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素直にしてりゃあ年相応のお坊ちゃんお嬢ちゃんだとは思うんだよね

 今日は楽しい楽しい学園祭。


 あたしは第三園庭の端っこで生徒自治会直下管轄になっている慈善バザーコーナーでシンコ細工を作っている。無言での手作業は楽しいねぇ。


 学園生達が常日頃の鍛錬や研究結果を発表したり、地方にいる親御さんやらに生活の一端を披露したり、学園外のあれこれと協力して模擬店を出したり、要は大学生の学祭みたいなもんがこの学園祭。

 学園生活三年目にして初めて参加しているとはいえ、朝から気楽に飛鳥として動き回ってるんで真面目とは全くもって言い難い。じゃあユースティティアはって言えば、自治会のトラブル対策係として無理のない程度にやんわりと参加中だ。正確には、ユーさんの振りをした影武者のフリーシャさんが、だけれども。

 策士な父様と色々話し合って決めた布陣なので、あたしはあれこれ考えずにいつも通りでいれば良いらしい。トラブル対策室は生徒が解決出来るレベルの問題さえ起きなければ、ずっと部屋に詰めているだけの人気の無い係な上に、キルさんとエピさんの二人がついていれば何かあっても即対応出来るらしい。


 の、筈なんだけれどね、先程からその対策室の窓からお二人さんの強烈な視線を感じるんだよねぇ。対策室は一階で第三園庭側に窓がある。第三園庭は業者も使う通用門に一番近い地味な園庭で、学園からの調査と許可を得た外部団体の出店のみが集まっている。なもんで、お二人さんはあたしが気になって気になって仕方が無いらしい。

 普段の信用度が足りて無いんだねぇ。ごめんよぉ。


 あたしの出店はユースティティ家が支援している慈善事業施設ブースの一角なので、つまみ細工のコサージュや不要になったドレスをリメイクした小物といった細工物がたくさん並んでいる。

 他のブースは不用品や寄付されたものをそのまま売っているので、ちょっとした差で客の入りは変わる。とはいえ、完全に慈善事業としての出店なので、買いに来る生徒達は気に入ったものを買うけれど、最終的に残ったものは学園の雑費で買い上げる。で、それをまた均等に割り振って縁のある施設に寄付するんだから、貰ったお歳暮を持って行ったらそれをお年賀として使われた、みたいな謎のリサイクルシステムだ。

 結局、ストレートにお金を寄付する訳にはいかないし、貴族の坊ちゃん嬢ちゃんに社会を実地で学ぶ経験として取り入れたのがこの第三園庭何だよね。


 他にも、学園卒業生の実家である商店が各々の自慢の品を直売したり、城下で庶民に大人気の軽食やデザートを売る店、露店みたいなチャチなアクセサリーショップといった、学生さん達にとって安全に非日常を楽しめる場所として提供されているようだ。

 園庭真ん中にはガーデンテーブルがたくさん設置されているけれど、普段は絶対やらない立ち食いなんかも当たり前の光景だ。流石に高位貴族の坊ちゃん嬢ちゃんは座っているけれど、も、……。


 前言撤回。


「ヒガシさん?!お久しぶりですぅ。城下でちっとも会えないから、てっきりお出かけかと思って寂しかったんですよ」

「バロネスヒガシか、今日はこの様な場所であるから礼をせずとも許してやろう。感謝せよ」


 あー、お前さん達、何をしていらっしゃいますか?息抜きですか?息抜きは必要だけれどさ、普段から城下で大冒険とやらをしているんだから、態々学園祭のニセモンの城下気分を味わいにこなくって良いんだよ?

 浮かれ王子さんとアザレさんの後には、あたしの視線を避けるように明後日の方向に目を背け面白い顰めっ面をした坊主坊ちゃんと魔法坊ちゃんと、無表情ここに極まれりといったレルお兄さん、無駄に悪い目つきであたしを睨みつける騎士坊ちゃんがいる。


「これはこれは恐悦至極にございます?斯様な所で殿下にご拝謁、お声掛けいただけるとは光栄の極みでございますが、こちらは平民出店のエリアでございまして、学園内でございまするれば気を使わずとも良いとおっしゃりましょうが、現実はそうもいかぬものでございます。ご用とお急ぎでなければとくとご覧あれと言いたい所ですが、大上段に構えられますとあたしだけでなくて周囲も怯えるんで、早急に用を済ましてお帰りはあちらでございますよ?」


 あたしの言葉にちょいとばかりイラつきを見せる王子さんとアザレさん。警備名目で後についてくれているルーストさんから『ぷふ』という小さな笑い声が聞こえたけれど、そこはまあ、気にしても仕方無いし、後で笑いどころをゆっくり聞くとして、だ。

 ユーさんの記憶によれば、王子さんはユーさんには『未来の王子妃として相応しくあれ』と尊大なところがあったけれど、周囲にきちんと気を配れる人物だった筈なんだけれどね。これはやっぱりあれかね、ユーさんの六年の言動と、それを知っているあたしの言動が全く違うからなのかねぇ。

 ま、最後の最後に学生の悪ノリ通り越して、ウィスタリア・ユースティティア公爵令嬢に瑕疵を与えようってな悪巧みをする様な事を思いつく(やから)だし、ユーさんが筆頭婚約者候補なら、幾らでも難癖や屁理屈を捏ね回して、自分達の良い様に出来たのにそれも出来なくて、思い通りにならないあたしに絡みたい気持ちは分からないでもない。

 分からないでも無いけれど、絡まれたいかといえばそれは嫌だねぇ。そんなもん受け止めて差し上げる義理なんぞ、さらっさら無いんだから。


「お前、お婆様に気に入られているからとはいえ、不敬であろう?」

「学園内だから拝礼を許すと仰ったのは、殿下でございましょう?郷に入っては郷に従え、エルトリアの礼儀に疎いところは追々直していくんで、今日みたいなお祭りの場ではお許しいただければ幸いなこって」

「なっ」

「お帰りはあちらと申しましたが、それは撤回させていただきますんで。宜しければ、こちらでちょっとしたアクセサリーを作ってみませんか?時間の掛かる物と、そうでもない物を用意してますよ。お代は材料費とお気持ちとなっております」


 火傷の痕を隠す面に半分覆われているとはいえ、残りの半分はきちんと化粧した美人さんだ。この化粧にはユーさんの面影をバッチリ消す為でもあるのだけれど、エピさん渾身の東洋風キリッとした美人メイクで微笑めば、王子さん達の顔からちょっとばかり(けん)が取れた。


 つまみ細工の花を作って貰ったら、バレッタやピンやコサージュの金具に取り付けてお持ち帰り出来るコース。

 ちょっと難しいけれど、地元のカルチャースクールやイベントで一日講師をした事もあるアートクレイシルバー、自分で楽しく好きな形のアクセサリーを作る銀粘土コース。

 いやいや、探してみるもんだね。商業ギルドに問い合わせたら、地元で使っているのとほぼ同じ銀粘土が手に入った。お値段はちょいと張るが、婚約者に家族にカフスボタンを、ブローチを、ヘアピンを、ペンダントヘッドを、といった学生さん達が、たくさん挑戦してくれているお陰で、売上を他の参加ブースにお裾分けする事が決定している。作業場を融通してくれたり、手空きの人が手伝ってくれたり、銀粘土が無くなる前に走って手配しに行ってくれたりね、助け合いってぇのはありがたいね。


 どちらの作業も地味っちゃあ地味なんだが、ぞろっぺぇ連はシルバーアクセサリーという響きに惹かれたのか、制服の袖を捲ってやる気満々で作業テーブルについた。全員。

 お(まい)さん達、作るのは良いけれど、誰にあげるんだい?という疑問を飲み込んで、講師担当のお姉さん方に引き継ぐと、直接教えろとうるさい。お姉さん方は事情は色々だけれど、頼りの無い母子の保護院で生活している中できちんと選抜された手先が器用であたりの柔らかい人達なんで、口の悪いあたしに教わるよりはよっぽど良い筈なんだよ。褒めて伸ばしてくれるよ?あたしなんざ、ちょっとでもおかしけりゃあ、「へったくそだねぇ、センスのカケラも無いよ」とポンポン口から出てくるから。


 シンコ細工は食品なので作成許可の登録がいる。下手な人が作ってお偉い人達が腹ぁ壊すって事になったら大事だからね。

 そのくせ、本校舎でやっている学生さん達のカフェやらティールームやらは、クラス出店の素人店員でも大丈夫らしい。まあ、各家庭のお抱えシェフが完全監修、事によっては接客やお店やさんごっこを楽しみたいだけの学生さん達の為に、僕私の考えた素敵なカフェ企画を各家庭から使用人さんが集まって、あれこれ知恵を絞って実現から当日の飲食物作成までやっているってぇんだからね。そりゃプロがやってれば安心だ。


 なもんで、あたしもぞろっぺぇ連にずっと付き添うわけにはいかない。注文に応じて兎やら龍やらを作る係が居なくなってしまう。


 作業椅子に座って、半分王子さん達に体を向けてアドバイスしつつ、握り鋏で馬のたてがみなんぞを作りつつ、とやって、どうにかこうにか王子さん達の作品が出来上がった。

 後は火力の強い魔法オーブンで焼いて冷まして磨き布と一緒に渡せば出来上がり。焼くのに少々時間が掛かるので、終了前に取りにおいでと伝えると、ご機嫌で出て行った。


「何だったのかね、あれは。粘土捏ねてる間に、当初の目的を忘れたんじゃあないかね?」

「忘れたんだな。アスカ嬢に難癖つけて、公爵家につなげようって腹だったんじゃないかと思うが」


 首を傾げるあたしに、ルーストさんが苦笑いを浮かべながら言う。


「素直にしてりゃあ学生さんっぽくて可愛いっちゃぁ、可愛いのかねぇ。最後は誰が一番アザレさんに似合うアクセサリーを作れるか大会になっていたみたいだよ?」

「殿下以外、家同士で決めた婚約者がいるとは思えないな」

「既に全員婚約白紙撤回秒読みさね。ルーストさんも後で可愛い彼女さんにおひとつ、どう?」

「やめておこう。一緒にやったら面白いのかも知れないが、彼女にデザインを相談した後に適正な価格でシオン嬢に注文した方が自分も相手も納得出来る物が仕上がるに決まってる」

「それはそれは光栄だね。けどまあ、あの楽しい気持ちが最後まで続くと良いんだけれど。あたしからすりゃあ、銀粘土の一番面倒なのは焼き上がった後の磨きだから。ピカピカになるまで根気良くゴシゴシ擦るんだよね。好きな人は好きな作業なんだけれど、連中はみんな気が短そうだからさ」

「意外と集中してやるかも知れないぞ。誰が一番似合うアクセサリーを作るか大会なんだから」


 そうだと良いねぇ。雑多な第三園庭から出ていくぞろっぺぇ連をお見送りすれば、連中に遠慮していたらしい生徒さん方らの新規のお客様がご来店だ。

 さて、トラブル対策室に目を向けて手をひらひらと振ると、キルさんは向こうを向いちまったけれど、エピさんが振り返してくれた。

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