お昼休みは静かに休むべきもんだ
「あーっ、東さんだぁ、ちょっと聞いてよぉ」
王妃さんに頼まれたブローチのデザイン案を届けた帰り、王宮の使用人食堂の片隅で食事をしていただけなのに、何故かアザレさんがおいでなすった。残らないで下城すれば良かったか。とはいえ、王宮ともなれば使用人さん方もしっかりした身元をお持ちで、それなりに高級なアクセサリーもよく売れる。
東洋風なアクセサリーという事で、登城のついでに手隙の時に作った品を使用人食堂で売るとお客さんの反応も見れて面白い。なのに、なんでここまで来るかね?
聞く気は無いので貴重な米メニューのリゾットを食べつつ、隣のテーブルでアクセサリーを広げておしゃべりをしている休憩中の皆さんに視線を向ける。王宮内なんで盗難は無いけれど、どのデザインが手に取られる事が多いか、使っている貴石の人気はどうか、ピンやイヤリングの金具交換希望はあるかってな事が気になるからね。
「ねえねえ、酷くない?」
あたしの視線の先に飛び込んで来た。全く、ご面倒なお人だねぇ。
「ねえねえ、返事くらいしても良いでしょ?」
冷めかけたリゾットを一気に流し込んで、アクセサリーを広げたテーブル席に着いた。すかさずアザレさんが隣に座って来たせいで、見ていたお客さんが離れた。ちょいとまあ、酷いのはそちらさんの営業妨害だよ。
「メガイラ伯爵令嬢、王孫殿下婚約者候補の学習時間中では?」
「お昼休みだもん。東さんだってこんなとこにいるじゃない」
「こんな所と言うのも使っている方々にとって失礼な話だと思いますけれどね、あたしゃあ仕事で来てるんで。第一、先生方はどうしたんで?ウィスタリアお嬢さんだって、ぴゃらぴゃら好き勝手歩いたりしていないと聞いてますけれどね?」
「ウィスは_
「ユースティティア嬢では?」
「私とウィスは友だ_
「違うと聞いていますよぉ」
「それは照れてるだ_
「どうであれ本人の許可が無ければダメだよねぇ」
「ちょっと、文句ばっかり言わな_
「文句じゃぁないよ、事実だよ」
「ちょ_
「ぴいぴいぴいぴい煩いねぇ。良いかい?お前さんがあたしに話しかけて来たんだよ。あたしゃあ、お前さんと話したくなかったんだ。話したくなかったのに、お前さんが言葉を続けたんだよ?だったら、お前さんもあたしの話を聞いたって良いさね。バチは当たんないよ。『酷くない』ってぇ事だけれど、それが婚約者候補のお勉強をする事だったら、酷くないね。お前さんは王孫殿下が好きなんだよね?好いて好かれて好かれて好いて、な仲なんだよね?」
あたしの言葉に周りの観客が息を呑み、アザレさんの可愛らしい笑顔が固まった。警備でついて来てくれているルーストさんを横目で探すと、既に食堂内には見当たらない。出来るお人だから、誰かを呼びに行ってくれている筈。
「一つの物は半分つ、半分の物は四半分、四半分の物は四半々分、無い物は分けない、それっくらいの仲なんだよね?」
「は?え?」
「ウィスタリアお嬢さん達は小さな頃から婚約者候補としてお勉強して来たんだから、遅れているメガイラ嬢は遅れを取り戻して三人を追い抜く位の気概を見せなきゃあダメさね。こんな所をウロウロしている暇は無いだろ?大体、頑張ってきたお三人さんを退けた、王孫殿下も今までみたいにぴゃらぴゃらしている暇も無くなって、お三方が助けてくれる筈だった社交やら外交やら歴史やらのお勉強をなさっているって聞いているよ。これまでは多少殿下が手ェ抜いたところで、お三方の誰かが助けてくれるってぇ手筈になっていたのに、殿下自身がお前さんじゃなきゃ嫌だってぇ言った責任をとって、みっちりお勉強させられているんだろ?それなのにお前さんがサボっちゃぁいけないよ。愛する二人は苦労も一緒に味わってこそだ。さあ、お帰りはあちら」
出入り口を指し示せば、どこからか現れたお女中さんがアザレさんをお出口までご案内し始めた。向こうっかわのルーストさんが笑顔で片手を上げて来たんで、どうやらお迎えを呼んでくれたらしい。助かるねぇ。
いやいや、これで営業再開だよ。
「アズに失礼な事をしないでね」
「休憩時間であれば自由にして良いでしょう?」
ダメだったよ。営業再開。魔法の坊ちゃんと坊主の坊ちゃんの参戦ときた。
「ヒガシ卿はアズを誤解してるよ」
「折角だから皆で仲良くすべきと神も仰る事でしょう」
「逆に、だよ、折角の休み時間だからこそ、あたしのしたい事をして良いさね。メガイラ嬢が休憩時間で自由時間ってのは分かったけれど、あたしの時間も自由時間だよ?お前さん達はあたしの自由時間を何だと思っているんだい?それにね、皆仲良くお友達ってんなら間に合ってるよ。あたしゃあお前さん達より年上で、学生さんの友達が欲しいなんてこれっぽっちも思っていないんだよ。さっき、王孫殿下と好いて好かれて好かれて好いての仲だって言ったけれど、これは友達も一緒だよ?あたしが友達になりましょう、相手もそうしましょうってんで、初めて友情契約締結だ。若くは、あれだよ、どなたさんかがあたしに友達になりましょうってんで、あたしがそいつぁ良いねと了承したら、これも友情契約締結だ。どっちかだけなら、友情も恋も片思いってもんさね。あたしゃあメガイラ嬢のお友達になる気はさらさら無いよ」
「酷いっ!」
「酷かぁ無いよ。メガイラ嬢はあれかい?友達になりましょうって言ってくる相手全部を友達にしているのかい?もしそうなら、考えを改めた方が良いよ?世の中にゃあ碌でもない奴がいっぱいいるからね。あっという間に騙されて、身包み剥がれて、簀巻きにされて大川にドボン、永遠にお魚とお友達だ」
「そんな事しないもんっ!」
「僕達がそんな事させないよ!」
「神は正邪を見破ります」
「ああ、左様でございますか、そいつぁようござんしたね。そうしたら、あたし以外の素晴らしいお友達を見つけて、嫌ってほど話を聞いて貰っておくれでないかい?とにかくだ、あたしの仕事の邪魔をしとくれないで欲しいね」
改めて、お女中さん達がアザレさん達を出口にご案内。
「待て、アスカ・ヒガシ、我がオルクスの名において命じる。メガイラ伯爵令嬢に騎士として仕えよ」
出来なかったよ。ごめんよ、お女中さん達。お前さん達は巻き込まれないように、離れといておくれ。
どっから湧いてきたのか、燃え立つ緋色の髪を靡かせて、自信満々に言い放つ王子さん。と、その後ろからあたしを睨む騎士坊ちゃん。
大向こうにはニヤつきながら小首を傾げるルーストさん。大丈夫と軽く手を挙げれば、そっと食堂を出て行った。
「ラティ、ありがとう!これで私と東さんは_」
「王孫殿下に申し上げます。殿下の命には従えません」
「は?」「「「え?」」」「何だと?」
みんな揃って意表をつかれた顔するなんざぁ、いっそがしいねぇ。
「何だと⁉︎ お前は自分の立場を分かっているのか?」
「殿下に失礼を働いてタダで済むと思うな!」
鯉口三寸切ったら死罪というのが江戸城のお約束だけれど、騎士坊ちゃんの手が西洋刀に掛かっているのは良いのかね?ここはお城の使用人食堂だよ?まあ、どうでも良いけどさ。
「立場を分かっているから申し上げてるんで」
「何だと⁉︎」
何だと何だとと煩いねぇ。
「礼儀と言葉がなってないのは許していただくとして、あたしは既に妃殿下の騎士なんで」
「何だと⁈」
また何だとたぁ、つまらない。もうちょっと別の驚き方をしてくれても良いもんだ。せっかくの休憩を無駄に使われているあたしの身になってさ。
「直答を許す。今、何と言った?」
さっきから直答してるよぉ。
「あたしは妃殿下直属の騎士なんで。その印もいただいているんで」
ひょいと腰の帯にぶら下げてたお印のメダルを出せば、騎士坊ちゃんが乱暴に引っ張りやがるん。
「壊したら其方さんで妃殿下にお詫びしてくださるんで?」
ぴたりと手が止まった。ま、そうだよね。王位継承権第二位の王子さんとその従者さんといえど、現国王の正妃である王妃さんに間接的にでも失礼を働けば、きつい罰が待っている。
「お前なら偽造で_」
「おふざけで無いよ⁈ 言って良い事と悪い事があるさね?こちとら腕一本で食べている職人だよ?信用第一、大切なもんをポンポンポンポン偽造してたまるかいってもんさね。大体、あたしを疑うのは、あたしを信頼してくれている王妃殿下を疑う事になるんだよ?こんな事ぁ、あたしが言わなくっても、そちらさんでご理解されていると思っているんだけれどね?興奮すると忘れっちまうのかい?だったら、一言言う前に、深呼吸の一つもして、頭ん中を整理してからした方が良いよ?」
「何だと⁈ 」
「おやおやおや、抜くかい?抜くのかい?その人斬り包丁を?ズンバラリとやっちまうのかい?斬りたきゃ斬りな、斬って赤い血が出なかったらお代は要らないよ。とはいえ、あたしもなますになる趣味は無いんでね、逃げるよ、そりゃあ何処までも逃げるね。しかも、何で追われているか理由を叫びながら逃げるよ?それでよけりゃあかかっておいで」
「ヒガシ卿、そこまでにしていただけますか?」
「わたくし達、婚約者候補教育係の顔に免じて、どうぞお静まりを」
「妃殿下は、ヒガシ卿の献身を大変お喜びでおられます。つまらない揉め事で、お立場を危うくされませんよう」
茹で蛸みたいに真っ赤になった騎士坊ちゃんに、だそうだよと呟きながら両手を広げて見せた後、声の方、教育係のお三方に向き直って頭を下げる。ルーストさん、素晴らしいお手並だよぉ。
「メガイラ嬢、昼休憩は終わりですか?」
「態々こちらに足を運んで、この様な状況をお作りになるとは。わたくし共も遺憾でございます」
「待て、お前達」
騎士坊ちゃんの後で、得意気に腕を組んでにやついていた王子さんが、教育係のお三方を睨みながらあたしに指を突きつけた。嫌だよぉ、他所様に指を突きつけちゃあ。あたしの死んだ婆さんなら、「失礼が過ぎるよ」ってんで、指を掴んで明後日の方向に捻るくらいしてくるよ?
「オルクス王孫殿下にはご機嫌麗しく」
「麗しくない。私はこいつの無礼を咎めている!」
「それについでは、王妃殿下に直接お話を」
「では、王孫殿下もご同行を」
「何でだ⁉︎ 私は忙しいのだぞ?貴様ら教育係など、私の部下の中でも位が低い者達でしか無いんだ。これは命令だ、今すぐその無礼者を捕らえお婆様の直属という厚遇に甘えた罪を問え!」
「無理でございます」
「わたくし達は、王孫殿下の部下ではなく、王妃殿下の直属の侍女でございますれば、王妃殿下の御下命に従う所存」
結局、出て来なかったレルお兄さん以外のぞろっぺぇ連は、王妃さん直属の近衛騎士さん達に囲まれて、何やら騒ぎながら何処か、多分王妃さんの所に連れ去られて行った。
さようなら、さようなら、次に会う時は、もうちょっと気を長く持っていただけると嬉しいねぇ。




