空から舞い降りる
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部屋へと無断で乗り込んできたのは、色黒の顔にテカリがあり恰幅の良い壮年の男性であった。
入室するや否や、オリヴィアの目の前に来ると、不躾な視線を向け、顔を歪ませる。
「ふん、あの御方はこんな女のどこがいいのか…あの国の国王そっくりではないか。」
と目の前に居なければ聞こえないくらいの小声で口走った。
もちろんオリヴィアには聞こえていたが、少し距離のある少年には聞こえていない。
ただ、少年は入室して来たこの男のオリヴィアへ向ける険悪な態度に、アタフタとしているようだ。
「伯父様、お姫様は心に傷を負っているのですから、そのような態度は如何かと…」
と恐る恐る声を出す。
「ふん、この娘が傷ついているだと!?私にはそうは見えないがな。」
壮年の男性はそう少年に返す。
「だが、あの御方が気に入っている女だ。丁重に扱い、引渡せねばならない。」
嫌々という感情が声に態度ににじみ出ている。
「あの、まずは名乗ってくださいませんか?私をここへ連れてきたあなた方は、いったいどこの誰なのですか?」
オリヴィアはイライラが募り、強い口調で聞く。
教える気はない様子の壮年男性は目も合わさず、答えもしない。
「僕はペネジル国の前国王の娘、第5王女の息子ウラーと申します。隣にいるこの人は、第1王子のオラー。僕の母さんのお兄さん。国王になるはずだった人なんです。」
無邪気に少年が自己紹介をした。
第二王子の反乱が無ければ、王座についていたこの男は、巨大な西大陸の王の口車に乗せられ、オリヴィア達が国境を越えようとしてきたら協力するよう言われていた様だ。
まさか、隣国に不法侵入してまで捕えに来るとは…。
あのトンネルの横穴は、不安定で荒れていた前ペネジル王の時代に低下層の民や職を失いゴロツキとなった者達が盗賊と化し事件が多発、その際に使われていた負の産物である。
ペネジル国内へと通じている。
現王の時世となり、即座に横穴は埋められたと聞いていたが、再び掘り起こしていた様だ。
「そう、ご挨拶ありがとう。私も自己紹介をしていなかったからするわね。私はウェルト王国貴族、フォード公爵の娘オリヴィア。先日愛する夫と結婚したばかりでとっても熱々なの。それなのに無理矢理結婚を迫る男がしゃしゃり出てきて、今、その男から逃げようとウェルトへ向かっている最中なのだけれど…今、その勘違い、人攫い男に命令された者達によって愛する夫の元からここへ連れて来られた可哀相な身なの。」
と、説明した。
それを聞いたウラーは顔色を真っ青に変える。
「はあ。何を言われようと無駄だぞ。お前をあの御方へ引き渡す。そうしなければ、我々は生きていけないのだ。ここで大人しくして居ろ。」
ウラーを見たオラーが溜息をつきながらそうオリヴィアへと言い放った。
「そんな!伯父さん!それではこの方が…」
と、ウラーに声を上げるが、オラーは何も反応を返さない。
一瞬の気まずい沈黙が流れる。
ガタガタガタと強風が窓枠を激しく音を鳴らして揺らす。
「そう、仕方がないわね…それよりも、部屋が暑いのだけれど、窓を開けてもいいかしら?」
オリヴィアは窓の方へと歩いて行く。
「構わない。ここは4階だ。近くに飛び移れるうな物もないし、真下の地面はクッションにもならない。逃げようなんて考えないことだ。」
そうオラーが話している間にオリヴィアは窓へと手を伸ばし、開錠し、外を覗き見る。
「ええ、そのようね。」
そうオリヴィアは残念そうに返答した。
その答えに満足した様子で、オラーはニヤリと笑った。
「でも、それは誰の助けもない場合だわ。」
そうオリヴィアが言ったと同時に、オリヴィアは窓枠から身体を外へと倒し、真っ逆さまへ落ちて行った。
一瞬の出来事であった。
***
空が見える。
雲一つない真っ青の空。
そうだ、自分は今、窓を飛び越えて、落ちている途中であった。
そう想った瞬間、ふわりと体が何かに包まれ、落ちる速度が緩やかに変わったと感じた。
お母様の能力ね。
心に安寧を得る。
そして、数秒後には、今度こそ人の腕の中に収まった。
やんわりと包み込まれ、誰の腕の中は予想できた。
大柄で腕っぷしの強い、清潔感のある男性で、自分を宝物のように扱ってくれる人。
あの方しかいない。
「ハロルド!!」
顔を上げ、目が合った瞬間に名を呼んでいた。
「よかった。間に合って。とても心配しました。」
ハロルドは安心したのか、うっすらと目に涙が滲んでいる。
「あなたが攫われてしまい、私は気が狂いそうでした。」
そう言うと、オリヴィアの服に顔を埋め、大きく息を吸って吐いた。
ちょっと変態の様だとオリヴィアの脳に過るが、真剣な時に何を考えているのかと、ハロルドに声を掛ける。
「ハロルド、心配をかけしました。見てください、私は無傷です。大丈夫ですから安心してください。助けに来てくれてありがとう。」
お礼を言うと、ハロルドは顔を上げて、今度はオリヴィアの頭に腕を回し、抱きしめた。
「この腕の中にリヴィがいる。はあ、良かった…」
そうハロルドが呟いた。
「ん、んん!!」
ワザとらしい咳払いが聞こえてくる。
「ねぇ、そろそろいいかな?」
その者は遠慮をしらないようだ。
無事にハロルドの元へ