ふしだら
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皆が出て行った後の室内。
静寂が過る。
2人きり…何だか緊張する。
胸の鼓動が、駆け足をしているわ。
オリヴィアがそんなことを思い浮かべていた時に、ハロルドがオリヴィアの斜め前にある長椅子にドスンと乱暴に腰を下ろし、大きく息を吐いて話し始めた。
「はあぁぁ~、本当に良かった。君も無事だったし、入れ替わりも気づかれなかったし、踊りも何とかなって、本当に良かった~。」
いきなりの本音に、オリヴィアがビクッとした。
ハロルドが少し砕けた感じの話し方であったので、前より心の距離がぐっと近づいたのだと窺える。
そんな彼のラフな物言いに笑みがこぼれ、緊張が一気にほぐれる。
オリヴィアはハロルドの言葉へ反応する。
「はい、ハロルド様がいなかったらどうなっていたことか、本当にありがとうございました。それに、あの場面、大広間の天井へと消えた時は、上から落ちて来ないかが心配で心配で、内心、ヒヤヒヤしておりました。」
「ハハハッ、だよね。私も心配だった。でも、あのタイミングで交代になってよかった。実は、あの馬車の事件の時に左肩を強く打ちつけてしまってね、右肩が上がりづらいんだ。だから、いつものようにリフトが持ち上がるか少し不安だったのさ。ヘンリー王子の登場は、とてもよいタイミングだった。」
ハロルドが満足気に話す。
たった今、ハロルドが怪我をしていたことを知り、それに気づきもせず踊らせてしまっていたことにオリヴィアはショックを受けた。
自分の事ばかり考えていたことを深く反省する。
それに、さっきの口ぶりだとハロルドは、本音では自分と踊りたくなかったのだと受け取れた。
彼の言葉から、ネガティブにそう解釈したオリヴィアは、自分は彼と踊れたことがとても嬉しかったのに、彼の気持ちは違ったという事が、二重にショックで、腹の底で悔しい気持ちが込み上げた。
そのことで、急激に苛立って、彼にあたってしまう。
「私…重くてすみませんでしたね。」
言わなくてよい嫌味をつい言ってしまう。
「いやいや、そう言う意味ではなくてね。」
ハロルドが慌てて否定する。
すると、ハロルドが真剣な顔つきでオリヴィアを見つめ、少し黙ってからこう語った。
「ちょっと、自分語りをしていいかな?」
オリヴィアは険しい顔のハロルドに負けて、怒りを瞬時に引っ込め、大人しくコクリと首を前へ傾けて、言葉を受け入れた。
「昔、私はある失敗をした。想いを寄せていた女性に距離を置かれたのだが、その事に傷ついた私は、それ以上、自分が傷つきたくないのと、彼女を困らせたくないという想いから、積極的には近づかず、何も言わぬまま距離をおいてしまった。その結果、彼女は別の人と婚約した。あとで分かったのだが、彼女はトラウマを抱えていたのだとか。それを取り除いたのが婚約者となったものだった。自分が原因で彼女が距離を置いたのではなかったことに安心したのだが、その時、ようやく気が付いたのだ。自分は、彼女の事を想像していたよりも、ずっとずっと愛していたという事に。そして、何も言わなかった自分に、行動しなかった自分に激しく後悔した…後悔しかなかった。それから私は、変わった。いや、変わりたかった。相手に分かって貰うために伝える努力をするようになったんだ。人は、言葉にしないと伝わらない…ですが、すみません、伝えることが下手なのは、まだ直っていないようです。」
悲し気にハロルドは微笑む。
「私は、レディーに不快な気持ちになるような話を一切致しません。誓います。傷つけるようなことはしません。オリヴィア、貴女はコットンの様に軽いですよ。ええ、まるで天使ようです。本当に美しく華麗で素敵な愛らしいご令嬢だ。だから、安心してください。」
そうハロルドが真剣な顔をして話すので、自分が当たってしまった事を申し訳なく感じ、オリヴィアも、すぐに謝った。
「ごめんなさい。ハロルド様が私と踊ることを本当は嫌であったのかもと考えたら、その…ショックで。私だけが一緒に踊れて楽しかったのかと考えたら、とても寂しくて、つい意地悪をしてしまいました。ハロルド様がケガしていることも、私は気づけなかったというのに、自分の事ばかりでした。本当にごめんなさい。」
涙目でオリヴィアが謝る。
「いいえ、私の伝え方が悪かったのです。あなたは、本当に優しい人ですね。さすが、あの方の娘だ。」
ハロルドがそう言う。
「あの方とは?父ですか?」
オリヴィアはきっとそうに違いないと正解を求めて質問した。
「あ、いや。あなたのお母様、リナの事だよ。彼女は昔からの知り合いでね。それに、君の護衛も、こちらに来る前に彼女から直接頼まれたのだ。ウェルト王国代表の重要な役割だからと勅命を受け、必ず娘を守るようにとリナからも強く謂れて、私はここにきている。」
ハロルドの口から出た意外な母親とのつながりに、オリヴィアは心底驚いた。
それに呼び方がかなり親しげで、名前呼びであったことも。
胸の辺りがなんだかモヤモヤする…
ん?あれ??今、母から直接頼まれたって言った?
えっ、なんで直接?だって、母は…
その瞬間オリヴィアは勢いよく立ち上がり、ハロルドを見つめる。
「あの!ハロルド様は、いつ私のお母様とお会いしたのですか?」
カッと興奮で血が上ったオリヴィアが、彼の元へ歩み寄ると、片手を背もたれへ置き、片膝を長椅子に立てて前のめりで彼を尋問するように聞く。
その質問に、体制に、ハロルドが目をキョロキョロさせる。
じりじりと距離が近づくオリヴィアからお尻で後ずさりしてちょっとづつ逃げ、これは失敗したという表情で答える。
「ここへ来る前に…頼まれたのですよ。」
慌ててハロルドは返答した。
「どこで!?母は、フォード領にも、王都にもいません。一部の者以外にはこのことは厳密に隠されています。これは我が家の大きな失態です。どこでから漏れたのか…誰から居場所を聞いたのですか?なぜ知っているのです!?何処でですか?誰にお聞きになったのですか?絶対に知られてはいけないのです!ハロルド様、知っていることを全て話してください!!!」
ハロルドがフォード家の極秘中の極秘な情報を知っていることにオリヴィアは強い危機感を抱く。
母の居場所は誰にも教えてはならないし、絶対に誰にも知らせてはいけないと固く父親から言い聞かされているのだ。
母の命に関わるのだからと…
なぜ、そのことをハロルドは知っているのだろうか?
絶対に聞き出してやろうと、強めの口調で攻めていく。
「お、王城でお会いしました…あの、その、これ以上はあなたのお父様、エドワードに話を聞いてください。私の口からこれ以上はちょっと…」
ハロルドは強張った表情で投げやりに言い切った。
オリヴィアも疑問は残るが、ハロルドの言動や表情から嘘ではないと感じ取る。
両親も把握済みのこてなのだと理解した。
この話はきっと父に聞けばすぐに教えてもらうことが出来るのだろう。
そう考え、この場はいったん引きさがる。
その時の2人の体勢に、オリヴィアはハッとした。
オリヴィアが覆いかぶさるようにハロルドを長椅子に追いつめ、ほぼ押し倒したような形になっていたのだ。
「きゃあああ、ふしだら。」
オリヴィアは自分の失態に思わず悲鳴を上げ、後ろに大きく退いた。
リナ・フォード公爵夫人とはオリヴィアの母親のとこ。
現在は事情があって雲隠れ中。
表向きには療養中。リナも父からそう伝えられていた。