伝書鳩(チャールズ王子)
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ドォーーン!!
オリヴィア達がいる図書室の扉が勢いよく開いた。
それと同時に、先程まで廊下に響いていたコツコツとう音を高らかに鳴らし、誰かが入ってくる。
「ここに、オリヴィア・フォードは居るか?」
うっ、逆光が眩しいな。
西日が差し込み、入ってきた人物の顔はよく見えないじゃない。
しかしながら、自分の名を呼ぶ癖のあるダミ声と先程から響いていた軽い木を叩き合わせるような軽快な音で誰であるのかは、検討がついている。
「いたな、リヴィ。やはりここであったか!おい、お前、今度は父上に何を吹き込だ!?白状しろ!」
この学院で、何処で騒いでも文句を言われず、こんな口調で公爵令嬢の私に物を言える同年代の男は、指折り数えるほどしかいない。
その中でも私を愛称で呼び、私より家より高位な家柄の男。
西日をバックに喧嘩口調でオリヴィアの下へ大股でやって来たのは、この国の第二王子チャールズ・ウェルト。
「え?私がおじ…(伯父さま呼びは外では駄目だったわね、気をつけなければ)えっと、陛下に何かを吹き込んだかって話よね?う~ん、何か言っちゃったかな?最近は合っていないし、何も言っていないはずよ。」
軽く考えて心当たりはないので、深く思い出そうとはせずにオリヴィアは適当に返した。
「嘘をつけ!父上が今朝から逞しい髭を剃り、悪趣味なマスクを側近たちの前で付け始めたのだ…またお前が自分と顔が似ているから姿を変えろと泣きついたに違いない!!あれは、あのマスクはいったい何なのだ?化け物ではないのか?髪はもじゃもじゃで青い顔。牙と角が生え、表情は狂気をはらんでいる。まるで悪魔だ!」
何故か必死に、国王の奇行を促した犯人にオリヴィアをしようとするチャールズ。
彼が涙声なので、オリヴィアは仕方なく最近の出来事をより詳しく思い返してみることにした。
「そう言われましても…今回は本当に陛下に何もしていないわよ。あっ、マスクで思い出した!?三日ほど前に、お父様にグランツ商会からお土産にといただいた南東の島国に伝わる赤いお面というマスクを渡したわ。厄災を祓う祭日に使うお面とか言っていたかしら?あの時は暇だったから、父を揶揄おうと弟たちと煽て捲って着けさせてみたのだけれど、かなり気に入ってしまったのよ。ちなみに、それとは別バージョンで青い一本角の面もあるらしくて――」
「それだ!!それが巡り巡って。父上の所に…あんな顔が全く見えない変なてこな…趣味の悪いものを…父上が…俺の憧れる父上が…国王なのに…あれを着けて王国民の前に出たとしたら!?お前の家はどう責任を取るつもりなのだ!!!あんなの全国民の前で恥をかくのだぞ!!ああ父上~なんと嘆かわしい。」
チャールズが目に見えて落ち込んでいくのを目にする。
その時、室内に居る者のほとんどはこう考えていた。
きっとまた、チャールズ殿下は陛下に揶揄われているのだろう。
気がついていないようだ。
可哀そうにと、同情して嘆かわしい目を向けている。
そんな中、オリヴィアは思う。
防犯ではなかなか良いお面だったから、陛下が着ければよい商売になるはずだ。
でも、この様子だと使用し続けるのは無理そうね。
チャールズはオリヴィアが直接的な犯人ではなかったと判明したので、陛下に面の着用を辞めさせるようにどうにかしてもらおうと命令をする事が出来なくなった。
仕方なく、他の解決策を模索し始める。
何か考えが浮かんだのか、チャールズはゆっくりと立ち上がり、ドアの方へとトボトボと歩きだした。
一年ほど前にお母様が病に倒れ、療養の為に実家であるハートフィル侯爵家の避暑地へと移ってから、お父様は仕事ばかりしていて、王城に泊まり込む日が増えた。
その所為で、きっと、陛下との時間も増えているのだろう。
確か、先日も5日間連続で泊まり込んでいたわ。
その時にプレゼンしたのかしら?
お父様…やはり、母が近くに居ないから寂しいのかな?
もう少し、家で優しくしてあげないといけないわね。
そんな父の事を思い出しながら、オリヴィアは王子に声を掛けた。
「チャーリー、うちの父が、なんだかごめんなさいね。元気を出して、ファイト!」
その声は考え続けている王子には聞こえていなかった。
だが、突如、チャールズは立ち止まり、勢いよく振り返ると、ヤル気に満ちた表情でこう言った。
「そうだ、そうだな!!もっと父上が取り替えたくなるようなカッコイイ仮面をプレゼントすればいいのだ!よし、そうと決まれば、今から王都へ出向く。」
そう勢いよく言い終えると、手を叩き大きくパンッと鳴らす。
気合が入ったのか、ヨシッ行くぞ!と大きく声を上げ、足早に立ち去ろうとした。
だが、チャールズは部屋を出る扉の直前で、何かを思い出したのか、足をピタッと止めた。
そして、もう一度こちらを振り返るとオリヴィアを真っすぐ見て、こう伝えてきた。
「そうだ、忘れるところであった。兄上からリヴィに伝言があったのだ。今度の兄上主催の宮殿舞踏会に、男装は絶対にしてくるな!だそうだ……リヴィは婚約者に会う際は男装しないから舞踏会もしてこないはずだから、そんな命令は必要ないと提言したのだが…それでも、それだけは確実に本人に伝えろと、兄上が毎日煩いのだ。とまあ、俺は言われた通り、リヴィに託けを伝えたから。じゃあ急ぐので、またな。」
そういい終えると、第二王子は風の如く消え去っていた。
「あの厚底木靴の王子は、いったい何をしに来たのかしら?」
横から顔を覗かせたマーガレットがボソッと呟いた。
「さあ?伝書バトかな?」
オリヴィアは彼へはあまり興味がなかった。
王子の木の音は、厚底靴の音である。
あれを履いていると、オリヴィアよりほんの少し大きくなる。
身長が低い事を気にしているらしく、靴を底上げしているのだが、靴が重くならぬよう軽い木を材料に用いている所為か、床の石やタイルに触れると音がかなり鳴り響く。
その所為で、王子が厚底靴を履いていることは周囲にはバレバレなのだが、王族であるが故に誰も触れないでいる。
だがそろそろ、その事を教えてあげたほうが本人のためにもよいのではないかと、周囲は考え始めているらしい。
知らされたときには励まし会を開いてあげなければとオリヴィアは密かに思っている。
それよりも、先程のチャールズ王子の伝言から思い知らされた事実。
はぁ、頭が痛いわね。
実は私、第一王子に恨まれている。
どうやら、いまだに、あの時のアレを根に持たれているみたい。
もう3年も前の事なのに、ウェルト王国第一王子ことジョージは、あの事をしつこく、ねちっこく、彼との会話をする度に、話の糸口を見つけては恨み言をぶつけてくる。
もう三年も経つのに…獲物を狙う蛇のようにネチネチとしつこいのだ。
お陰で私はアイツと話すと精神が疲れるようになり、アイツの前では、操り人形の如くぎこちなく必要以上の事は話さなくなった。
専ら、聞き手に徹している。
最近は婚約者との関係も良好だし、少しは改善したと思っていたのに。
でも、もとはと言えば、あいつが私を利用しようとしたから、ああいうことになったのに、自業自得なのに…未だにチクチク攻撃して、陰湿だわ。
だから、あいつはモテないのよ。
あの事とは、何かって?
それは、ジョージの16歳の誕生日。
私が隣国の王子にプロポーズされた日に起こった出来事だった。
次話、ジョージ殿下の16歳を祝うお茶会編突入。
色々やらかしています。
【登場人物memo】
ジョージはウェルト王国第1王子。
チャールズはウェルト王国第2王子。
他にも下に、王女が2人、王子が一人います。
末っ子は上三人とは年の離れた男女の双子。