面倒事は億劫だが、向こうさんが執念い様なら迎え撃つ準備はして差し上げるよ
学園祭は三日間。ユーさんは一年から六年まで毎回忙しく裏方仕事をしていたのだけれど、一年からやり直しをしているあたしは面倒ごとを進んで引き受ける気は無かったから、静かに潜伏して様子見中の一年目は『少々気になる事があって』とぞろっぺぇ連に困っている風を装って、先生と図書館司書さんに相談してみたら、学園祭だからこそゆっくりと作業出来る図書修復ボランティア作業を紹介された。
仕事柄細かい手作業はお手のもんだから、先生方や司書さんに感謝されたし、何やらアザレさんがウィスタリアを探しているという話はきたものの、『こちらからは取り立てて話すような事もございませんし、学園祭前も始まってから皆様とは言葉一つ交わしておりませんのに……』てな感じで憂うユーさんモードを適用したら、先生達の方が勝手に気を使って、外部作業をしていて居ないと説明してくれた。
で、二年の時は既に爺様のお墨付きを貰って軍の資料整理の手伝いってんで、朝から爺様の職場でむっさい野郎どもにチヤホヤされながら、走り書きのメモやら報告書の切れっ端やらを清書する仕事をしていた。迎えた夕方、学園に様子を見に行った騎士さん曰く、何故か朝から存在すら確認していないウィスタリアが絶対どこかにいるはずと自信満々のアザレさんを先頭に学園内を捜索し、本当にいないと分かると『店の出店から片付けまで任せたのに不在とは責任感のカケラも無い、厳罰を与えねば』と意気軒昂に教員室に乗り込み、ユースティティア公爵から正当な欠席届を正式な手続きで提出されていると聞いて、青菜に塩の如くしょんぼりしていたとの事。
そりゃあね、やるべき事をおっぽりだしてズル休みってぇなら、幾らでも文句は言えるだろうけれど、軍部トップの爺様の肝入りで家の仕事のお手伝いってんだから、どこにも文句は付けられないさね。第一、授業の合間を縫って騙し討ちみたいにレルお兄さんが書類をぶん投げて来た出店準備はしてやったんだから、それこそ責任を持って閉店後片付けまでやっていただきたい。遠足は家に帰るまで、学園祭は後片付け迄、だよ。
ユーさんの記憶を思い起こせば学園祭の度に王子さんにいちゃもんをつけられている。しかも、一緒に行動していないのに、態々近寄って来て騒ぐんだから始末に負えない。それをまあ毎回真面目にお相手するユーさんも律儀というか何というか。
しかもだ、この国では当然至極の注意をしただけで、ぞろっぺぇ連が口を揃えて酷いのなんのと言い返して来るから、それをまた誠実に真面目に返答して、結局『柔軟な考えも出来ないとは、実に残念だ』などという訳の分からない捨て台詞を投げつけられて終わっている。ぞろっぺぇ連側が正しく無いからそういう捨て台詞になるのだけれど、その真意を考える真面目なユーさんに一言言ってやりたいよ。勢いだけで出て来る言葉に、深い意味なんてあってたまるかい、と。
ちまちまとシンコ細工を作りながら、思考整理がてら記憶をおさらいする
一年生の時は、入学後にやたらと距離の近いぞろっぺぇ連に疑問を持ちつつも、失礼にならない様にと気を遣いつつ婉曲な言葉掛けをしたってぇのに、『入学前から市井の生活を憂い、改善策を議論する仲間だ』
というよく分からない言葉を返された。
で、学園祭前に『もっとこう気軽な展示は出来ないのか?』『気軽な展示とは誰が見ても楽しくなる展示だ』『ウィスは色々な知識を持ち考えるのが得意なのだろう?皆の為に考えてみる事だ』などと頓狂な事を言い出し、当日は『目新しさも無く今ひとつだ』と改善点の一つも出さずに文句だけ言うエセ評論家集団と化したぞろっぺぇ連に、お詫びを言いながらお祭りで出るゴミの清掃の陣頭指揮に立っていたユーさん。
二年生ではアザレさんが当てくじの露店を出したいと言い出して、それに乗っかった王子さんに景品から店の準備から全部丸投げされて、やれ準備の手際が悪いの経費がどうの景品がどうのと尊大にお小言を頂戴した挙句、後片付けと収支報告といった事務作業を全部押し付けられて、中庭で行われる生徒のみ参加の後夜祭なるダンスパーティーのど真ん中で踊る王子さんとアザレさんを横目に、露店片付けついでに後片付けの陣頭指揮に立っていたユーさん。
一事が万事この調子で、四年だか五年だかの時は不足した物品の補充に駆け回っていた際に、アホヅラ下げてお祭りを楽しんでいたぞろっぺぇ連とすれ違い、抱えていた荷物がアザレさんに当たって怪我をさせたのなんだのと難癖を付けられて、周囲に人が集まっている状態で謝罪させられた。
別に本当に怪我ぁさせたんなら謝罪も当然ではあるだろうけれど、記憶では掠った程度だし、第一、なんで荷物持って仕事しているユーさんと、だらだらぷらぷらよそ見して歩っているアザレさんがぶつかって、ユーさんが謝る事自体奇妙極まりない。
前見て歩けじゃあ無いけれど、荷物を持っている人がいたら避けるのが普通だし、それなりに鍛えている坊ちゃん方がアザレさんがぶつからない様に誘導するのが筋ってもんだ。あたしの体験と、ユーさんの記憶を擦り合わせたら、難癖つけるために当たり屋の如く接触したとしか思えない。
自分達の迂闊さを棚に上げて説教する王子さん達の馬鹿さ加減と、その相手全員が将来力を合わせて頑張っていくべき幼なじみってんだから、難儀すぎて涙出てくる。
学園祭の謝罪記憶といえば、他にもダンスパーティー会場の床が滑りやすかったのは管理側である実行委員だったユーさんが、本来は婚約者として踊るべき王子さんをアザレさんに取られて嫉妬心から細工をしたという冤罪を掛けられて、やってはいないものの実行委員として生徒を危険な目に合わせたってぇ事で、次年度はもっと気を配るってな文言を書いた紙っぺらを掲示板に貼る事になったのが、確か三年生の時。
この時の実行委員会にぞろっぺぇ連も名を連ねていた筈なんだが、何故か被害者面で糾弾側にまわっていた。可哀想なのは会場に居合わせた生徒さん方で、実行委員にも関わらず『一般生徒の立場での学園祭改善担当』と主張するぞろっぺぇ連が抜けた分、本来なら実行委員が動いてくれるべき所までカバーしなくてはならなくなり、しかも、実行委員会に集約された情報やら何やらをそのまま利用出来ない為に、一回で済む筈の確認やら許可やら道具の貸し出しやらで無駄に校舎内を何往復もさせられるという事態が発生。
面白い格好ですっ転げたアザレさんに胸がすく思いをしたのも束の間、一生懸命仕事をしているユーさんに原因どもがこぞって難癖をつけて足止めをするもんで、事務方作業が滞った分のシワ寄せが他の実行委員さん方と一般生徒達にガッツリと行った。
とはいえだ、学園祭なんてぇものは、学生さんのお祭りな訳だから、担当者だからって全部やらなくちゃあいけないなんて事はコレッパカしもない訳で、寧ろ出来る限り手前でやっておいた方が面倒な手続きの時に時間を食わなくて済むと思うんだよね。
確かにぞろっぺぇ連は王子さんを筆頭にお偉いさんの集まりなんだろうけれど、その王子さんが『一般生徒の』とか『学生は平等であれ』てなお題目を唱えていらっしゃるんだから、ここでドーンとバーンと『お前さん方も実行委員なんだから問題解決に人肌脱いだらどうだい?』ってな事を言うべきだと思うんだよ。あたしとしては。
まあ、実際に言ったらあの御仁らはご自分達の都合の良い様に主張するのが大好きでいらっしゃるし、自分達が指示されたりなんかした日にゃあ、一言一句無駄に脳髄に刻み込んで、しつっこくしつっこくほっくり返しひっくり返ししてくるタイプだから、好き好んで蛇の穴に手ぇ突っ込む生徒さんは居ない。
ユーさんが有能なのは元々の才覚能力が高いものそうだけれど、それ以上に努力研鑽の人だからで、隙と愛想が無い様に見えるのも立場上中立を保たないといけないからで、あたしの中にあるユーさんの記憶には当然だという気持ちが強いものの、気楽に学生生活を謳歌してる生徒さん方に対して、同じ様に過ごせたらどんな感じなのかしら?的なものがある。
この的なものってのが厄介で、物心ついた時から『ユースティティア公爵令嬢として求められる存在でなくてはならない』ってな感じの、強い思い込みでガッチガチに固まっているせいで、やってみたいとか羨ましいとかいった思いに繋がっていかないんだよね。
ぞろっぺぇ連も初めっからユーさんを仲間はずれにするつもりも無くって、彼らの思うところの『大冒険』ってやつに誘ったりもしていたんだけれど、視察というには余りにも中途半端な子供の遊びなんてぇもんは、周囲の大人達が求めるウィスタリア像には不要で、杓子定規にそれを受け入れるユーさんとの間に溝が出来たキッカケになったとも言えるんだけど……。
「まあ、どうしようもないさね」
小さく呟いてから、先刻から暇さえあればあたしに穴ぁ開くくらい食い入るような視線を送って来ているキルさんに向かって、ちょいちょいと手招きをした。
今、思い出した事を伝えないといけないからね。
「何かやらかしましたか?」
到着後、開口一番に出る台詞があたしのやらかし疑いなんざぁ、いただけないが、こちらもそれなりに重要な事がすっぽ抜けていたんだから文句は言わないでおく。
「やらかしちゃあいないけれど、この後やらかす事になるよ」
「は?分かっているのならやらかさないで下さいますか?」
「いやね、あたしがやらかさなくても、やらかした事にされるから」
一瞬、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をした後、目を細めて睨みつけて来るキルさん。やだねぇ、この子は。そんな目ぇしていたら、顔に余分な皺がよっちまって、取れなくなっちまうよ。
可愛い動物から幻想的なあれやこれやまで、沢山作ったシンコ細工を販売台に並べてから、店の奥に引っ込んで木箱の上に座る。隣の木箱をポンポンと叩いて「お座んなさい」と言うと、なにやら難しそうな顔をしたのち、一旦あたしを立たせて子綺麗な手拭いを木箱に掛けてから「どうぞ」と座らされた。
別に汚れても良い服を着ているのだから、ご丁寧に手拭いを敷いてくれなくっても良いんだけれど、体そのものは大切な主家のお嬢さんなのだから、そこはまあ良いとして、だ。
「良いから、お座んなさいよ、立っていたら話が遠くっていけないよ。」
「私はこれで結構です」
「結構もカッコウも良いけれどさ、近い距離で話がしたいんだよぉ。キルさんが立ってあたしが座っていたら、それなりに声を張らないといけないじゃないか。椅子じゃないから座りたくないって気持ちも分からないでも無いけれどさ、ちょいとばかり内緒話をしたいんだ」
「別に箱だから座れないとは言いませんが……」
渋々座るキルさん。
「で、態々私を呼ぶ位の内緒話って何ですか?」
「アザレさんが酔狂な声を上げながら、頓狂なタイミングで、珍妙な格好で転ぶよ」
「は?それはどういう事ですか?」
あたしはおとがいを指先で撫でた。ちょっとばかり甘ったるい香りがする。そのまま人差し指を立てて口元に当てると、訳がわからないといったキルさんの顔が剣呑なものに変わる。
「ユーさんが三年生だった時の学園祭のダンスパーティーの話だけどね、間抜けな事にアザレさんがそれはもう見事に転ぶんだよ。何もない所でだよ?それってぇのも、何も無い所なのにすっ転ぶってぇ事を殊更に主張して、何も無いけれど何かあるってぇお釈迦様もビックリな話を展開させるんだけれどね」
「ヒガシ卿、話は短く要点だけお願い出来ますか?」
「キルさんたらやだよぉ。ご用途お急ぎで無い方はゆっくりと見ておいで、見るは法楽、見らるるは因果。遠目山越し笠のうち、物の文色と理方がわからぬ。山寺の鐘はごうごうと鳴ると」
「分かりましたから、一旦止まっていただけますか?」
「分かったよぉ、つまらないねぇ。どんな時にも心に余裕だよ。その余裕がトラブルを防ぐんだよ」
「ご理解いただけたのなら、どうぞ本題の続きを」
あたしの経験した二回とユーさんの三回の学園祭の記憶を話すと、キルさんはうんうんと頷いた。急いで走って来たのか、いつもは綺麗に整っているわさび色の髪が崩れて、十八歳という年相応の可愛らしいお兄ちゃんなんだけれど。
エルトリア人は髪と目がやたらとカラフルだけれどキルさんの目ん玉は緑青色だから、まあ落ち浮いた色の範疇に入るよね。栗皮の髪に鉄紺の目のエピさんはもっと落ち着いているし、庶民の皆さん方は黒茶紺色の方が多い位だ。
「それでヒガシ卿はどうするのが一番良いとお考えですか?どのような対策をしたとしてもお嬢様のせいにされるのであれば、意味をなさないと思うのですが、私を急いで呼ばれたのはせめて少しでも言い逃れが出来る様にというお心使いですか?」
「まあ、それもそうなんだけれど、あたしなりに策を一つ献じるよ」
口角を上げるあたしに、キルさんは「お嬢様はそういう笑い方をしてはいけません」と言いつつも、真剣な顔でペンとメモを取り出した。こういうところはマメだよね。
あたしがぐっと声を落として対策を告げると、キルさんは「成る程」と小さく微笑んだ。