従者テオ
いつもありがとうございます!
「私、死んでない!!」
オリヴィアは叫んだ。
窓から差し込んだ西日が瞼に当たる。
体がフカフカな物に包まれ、視界の先が天井であると認識した。
そこが部屋の中であり、自分がベッドに寝かされていることに気づく。
「ああ、君は死んでいないよ。良かった、目が覚めて。」
少し離れた位置のテーブルセットに腰かけ、読んでいたらしい本をパタンと閉じて立ち上がり、ハロルドが声を掛けた。
その瞬間、自分のお腹辺りに、ズシリと何かが乗り、重さを感じる。
ソっと首を伸ばし、何かを確認してみると、ベッド横の椅子に腰かけながら、オリヴィアの掛けている布団へと顔を伏せたマーガレットであった。
「メグ??」
声を掛けると返事は無く、嗚咽と鼻を啜る音がする。
泣いているようだ。
「目の前であんな無茶をした君が目覚めて、彼女は心底安心したようだ。怪我は大したことないと医者は診察して知ってはいたけれども、君は目を覚まさなかったから。君を心配して彼女はずっとここで、君が目覚めるのを待っていた。」
ゆっくりと近づき、ベッドの横まで来たハロルドが教えてくれた。
彼の姿が見えて、何故だかドキッとした。
それに彼の声は、とってもホッとする。
その時、マーガレットの泣き声が小さく聞こえてきて、オリヴィアの方を見る。
泣くマーガレットを見て、自分が軽率に勝手な行動を取ってしまったのだとオリヴィアは反省した。
「メグ…心配かけて、ごめんね。」
オリヴィアは手を伸ばし、伏せているマーガレットの頭を撫でた。
その手をマーガレットがパシッと掴む。
勢いよく顔を上げ、反撃に出た。
「なんて無茶なことをしたのよ。どれだけ危なかったのか分かっているの?でも、そのお陰で、私達は無傷で助かったわけだから…複雑よ!でも、それでも、私はカンカンに怒っているのよ!一人で動いて無茶をして。あなたがこのまま目覚めなかったらと、心配で、心配で。ありがとうは言わないからね!!…嘘よ、ありがとう、ありがとう、ありがとうの嵐だわ、本当にありがとうよ!無事で、本当に良かったぁ~ああああ。」
いつもの冷静沈着なマーガレットは何処にやら、目の周りを真っ赤にして、大きな声を上げ泣き、激しいお叱りの連打を浴びせてくる。
「グスッ。いつも、勝手してごめん。心配かけてごめん、メグゥゥゥ。」
2人で大泣きする。
――しばらくお待ちください。
少し落ち着いてから、2人は同時にティッシュで鼻をかむ。
そこに、ドアのノック音が響いた。
目が腫れ、疲れ切った2人に代わって、ハロルドが返答する。
部屋に入ってきたのは、ヘンリーとウィリアムであった。
ヘンリーが目覚めているオリヴィアを目にし、瞬時に駆け寄り、声をかけた。
「リヴィ!!無事で良かった。もう俺の前で、無茶はしないでくれ!!俺が助かっても君に何かあったら…俺は、死んでしまう!君が目覚めないと聞いて、このまま目覚めなかったらと…生きている心地がしなかったのだ。」
どうやらあれからずっとオリヴィアは寝ていたらしい。
丸一日が経過し、今はお昼近くだそうだ。
ヘンリーにも心配させてしまったと落ち込み、オリヴィアは、すまなそうに反省の表情で謝る。
ヘンリーはそんな彼女の様子にズキュンと胸を撃たれ、思わず抱きしめた。
暫くすると、ウィリアムが咳払いをし、進行を促した。
「殿下、そろそろよろしいですか??例の話をしなくてはなりませんので。」
「チッ!分かっている。」
大きく舌打ちして、ヘンリーはオリヴィアからしぶしぶ離れる。
そこにノック音がした。
トントン。
「ケントです。」
「入れ。」
ヘンリーが返答した。
ケントと名乗った男が部屋に入り、ベッドから起上がり皆と話すオリヴィアを確認し、微笑んだ。
「良かった、フォード嬢、目覚めたのですね。ヘンリーもこれで落ち着きます。目覚めているならば、私に連絡をくださいよ。私は、クロスター公爵家に雇われている医師なのですから。それから、フォード嬢は足を負傷していますから、熱が上がるかもしれませんので、起き上がらずに安静に寝ていなければいけません。皆さん、決して無茶はさせないでくださいね。」
そう言いながら、ベッドの方へと近づいてくる。
その時、マーガレットが椅子から立ち上がり、腕を前へ出し、手を広げた。
「止まってください、フレデリック様。そこで止まってください。私は、貴方を信用してよいのか、わからないのです。彼女は私の真の友なのです。今のままでは貴方に治療を任せられないわ!!」
マーガレットが今までにない、怒った表情で彼を睨んでいた。
ウィリアムも、滅多に感情を露わにしないマーガレットの怒った表情に動揺を隠せない。
咄嗟に理由を聞いた。
「メグ、どうした?なぜ、そんなにフレデリックを敵視している?」
慌てて尋ねる。
「私は目撃したのです。馬車が襲われた時に、二回の恐ろしい音が響いたでしょう。あの時に…音のした方へ目をやったら…ある人物が細い筒が付いたような何かを抱えて、逃げて行くところだった。」
フレデリックは強張った表情でそれを聞いている。
「ああ、あれは、銃だ。銃という道具だ。西の大陸で開発され、戦地で人を撃ち殺す為に使われている。近年の東の大陸は平和な状態であったために、大々的には故意に広めないようにしていた。強い武器は人を狂わすからな。火薬という物質を原料にした玉を用いる。構造的に水に弱い。強い衝撃や重さもあり訓練が必要だ。扱う側の安全のためにもわが国にはまだ必要と判断してこなかった。それが、ここ最近、領地を守る貴族たちの間で大型の獣狩りという目的でだが取り寄せ扱っているという。そういう裏の情報は得ている。銃はとても危険なのだ。わが国では国内に持ち込めない罰則と、保有するのに厳しい規則を設け、規制していたのだが…一部の狩猟好きの貴族が秘密裏に所持しているとうのは耳にしている。しかし、まだ一般的には流通していないはず。まさか、人に向けて使われるなんて…私が甘かったのだ。」
ヘンリーが俯いて嘆く。
責任を感じ落ち込むヘンリーを気遣い、オリヴィアは彼の肩を優しく撫で下ろした。
そのあとに、マーガレットの方を見て質問を投げかけた。
「西の大陸からの…銃…それで、メグが目撃した人物って、いったい誰なの?知っている人?」
オリヴィアは先が気になったので、急かすように聞く。
「ええ、私の知っている人だったわ…そこに居るケント医師の元侍従テオよ。貴方やケント公爵家はこの事件に何も関りはないのよね?信用していいのよね?」
犯人なのかとは尋ねず、言葉を濁しながらフレデリックにマーガレットは質問した。
オリヴィアは、ここにいる三人とケント医師は、深い絆があるのだろうと、雰囲気で感じ取っていた。
「テオが……私や我が家は、今回の事件は何も関わっていない。企んでも居ないし、実行もしていない。テオ、元従者は……今は連絡を絶っているというか、行方が分からないのだ…」
ケント医師が泣きそうな顔をする。
「え?」
マーガレットが驚く声を上げる。
「テオが私の元を去ったのは、君達がウェルト国へ旅立つ少し前、君のお兄さんの婚約披露会が行われてすぐのことだ。急遽、実家を継ぐために国に帰ると言い出し、職を辞して去っていってしまった。跡取りの兄が病で急死したのだと聞かされたのだが…しかし、私が医学を学ぶために西大陸へと渡り、落ち着いた頃に、聞いていた彼の住まいを訪ねたのだが、彼はその家に存在しなかった。それから必死で彼の手がかりを探した。だが、手がかりは全くつかめなかった。調べれば調べる程、何も出てこない…いいや、疑わしくなっていく…名前さえも、本名であったのかと疑う日々…だから調べるのを辞めた。幼少期から家族の様に信じてきた従者のテオのままで、居てほしかったから…彼を信じたかった。」
その話を聞いて、部屋の中は静まり返った。
「信じる。俺は、お前が信じる者を信じたい。親友だからな!」
「俺も!何か事情があるのだろう。私も調べてみよう。」
ヘンリーとウィリアムが、フレデリックの肩に手を置き、励ます。
フレデリックの話を全て鵜呑みにしてよいものなのかと、マーガレットは葛藤する。
「俺は、フレデリックを主人と認めて心から嬉しそうに世話をするテオを幼少期から間地かでずっと見てきている。だから、俺もあいつを信じたい…しかしだな、俺の愛する婚約者であるメグが、テオを目撃している。だから銃を撃ったのはテオなのだろう。メグは知っての通り、賢くて目がとても良い、どんな一瞬でも見逃すことはない。見間違えることは絶対にないのだ。つまり、何らかの事情によりテオがそんなことをやらなければならない境遇に陥っているという事なのだろう…皆で助けなければならない。」
ウィリアムが強く主張した。
それに対して皆は無言で頷く。
「皆、ありがとう。」
そう言って、ケント医師は上を向いて涙を拭う。
フレデリック・ケントの元従者テオの正体とは?
評価、誠にありがとうございます!
ありがとうございます!感激☆☆☆