カーターと呼ばれている男
続けて読んでくださっている方々、ありがとうございます
墓地から離れて王家の許可の無い者が入れない地域から外れた頃に、ハロルドが立ち止まり、指を鳴らした。
思ったよりも大きく高い音が鳴る。
すると、前方、後方から、合わせて3人の人影が現れた。
「大丈夫。公爵家の者だ。さあ、馬車まで急ごう。」
2人は彼らに挟まれ守られながら進んだ。
途中、木の影から石を投げつけようとした者や襲い掛かろうとした者がいたが、公爵家の護衛が取り押さえた。
それを呆気にとられて見ていると危機感が足りないなと、ハロルドが優しく笑い、オリヴィアの手をそっと握り、手を引き歩き出した。
オリヴィアの心臓が跳ねた。
指先が熱い。
細い路地を囲まれながら進み、開けた場所まで出た時、王家の馬車が目に入る。
「あそこで、ヘンリー王子が待っている。」
ハロルドが、そっと手を離す。
離れた瞬間、オリヴィアは少し寂しく感じた。
ハロルドの言葉通り、オリヴィアが馬車へと近付いて行くと馬車のドアが勢いよく開き、ヘンリーが降車し、オリヴィアに駆け寄り強く抱きしめた。
その時のオリヴィアは何だかソワソワして、つい、ハロルドを探してしまう。
それに気が付き、この後ろめたい感情は何なのかと戸惑い胸が疼く。
そうこうしている間に、ヘンリー王子が会話を始めた。
「リヴィ、無事でよかった。アーハイム公爵、リヴィを守ってくれてありがとうございます。」
オリヴィアの間後ろに居たハロルドに向かって、オリヴィアを抱きかかえたまま、本当は自分が守りたかったという悔しさも入り交じった複雑な表情で、ヘンリーがハロルドへとお礼を述べた。
「それよりヘンリー王子、急がなければなりません。早くここから出発をしましょう。お二人は馬車で。私も単馬ですぐに後を追いかけますので。今の状況では何があるか分かりません。安全な場所へと直ぐ出発して下さい。」
後方から、アーハイム家の護衛がハロルドの乗る馬を引いてきているのが見えた。
「ああ、分かっている。カーター、急いでクロスター公爵邸へ向かうぞ。」
先程下車した馬車の御者の隣に座るヘンリーの侍従へと、ヘンリーが声を掛ける。
そばかすが目立つカーターと呼ばれた無口な男が力強く頷いた。
その後、王子が急いでオリヴィアをエスコートし馬車に乗せると、自らも続いた。
2人が馬車へと乗り込み、席に着くと、すぐに馬車は走りだした。
少しの間、今の状況を話し合う。
「今、この国で、私は悪者なのですか?」
気落ちした声で、オリヴィアが切り出す。
「黙っていてすまなかった。悲しいことに、国民に愛されていたデーヴィッド兄様が謎の死という形で亡くなってしまったものだから、皆の感情が複雑な状況になっているのだ。兄様を、君や私、王子妃、異母兄が殺害したのでではないかと、憶測で良からぬ疑いを抱く者が大勢いるのだ。貴族の中に許しがたい作り話を方々で流す者もいる。そのせいで、私達は悪者扱いだ。」
ヘンリーは肩をすくめて、少しオーバー気味にリアクションをした。
「どなたが流しているのかは、もう分かっているのですか?」
「いいや、色々な噂が広まりすぎていて、元凶を特定とまでは至っていない…すまない。事故が起こってから今日までの、この数日間で噂は大きく広まった。まだ公表していない話も噂には混じっている…犯人なのか、はたまた私達を陥れたい何者か。多くの者が悪意のある偽りの話を広めたと考えられる。用心しなければならないのだ。」
「…はい。」
沈むような気持に、馬車の中は沈黙が流れる。
その時、馬車が速度を緩めた。
御者の隣に乗っているカーターが馬車の側壁を叩き、ヘンリーに話し掛ける。
「殿下、クロスター公爵家の馬車が停まっています。どういたしますか?」
そう、聞いてきた。
小窓から覗くと、すでに街の中心地手前まで差し掛かっており、侍従が言うように、クロスター公爵家の馬車が停まっていて、その傍らに、ウィリアムが立ち小窓から顔を出しているマーガレットと難しい顔をして話しているのが見える。
何かあったようだ。
「停めてくれ。」
ヘンリーが命じると、馬車は停止した。
馬車から降りようとオリヴィアは腰を浮かしたが、君は下りずに待っていてくれというヘンリーの言葉に従い、待つことにする。
窓から様子を伺うだけでは、何が起きているのかは全く分からない。
2人に怪我は無いようだが、困っているのだけは分かる。
その時、カーターが走ってどこかへ行った。
その後すぐに、ヘンリーがウィリアムとマーガレットを連れて、こちらに向かってくる。
小窓から顔を出したオリヴィアに向かって、ヘンリーが話す。
「馬車の車軸と車輪の結合する部品に亀裂が入っていて、馬車を動かせなくなってしまったらしい。今、カーターが直せる技師を呼びに行ってくれている。2人にはこの馬車に乗るよう話したよ。」
そう説明した。
馬車に乗るために、ドアを開いた時に、男が息を切らし馬車の前までやってきて、こういった。
「クロスター公爵家の馬車は、修理してから邸へと送り届けるよう、通り沿いの職人へ話を付けてきました。さあ、ヘンリー王子、先を急ぎましょう。」
見知らぬ男がそう言ってきたのだ。
オリヴィアは疑いの目を向ける。
その男に、ヘンリーが答える。
「苦労だった。では、皆、急いで馬車に乗ろう。乗ったらすぐに出発だ。わかったか、カーター!」
ヘンリーがそう言ったのだ。
オリヴィアは、見知らぬ男に向かって、ヘンリーがカーターと呼び、会話を交わしたことが引っかかった。
いきなり現れたその男、先程のカーターという侍従と同じ名前の小間使いの男なのかもしれない…だが、なんだろう…この人から嫌な気配を感じるのだ。
この男はもの凄く怪しい。
指摘してもいいのだろうか、言ってしまってなにも無かったら?皆にも迷惑を掛けてしまうし、この従者にも失礼になるかもしれない。
でも……どうしよう、どうしたらいい?
言わずに知らんぷりする方がラクに決まっているだろうけれど…どうしても、今回はそうしてはいけない気がする!!
「ヘンリー、その方は、どなたなのですか?カーターは先程まで御者台にいたそばかす顔の侍従ですよね?彼もカーターと言う名の従者なのですか?用心棒のような体つきで目付きがするどい男です。先程のそばかすのカーターとは違う人のようですが、彼はいったい誰ですか?」
馬車に乗ろうとドア下の足掛け板に足を乗せようとしていたヘンリーは、その投げかけられた言葉に驚き、足を止めた。
驚いていたのは、ヘンリーだけではなく、カーターと呼ばれていた男もだ。
目を見開き、信じられないという顔をオリヴィアへ向けている。
ヘンリーが疑いを掛けられた男の方に振り返り、何かを聞こうと手を延ばした瞬間、カーターと呼ばれていた男が叫んだ。
「なんでお前は掛かっていないんだ!?」
カーターと呼ばれていた男が、ヘンリーへ体当たりし、馬車へと乗り込みドアを強い力で閉めた。
馬車の中に、カーターと呼ばれていた男とオリヴィアが2人きりになってしまう。
次の瞬間、“ズガン”という聞いたことのないような重く鼓膜を破裂させるような衝撃音が、頭上の高い位置から聞こえた。
ブックマークありがとうございます。
ここまでリアクションが何もなかったので、少し落ち込んでいました。
とてもとても有難いです。
読んでもらえていると実感し、頑張れます。
ありがとうございます☆