並び、腰をかけた。


「ルイドに会いたい?」

「っ!何か知っているのか!」


 其までと同じ抑揚の無い声で告げられたその言葉に旅人は、思わずと声を荒らげる。

幼い頃に勝手に親に売られ、生き別れた弟の名。旅人が旅人となった理由でも在るその名を前に、冷静で居る事は無意味だ。その旅人の様子に、青年はマントの間から腕を出し、旅人へと付き出す。旅人の視界には、探していた刻印が在った。


 マドゥンクルセ。人々はその刻印を持つ者をそう呼ぶ。奴隷制度の根付くバリフェナス国において、その名称を持つ奴隷は、幸せの象徴として名高い。王国が直轄している故に、奴隷よりも養子、養女に近い身分が与えられるという前々王が高雅で思慮深いお人柄を現す代名詞として使われる事の多い組織だ。

だが、旅人はそれが偽りで在る事を知っていた。


マドゥンクルセとは?

その問いに一言で答えられる人間が居るとするならば、それは悪人か、はたまた偽りの世界しか知らない人間だけだと旅人は思う。マドゥンクルセ。それは奴隷同然に生活をしていた旅人にとっても、奴隷の方がマシだと思わせる存在だ。人が在るだけ、苦しみが生まれる場所。国が的確に管理した、苦しみを生む場所。目の前の青年は、暗殺者の道を歩まされたのだろう。何時しか外されたフードによって見えた表情の無いその顔は、彼がその道を歩まされた証拠の様に思えて。旅人は思わずと彼の頭を軽く叩く様に撫でた。


「……何で撫でるの」

「撫でたかったから。嫌だったか?」

「…お兄さん頭いいから、判ってるでしょ」

「悪くなかったと受け取っておく」


 その表情からは判りはしなかったが、若干と声に力が入った青年に旅人は笑ってそう答えれば、青年はその表情に微々たるものだが、驚きの表情を浮かべると、直ぐ様立ち上がりフードをまた、被った。


「ルイドの所に案内する」

「そうか、……アイツは本当に生きてるんだな」

「ん。街に居る」

「街?」

「……ん。僕達の、まち」


ハッキリと伝わったその声の響きは、嬉しそうなもので。旅人はそうか。と返しながら笑みを溢さずにはいられなかった。



幸せの音が鳴る。


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