リチャードに見えない男
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そして、とうとう、ツインレイは始まってしまった。
しかしながら、この部屋から出て行った者は誰ひとり戻ってこない。
「ヘンリーに何かあったのでは??私も、私も探しに行ってきます。」
オリヴィアが気をもみすぎて、感情のまま突っ走ろうとしてしまう。
「リヴィ、ダメよ。もし貴女が出て行って、舞台に出られないような事が起こったら、敵の思う壺になってしまうわ。さあ、冷静になって、ギリギリまで待ちましょう。ヘンリー殿下ならば、きっと大丈夫よ。彼は賢く強いもの。そうよ!彼を信じましょう。」
そう言われて、オリヴィアは、取り乱した自分が恥ずかしくなり、反省する。
私はヘンリーを信じられていない。
彼の婚約者なのに…恥ずかしい。
そこに、扉をノック音が響き渡る。
皆が一斉にドアへと振り返る。
だが、それは想像した人物ではなかった。
「リチャードだ。」
そう声がした。
リチャード!?第二王子よね?
えっ、何しに来たの!?
オリヴィアは混乱した。
皆は顔を一斉に見合わせる。
皆、彼がこの部屋に来た目的が分からず、かなり混乱している様であった。
とりあえず、待たせてはならないと、入室許可の返事を慌てて出した。
部屋に入ってくるリチャード。
部屋に入ってくるリチャード?
部屋に入ってくるリチャ……リチャード??
えっ、どちらのリチャードさん?
ちょっと、その人はいった誰だよ?
リチャード殿下じゃないですよね!?
近付いてくる度に、オリヴィアの頭の中に疑問符が湧く。
リチャードと名乗っているのに、目の前に居るのは、全くの別人なのだ。
癖のある赤茶髪の服の上からでも分かるほど筋肉が付いた大男。
リチャード殿下はストレートの銀髪で細身の体型だから、間違えるはずがない。
拍子抜けして周りを見まわしたのだが、誰一人として、この状況を驚いていない様子。
ただ、身構えて警戒している事は伝わってくる。
んん?このリチャード殿下と同じ名前のリチャードと言う人物は、リチャード殿下くらい危険人物って事なのかしら?
いったい何者?
皆は知っている人なのかしら?
何だか、前にも同じような状況があったような気がする…。
ああそうだ、あの時と同じだわ。
あの危険な馬車に乗る前の御者の顔と名が違った…皆との認識のズレ、違和感…これってまたそうなのかな?
嫌な予感がする。
目の前の見たことのない人物が、かなり危険かもしれないという事で、オリヴィアも警戒を強める。
「ハハハ、皆さん、何だか怖いですね。私は何もしませんよ。むしろ、あなた達に手を貸してあげようと、こちらへは参上したのです。」
リチャードと名乗る男が、そう軽い口調で言った。
「リチャード殿下、手を貸すとは、いったい“何に”でしょうか?」
アーハイム公爵が質問した。
「君は確か、ウェルト国の宰相だったね。“何に”だって?君達、困っているのだろう?ダンスのパートナーがいつまで待っても戻ってこないそうじゃないか。ククククッ。」
その男が一人だけ可笑しそうに笑う。
「何故その事を…リチャード殿下、何か知っているのですか?」
マーガレットが苛立ちを隠さずに、質問する。
「君は、ああ、あいつが欲しがっていたラックランド家の娘か…。僕は何も知らないよ。知っているのは、フォード嬢と踊る相手が居ないって事だけ。あいつは代打を用意していた様だけど、僕はそれを好まない。だから、提案をしに来たのだ。」
「「「提案!?!?」」」
「ああ、提案さ。僕と踊るというのはどうだろうか。いい案だと思わないかい?なあ、フォード嬢?」
そう、リチャードと皆も呼んでいるこの男にそう言われた。
ちょ、ちょっと待ってよ。
何でみんな、コイツがリチャード殿下だって認識なの?
どう見たって違う人物なのに!?!?
なんで皆、あれを受け入れられているの?
はぁ?おかしいよね。
だってこの人、リチャード殿下じゃないでしょ?
なんで誰も指摘しないの?
え、なんで?
この状況、おかし過ぎない??
だから、そんな知らない奴と、なんで私が一緒に踊らなきゃいけないのよーーー!!
え?何でみんなこいつがリチャードだって受け入れてるの?
私だけ?
私だけが、こいつをリチャード殿下と認識していないって事なの?
いやいや、御者の時みたいに、名前の一緒の人かも…ん?でも、あれも何だかおかしかったのよねぇ…確か偽物だったはず…えっ、でも、いやいや、まさかね。
冷静に、もう一度整理しよう。
この人の事を皆は殿下って呼んでいた。
リチャード殿下はこの国で一人だけだし、やっぱりこの男の事が、皆にはリチャード殿下に見えているってことなのよね?
でも私には別人に見えている。
何で私だけ違って見えているの?
ていうか、コイツはいったい誰なの?
偽者よね?
あああああ、怖いけど、前の時の事もあるし、やっぱりこれは、ちゃんと確認しなきゃいけないわよね!?
「あの、なぜ、見ず知らずの貴方と私が踊らなければならないのでしょうか?なぜ、貴方はリチャード殿下のフリをしているのですか?貴方はいったい、誰なのですか?」
勇気を出して、リチャードと名乗る男に対して強い口調でオリヴィアが質問した。
その言葉に、周りに居た者達が驚き、オリヴィアを見る。
そして、すぐにリチャードへと視線を向ける。
向けるというか、まじまじと見つめて確認しているというような仕草だ。
リチャードと呼ばれた男が、声を出して可笑しそうに笑いだした。
「クククックハッハハハハハハ。やはり、やはりそうであったか。見つけた、ようやく見つけたぞ。お前は、ルタールの生き残り。やはり存在したのだな。ついに見つけたぞ。」
そう小さく呟いた。
「ルタール…確か、今のルトアール、自治国のことよね?」
男の小さく呟いた言葉を近くに居たオリヴィアは聞いてしまう。
そして、いったい何を言っているのかと首を傾げた。
「君にどう見えて居ようと、今は、私がリチャードだ。皆はそう認識している。そんなことよりも、さあどうする?僕と踊るのか?踊らないのか?そもそも君は僕と来るべきなのだ。さあ、手を取りなさい。」
リチャードと呼ばれた男がそう話すと、皆は混乱しているようで、困った表情で互いの顔を見まわしている。
「いいえ、踊りませんわ。先程も言ったとおり、貴方の事を私は一切存じておりませんもの。そんな方と踊るなんて無理です。お断りです。」
オリヴィアがキッパリと言う。
すると、リチャードではない男は、後悔しても知らぬぞと捨て台詞を吐き、出口の扉へと向かう。
言葉とは裏腹に満足そうな笑みを浮かべ、軽やかな足取りで部屋を出て行った。
再び偽者!!
オリヴィアのみに判別できる偽物の正体とは?