連行
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しまった!?あの気配は囮だったのだと、リナは漸く気が付いたのであった。
あの気配とは、もちろんドルトムントの気配だ。
「エマ、あなたはここで暫く身を隠し、ほとぼりが冷めたら移動して、このことを伯父さまに知らせて!きっと動いてくれる。リヴィ、馬車から出るように言われたら外に出るわよ。」
リナの座っていた馬車の座席のカバーの部分をガコッと持ち上げると空洞になっており、その中にエマが入った。
「お母様…。」
「大丈夫、心配ないわ。私もついて行くから。」
いつものケラケラと笑い、フワフワな笑顔の母親とは大きく印象の異なる女性、いざという時に頼りになる母親がそこに居た。
暫くの間、外でカイルとハロルドが岩場の上に陣取り見下ろして話す男と対話を試みるのだが、巧くはいかなかったようだ。
外が静かになると、いきなり、馬車のドアが開き、少しだけ日の光が馬車内に入る。
カイルが隙間から顔を覗かせる。
馬車内の皆がホッとした表情となる。
「カイル、すでに大鼠が後ろに来ているわ。それも赤毛の大将よ。」
リナがカイルへ伝えると、カイルが厳しい顔となりながら頷いた。
カイル達が交渉をしている間に、ここにはいるはずのないドルトムントが到着していた。
カイル達にはリチャードの側近の男に見えているらしい。
オリヴィアたちの馬車が進行方向を変えたとの報告を聞くと、罠にかかったと確信し、こちらへと向かったようだ。
すでに第二王子勢力に挟み撃ちにされている。
「リヴィ、覚えておいて。リチャード殿下の斜め後ろに来たあの赤毛で強硬な体格の大男、あれが、ドルトムントよ。私達を捕えようとしている親玉。」
母親の言葉に、恐怖と不安が増す。
「リヴィ、打ち合わせ通りに。あなたならば大丈夫。さあ、行きましょう。」
その言葉と共に、オリヴィアは馬車を降りる。
入り口をカイルが隠すように立ち、馬車から先にオリヴィアが降りて、続いて母も下りる。
馬車の扉をカイルがすぐに閉めた。
母親はオリヴィアの後ろで顔を伏せて、怯えた演技をしている。
顔を見られなくする為の演技だと事前に知らされている。
ここでフォード公爵夫人だとバレるわけにはいかないのと、非常にマズいと話していた。
「フォード嬢に、ん?老婆?使用人か?それだけか…他にはいないのか?」
最前列で大声を出していたのは、第二王子のリチャード殿下であった。
こいつはあの擬態した偽者とは違う。
性格の底意地悪い銀髪の本物の方だ。
中を兵が覗き、居ませんと大きな声で発言する。
それを確認し、オリヴィアはホッと胸をなでおろし、一息吐き出してから声を出す。
「中には誰も居ませんわ!!それよりも、リチャード殿下!これはいったい何事なのですか!?」
オリヴィアが馬車内の侍女のエマを逃がすために必死に声を張る。
「フンッ、戯言を。あ奴らを逃げられぬようにせねば。そこの御者、早く馬車を出せ!さっさとここから立ち去れ!」
リチャード殿下がオリヴィア達の乗ってきた馬車の御者に強く言い放つ。
御者は慌てふためき逃げる様に馬を走らせた。
その場に残ったオリヴィアと母親の前へ、カイルとハロルドが庇うように立ち、壁となる。
「第三王子ヘンリーの婚約者であるオリヴィア・フォードよ。お前を、第一王子殺害を示唆した罪で王城まで連行する。大人しく付いて来い。」
リチャードがニヤリと笑うような気持ちの悪い顔で言い放った。
オリヴィアは眉間に皺を寄せて、スカートの裾を強く掴む。
背後から声がした。
「リヴィ、ここで下手に逆らっても良い結果には結びつかないわ。大人しく従うのよ。」
母親が耳元で言ったので、小さく頷き、
「分かりました。私はそのような罪を犯しておりませんが、同行いたしましょう。」
と、リチャードへ声を張り上げ返事をした。
それから、リチャードの用意した馬車へ乗るように言われたが、第一王子の事故もあったので信用できないとして乗車を拒否した。
カイルとハロルドの乗る馬に同乗すると言ってみたのだが、当たり前のように聞き入れられない。
思い通りにはいかないもので、馬車に乗ることを厳しく強制される。
仕方がないのでカイル達が念入りに馬車を調べたのち、御者も疑わしいので、カイルが馬で並走しハロルドが同乗することを条件に、乗車を承諾した。
王都へと連行される。
道中、車内は沈黙が支配していた。
母は黙って腕組みをして目を閉じていて、ハロルドは俯いたまま動かない。
その様子を困った表情でオリヴィアは眺めていた。
これからどうなるのか…不安に思っていると、ハロルドが小さな声で、謝罪しだした。
「すみません、私の失態です。後を付けられていたことに気が付かず、このような結果を招いてしまいました。」
それに対して、瞑想していた母が答える。
「仕方ないわ。私も罠にかかってしまったし、迂闊だった。それに、この国はすでに鼠が蔓延って、安易に身動きが取れない域にまで達しているのよ。今回はあちらには大鼠が付いていたし、遅かれ早かれ、どこかで包囲されていたはずだわ。あいつは私達を捕らえる為ならば、人が乗っていようとも汽車もろとも破壊しかねない奴なの。それほど手段を択ばない危険な男よ。もともと、援軍待ちなところもあったし、どれだけ時間が稼げるかだったから。もうタイムオーバーのようね。それよりも、これからが大変よ。リヴィ!!ここからは、あなたに頑張ってもらわないと。」
「はい、なんでもやります。お母様、御教授ください。」
オリヴィアはヤル気に満ち満ちた目をして答えた。
母は優しく微笑み、丸めた紙をスカートの中から取り出した。
そして、それを開くと指をさし、話し始めた。
「では、まずはこれを見て…」
「「え??」」
その書契を覗き込んだ2人は驚きのあまり顔を上げ、同時に見合せたのであった。
ついに捕まってしまいました。