再会
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「南門の左側にある食糧庫に向かってください。その地下に隠し通路があります。そこを使って外に出ます。」
カイルが先頭に立ち、護衛をこなしながら説明する。
「その情報はフォールズ辺境伯から?」
リナが問うと、
「はい。辺境伯もあるとあるお方からお聞きしたと…」
と、カイルが視線を外しながら間髪入れず答える。
「このお城は、ウェレの最も信頼の厚い臣下が建てた城なのだそうよ。彼に何かあった際には彼を匿えるよう、そして隙をついて敵から逃がすことが可能なようにと、逃走通路も沢山張り巡らされているわ。この時代の王族は自国の歴史も把握していないから、そんなことも知る由もないみたいだけれど。これでは暗殺者に侵入され放題ね。」
リナが厭味ったらしく話す。
倉庫まで来ると、恐る恐るカイルがドアを開け、中に人が潜んでいないを確認する。
異常は見つからないので、続々と中へと入っていった。
室内には棚が並び、調味料や乾物、葡萄酒やその他のお酒が瓶や樽で整頓され、置かれている。
地下へと下りる階段が奥にあり、カイルに続いて降りて行く。
そこは一階よりも広い空間となっていた。
豊富な野菜や果物などが綺麗に整頓されておかれ、室内の奥には多くの種類の袋が並んでいる。
カイルはその袋の詰まれた奥へと進み、壁際をジッと見つめた。
アイビーの模様のタペストリーが掛かる壁の下まで目をやると何かに気づいたような表情をする。
その場にしゃがみ込み、タペストリーの下にある袋の乗った大樽を退かし始めた。
退かし終わると、その後ろの壁をトントンと軽く叩いていく。
今までよりも高い音を鳴らす板を見つけ、グッと押し込んだ。
すると、床がパコっと外れた。
板が外れた場所を覗くと、ドアのノブが現れた。
ノブを下に動かすと、板の壁であった所がギッと音を立て、人ひとり通れるくらいの壁が切り取らドアとなり、外側へ向けて開く。
開くとそこには石の階段が下へと伸びていた。
奥の様子は深い闇に包まれており、確認することが出来ない。
皆がドアの内側へ入ると、カタンと音がした。
別の板が自動でスライドし、ドアノブのあった部分がもと合ったようにはめ込まれたようだ。
入り口は全く隙間がない状態へと戻っていた。
何も用意していなければこの場はひと指しの光りすら入らず暗闇に染まっていただろう。
先にランプを用意しておいてよかったと、オリヴィアは自身の手に持つランプの灯をまじまじと見つめて思った。
四人は少しの間、階段を降り続ける。
最下層まで到着したあとは、ひたすら道に沿って歩き続けた。
暫くすると、また階段が現れ、上へ上へと伸びている。
結構歩いてきていたので、ここにきてのこの階段はなかなか辛かった。
ハロルドがオリヴィアを気遣い、背負うと申し出てくれたのだが、狭い空間であるし、先を行く2人の視線が自分へは向いていなかったが、かなり痛烈なものだったので、丁寧に断った。
階段を昇り切ると石壁に囲まれた狭い空間となっている。
行き止まりの様だ。
カイルが前面にある壁の石に慎重に手を這わせ、凹凸を確認する。
何処にも何も特徴的な石はない。
石なので、手でたたいても音の確認も出来ない。
その時、リナが口を開いた。
「カイル、おそらくあなたの頭上よりやや斜め右上にある少し小さめの石ではないかしら?あれだと思う。台形の石。強い思念のオーラが感じられるのよ。」
そう言われ、カイルは手を伸ばし、その石を力いっぱい押した。
すると、奥へと少しずつ動く。
動いたと同時に、ガコンと音が鳴り、石の壁の一部がボロボロと崩れた。
徐々に光りが差し込む。
崩れ落ちている石を丁寧に除ける。
人が通れる大きさの通路が現れた。
身を少し屈め、光の中へと足を踏み入れる。
屋外へ出た。
眩しさになれてきたので、周りを見回すと、そこは城壁外にある騎士団本部敷地内の訓練場に設置された石壁であることが分かった。
石壁の前には十字に組まれた木の上部に布が巻かれた的が立っている。
騎士団は皆、城へと応戦に出て居るので、この場には人っ子一人いなかった。
石を綺麗にはめ込みなおすと、騎士団敷地内を素早く駆け抜ける。
騎士団本部の外壁はブロックを積み重ねた塀で、表門は鉄の扉が付いている。
鉄門が見える場所まで来ると、門前に馬車が横づけされていることが確認できた。
目立つような金持ち貴族の馬車ではなく、貧乏な下級貴族が使うような装飾なシックな馬車が1台横付けされている。
オリヴィア達が馬車に近づくと、気が付いた御者がすぐに下りて、ドアを開けた。
中から大男が降りてくる。
ギルバード・フォールズ、少し前に自邸でオリヴィアを大歓迎してくれた前フォールズ辺境伯であった。
「リナ、オリヴィア、無事でよがった~モーリス卿、ここまでの先導、ご苦労であった。ん?貴方は?」
ギルバードが順に声を掛け、最後に見知らぬ顔を見つけ、質問する。
「私はウェルト王国貴族、ハロルド・アーハイム公爵であります。此度、オリヴィアのヘンリー殿下との婚約破棄を得て、私とオリヴィアは婚姻を結びました。私は彼女の夫です。」
ハロルドは、そう片脇にオリヴィアを引き寄せながら、ギルバードへと挨拶をした。
顔を赤らめるオリヴィアがとても愛らしい。
少し驚いた表情をした後に、ツインレイかと周りには聞こえぬほどの小さな声で辺境伯は呟く。
ギルバードは一気に笑顔となり、こう言った。
「そりゃあ、めでたいこどだべ!おっと、言葉使いがなったなくて、申し訳ない。」
「ハハハハ、大丈夫ですよ。私も今日から貴殿の親類となります。ですから、口調は楽にしてくれてかまいません。」
ハロルドが気さくに言うと、
「そっか?んじゃ、遠慮なくいぐ。」
と、ギルバードは口調を緩めたのであった。
その後、馬車にはリナとオリヴィア、そしてギルバードが乗った。
従者に声を掛けていたらしく、馬を二頭連れている。
馬車から指示を出し、馬を受け取ったハロルドとカイルがそれに跨った。
備兵に変装した辺境伯の騎士も合流し、しっかりと護衛をしている。
どうやらギルバードは、オリヴィアたちに話があったから馬車に乗りこんでいたようだ。
馬車の中では、王城での出来事や掴んでいるグランドルの動き、ルトアールの機密情報を交換し合っていた。
その内容は、今後の行動に強く左右するようで、話を聞いたリナは深く考え込んでしまった。
そうこうしているうちに、馬車の速度が落ち、そして止まった。
馬車を乗り換えるようだ。
この馬車では王都の大門を顔パスで通り抜けられないという。
降車すると、そこには一台の大きな馬車が停まっていた。
アイビーに囲まれ蛇が絡みつく紋章が付いているフォールズ辺境伯の馬車である。
この馬車ならば、知り合いの門番に話を通してあるので、顔を見られることもなく通してもらえると辺境伯は言う。
カイルたちはそのまま馬に乗り、護衛達に紛れるようだ。
服装も辺境伯の私兵とお揃いの物を身に着け、顔はグレートヘルムを被り、隠した。
ギルバードが手を差し出し、リナが先に馬車に乗ると、中に人の気配がする。
広い馬車内の奥にエマが座っていた。
リナはエマへと駆け寄り、隣に腰を下ろすと、再会を歓喜する。
「エマ、無事に伯父さまに会えたのね!良かった!!」
「はい、第二王子の情報を掴んだギルバード様が私兵を送ってくださってくれていて、馬車を探し出してくれました。あの後、すぐに合流することが出来ました。」
それを聞き、再び馬車に乗り込んだ直後のギルバードの手を取り、リナは涙を拭いながらお礼を言っていた。
馬車が走り出すと、ギルバードは時間が惜しいと言わんばかりに話し始める。
「これから向かうルートは、ケイトが嫁ぐ時にも使ったルートだべ。秘密が漏れることは一切ない。儂の家族の親戚の領地じゃからな、皆、信頼しとる。だがしかし、領内で何かあった時には、この紋を見せろ。それから、エマは一度通っているから何があったら彼女に聞きなさい。領主やその家族に顔を知られておるからな…」
ギルバードがエマを見て話す。
分かったというように、オリヴィアとリナは頷いた。
会話を交わしているうちに、王都の入り口に立つ大門を抜けた。
少し走り続けた後、馬車を引く速度が落ち始め、止まった。
「儂はここまでだべ。これから王城へ行ぐ。儂もこの国の貴族だがらな。王を助けとんいげねぇ。」
そう言うと、外から御者により開けられたドアを潜り、馬車を降りる。
その背中に向かって、オリヴィアは呼びを掛けた。
「おじさま!ヘンリーを、頼みます。あの方は、私の恩人なのです。ここまで私が私として生きてこられたのは、あの方が温かい言葉を掛け続けてくださったお陰なのです。それなのに、私は…私は彼の手を、勝手につき離してしまいました。一生、隣にいると、そう約束をしたのにも関わらず…そんな私が言うのもおかしな話なのですが、どうか、どうか、彼をお助け下さい。お願いします。」
深々と、頭を下げた。
「わがった!!任せろ!あ奴は我が国の次期国王だからな。儂らが責任を持って手助けする。お前が心配することじゃない。それに、彼奴はそんなにやわじゃない。よく知っておるだろ?」
一歩前へ足を出し、深々下げているオリヴィアの頭にポンと手を乗せ、ギルバードはそう言った。
「はい……よく存じております。」
オリヴィアも返事と同時に顔を上げた。
涙を堪え食いしばるような顔だった。
自分はもう、彼の婚約者ではない、ハロルドの妻だ。
そう自ら決断した。
あっさりと、そうあっさりとあの長年の関係を断ち切った…非常な決断。
そんなことをした自分に後悔するべきではない、してはいけないのだ。
だが、すぐにヘンリーには悔恨の情ばかり抱いてしまう。
このままだと、夫に不快な想いを齎すかもしれない。
彼に対しても、夫に対しても、このままではよくないだろう。
冷静に即座に整理していかなければ…
そんな決意をオリヴィアは心に宿し、しっかりと自身の心と向きあった。
母のリナがそっと背中を撫でる。
背中がじわっと温まる。
「まだな。」
とギルバードは笑顔で言い、単身馬に乗って去っていった。
自国へ戻るのに鼠やドルトムントに知られないよう細心の注意を計り行動中です