アドラシオン王国へ
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リチャードがオリヴィアに聞こえるように小さく舌打ちをした後、向きを変え、マーガレットに話し掛ける。
「ラックランド嬢も久しぶりだね。クロスター卿と婚約したと聞いた時には驚いたよ。君は、私のところに嫁いでくるものだと思っていたから。」
「私は、ウィリアム様を昔からお慕いしておりました故、殿下のご期待には応えられず、申し訳ございませんでした。ですが、此度、側妃のマリア様を迎え入れられたと耳にしております。おめでとうございます。」
「ありがとう…本来ならば我が国民にも側妃の存在を大々的にお披露目するべきところなのだが、母が身分の事で大層嫌がってね、宮廷舞踏会で一度顔を出すだけとなっている。それよりも、君があんな女好きと想い合っていたとはね。ハハッ、残念だ。これは実に惜しいことをしてしまったようだな。」
ピリッと、マーガレットの周りの空気が凍った。
こんな様子で、三人で周囲の空気を凍らせながら少しだけ雑談を交わし、
「では、私はこれにて失礼するよ。また元気な姿でお会いできることを楽しみにしているぞ、フォード嬢。」
そう言ってリチャードが去っていった。
この最後のセリフ…不穏である。
思わず唾を小さく飲みこむ。
「あの言葉…やはりあの釣り目が企んだとしか思えない。」
マーガレットが彼の後姿を憎々しく睨みつけ、小さく呟く。
「ちょっとここでは滅多なことは言わない方がいいわ。常に冷静は貴女の代名詞でしょう。」
オリヴィアが宥める。
「そうよね…はあ、余計な力を使って疲れたわ。今日は、早めに帰りましょう。」
マーガレットがここまで対人で疲れみせるなんてかなり珍しい。
リチャード殿下とは自国の貴族であってもこの反応なので、敵視されているオリヴィアにとっては奴への対応は本当に大変でなのである。
「ええ。」
冷汗を掻きながら、オリヴィアとマーガレットは、主催のジョージ殿下に挨拶し、会場を後にする。
もう帰るのかと惜しむ言葉とは裏腹に、婚約者への束縛を露わにした顔は、男装で無いのに白薔薇様が帰ることを嬉しそうに送り出す。
そんなに白薔薇様への危機感を抱いているのかと呆れながら、笑顔のジョージ殿下に背を向け、速足でフォード公爵家の馬車へと向かい乗車する。
急いで公爵邸へと馬車を走らせた。
「ただいま帰りました。誰か、メグを部屋に案内して。」
オリヴィアの護衛のクロスターが帰国する際に、マーガレットを頼むと鬼気迫る勢いでお願いされた。
よって、マーガレットは今、フォード公爵邸で寝起きしている。
2人が共に帰宅し、屋敷内に入るや否や。
「姉さん!!無事で良かった。」
と、下の弟イアンが心配しながら駆け寄ってきた。
傷一つないかどうかを周囲をグルグル回りながら丁寧に確認している。
「ど、どうしたのですか?」
オリヴィアが目を丸くしながらイアンに質問をすると、思わぬ答えが返ってくる。
「アドラシオン王国の第一王子デーヴィッド殿下が先日から行方不明が分からなくなっていた事は聞いていたでしょう。先程、帰らぬ姿で見つかったとの一報が入ったんだ。だから、姉さんにもしも何かあったらと心配で心配で…姉さん?」
マーガレットが横で顔を歪ませ悲痛な声を上げる。
自国の王太子が亡くなったのだ、反応はそうなるだろう。
それに、第一王子は歴史ある伯爵家の娘であるマーガレットと貴族間で昔からよく顔を合わせていたらしく、特別な思い出もある。
オリヴィアにも弟の婚約者は未来の家族だと、会うたびにとてもよくしてくれて、自分に兄がいたならばと思わせる敬愛する存在であったのだ。
動揺を隠せない。
第一王子が亡くなったなんて…信じられない。
今、ヘンリーは何処で何をして、何を想っているのか?
きっと、悲しむ者を支え、自信は悲しむことも怒ることも出来ずに、必死で堪えて、堪えて、動き回っているに違いない。
第一後継者の死亡…ヘンリーは無事よね??
ここに居る私には、彼の力にはなれない。
遠すぎる。
私は彼の婚約者なのに、なんて無力なのか。
「イアン、事故なのか事件なのかは聞いている?」
「あっ、いいや、まだ正確には…事故だと主張する者が居るとかで…でも、事件の可能性も大いにあるとも伝わってきている。」
「そんな!?」
オリヴィアが顔を真っ青にする。
事件ならば、第一王子を狙った目的は、後継者問題ではないのか?
そうなると、ヘンリーも狙われるのでは?
「大丈夫よ、リヴィ。アドラシオンにはウィルが向かったし、もうすでに殿下の元へ到着しているはずだから。それに、その他にも殿下を守ってくれる味方は多いの。貴女と婚約してから、ヘンリーは変わったわ。他国から嫁ぐ貴女を守るために、味方を増やし着実に力を着けてきた。だから、きっと大丈夫。」
そう自分に言い聞かせているように言葉を吐き出すマーガレットの握られた手は小刻みに震えていた。
その七日後、アドラシオン王国にて第一王子の国葬が行われた。
***
オリヴィアは、第一王子の訃報を聞いてから直ぐに列車に乗り込み、王都を出た。
その二日後にはアドラシオン王国入りを果たしていた。
だが、ヘンリーに会えたのは、国葬の行われる前日の夜であった。
アドラシオン王国でのオリヴィアは、安全のためにと信頼のおけるクロスター公爵の王都の屋敷に滞在している。
婚約者の姿は明日にならないとみることが出来ないのかと、消沈しているオリヴィアのもとへ、夜分に騒がせて申し訳ないと断りをいれ、ヘンリー王子がクロスター邸を尋ねてきた。
ヘンリー王子の傍らには、近衛騎士が十数人とついて警護をしていた。
彼は第一王子亡き後、継承権を持つために嫌でも跡目争いに巻き込まれる。
正妃の子であり、有力候補なのだ。
あの後、第一王子の死は、事故、事件の両方とされ、現在、王命により騎士団が捜査しているらしい。
この手厚い警護の意味は、彼の立場がとても重たいものなのだと感じさせていた。
ヘンリーがオリヴィアのいる部屋の前まで来ると、近衛騎士に命令ではなくお願いをした。
どうしても干渉されたくない時間を彼らの合意の上で作りたかったのだ。
「すまないが、ここから先は、私を1人で行かせてほしい。」
「ですが、このような事態の最中です、殿下にもしもの事がありましたら我々は許可出来かねます。私共も、一緒に参ります。」
こんな事態であるので、近衛騎士もかなり渋る。
「頼む、少しだけ、ほんの少しの間だけでいい…私を、婚約者の元へ1人で行かせてほしい。」
ここまで、毅然とした態度で兄の国葬の全てを取り仕切り進めてきた王子。
その彼の苦しそうな表情に、このひと時だけならばと近衛騎士達も折れ、分かりましたと返事をするよりなかった。
部屋のドアをノックし、ヘンリー王子は部屋へと足を踏み入れる。
遂にアドラシオン編へ入ります。
あらすじ後半部へ突入です。
陰謀っス。