扉の前の戦い
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「今の見た!?」
扉の向こう側の廊下の隅で、ぼそぼそと話す2人。
オリヴィアの母リナとハロルドである。
あの後、不意を突いて部屋に入ってやろうと扉の前に居続けては、兵士たちに睨まれ続けていたのだ。
だが、しつこい奴らに業を煮やして兵士は増員を呼び、後から来た兵らによって扉前から退けられてしまっていた。
室中での様子を知らせてくれると、ラックランド伯爵が約束してくれているので、遠くに行くことも出来ない。
扉の前に居る2人の兵士から見えないギリギリの位置で、扉を見張っていたのだ。
カイルはリナの言伝を外部に伝えるために、いったんこの場から退いている。
「ええ、クロスター公爵子息と側妃様でしたね。」
ハロルドが先程のリナの問いへ答えると、即座にリナが訂正する。
「違うわ。あれは、偽者よ…ドルトムントだわ。」
「え!?」
ハロルドはリナの言葉に大きな不安に襲われる。
「では、早く助けに向かわなければ!!」
その言葉と同時に、ハロルドは入り口の扉に向かって走り出していた。
「ちょっと待って!ハロルド!!」
リナの制止する声も聞こえぬほど、慌て必死で駆け寄っていた。
扉の前に来ると、顔を強張らせた2人の兵が体を張って止めに入る。
ハロルドと兵がもみ合っていた。
大きな物音に先程の増員がまた駆け付ける。
3人の兵に揉みくちゃにされるハロルド。
近づけは直ぐに捕まってしまうと分かっているので、少しばかり距離を取り、ジリジリと近づいていたリナが何かに気が付いた。
「これは…微かだけれど、匂っている…これは麻草の香り!?」
それに気が付いたリナは急いでハロルドの元へ駆け寄り三人から一気に引き離すと、腕を掴んでその場を離れた。
「なんで!?どうして止めるのだ!!」
興奮するハロルドをリナはキッと睨みつける。
今までにないリナのその表情を見たハロルドは息を飲み、押し黙った。
「ちょっと、冷静になってくれない?このままあそこで押し問答を繰り返しても何の解決にもならないから。一刻も早く中に入らないとマズいのよ。」
そう言い放ちながらハロルドの頭を両手で押さえ、力を籠める。
リナの力の入った手から、相当怒っているのだと感じ、すぐさま謝った。
「す、すまん、興奮して冷静さを欠いていた。それよりも、何がマズいのか?何か気づいたのか?」
ハロルドが落ち着きを取り戻す。
「さっき、あの扉の近づいた時にほのかに麻草の香りがしたの。あなたを連れ去るために扉の前まで行った時には、さらに強く匂っていたわ。おそらく、中で麻草が使われている。どうりでラックランド伯爵が出てこないはずだわ。無理矢理にでも扉を開けさせる?でも、あの兵たちの進退に関わるし、それに外交問題にでもなったらマズいのよね…それでも…うぅ、どうしたら…」
リナが中に入る方法を考えながら、焦った様子で早口で話す。
「麻草?なんだそれは?それが使われているとどうなるのだ?」
ハロルドは薬草なのか、毒草なのか分からないその草の事を知らない為、すぐ聞き返す。
「麻草は、普段はすりつぶして傷口の患部に塗り、塗り薬として使われているわ。また、別の使い方として、乾燥させのち煮て抽出した液体を、治療の施せない者の為の鎮痛緩和剤として飲ませるの。少し前まではその濃度と量を調節し、罪人などに自白剤として用いていたこともある。自分の意識を保てなくなり、自我をコントロールできなくなるの。そして、お香のように火にあぶり、匂いを嗅がせることで人を操ることも出来たことから戦場で使われてきた過去もある。中毒者も多く出たことから、世界的に麻草栽培には許可が必要となり、乾燥麻草は禁止とされ、扱うには限られた上級医師のみと定められた。その麻草だけれど、アイツがあの力を使うのに、威力を増強させる。」
「あの力とは、人を操るの力?」
「そう、ドルーの力よ。麻草も同じ効き目があるでしょう。多くを吸い込まなくても、ほんの少しでいい、部屋を閉め切って、皆に微かに匂いを嗅がせられれば、力はより強く作用し、意識が保てなくなり、逆らえなくなるはず…私はアイツを嗅ぎ分ける力があるから、匂いにも敏感だけれど、あの程度なら常人にはほんのり香る程度で気にも留めないはず…」
「ええ、現に私も扉の前に居たけれど、何の匂いも感じませんでした。」
ハロルドが首を傾げ、分からないと主張する。
あの扉前でも匂いを感じていたから、中はもう匂いを嗅いでいない者はいない状態だとリナには考えられていた。
匂いを少しでも嗅いでいる時点でドルトムントに操られてしまう可能性がある。
匂いを多く嗅ぎ続けないようにとハロルドを扉前から素早く離れさせた。
今後、一緒に動く為にも多く体に取り入れていないとよいのだけれど…。
「ハロルドは室内に入らないで!麻草の効果でドルトムントに操られてしまうかもしれないから。私が中に入り、あの匂いをどうにかするわ。だから、ハロルドには私が中に入れるように扉前の兵をどうにか引きつけてほしいの。その隙に侵入するから。」
「わかりました。」
「中に入って、ハロルドが入ってきても大丈夫と判断したら、合図を送るわね。それとこれを念のために。これを持っていれば、ドルトムントの力を弾くことができる。薬草の匂いを少し嗅いだとしても容易に操られたりはしなくなる。持っていて。」
リナは自分の右手の人差し指に嵌めていた指輪をハロルドに差し出した。
「わかった。」
ハロルドは返事をしながら指輪を受け取り、小指へと嵌める。
「それと…例のアレ、状況次第では使うかもしれないから…貴方は本当にいいのね?」
リナはアレの重要性を重く考えているので真剣な目付きでハロルドを凝視し、そう聞く。
その質問に、当の本人は、明瞭に返した。
「ッ!!ア、アレのことだね!もちろんだよ。」
アレを使う事は願ったりかなったりであるので、ニコニコと笑顔で返答するハロルドに、リナは大きく溜息をつく。
二人は仲に入る為の作戦を練る。
どうしたら扉の前から兵を退けることが出来るのか??
「ブツブツ…そうだ。リナは今日も鞭を、今持っていますよね。長さはどれ程ですか?」
ハロルドが思い出して質問する。
「ええっと、ここからなら2本目の柱くらいまでは届くわよ。」
「そうですか、では、あそこの甲冑の影まで行って、あの兵の剣を彼らの懐から気づかれないように引き出して、引き出すことは可能ですか?」
「ええ、もちろん出来るわよ!」
「ほう、ではそれで行きましょう。」
作戦は決まった。
まず柱の影からリナがドア前の兵士の剣を鞭で弾き、床に転がす。
それを、反対側に回り込んでいたハロルドが走って駆け寄り、即座に拾い上げ持ち去る。
きっと慌てて兵が追いかけてくると予想し、その隙に、リナがドアまで向かい、ドアから中に入るというものである。
ハロルドが位置に着いたことを確認すると、リナは柱まで静かに移動した。
そして、始まった。
シュッ、カンッという音が聞こえると同時に、兵士らの腰から剣が抜かれ、自分達の立っている場所から少し前の床に落ちた。
兵士は何が起きたのかと、唖然と剣を見る。
それも束の間、目の前に、駆け寄ってきた男が、自分達の剣を拾い上げ、立ち去っていく。
「あっ。」
と、間の抜けた声を兵は出してしまい、次の瞬間に我に返る。
そして急いで男の背中を追いかけた。
その際、少し前を行く男を必死で仲間と追いかけるが、ふと頭に過る。
自分達の任務を思い出し、後ろを振り返ると、扉がパタンとしまったところであった。
もししかしたら、誰かが入ったかもしれないと脳がそう話し掛けていたが、少し前を必死で追いかけている足の速くない同僚があいつはお前が追ってくれと頼まれる。
頼まれてはと、足を動かし剣を盗んだ犯人のあとを必死で追い掛けたのであった。
オリヴィアの母リナが、漸く裁判の行われている部屋へ入ることが出来ました。
中は今、どうなっているのか…