承認せよ
いつも誠にありがとうございます
言い終えると、つかつかとリナは大主教の元へと小走りで歩き、用紙を差し出した。
大主教が目を通し、目を丸くする。
そして、
「これは…本当によろしいのですか?」
と、リナの後ろに居るオリヴィアへと瞬時に顔を向け、尋ねた。
リナがオリヴィアへ顔を向けて、苦しみが混じる潤んだ瞳で見つめてくる。
その表情から、自分への最終確認をしてきているのだと、オリヴィアは読み取った。
「はい!!私も望んでおります。」
と、強く決意したオリヴィアがハッキリと答えた。
大主教はその答えに納得して、王様のもとへ行き、用紙を差し出す。
王様は頷き、それを受け取る。
用紙に目をやり、一瞬息を飲み驚いたような表情を浮かべたが、すぐに真剣な表情へと戻し、内容を問題はないと判断し、大主教へと王様は縦に首を振り、このままを進めるようにと合図した。
その場で王様がオリヴィアに対する先程の嫌疑を全て取り消す。
王様が、リナとオリヴィアと順次、目線を合わせ、最後にヘンリーの方へ目を向ける。
ヘンリーが青い顔をして固まっている。
彼を見続けることで迷う時間を作らぬように、王様はすぐさまヘンリーから目を逸らし、用紙に王のサインを入れ、大主教へと押し返す。
その行動が、早くやれと命じているかのように大主教には見え、王様は眉間に深く皺を寄せて目線を大主教へと向けた。
「承認せよ。」
王様がぶっきらぼうに大主教へと言い放ち、許可を出す。
内心、かなり怒りと不満があることが分かる。
その言葉に従い、これ以上苛立ちを当てられてはかなわんと、急いで大主教は用紙に自身のサインを入れ、用紙を自身の胸の前へ掲げた。
その用紙を前に、少し緊張しつつ、小さく息を吐いたのち、大きく声を出して読み上げる。
「ウェルト王国ハロルド・アーハイム公爵とオリヴィア・フォード公爵令嬢との婚姻を、大主教、聖ニコライの名のもとに認める。ここに2人を正式な夫婦と宣言する。」
その言葉を聞き、ハロルドはオリヴィアの手を、一生離さないと言うかのように絡め、強く握った。
室内にざわめきが駆け巡る。
その言葉に、ラックランド伯爵はすぐにヘンリーへと顔を向ける。
ヘンリーは、それまで自身が婚約破棄を望み、それを自分の手で行ったという現状を受け入れられずに固まっていた。
だが、大主教の言葉が耳に届くと身体がドクンと動き出した。
そして、大主教の言葉が衝撃すぎて即座に力なく膝から崩れ落ちる。
そのほんの数秒後、ラックランド伯爵の隣に座っていた男が、
「ふざけるな!」
と、大声で訴えながら勢いよく席を立つ。
座っていた椅子は床に強く叩きつけられ、余程の衝撃だったのか、床から少しばかり跳ね返る。
椅子の倒れたことで大きな音が響いた。
室内の視線が彼に集まり、彼の表情を見て、息を飲んだ。
鬼のように赤い顔をして、怒りを露わにしている。
それを見ていたアドラシオン王国の貴族達は、こんな風に考えたと言う。
“彼は本当に、あのウィリアム・クロスターなのかと…”
いついかなる時でもカッコつけ、イケ好かなく飄々とやり遂げるが実力は誰よりもある男ウィリアム、そんな男が誰も見たことの無いような感情を前面に押し出し憎しみの強くこもった表情で怒りを露わにしていたのだ。
多くの者が強い違和感を抱いた。
ウィリアムだと目は認識しているのに、脳が勘違いしていないかと尋ねてきているようだった。
しかし、それは一瞬で、もう一度、目を凝らし確認してみると、すでに少しばかり怒りを抑え、冷静さも若干取り戻した美丈夫な男となっており、やはり男はあのウィリアムだと再認識されるのであった。
そのウィリアムと思われる男が部屋の最奥まで届きそうな通った声で発言する。
「ここはアドラシオン王国である。ウェルト王国貴族の婚姻をアドラシオン王国主教が認めるなどあってはならない。自国で行うべきことだ。よってその婚姻は無効だ!!」
バンッと、強く机を叩いた。
そのウィリアムの言葉に、立ち上がり、つい頷いてしまうヘンリー。
おおっ、友よ~と言う眼差しを、ヘンリー殿下がウィリアムに化けているドルトムントへと向けていた。
だが、そのキラキラとひとかけらの希望を見るような眼差しは一気に消え去ることとなる。
大主教が冷静な声でこう言ったからだ。
「我々の崇拝するルトゥ教は、今では世界の国々に広がり、多くの拠点、支部があります。そして、我らルトゥ教は、あらゆる国、人種にも境界を持たず、信じる者を受け入れているのです。ですので、婚姻の受理に対しても国境云々はありません。身元がハッキリとしていて、成人しており、証明書に不備がない(提出する聖堂のある国の国王と教主のサインがあればオッケー!)のであれば、聖堂側は受諾することが決まりにあります。よって、彼らの婚姻は受け入れられました。」
静かに冷静に諭すように話す。
ヘンリーが必死に足掻く。
「さ、先程、陛下がリヴィ…オリヴィア公爵令嬢の嫌疑を取り消しました。ですので、婚約の破棄も取り消されるのではないのでしょうか?その事が片付くまでは、彼女の婚姻は無効ではないのですか?いや、無効に!!」
それにも大主教は淡々と答える。
「確かに、婚約破棄の理由であった彼女の嫌疑は晴れました。ですが、二人の婚約破棄はなされたままです。あの場で裁定され、2人の縁が切れたことを神へ申告されましたから、婚約の破棄は成立したのです。つまり、再婚約の手続きをなさらなければ、婚約はなされていない状態となります。ですので、その間に別の方と婚姻なさっても、何も問題は無いのです。」
「ですが、大主教様!!あれは…私の本心ではありません。間違いだったのです。これではあまりにもッ」
ヘンリーが苦しそうな表情で、オリヴィアの婚姻をどうにかして却下させたく、口実を探しながら我武者羅に声を出す。
その声を遮り、王が口を出す。
「もうやめるのだ、ヘンリーよ。」
王の声に反応し、ヘンリーが王の方へ顔を向ける。
その顔は、王に助けを求めて、縋るようなものであった。
あんな表情のヘンリーをここ何年も見ていない…ずっと昔の幼き頃に、剣の使い方がうまく出来なかったとき、馬に乗れなかった時、嫌いな食べ物を残さず食べるよう乳母に叱られたとき、そんな時だけしか見せたことの無い、追い込まれたときの表情。
王は胸を強く押された。
彼を今すぐにでも助けてあげたい。
だが、自分はこの国の国王である。
そう言い聞かせ、心を鬼にして、親御心をしまい、こう言葉を続けるしかなかった。
「王家とフォード公爵家の間で交わされた婚約契約事項を思い出せ。如何なる場合にも、フォード公爵令嬢の尊厳を第一とし、彼女を守ること。外的にも内的にも傷つけるようなことがあってはならない。もし、そうなった場合は、直ちに婚約を破棄する。そう契約を交わしているではないか。この裁判の場に、彼女が連れだされている時点で、この契約事項に反しているのだ。つまりは、婚約は破棄されるべきなのだ。お前は、彼女を守ることが出来なかった。彼女の夫となる資格がないのだ。もう諦めなさい。」
最後は、諭すように声を震わせた。
表情は息子の願いを叶えることが出来なかった父親の悔しそうなそれであった。
王も人、父の顔を覗かせた。
両脇に下がる拳にグッと力を入れて、下唇を噛み、堪える。
もっとオリヴィアの婚姻に反対したい、取り消しがなされるまで喚き散らしたい!!
その想いをどうにかして押さえつける。
唇の端から、赤い血が滴る。
「わ、かりました…」
横腹にピタッとくっつけていた腕の先で、拳を固く握りしめていたが、消えかかる声で、そうヘンリーは答える。
そして、その場で椅子に乱暴にドカリと腰を下ろし、下を向く。
ヘンリーは動かなくなった。
全ての決着はついたと受け取ったリナが、踵を返し、オリヴィアの元へ帰ってくる。
二人に声を掛けて、これからすぐに帰国することを密かに伝えた。
再び踵を返し、国王の方へと歩いて行く。
国王の前まで来ると、城を出る有無を伝えた。
「このような結果になってしまった事は、誠に残念ですが、御国と我が国の友好な関係は変わることはないとここで誓います。これにて我々は、いったん帰国の途へ着かせていただきます。失礼いたします。」
そう言い振り返ろうとしたが向き直り、少しばかり王へと体を寄せ、小声で話し掛けた。
「ああ、国王様、我々がお渡しした例の必ずつけるようにと念を押した指輪を身に着けておられなかったようですね。なぜなのでしょうか?あれは、大変貴重な石で出来ておりまして…このホールくらいならば邪悪なモノから身を守れる強大な力が籠っていたのですが。本当に残念でありません。」
リナは言い終えると国王との距離を素早く取り、オリヴィア達のもとへと急いだ。
その後ろには、話に出たお守りの指輪の事を必死で記憶から手繰り寄せ、思い出した途端に、やっちゃったという表情を浮かべ、ヘンリーを見てがっくりと肩を落とす国王がいた。
そんな様子などお構いなしに、そそくさと退室をしようとするオリヴィア一行。
オリヴィアとハロルドはドーンと飛び越えて結婚までしちゃいました!
作者の本業が多忙な為、暫くの間、週一での投稿とさせていただきます。
続きを読んでくださっている心優しき方々にお詫びと感謝を申し上げます。