クロスター公爵邸2
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翌朝。
「明日にはもうサヨナラだなんて、寂しいわ。」
そうポツリと零したのはマーガレットである。
中庭のキャサリンのお気に入りの場所だと言うテラス席で早速令嬢達によるお茶会が開かれていた。
「メグ…あなたがそんな寂しそうな表情を私の為にするなんて…私、悲しまなければいけない場面なのに、なんだか嬉しくなってしまうわ。」
オリヴィアが悲しいと嬉しい表情が入り交じった丸い目をパチクリし、おちょぼ口をハムハムさせ、兎のような複雑な表情になっている。
それを見て、お茶を飲んでいたキャサリンが咳き込んだ。
「ちょっと、汚いわね。」
マーガレットが注意する。
「だって、顔が!!」
キャサリンが腹をよじり笑う。
「それよりも、大変だったわね。ヘンリーとの婚約が破棄されたって聞いたわ…オリヴィアがこの国に嫁いで来たら、いつでも会えるようになると心を躍らせていたのに……すごく残念。それに、2人はとてもお似合いだったから……あっと、こんなこと言われるのは、気分はよくないわよね。つい悔しくて。ごめんなさい。」
マーガレットが余計なことを言ってしまったと謝る。
「いいえ、私もヘンリー殿下との良い思い出で沢山あるから、そう言ってもらえるのは嬉しいわ。ただ、彼とは縁が無かった…それだけのこと。それに、私、実は結婚したの。」
最後は、頬を染め、カップの取っ手をモジモジ触りながら、オリヴィアが小声で言う。
「えっ!?今なんて?」
「は?え?誰と!?」
2人が慌てて驚きの声を上げる。
「えっと、我が家の諸事情で…すぐに結婚した理由は口止めされていて言えないのだけれど、結婚相手はハ ロルドよ。皆も知っているでしょう、アーハイム公爵。」
「「ええええええええええええ!!!!」」
クールなマーガレットが目を開き、コロコロと笑う顔が可愛らしいキャサリンがあんぐりと口を開く。
婚約破棄の知らせは届いていたが、その場でオリヴィアがハロルドと結婚した事は報告されていなかったようだ。
「だって、オジサンだよ!?」
キャサリンの心の声が漏れた。
「ええそうね、お父様よりも年上よ。それでも、気にしていないわ。何より、彼が相手でよかったと思っているの。婚約破棄したばかりだし、何言っているの?と思われるかもしれないけれど、私、彼に会ってからずっとドキドキしっぱなしで、彼の事ばかり考えてしまうの。」
知り下がりに小さくなる声に合わせ、オリヴィアの顔がほんのり色付く。
その様子に、聞き手のひたりは顔を見合せ、アイコンタクトをした。
「そうね。リヴィが幸せなら問題ないわね。」
「ええ、その通りね!」
二人は嬉しそうにお茶を飲む。
そう優しく見守ってくれる友人達にありがとうと感謝を述べ、オリヴィアもお茶を口に運んだ。
「でも、そうなると、ヘンリー殿下の婚約者は誰になるのかしら?私はてっきり、今だけ婚約は白紙と言う状況にして、ヘンリーの基盤が安定したら、オリヴィアと復縁すると思っていたから。だから、新たな婚約は考えていなかったのだけれど……あっ、待って!もしかして、ヘンリーに年齢が近い、婚約者のいないアドラシオン国の高位貴族令嬢って言ったら…」
ブツブツとマーガレットが小声で試行錯誤したのち、チラッと横目でキャサリンを見やる。
美味しそうにカップケーキを頬張るキャサリンを見ながら、
「いや、いやいやいや……」
と、マーガレットが首を振った。
「あっ、そうか、だからか!?」
キャサリンが思い出して言葉にする。
どうしたのかと、他の二人か顔を向ける。
「あ、いや、あなた達が急遽来るとなって、客室の準備をダニエルが家令に指示していたのだけれど、一部屋夫妻用の部屋を用意させていたから、てっきり、オリヴィアのご両親が来るのかと思っていたの。でも、お会いした時にあの二人は夫婦って雰囲気ではなかったし、紹介されてやっぱり違うのかって分かって。ではそうなると、あの部屋は誰が使うのかな?って引っかかっていたのよ…そう、あなたたちの部屋だったとはね!」
「え!?」
キャサリンの無邪気な言葉を聞いて、オリヴィアは固まった。
***
昨夜。
ハロルドは、部屋へと案内されていた。
用意が出来次第、応接間へと再び集まって欲しいと言い残し、ダニエルが去っていく。
夫妻で使う用の大きなベッドが中央に鎮座した部屋だ。
どうしたものかと、ベッドに腰かけ、頭を抱えた。
実は昨夜のオリヴィアは、母に部屋へ連れていかれ、能力の事を少しでも扱えるようにと、レクチャーされていた。
つけや牙だが、出来ないより良いと、必死の指導と練習である。
その他にも裁判でのヘンリーたちの掛けられたドルトムントの呪術についても話をした。
それと言うのも、時折、オリヴィアが浮かない顔をしていることをリナは気が付いていたからだ。
その原因がヘンリーであることも、表情を曇らせる時に目にした物が彼に関連しているということに気が付いて、分かっていたのだ。
でも、ハロルドの居る場でそれを聞くとは出来ない、2人になり漸く話が出来た。
やはり、オリヴィアは長年のパートナーであったヘンリーをあっさりと見捨て、自分の安全のために、ハロルドと結婚したことに罪悪感を抱いていた。
ヘンリーがどれほどオリヴィアを大切に想っていてくれたのかも、大事にしてくれていたのかもよく知っていたのに、あんな風に縁を断ってしまった。
それなのに、自分はハロルドの事をすでに好きになっている…尻軽だし白状にも程があると。
リナは優しく諭した。
「リヴィ、好きになる事は仕方がない事なのよ。どんなに長い時間を掛けても、好きになれない人は好きになれないし、逆に一瞬で好きになることもある。恋はそんなものよ。あなたの気持ちを否定することはないわ。それに、ドルトムントの能力は確かに人の心を支配し操る能力なのだけれど、完全に自我を失わせる訳ではないの。むしろ、その者の奥底で眠る醜く隠している部分を肥大させ応動し、自ら動くよう導くのが彼の手法。だから、あの時のヘンリーの言葉は全く思っていないことではいないって事なのよ。誰だって秘密はある。」
「え!?」
「我慢していたのかも、知れないわね。まあ、彼は全てにおいて、役不足だったので、家としては破棄するしか選択肢はなかったのよ。王族であっても貴女を守れないのはダメ、ダメなものはダメ。その点ではハロルドもちょっと危ういのだけれどね。ウェルトならば、駆け付けてくれる者たちが山ほど居るから安心よ。それに、ツインレイなのだから仕方がないわ。」
そう言い切ると、オリヴィアをギュッと抱きしめた。
「リヴィ、結婚おめでとう。」
母親に祝われて、心から喜ぶことが出来た。
その後、その日までに蓄積した疲れがオリヴィアを一気に襲いソファに横たわり話を聞いているうちに寝てしまったのである。
母のベッドに寝床を移され、そのままぐっすりと寝てしまい、朝を迎えていたのだ。
【全力で掛かって来い!】を読んでくれた方はすでに知っていたと思われますが、オリヴィアと婚約破棄後、ヘンリーは自国の令嬢と婚約話の中で選択し、キャサリンと婚約が決まります。
この2人、全てを知り尽くした幼馴染であるので、なかなかよい関係を築けていけるのではないかと思います。
ヘンリーには強制婚約破棄で、ちょっと可愛そうなことをしてしまいましたが、幸せになってもらいたい。