ショート 宵闇をさまよう女
夕陽が館を包み込む時間帯、それは私にとって祈りを捧げる為の時間でしかない。
あの日の晩から今日に至るまで。
彼の体温が、その優しい顔が頭から離れない。
君の血の味など知りたくはない、けれど君を救いたい。
彼の言葉なんて聞きたくなかった。
その頬に両手を当てて、首元へと優しく引き寄せる。
余命幾ばくもないこの身を生き永らえさせているのは、彼の血。
たとえ日を浴びる事が出来なくなったとしても、彼に一歩でも近寄れるならば全てを捧げられる。
彼の帰りが遅く、日の出の時間が迫っていた。
心配になった私の目に飛び込んできたのは、道に残されたペンダントと彼のものではない血溜まり。そして、木の杭だった。
夜風に吹き飛ばされそうになる灰を拾い集めて、ハンカチに包み込む。彼が私を腕の中へと招き入れてくれたように、そっと優しく。
机に載せていたペンダントを首にかけて、彼へと誓う。
貴方を奪った者を、私は赦さない。あの血の匂いは忘れたくても忘れるもんか。
ああ、憎い。この杭をその心臓に打ち込む日まで。貴方と同じ死に方で止めを刺すまで。
私から貴方を奪ったんだもの、誰かが命を奪われても当然の報い。
組んでいた指を解き、立ち上がる。
廃屋を出ると闇が私を迎えてくれる。
私は血の匂いを頼りに……歩き続けるわ。
宵闇が私を包んで、周囲へと溶かした。
お題:夕日・吸血鬼・因果応報