女神さまにお願い
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仲直りが済んで、冷静さを取り戻したハロルドが、外を覗き、告げる。
「このまま行くと、次の急カーブを曲がり切れずに、馬車が転覆するでしょう。このまま乗って防御の姿勢を取り、根性で乗り切るか、少し先に群生する低木に身を委ねるかの二択となりますが、どちらにいたしましょうか?」
そう聞かれて、オリヴィアは既視感を覚えた。
そしてあの時と同じ状況だと思い至った。
そう、アドラシオン王国でも、彼らには同じような馬車での事故が起こっている。
あの時の事を色々と思い出して気持ちが少しばかり沈んだが、そんな時間はないと急いで思い直す。
そして、彼をまた、信じればいいだけなのだと考えた。
「では、あの時と同じ様に飛び降りましょう。」
オリヴィアがそう言うと、ハロルドは爽やかに笑い、
「はい、私にお任せください。」
と、オリヴィアを両腕で強く抱きしめた。
この馬車はあの時の王族の乗るような大きな馬車ではないので、狭い場内での抱擁は逃げ場がない。
「ハロルド。」
と名を呼び、照れ度マックスの赤ら顔で強く抱きしめられた背中が少し痛いのだと、抗議する意味で彼の腕を叩く。
そして、早く動かないといけないと催促した。
「はいはい。」
と、ハロルドは返事をし、しぶしぶ離れると、馬車の扉を開けた。
馬が走り続ける中で、急ぎ脱出しなければならない。
本当に大丈夫なのだろうかと心配になる。
「よし、行きしょう。リヴィ、こちらへ。」
そう言うと、ハロルドのお腹とオリヴィアのお腹をくっ付けるように言われる。
結われた太い紐のようなもので互いを縛り、固定する。
「この紐は?」
「いつも持ち歩いているのですよ。あると縛るのに大変便利なのです。」
と、ハロルドがオリヴィアの質問に言葉をほんの少し詰まらせながら答えた。
何に使うのかはあとで聞こうと、オリヴィアは一先ず置いておくことにした。
「さあ、行きますよ。」
そう言うと、ハロルドは馬車の扉を開き、それを背にスタンバイした。
タイミングを見計らい、飛び降りるのだ。
あと少し……あと少し…そーれ!
低い木が路脇に並ぶ少し手前で、馬車から手を離し、足は空中を蹴った。
ハロルドが背中を下にして、その上にオリヴィアが乗る形で木々の上へとダイブする。
これであの時のように助かる。
そう思ったのも束の間、オリヴィアはハロルドの背後にある物に気が付いたのである。
目線の先の素早く景色の流れる風景の中、低い木の合間にある物が…見えてしまった。
それは、道案内か何かの看板であったのだろう。
低木と道の間に、細長い風化した板が落ちている。
矢印のようなものともう読み取れない消えかけた文字が大きく書かれている。
折れた部分の上についていたものなのだろう。
かなり古いようなので腐食して途中で折れたようだ。
その折れた木片には釘も残っており、このまま行くと、釘が刺さる、もしくは木片によって大怪我に繋がるかもしれない。
アレに刺さったら、大変なことになるわ!!
オリヴィアは彼を助けたいと千思万考した。
だが、自分との体格差や腕力がない事から、オリヴィアに出来ることは無いと血の気が引く。
こうなったら、最後の手段と、“アレ”に頼ることにした。
女神さま~助けて~!!!
そう心から祈った。
所謂、神頼みである。
すると、あの言葉が聞こえた。
【%%%$☆】
オリヴィアは聞こえたと同時にその言葉を叫んだ。
「%%%$☆!!!」
大きな声を出したオリヴィアに、ハロルドが目を見開く。
ハロルドの腕に反射的に力が入り、オリヴィアを強く抱きしめる。
そして、あの木片がハロルドの背中に当たるか当たらないかの本当に寸前のところで、突風が吹いた。
その瞬間、空気のクッションのようなものが背中に触れ、体が静止したのである。
ハロルドは背に触れる何かを感じ、さらに驚いていた。
いったい何が起きているのだろうか??
馬車が急カーブの方へと差し掛かり、見えなくなる。
馬の悲痛な叫び声が聞こえなかったので、自分達が降りたことで重さが減り、馬車は横転したりしないで済んだようだ。
あのままでは危ない。
だが、馬が落ち着いてくれるのを待つしか、もう手立ては残っていない…。
「お願い女神様、馬たちもお助け下さい!えっ、なんて?【&#2◇&】??」
その言葉と同時に、馬の嘶く声が聞こえた。
「だ、大丈夫かしら?」
と、心配する声を上げた時、体が横から縦へとゆっくりと浮き上がり、足が地面に着いた。
ハロルドの腕にさらに力が入り、
「無事で良かった。」
とホッとした声を漏らすと、抱きしまたまま、オリヴィアの頭をグリグリしてきたのであった。
「ハッ、ハロルド、背中、背中は大丈夫でしたか?」
思い出して慌ててオリヴィアが聞く。
「背中?何ともありませんよ。」
なぜそんな質問を?と考えながら、可愛いオリヴィアへ質問の答えを返すために背中を触ろうと、抱擁を解き、確認して返事をする。
そして、後ろの低い木の下に板が落ちていることに気が付き、落ちるはずであった位置に目をやり、自身が助けられたのだと理解した。
嬉しくて、嬉しくて、心が満たされる。
「良かった~」
と、オリヴィアが案著の声を漏らす。
オリヴィアもハロルドの背中を自身の目で確認したいが、紐で縛られているので見ることが出来ない。
「ハロルド、コレ、解いてもいいかしら?あら、硬いわ…」
苦戦する。
「ずっとこのままでもいいのに…」
と、ハロルドが真剣な眼差しで呟くので、
「もう、馬鹿なんだから。」
と、オリヴィアは頬を染め、必死で紐を緩めようとする。
必死のオリヴィアが可愛くて、頭にキスを何度もしていたら、怒られた。
「もう、いいから早くコレを解いてよ。」
耳まで真っ赤になっている。
可愛すぎる。
でも、もうこれ以上怒らせるのは得策ではないと、紐を解くのを交代し、アッサリ解いてみせた。
「え、どうして、ハロルド、凄いわ。」
そう感心するオリヴィアの声に、
「これは縛り方があるのさ。頑丈に縛れるやり方だ。解き方も、正確な解き方をしなければ解けない。」
ハロルドが得意げに言う。
「ふーん、凄いのね。今度教えて。」
オリヴィアが言うと、
「いいけれど、私には使わないでね。夜に私が使うかもしれないけれど。」
とハロルドが悪そうな顔でいってくる。
「もう!!」
と、またもや一気に耳まで顔を赤くして、オリヴィアがハロルドの胸をパタパタと猫パンチした。
ハロルドは天を仰ぎ、悶絶する。
ああ、可愛い。
そしてまた、オリヴィアをギュッと抱きしめた。
「助けてくれてありがとう、私の奥さん。もう絶対に離しません。」
優しい声が、耳元を燻る。
「私の旦那さま、私は一生離れたりしません。」
そう言うと、オリヴィアは顔を上げ、ハロルドの顔を見る。
ハロルドはそんな言葉を返してくれるのかと驚きの表情を一瞬浮かべたが、すぐさま笑顔へと切り替わり、顔が崩壊した。
嬉しくて、嬉しくてしょうがないと、全身が叫んでいる。
そのまま首を傾け、思わず、オリヴィアの唇に、自分の唇を重ねる。
オリヴィアは目を丸くして驚いた表情であったが、すぐに受け入れ、目を閉じる。
ハロルドは軽いキスをと思っていたが、そんなオリヴィアの態度に、さらに熱を帯び、舌を忍ばせるのを止められなかった。
そして、長い長いキスを決行した。
オリヴィアは息が出来ず、苦しくなってハロルドの腕を叩く。
その様子が可愛くて、さらに愛しく感じるが、これ以上はマズいと、ハロルドは顎から手を離し、唇をようやく離した。
チュッと言う離れた時のリップ音のあとに、オリヴィアはプハっと息を大きく吸い込む。
「リヴィは、長いキスをしたことがなかったようですね。私が初めてとは、とても喜ばしい。そんな時は、鼻で息をするのですよ。」
息が切れ切れのオリヴィアに向かって、ハロルドが鼻の頭をチョンと触り、そう教えると、
「なっ」
と言葉に詰まらせ、茹蛸のように腕の先までオリヴィアは真っ赤になった。
「フフフッ、これから私が色々教えます。これはとても楽しみですね。」
ハロルドが愉快に肩を震わせ笑う。
言葉にならない言葉を、口をパクパクさせ、オリヴィアは何も言い返せずにいる。
暫くの間、こんな会話が繰り返され、オリヴィアは羞恥と闘うのであった。
そうこうしている間に、御者が追いかけてきた。
置いてきぼりにされてから、ここまで何とか掛けてきたようだ。
その後、急カーブ先の野草の生えた場所で、馬たちが餌を砲張り、大人しく待っているのと、馬車を発見し、無事に、ハロルドの屋敷へと帰路に着いたのであった。
ちょっと、変なスイッチの入ってしまったハロルドが誕生しました
次回、最終話です