フォールズ辺境伯家へ
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翌朝、ベッドの上で目覚めたオリヴィアは心が軽かった。
着替えを清まし食堂のドアを開くとクロスター家の面々が勢ぞろいしており、おまけにヘンリーも座っていた。
「 えっ、ヘンリー!? 」
驚いて、名を呼んでいた。
何でここにいるの???
忙しいはずでは?
「リヴィ、表情に心の内が出てしまっているよ。相変わらず君は面白い。何故私が居るのかって?君について行くからに決まっているじゃないか!!」
ヘンリーがフルーツを口にしながら話している。
「だからって、こんなに早く来ることはないじゃないか!」
ご飯を食べながら、ウィリアムの説教が始まる。
「だって、いつ迎えが来るのか分からないだろう。もう出発しましたでは困る。」
「それでも、こんな朝食も済んでいない時間にくるなんて、非常識だろう。ありえないよ。」
ウィリアムが怒りながらパンをちぎっている。
トントン。
「ラックランド伯爵夫人が到着いたしました。如何なさいましょうか。」
家令だ。
「ほらな~俺の読みは当たるのだ!」
ヘンリーが勝ち誇った顔をした。
ウィリアムが、ニコルを応接室に通し、準備が整うまで待ってもらうようにと家令へ伝えた。
オリヴィアは急いで応接室へと向かう。
ヘンリーももちろんついて来ていて、むしろ先頭きって部屋に入る。
すると、ニコルは驚いた表情を見せた。
「ヘンリー殿下!?なぜここに?まさか、このような早い時間からいらっしゃっているなんて思いもしませんでした。もしや、昨夜はこちらにお泊りでしたか?目の下の隈が…まさか、夜通しここでお待ちでしたか?」
ニコルがしてやられたと渋い顔で質問する。
「いいや、君が早く来ることを見越して、こちらで早朝から待たせてもらっていただけさ。私もリヴィと共にフォールズ辺境伯家へ伺おうと思ってね。」
ヘンリーが目の笑っていない笑顔をして返答する。
「クッ、申し訳ございません。今回の一件、フォールズ家当主は、リヴィのみを連れて来るようにとの指示でして、当主の許可がおりなければ、王子と言えども、一緒にお連れすることは出来ません。必ず後日、当主との席を設けさせていただきますゆえ、殿下の本日の同行はご遠慮ください。」
ニコルが丁寧に断る。
「前々から、フォールズ辺境伯家は、『何か』をずっと隠しているよね?その事と、私の婚約者に何らかの関係があるようだと私は踏んでいる。それならば、私にも、いや、王家にも大きく関わって来る話だろう…知らなければならない。なあ、そうだろう?だから私は、王家代表として君達について行くつもりだ。」
強い口調でヘンリーが言う。
ようするに、王子命令だ!隠していることを教えろ!ついて行って突き止めるぞ!拒否されてもついて行くからな!という脅しなのだろう。
「…申し訳ございませんが、これはフォールズ家当主の命でございます。王家代表といえども、本日はお連れすることは出来ません。もし、このことで、何かの処罰があると言うならば、我が家の当主のもとへとどうぞ罪状を寄こしてください。今日の所はお引き取りを…」
ニコルが頭を下げて頑なに断った。
覚悟を決めた、王族の命を退ける重い言動であった。
「王族の言葉さえも固持するという事は、我々も知り得ることは決してないということなのだな。」
ウィリアムが聞く。
「ええ、そのお通りです。のちほど、どんな罰でも我が家は受け入れる所存です…夫も昨晩寝ずに説得し、ようやく残して出てこられました。かなりごねましたが。」
ニコルが昨夜の説得を思い出したのか、疲れた表情をする。
「私は御一緒に願えませんでしょうか?」
ハロルドが手を挙げた。
部屋の隅に居たらしい。
共に行きたかった者達が、王族も拒まれたのに自分ならば許可がでると何故考えたのか?と、ハロルドに対して意地悪い視線を送る。
「貴方様は?」
ニコルも、また同じように断らなければいけないのかと、少し億劫な気持ちで名を聞く。
「私はウェルト王国で宰相をしております。アーハイム公爵と申します。我が国の国王陛下から貴い彼女を守る役目を仰せつかり、こちらへ来ております。ですので、同行の許可を頂きたい。」
ハロルドがそう言いオリヴィアをチラ見すると、ニコルが目を見開き、彼をじっと見て少し考え、口を開く。
「では、ひとつ質問を…鼠を見掛けましたか?」
ニコルが質問する。
「鼠ですか…ええ、残念ながら現れたようです。王城とそれから王都にも。」
ハロルドがオリヴィアを横目でチラッと見ながら答える。
「貴方様は、ご存知の様ですね。ですが、本日はどなたもお連れすることはできません。フォールズ家当主の意向なのです。申し訳ございません。」
ニコルがハロルドの答えを聞き、丁寧にそう返した。
鼠ってなんだ?ご存知って??何の暗号?合言葉か?と皆が顔を見合せる。
ヘンリーは知ることの出来ない事柄に奥歯をギリッと噛みしめる。
ハロルドがニコルの返答に眉間に皺を寄せ難しい顔をしていると、ニコルはこう言った。
「そう睨まずに。アーハイム公爵は同行なさらなくても、我が家には優秀な護衛がおりますので安心してください。それに、早くて今日の昼にでも、ウェルトからあなたの元へ別の者が尋ねてくると思われます。彼らが着てすぐに動けるよう準備をしておいてください。それでは、これで私達は失礼いたします。リヴィ、行こう。」
話を追及される前に逃げるように、ニコルはオリヴィアの手を引いて公爵家を出発した。
***
ラックランド伯爵家の馬車に乗り、王都中央の駅へと向かう。
フォールズ辺境伯家のカントリーハウスまで行くらしい。
朝早くから汽車に乗り続け、途中、ニコルの用意してくれていた食事を汽車の個室内で取る。
食後、お腹がいっぱいになり、寝不足であったオリヴィアはウトウトしだし、いつの間にか、眠りについていた。
目が覚めた頃には、太陽はとうに真上を通り過ぎ、傾きかけていた。
「起きた?もうすぐよ。」
ニコルが本を片手に言った。
窓の外を眺めていると、農地や牧草地が広がりそれより遠くの小高い丘の上に、大きな棟の生えた屋敷が見えてきた。
あれが、フォールズ辺境伯家のカントリーハウスである。
ホームにて汽車を降り、駅から外へ出ると、目の前には古書店がずらりと並んでいた。
駅前に横づけされた馬車にすぐに乗り、馬を走らせる。
少しばかりの距離を走らせた。
次第に速度がゆっくりと落ち始める。
身体が少し傾斜を感じるので、あの汽車の中から見えた小高い丘を登っているのだろうと予測がついた。
レンガの壁に括り付けられた重量感のある木の門、その前で馬車が停まる。
「ようやく着いたわね。」
と、ニコルが首を回し、ゴリゴリと音を鳴らしながら言った。
低い木々で分けられた広大な敷地に、いくつもの建物や施設がある。
その中でもひと際目立つ高い棟の刺さった大きな黒い邸宅の前で馬車は止まる。
ここが本邸である。
次回は血筋について。
鼠とか、オリヴィアだけに判別の着く謎とかね…