【とある騎士の熱願と、とある女神の話】
いつもお読みいただきまして、誠にありがとうございます
今回はちょこっと息抜きに…
私の名はカイル。
モーリス伯爵家の次男に生まれ、早々に騎士道を選び、努力を重ねた。
自慢ではないが、年若くして王宮騎士団内で実力が認められ、現国王の近衛騎士団へと入団が許された超エリート騎士であった。
だが、実践が乏しく、なかなか実績が上がらぬままで、爵位は長い間、ナイト爵であった。
そして、ようやく男爵位を賜り、好きな女性へ求婚できるとなったのだが、時すでに遅し…その女性は片割れを見つけて、結婚へと進んでしまっていたのだ。
そう、その女性は、リナ。
俺の幼馴染であり、現フォード公爵夫人である。
彼らがツインレイという特殊な番であるという事を知らされたのが、現フォード公爵が王弟から臣下へと下った直後であった。
俺は当時の陛下直々に呼び出され、ある任務を賜った。
この国にいるルタール女王の血筋の者を守る役目、ルトゥ騎士団に入団することである。
(当時の団長は当時のハートフィル侯爵である。リナと結婚をしたエドワードは副団長をなった。今は騎士団長と降格している。)
その日から、俺は、裏と表、二つの騎士団へ所属し、主に、裏の仕事を多く引き受けることとなった。
陛下の近衛騎士から、フォード公爵の護衛として共に行動し、補助する役割が増えた。
世界各地を飛び回り、ルトゥに関する情報収集や問題の解決をササッとこなし、それは結果として、ルタール女王の血縁者の為に働くこととなっていた。
ウェルト王家はルタール女王の血縁者を守るという聖約があり、受け継がれているのだという。
その為、フォード公爵がその役目を与えられ、その補佐を俺がしていたというわけだ。
正直、彼の位置に自分が居られないということに悔しい気持ちはある。
だが、どうしてなのか…彼には敵わないという、自分には本来持ち合わせていない性質、簡単に諦めてしまうこの気持ちが、仲睦まじい彼らを目にすると湧き起こるのだ。
この問いは、先程、帰還した女神の言葉によって、明らかになった。
***
女神さまと話をしたのは、自分の感覚的には3刻くらいあったのだが、驚いたことに、瞬きをするくらいの時間しか、過ぎていなかったのだという。
女神は時間を操作していたようだ。
力の回収後、力とは一切関係のない俺が、女神に呼び出されたのを皆が不思議がったという一幕を覚えているだろうか。
あの時、何があったのかを、ここでコソッとお教えしよう。
あの時、俺は女神に聞かされたのだ。
俺が、女神ルトゥが愛した人間の生まれ変わりであるのだと。
***
女神が愛した人間とは、ツインレイの片割れであるウェレと考えるだろう。
だが、彼は人間ではない。
女神ルトゥの生み出した聖物である。
そして、彼は自分の力を分け与えたルトゥの家族だ。
括りはドルーと同じなのだと言っていた。
女神が愛した人間とは、誰なのか。
実は、彼女の世話係として、8歳から彼女に仕えていた少年、スィエルである。
8歳の少年と言うと、聞こえはよくないので、もう少し詳しく語る。
ドルーによって起こった穢れの暴走から数日が経ち、ルトゥがドルーの住まいからほど近い土地の城で暮らすようにと命じられ、移り住むこととなる。
スィエルは、そこでのお世話係として連れて来られた、子供の使用人のうちの1人であった。
その時の彼はたったの8歳。
ドルーの臣下の血縁者の中から、ルトゥの身の回りの世話をする役目として、選ばれたのだ。
彼が選ばれた理由、それは、耳と言葉が不便であったから。
彼がルトゥの傍で働けたのは、耳が聞こえなかったからだ。
その所為で、言葉も巧くしゃべれなかった。
ドルーはそういう者をワザと選び、彼女の世話をする役目を与えていた。
ドルーはルトゥが誰かと言葉を交わし、仲良くすることを良しとしなかったのだ。
その事にルトゥは気が付いており、こっそりと彼らの不便を治していた。
彼らは治ったことは決して口にはしない。
ここで働けなくなるからだ。
彼らは彼女を心から慕っていた。
彼らは彼女を懸命にお世話し、よき話し相手となった。
スィエルが8歳から成人を迎え、さらに10年過ぎた頃、ウェレの危篤の報せが飛び込んできた。
以前、ルトゥはウェレを匿うために訃報の情報を流したが、それはあくまでも偽装であったので、ルトゥの感情が動くことはなかった。
だが、今回は紛れもない本物の危篤の報せであった。
そして、すぐさま、彼の元へ駆けつけて、彼の死を看取ったのだという。
ウェレがこの世から消えてしまった後も、ルトゥは皆の前では、特にドルーの前では、気丈に振舞い悲しみの感情を見せることは一切なかった。
だが、内心はそうでない事をスィエルはよく分かっていた。
その頃のスィエルは、ルトゥの使用人からはすでに外されていたのだが、彼は自身の意志で女神の護衛を目指して剣術と武術を身に着け、必死に努力を重ね、彼女の護衛として、近辺を守る役割を与えられ、働いていた。
彼は、ルトゥの近くに居たかったのである。
ルトゥもそんな彼の好意を嬉しく思い、受け入れていた。
だが、この時点での2人は、たんに主従の関係であり、好意も恋愛の類いのものではなかった。
落ち込む女神を、スィエルは密かに励ました。
女神は夜、1人になった時に、ウェレを思い出しては泣いていた。
護衛である彼は、女神の部屋の扉から数歩離れた位置で、彼女の安全を守っていたのだが、時折聞こえてくる、か細いすすり泣きの声に、耳を傷めていた。
そして、ある日、居ても経っても居られずに、扉をノックしてしまうのである。
その日から、彼との夜の雑談会が始まった。
なんてことはない、彼が夜の護衛当番の日は、女神が部屋から顔を出して、彼を部屋へと招く。
そこで、他愛もない城での出来事を彼が話すという事だけである。
彼の話を聞いた女神は、大きな声で笑いそうになるのを、口を押えて堪え、声を押し殺して笑うのである。
その時間、女神は悲しみを忘れることが出来、笑いながら眠ることが出来た。
昼間の任務の時にも、スィエルは時間を見つけては元気を出してもらおうと、女神の喜びそうなものを調達し、子どもの使用人から手渡してもらうという行動をとっていた。
本来、いち騎士が女神さまへ私的な贈り物を安易に送るなど、あってはならない行動である。
だから、ひっそりと行っていた。
誰からの贈り物なのか、女神は分からないだろうと少しの悪戯心も持ちつつ、スィエルは送り続けた。
でも、自分からだと本当は気が付いてほしいという密かな想いも隠し持つ。
彼はバレていないと思っていた様だが、女神は誰からの贈り物なのかは最初から見破ってわかっていた。
そうでなければ、受け取っていない。
この可愛い行動に、女神は頬を緩ませ、贈り物が届くたびに満たされた。
そんな折、スィエルが護衛から外れることが決まった。
***
その頃、ドルーは王となり、近隣の地を力でまとめ上げて大きな国を築いていたのだが、近くの民族や領主との小競り合いが彼方此方で悪化し、人手が不足していたのだ。
ルトゥのいる場所も、ドルーの管理する土地である。
若者を戦地へとの声に、答えなければならなかったのだ。
人選は家庭を持たず、剣術の実力がある、健康な男が条件だ。
スィエルは当てはまってしまったのだ。
ルトゥは困惑した。
彼に戦地へ行ってほしくないから。
ルトゥは直ぐに行動に出た。
ドルーの元へ向かい、こう告げたのだ。
「私の住む城一帯を独立させる。王国を創りたい。」
そして、ドルーが拒むだろうと考えていたルトゥはドルーに脅しをかけた。
「それを許さないというならば、私は今すぐこの地から消えてやる。」
と脅し、直ぐにドルーは受け入れた。
これにより、ルタール王国は誕生した。
***
ルトゥはルタールの女王となる際に、自身の体の構造を人間と同じ物へ変えた。
そして、穏やかな日々が流れ、スィエルは30代後半へと差し掛かっていた。
その頃には、王城にいる全ての者達が、ルトゥとスィエルが想い合っていると認識するまでとなっていた。
主従の関係を保とうと一線を引いているのだが、バレバレで、すれ違う気持ちや行動が非常にもどかしい。
そんな2人を、周囲の皆がなんとなく協力し始めてから数年後、2人をようやくくっつけることに成功したのだという。
そうしてスィエルは、女王の秘密の王配となった。
女王は彼との間に、三人の子をもうけている。
この子供の存在をドルーが知るのは、女王の訃報を受けたあとである。
彼女に子供がいたという事実に、酷く怒りを覚えたが、彼女の力を受け継いだ次世代の女王マリーの力が強力で、すでに力が弱まりつつあったドルーは、彼女には敵わなかったので、ルタールは対抗することが出来たのであった。
そんなわけで、カイルはそのスィエルの生まれ変わりで、王女の愛した唯一の人間であるというので、王女が特別にカイルへと施しをくれたのだ。
それは、カイルの寿命を長くしてくれたこと。
フォード公爵亡き後、女王の力を未だに少し持つリナとの時間を、一緒に過ごせるようにとしてくれたのだ。
彼女のことをツインレイに邪魔されない世界で、独り占めが出来る。
至福の時間を手に入れられる。
今から、待ち遠しくてたまらない。
何もしないフォード公爵を盗み見ては、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべてしまうので、先日、フォード公爵から俺を見るなと叱られた話は、この話と共に秘密である。
世話焼き騎士の意外な結末となります