好待遇
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「リヴィは無事なのか?嫌な思いをさせられていなかったか?」
ハロルドは偵察部隊から話を聞いて戻ってきたばかりのカイルへと、顔が近いと叩かれるであろう距離でそう質問した。
叩かれる前にリナがハロルドの腕を引き、下がらせて言う。
「落ち着いてハロルド。私が攫われるところをリヴィが連れていかれてしまったのは予定外であったけれど、私の代理として作戦は順調に進んでいるわ。今すぐ乗り込んでは水の泡よ。それに、リヴィには風の術が掛けられているから、万が一リヴィに危害が及ぶようならば術が発動し、相手を釜のように鋭く切り裂き八つ裂きにしてくれる。安全は保障されていると何度も説明したでしょう。大丈夫だから落ち着いて。」
風の術:悪意ある攻撃を跳ね返し、逆にかまいたちのように攻撃をする術
「ですが…縛られたり、暗い所に閉じ込められたり、嫌な言葉を浴びされて、怖い思いをしているのではないかと心配で、心配で。」
ハロルドが顔を手で覆い、訴える。
「はあ、その心配もないそうだ。リヴィは丁重にもてなすよう、依頼主から指示が出されているようで、四階の角部屋、あそこだな、あの部屋で本や刺繍道具、さらには高級茶、高級菓子も用意され、至れり尽くせりで過ごしているらしい。」
カイルが呆れ顔でハロルドを見据え、そう言った。
「そうか、それでも早く救出しなければ…一刻も早く…」
ハロルドがブツブツと小声で言っている。
ここは、ハルク国ではなく、隣国のペネジル国である。
ハルク国からトンネルを抜けてウェルト王国へ入国する予定であったが、トンネルへ入るや否や、盗賊のような格好の謎の集団に襲われ、オリヴィアが誘拐されてしまった。
その後をウェルトに属する援軍部隊が追跡し、ペネジル国の山中にあるこの屋敷まで辿り着いたのである。
実は、これには裏があった。
最初から、トンネルで襲われることは把握していたのだ。
というか、そう誘導したのである。
ことの始まりは、ハルク国へと入国してすぐの広間で、ウェルト王国密偵に接触した際の言伝からである。
“このままハルクからウェルトへと移動するのならば、ある集団があなた方を襲う。
そいつらを他の者達を巻き込むことなく安価に捕まえたいので、作戦に手を貸してほしいとのこと。
作戦を無事に終えたなら、王城まで選りすぐりの騎士を護衛に差し出すから、よろしく”
と、ウェルト国王から極秘に頼まれたのだ。
密偵はとある人物がお昼過ぎにはこの地に到着すると伝えてきた。
その人物とはウェルトの王族、すでに作戦はかなり進んでいることが予想され、王族からの依頼を断れるはずがなく、仕方なしに作戦に手を貸したのだ。
国王はこのルートを通る事をどう予想したのかと、若干怖さを覚え、身震いする。
そうして、敵襲後、援軍がすぐに到着し、というか隠れてすでにいたので、安全が確認出来次第、リナが囮となりアジトへ連れ去られ、その場を包囲し一網打尽にすると言う作戦であった。
だが、うっかりオリヴィアが連れ去られてしまったのだ。
リナならば、女王の力が自由に使いこなせているので、何かあれば攻撃も出来るし、逃げることも当然可能であったが、オリヴィアが捕まってしまったので、大変に不安であった。
もしものことを考えて、事前に傷つけられたりしないよう術が施されていたのは幸いした。
傷つけられることはないとリナは強く明言できたのだ。
いざとなったら、彼女の力は暴走するかもしれないが、女王の力も少しは使えるようになっている。
それに、長年教えてきた鞭での攻撃も彼女は出来る。
信頼する娘をあまり心配していない楽天的な母親に対し、心配で心配で心配で仕方がない彼女の夫になったばかりのハロルドとの感情の落差は激しかった。
「あちらの指揮官が到着したとのことです。いつでも動ける準備をお願いします。」
カイルの臣下が知らせに来たので、皆は真剣な顔に戻り、気を引き締めた。
***
一方その頃のオリヴィアは、十分すぎるほどの待遇に、逆に恐れを抱き、怪しんでいた。
なぜ捕虜として捕まったはずなのに、こんなに好待遇なのか?
菓子や茶に薬でも入っているのではないか?
刺繍の針に何か仕込まれているのではないか?
本に細工でもあるのでは?と考え、手をつけずにじっと眺めるだけである。
「あのぉ、お気に召しませんでしたか?すべてペネジルの首都にある有名店の一品です。兄上から用意するよう命ぜられた高級な品々ですので、味や品質は確かな物です。」
部屋の片隅に立っているオリヴィアへ給仕をするよう命ぜられているという少年がそう声を掛けてきた。
「攫われてきた先でこんな奇妙な待遇を受けているのです。出された物に手を付けるはずがありません。」
子供に対して少し言い方がきつかったかもしれないと思いながら、苛立ちが治まっていないオリヴィアはそう言い返していた。
「そ、そうですよね、貴女様の言う通りです。誘拐されてきたのに呑気に手を出すなんて、ありえないですよね…僕の考えが浅はかでした。すみません。」
少年はシュンと肩を落とし、引き下がった。
ほんの少し可哀そうだと感じたが、自分の状況を思い返してそんな考えを捨てる。
「それよりも、私はなぜここに連れて来られたのでしょうか?私を使って両親を脅そうとでも?お金目的ですか?」
オリヴィアは悲し気な少年を視界から外し、そう切り出した。
「あ、いいえ違います。こちらで待っていれば、貴女様方が必要としている尊き御方が来られると聞いています。貴女様を守ってくださる人だと…貴女様のお母様もお連れする予定でしたが、相手が強くて、貴女様をお連れするだけで精一杯であったと聞きました。」
少年はオリヴィアへと真剣な強い眼差しを向け、そう答えた。
「え?守る?いったい何から?」
オリヴィアは混乱した。
「貴女様方は、好きでもないウェルト国の悪しき貴族の男と無理矢理結婚させられ、国を出られないように監視、監禁されているのでしょう。それらから貴女方を開放すべく、グランドル国の偉い御方が手を貸して下さると僕はお聞きしました。本当によかったですね。」
少年はニコニコと話している。
「……」
オリヴィアは言葉が出なかった。
どうやら自分はこの子供に、さながら囚われの姫状態と思われているらしい。
幼気な子供に嘘を引き込んだのは誰だと、怒りを覚える。
「あのね、僕。私は…」
説明をしようとした時に、ドアが開け放たれた。
連れ去られた先では…