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とうとうこの日がやってきてしまった。

 

 そうやってエリオットに纏わりつかれながら過ごすこと、幾年。

 とうとうこの日がやってきてしまった。

 貴族の子息子女ならば決して避けては通れない、社交界デビューの日。


「どうしても! 行かなければなりませんか……!」

「いまさらなにを言ってるの、パティ! 当たり前でしょう!」

「今まで散々お前の我儘を聞いてきたんだ。お願いだから、今日という日くらいは大人しく言うことを聞いてくれ!」


 両親に宥めすかされながら真っ白なデビュタント用のドレスを着せられ、馬車で迎えに来たエリオットへと押しつけられる。


「エリオットくん! 君が来てくれるのを今か今かと待っていたよ!」

「オールディントン伯爵、夫人、今日はパティを僕に任せてくれて、どうもありがとうございます」

「いいえいいえ、こちらこそ引き受けてくれて本っ当にありがとう……! エリオットくんがいなければ、それこそパティは……!」


 本気で安堵感に涙ぐむ両親に、ちょっと罪悪感が湧く。

 そんな二人をなだめていたエリオットは、私の格好を見て大きな目をさらに大きく見開いた。


「パティ、驚いたよ。君だってちゃんとドレスを着れば、まともな令嬢に見えるんだね」

「……すいませんね、普段はちゃんとした令嬢に見えなくて」

「なんで謝るの? 褒めてるのに」


 優雅な身のこなしで礼をするエリオットはまるで別人のようで、その様子はまるで乙女ゲームの攻略者のようで……そんなエリオットの姿を見たのは初めてで、別の意味でドキドキしてくる。


「ね、ねぇ……エリオットの知り合いに、ピンク色の髪の可愛い女の子とかいないよね?」

「なんで?」

「なんででもいいから、とにかくいないよね?」


 エリオットは意味ありげに視線を彷徨わせた。


「……いるって言ったらどうする?」


 瞬間、背を向けて逃げ出そうとした私の肩を、エリオットはとっさに掴んできた。


「冗談だよ。いないよ、そんな知り合い」

「……本当に?」

「本当。やきもちを焼いてくれるかなと思って言ってみたのに、まさか逃げられるとは思わなかった」


 その言葉にホッとして力を抜く。振り返って渋々片手を差し出すと、あろうことが恭しくキスを落とされた。


「なっ……!」

「ではオールディントン伯爵、あとはすべて僕におまかせを」

「頼んだよ、エリオットくん!」

「くれぐれもエリオットくんに迷惑をかけないようにね、パティ!」

「……あの、やっぱりわた、しっ!?」


 反論を許さないほどの素早さでエリオットは私を馬車に押し込むと、しれっと隣に座り込んできた。


「ちょっと狭くない? 前の座席が空いてるんだから、そっちに座ればよくない?」

「なんで?」


 上から見下ろしてくる青磁色の瞳に、口をパクパクさせる。


「なんでって……じゃあ逆に聞くけど、なんで隣に座るの?」

「そりゃあ、隣に座りたいからだよ」


 事も無げにエリオットはそう言うと、かっと頬が赤くなった私を見て、にやりと悪戯っぽく微笑んだ。


「なっ……なっ……!」

「パティったら照れてるの? ねぇなんで?」

「なんでって……なんででもいいでしょー!」


 幼いころから変わらないやり取りを性懲りもなく繰り返しながら、馬車は無情にもずっと避けていた王宮へと着く。

 初めて見たそこはあまりにも豪華できらびやかで、ただただ広くて、久しぶりに見た人混みになんだか目の前がくらくらした。


「ね、ねぇ、なんか人多くないかな?」

「そりゃあ多いでしょ。なんてったってデビュタント・ボールだからね」

「……みんな、きれいだね」


 会場には純白のドレスを纏ったうら若き令嬢たちが、咲き誇らんばかりの美貌を輝かせながら若い男性と腕を組み、あちこちで会話に花を咲かせている。


「なんか場違いな気がする。端っこに寄ってようよ」

「んー、別にいいけど……」


 エリオットは周囲に目を走らせると、このときばかりは「なんで?」とも言わずに壁の花にさせてくれた。

 これだけ貴族の令嬢やら子息とやらが会場に溢れていれば、間違っても王太子殿下に目をつけられたり、乙女ゲームのヒロインに罪を擦り付けられたり、悪役令嬢に冤罪を捏造されたと訴えられたりだとか、そんなことは自分の身には起きないだろう。あとはどうにかエリオットとダンスを一曲踊って一目散に逃げ帰ればいい。

 ああ、平穏な我が家が懐かしい。

 この場所ではいつ誰と接触してしまうか気が気でなくて、本当に心が休まらなくて、あまりのハラハラぶりにすでに緊張を通り越して息切れしてきた。

 額の汗をハンカチで拭おうとして、ふと目に留まった令嬢二人に一気に血の気が引いていく。

 なんだか穏やかならぬ雰囲気で対峙している二人に、周りもざわつき始めている。


「どうしたんだい、二人とも」


 その様子に気づいた貴公子が二人に声をかけた。 目が潰れそうなほどきらきらしい金髪、誰よりもド派手な衣装。黄金色の肩章や真っ赤なサッシュが目に眩しい、あれは王太子殿下だ。 ……さすがに私でも王太子殿下の顔くらいは知っている。というより、誰よりも気をつけなければならない相手だから余計に知っていた。


「あ……あの、その……」


 デビュタントの衣装である真っ白なドレスを赤ワインで汚されて、泣きそうに震えているのは柔らかなピンク色の髪の令嬢。


「わたくしはただ、ぶつかってしまったので謝罪しようとお声をかけただけですわ」


 その様子を冷静に眺めながら凛と言い放ったのは、真っ赤な髪にきつめな顔立ちのグラマラスな令嬢。


 ――これは絶対に乙女ゲームのヒロインと悪役令嬢だ!


 周りの注目を集めながら、三人は何事かしばらく言い合っているようだった。だが、そのうちピンク髪の令嬢がわっと泣き出してしまう。その様子さえも冷静に眺めている真っ赤な髪の令嬢。王太子殿下は泣いている令嬢の肩に手を回して慰めだしている。

 周りが明らかにざわつく中、それさえも冷静に、ただ眺めている真っ赤な髪の令嬢。


「これは……!! これはとんでもないものを見てしまった……! いけない……いけない……巻き込まれる前に帰らないと……!」


 悪いが知り合いでもない他人の諍いなど私には知ったこっちゃない。ここが乙女ゲームの世界であると確信できた以上、私にもどこでどんな影響が及んでくるのか分からない。

 私はじつは前座で死ぬ令嬢Aかもしれないし、どっちかのアリバイ作りに利用される令嬢Bかもしれない。

 せっかく今まで平穏に自分の人生を積み上げてきたのに、ここにきて赤の他人の都合でめちゃめちゃにされるなんて、まっぴらごめんだ。

 今日がたとえデビュタントだろうとなんだろうと、社交なんて明日からでも始められる。約束通り会場にはちゃんと顔を出したし、両親との約束は破っていない。

 ――よし、もうお暇しよう。


「ちょっと待って。パティ、どこにいくつもり?」

「あー、お役目も果たしたし、そろそら帰らないとなぁって……」

「まだダンスを踊ってないよ?」


 呑気にそんなことを宣ってきた男の顔を、精一杯睨みつける。


「いやいや、なにを言ってるのよ! この会場の雰囲気を見てみなさいよ! 今はそれどころじゃないでしょうよ? 王太子殿下がなにやら二人のご令嬢と揉めてるでしょ。ここは関わり合いになる前に帰らないと!」

「パティこそなにを言ってるの? それこそそんなの僕たちには関係のないことでしょ。知り合いでもない君が、万が一にでも関わり合いになるわけなんてないじゃない。今ならホールも空いてるし、せっかく来たんだから踊って帰ろうよ」

「なんで?」


 私は今ここで初めて、この男が「なんで?」の呪文を連発するのか分かった。……つまり、相手の考えていることがさっぱり分からない。

 王太子殿下と悪役令嬢とヒロインが揉めている最中に、それを尻目に私に踊れとでもいうのか、この男は。


「別に踊ろうが踊るまいが誰も見てないんだしさ、もういっそのこと踊ったことにしたらいいんじゃん? ハイ、私たちは踊りましたよ! 楽しかったね、さ、帰ろう!」

「なんだよ、それ。意味わかんない。いいから踊るよ」


 エリオットは呆れた視線を私に送ると、容赦ない力で私をホールのほうへと引っ張っていった。








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