ウェレの棺
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壁が観音開きのように開くと、そこには、壁画に描かれているだろう野原が一面に広がっていた。
緩やかな上向きの傾斜がある為、遠くまでは見渡すことが出来ないが、奥行きが不自然であることは見て直ぐに分かった。
地下であるので、この先が大きな空間となっていたとしても部屋という感覚で、閉鎖的であろうと誰もが考えるのだが、そこは明らかに異常な空間であった。
「これは、どういう事だ?」
ヘンリーが壁画内へ足を踏み入れ、声を上げる。
「なんだ、ここは…」
ラックランド伯爵がキョロキョロと目玉を動かしそう呟く。
「これは、まるで…」
エーベルトが声を詰まらせる。
「おい、見ろ!空があるぞ。」
殿下が空を指さして言うと皆が上を見上げる。
そこには一面真っ青で澄んだ空が広がっていた。
息を飲む。
「空だ。地下であるはずなのに、空が存在している…」
いつもマーガレットの前ではクールな自分を装いたいウィリアム・クロスターでさえも、怯えの含んだ声を上げている。
だが、彼の恋人の興味は、彼にではなく、この遺跡の変化についてに注がれていた。
「どういう事でしょうか??ウェレの眠る場所はあの場所ではなかったということでしょうか?確かにあの壁に描かれたものと同じ場所ですが……ど、どういったカラクリが!?陛下、何故あの壁が開いたのですか?どうやったのですか?私達にも開くことは出来るのでしょうか???何か知って居られるならば教えてください!教えてください!!!」
先程まで、緊張し、体を強張らせていた者の発言とは思えないほどに、激しいアタックであった。
ウィリアムが止めに入ろうか躊躇している。
「え、ああ、私は何も知らない…す、すまぬ。」
陛下は後ずさりをスムーズにした。
マーガレットが肩を落とし、ウィリアムが胸をなでおろす。
「ここはルトゥの作り出した空間だ。そして、先程の石板がここの鍵となっている。ウェレの子孫であるならば、この扉を開けることが出来る、『我を撫でよ』とそこには書かれている。力のない君達には読むことの出来ない秘密の文字で書かれているからわからないだろうが。私には文字が光り、浮かび上がって見えている。その文字を読むことが出来る。私が、ルトゥの血筋の後継者という証拠だ。このように、秘密はあらゆるところに散在しているのだが、もうきちんと見える者は少ない…ほんの一握りだ…あなたには見えるか?」
ケイトがマーガレットへと説明終え、少し意地悪い質問をする。
見えるはずがないからだ。
「私には見えませんが…見えないことが悔しくて仕方がありません。どうにか見えないかと、方法を探します。」
そう答える悔しそうな顔のマーガレットを見て、ケイトはうんうんと大きく頷き、
「君と同じように答えた者は今までに2人いる。君の先生とその先生だ!君はよい古代史学者へとなるだろう。頑張り給え。」
ケイトは50代とは思えない美貌と若さの妖艶な笑顔をマーガレットに向けた。
「ありがとうございます!!」
マーガレットはケイトへ陥落した。
教祖と信者の様だ。
***
その間に、皆がそれぞれ、野原の傾斜を上り始め、空間を探索し始める。
緩い傾斜をいち早く上り終えた年若いチャールズ王子が丘の上から驚きの単語を発した。
「う、海がある!!」
その声に、皆の心は浮足立つ。
一目見ようと、足早に丘の昇り始めたのだ。
いつも以上の行動力で、息も切れ切れになりながら丘の上まで来たマーガレットは、その景色を見て納得した。
“あの壁画通り”だと。
自分が湖だと考えていた箇所は、海であったのだと判明し、さらに探求心に火がつき、興奮が沸き上がる。
「あそこは海であったか…ならばどこかに神殿が??」
ブツクサと呟きながら、何やら熱心に考え込んでは周囲を探っている。
その方の隣の席に座るオリヴィアが悟り、そっと伝えた。
「私はハロルド様が気にして下さっているから、メグは私に遠慮せず、ウィリアム殿と好きなように行動して構わないわよ。」
と、伝えた瞬間嬉しそうに駆けだして、丘の上から海近くに小さくだが見えている神殿へ向かって、消えていった。
そして、それを追うようにとケイト女王が言うので、皆もぞろぞろと移動していく。
神殿の目に前に来ると、マーガレットが息を切らして、中から現れる。
かん口一番に発した言葉は、驚くものであった。
「ここは、古代文書に書かれているルトゥとウェレの家族と共に過ごした場所に酷似しています。それと、この神殿の奥に住まいがあり、その一角に礼拝堂がありまして中に…棺が…」
「中を見たのですか?」
陛下が乗り出して聞いてくる。
「ええ、ですが中には何もありませんでした。」
マーガレットが返答をすると、陛下は肩を落とした。
「世紀の大発見には至らなかったようですね。残念です。」
ハロルドが言うと、マーガレットが
「ええ、残念でなりません。」
と、悔しそうに返した。
「本当に、何もなかったのか?」
女王がマーガレットへ凛とした声で問う。
マーガレットはその問いに慎重に考慮してこう答えた。
「あっ! “何も”ではないですね。ご遺体はありませんでしたが、棺の中には貝殻といくつかの小さな宝石、それに植物の残骸がありました。」
「そう、ではそれを見に行ってみましょう。」
ニコリと笑みを浮かべて、女王は皆にそう声を掛けた。
女王の後へとついて行く。
何の迷いもなく、棺のある部屋へと辿り着いた。
「ここは、あそこによく似ていますね。」
ハロルドがオリヴィアへ聞く。
「ええ、先日訪れた聖地ゲベートの神殿と全く同じに見えるわ…」
どういうことなのかと、首を傾げる。
「ここが本物で、あっちがここの再現じゃないのか?」
カイルが珍しく二人の間の会話に入ってきた。
彼も、理解しがたい異空間に連れてこられた事が不安なのかもしれない。
「そうかもしれないわ。だってここ、外にもだけれど、所かしこに、幸せな気持ちが満ち溢れているもの。この空間に入ってからずっと感じているの。」
オリヴィアは、野原に一歩踏み入れた瞬間から、空間が放つ雰囲気、ずっとキミといられる事は幸せであり、満たされていたのだという想いが伝わってきていた。
そう、音無き声がずっと聞こえていたのだ。
それは、ウェレの感情なのだと、棺の置かれた礼拝堂へと踏み入れて確信した。
それを見た時に感情が爆発し押し寄せ、泣きそうになった。
棺の上に腰かけた人物がいて、こっちを確認すると、嬉しそうに女王の方へと飛んでいき、彼女の頭上をグルグルと回っている。
彼女を、ルトゥを、彼はずっと待っていたのだなと思えた。
そんなことなど知っることもなく、見ることの出来ない者達が飽き始める。
こんな小さな礼拝堂など、王家の所有している聖堂と比べて天と地ほどの差があるのだ。あの素晴らしいものと比べてしまったら、退屈で興味も魅かれないだろう。
ゴソゴソと家探しを始めかねない状況に、声を上げた人物がいた。
「お母様、コレ、例の薬草ですわ。」
棺の中に入っていた草の欠片を慎重に手にし、そう訴えかけるのはオリヴィアの母親リナである。
「例の薬草とは?」
エーベルトが身を乗り出す。
流石医者である、他の者達よりも薬草に食いつきが強かった。
説明する間もなく、次の場所への移動の声が陛下から掛けられる。
マーガレットが残念そうに、神殿を見続けていたが、ウィリアムが背中を押して移動させていく。
薬草の事を聞きたそうなエーベルトであったが、リナが“あとで”と耳打ちし、その場を離れたのであった。
台詞に注目です。