回避したヒロインと攻略対象達がわざわざおいでなすった
見た目は悠然と、内心しおしおと中庭に向かえば、ご丁寧に六人様がお揃いで楽しそうに語らっていらっしゃる。あー、もう、手前さんらで勝手にやっておくれよ。あたしゃあ愛しの道具袋を確認したくって堪らないんだからさぁ。
レルのお兄いさんも、何で家まで連中を引っ張って来るかねえ。盛り上がりたいんなら、ご勝手に吾妻橋の上にでも大川の土手の上でも良いからさ、毛氈敷いて騒いでりゃあ良いんだよ。そしたらこっちだって似非卵焼きと蒲鉾入りのお重とお茶けを差し入れするよぉ。
改めて確認すると凄いねえ。キラキラしてるよ。
オルクス・ラティウス・ユノ・エルトリア。エルトリア第一王子の孫で第二王位継承権を持つ王孫。緋色の髪に黄浅緑の目をしたユーさんと同じ年の12歳。ユーさん評なら志高く才気煥発、公平で決断力があるだけど、あたしからすりゃあ鼻っ柱が強くて義憤に駆られると短慮になる坊ちゃん。キリリと纏まった綺麗な顔だけはまあ、王子っぽいね。良いとこの僕ちゃん。
ゲナーデ・サンクーム・エーファ。ルクラティ大神殿の大司祭の孫。白銅色の髪に薄浅葱の目をした13歳。慈愛に満ち誰に対しても柔らかな態度を崩さず、相談事に親身になって一緒に解決をはかるってのは良いけど、八方美人で適当に相槌打って、誠実暮らし神を信じろってぇ言う輩だね。ちょっと垂れ目な優しげ色白美形ってやつだけど、詐欺師向きって感じがするねぇ。
プレディヒト・エアツェル・ゲーネシス。伯爵位を持つ近衛騎士団長の四男で学生兼騎士見習い。群青色の髪に支子色の目をしたレル兄さんと同い年の14歳。義に熱く情を理解する雄々しき若武者は、裏を返せば底抜けの熱血感で間違っている事も正しいと信じて固執する危険性を持ち、弱く見えるもんなら悪い事をしないと考えちまう単細胞。特にバタくさい上野の彫刻みたいな顔は、ハンサムではあるけど気弱が見たら怖いと感じそうさねぇ。
アトラーク・トラディオ・アルタール。代々宮廷魔術師を輩出する侯爵家の三男で学生兼魔法研究所の研修生。承和色の髪に珊瑚色の目をした12歳。能力を研鑽し新たな魔法の使い方を日々研究する冷静沈着な努力家は、偏屈で頑固な冷血漢。ふわっとした髪を三つ編みにして背中の半ばまで垂らしているけど、どうせ結ぶんならぎっちり結んだ方が邪魔にならないよ。丸っこい目と中性的な顔を小刻みに動かしているけど、壊れた天使のロボットみたいだね。
レルヒエ・ファーベル・ユースティア。ユーさんの二個上のお兄いさんは、薄藤色の髪に菫色の目をした文武両道の素晴らしい兄って事なんだけど、未だ14歳だからね、これからどうなってくか分からないよ。大体さ、六年後にゃあ実の妹に対して無是っけ無い罠ってぇのを仕掛ける様な輩だからね。本当に素晴らしい漢ってぇのは、家族が道を踏み外す前に止めるよ。ユーさんもそうなんだけどはっきりとした二重のつり目で、ちょっとばかり血色が悪い細工もんの人形みたいな顔が唐突に夜中に出て来たら、あたしゃあ悲鳴を上げるよ。
アザレ・メガイラ。これと言った特徴の無い代々文官を務める伯爵家の一人娘。癖っ毛のブロンドに翡翠色の目をした12歳。体が弱く田舎の領地で育つが、入学時には明るく健康で溌剌としており喜怒哀楽が激しい為、初めは周囲に眉を顰められるが純心で裏表の無い言動で次第に周囲に愛される。って事はあれだ、愛くるしい珍獣みたいな生きもんってこったね。しかもゲームという形で紹介されたこの世界を熟知していて、ユーさんを引き落として己は上に上がるってぇ小汚い手段を平気で取れる珍獣。まとめ売りのアイドルってぇ感じの可愛らしさって言ったら良いかねえ。
仕方ない、腹ぁ括るよ。ここで話とかないと、毎日追いかけられそうだしね。
「ラティウス殿下にユースティア侯爵が孫娘「ああ、面倒な挨拶は結構だ」」
こっちだってしたかあ無いよ。仕方なくそちらさんのルールに合わせてやってるんだ。しかもだよ、こっちは立ってご挨拶してやってんのに、其方さんはみんな茶菓をいただきながら優雅に座ってやがるってぇのはどういう了見なのかねえ。あたしだって長居する気は更々無いけどさ。
「随分と待ったが何をしていたのだ?」
「滅多に街に出る事がありませんので、ついあちこち覗いてしまいました」
「買い物など侍女に任せれば良いだろうに」
「然様でございますね」
(人に任せられないもんを見に行ったと思えないのかね、この表六玉は)
「お陰で此処で待ちぼうけを喰らわされたぞ」
「申し訳ございません」
(勝手に待っといて文句を言うってぇお前さんの神経はどうなっているのかねえ。その緋色の頭のせいで、真面な神経が焼けちまってるのかい?)
「いやいや、怒ってはいないぞ。頼りないウィスタリアの代わりにレルヒエが屋敷に招待してもてなしてくれたからな」
「然様でございますか。レルヒエお兄様にも深く感謝申し上げます」
(ああああ、土手っ腹に風穴空けてやりたいよっ!お兄いさんが招待したんなら、お兄いさんの客だろ⁉︎ お兄いさんがもてなして当たり前じゃないか!手前さんのその緋色の頭は中身が入ってるのかい?単なる帽子の台ってぇやつにしか思えないよっ!)
「まあよい。実は頼みたい事があるのだ」
「オルクス様、私は平気だから。せっかく王都に出て来たんだから頑張っちゃう」
「アザレは頑張り屋さんですね」
「僕も協力するよ」
「しかし、同性でなければ難しい事もあるだろうしな」
あー。そうですか、そうですか、手前さんは自分はゆったり椅子に鎮座ぁましまして、お仲間さんとキャッキャウフフのお楽しみ、それに対して頼み事をするお相手を、突っ立たせたままで良いっていう残念な頭の持ち主ですか。そりゃね、王様の孫だってんだからそれもありっちゃあありだけど、お仲間は座らせて12歳のお嬢さんを座らせないってぇのは納得いかないよ。
いや、そりゃあね、納得はいかないけど、こんな面倒な半ちく野郎どもに係り合うよりは、とっとと終わらせたいから黙っとくさね。ああ、もう、手前ら全員、小塚原で四尺上に乗っかちまえば良いのに。全員子爵より上の家なんだからね。
「これはアザレ・メガイラ伯爵令嬢だ。ウィスタリアはまだ面識が無いのだよな?」
「はい、初めまして、メガイラ様。わたくし、ウィスタリア「知ってます!レルヒエ様の妹さんですよねっ!アザレって呼んで下さい」」
あー。大国主命様、このお嬢ちゃんを回収してくれませんかねえ?全く中身は何歳なんだよ。転生ってぇ事はやり直してんだよね?ゲームをしてたってぇんだから、まあ15歳と仮定して12足しゃあ26のあたしより実質一個上だよ?いや、正確には、今が二回目の12歳で、前は18歳から巻き戻ったんだから、45だ。
何てこった。考えるんじゃあなかったよ。取り敢えず珍奇なお嬢ちゃんの相手をしたくないので、ユーさんの微笑みを浮かべて誤魔化しとこう。うん、これで話さなくて済むよ。
「アザレは幼少の頃より体が弱く田舎の領地で育ち、7歳で王都に出て来て城下町の視察をしていた俺達と知り合ったのだ。以来、市井や田舎の事をよく知る友人として、良い付き合いをしている」
微笑んだまま首を傾げて話を促す。
いやあ、口をきくのも面倒だね。7歳の娘っ子が知る市井や田舎の情報なんて、これっぱかりも無いだろうにさ、一緒にいたい理由付けとしてよくもまあ恥ずかしげもなく引っ張り出して言い立てられるねえ。
「昨年より学園入学後の事を考えて、交友を広めようと同年代の茶会に参加する様になったのだが、その天真爛漫な純真さと素直な言動を誤解されて苦労しているのだ。ウィスタリアは同性の同級生として、私の婚約者候補として、アザレ嬢が円滑に学生生活を送れる様にして欲しい」
「然様ですか。然しそれは、少々難しいかと」
「何だと⁉︎ 」
「ウィス、お前、殿下に何という事を!お任せ下さい殿下、私が妹によく言い聞かせます」
「ユースティティア嬢、殿下はお優しいのでお願いという形をとられておられますが、貴女の立場でしたら下命と受け取るべきではありませんか?」
「殿下の婚約者候補で侯爵令嬢が人の手本とならず、どうするつもりだ?」
「あのさあ、ユースティティア嬢、僕らだと無理な事もあるってわかるよね?寧ろ、殿下がお願いする前に「やらせて下さい」って言うべきなんじゃないの?」
「あのっ、みんなっ、無理に頼んだらいけないわ。だって、ウィスとはまだ友達になってないもの。オルクス様の婚約者候補でレルヒエ様の妹何だから、お話しして仲良くなればちゃーんと分かってくれるわ」
煩い小僧どもだねえ。それとアザレ嬢ちゃん、会ったばっかりの人様の名前を勝手に略した上に呼び捨てにするんじゃないよ。失礼だねえ。それはね、天真爛漫なんじゃあ無いよ、単なるすっとこどっこいだ。
ちょいと難しいと言っただけで、手前勝手な事をぺれぺれぺれぺれと、のべつまくなしに続けておくれだねえ。全く、仲良しおででこ芝居だったら、あたしのいないとこで幾らでもやっておくれな。あたしゃあ、やだよ。こんな連中の仲間になった日にゃあ、秋刀魚の傍で山盛りになってる大根おろしみたいに神経がすり減っちまうよ。
「ラティウス殿下にわたくしの考えを申し述べても宜しいでしょうか」
「許す。但し、納得のいく様な答えでなければ、わかるな?」
「ありがとうございます」
全く、12歳のお坊ちゃんに偉そうな口を叩かれるとはねえ。専制君主制度じゃなかったら、中庭の池に頭から叩っこんでおくとこだよ。
「先に殿下が仰った通り、わたくしもメガイラ様と同じ12歳でございます。未成年であり親掛かりの交友範囲など、家同士のお付き合いのある少数の令嬢のみしか御座いません。ですので、まだ入学したばかりの学園の生活が如何なものか分かっていない状態で、殿下と皆様の大切なお友達であるメガイラ様の事を気軽に引き受けるなどとお約束するような不誠実な真似は出来ません」
(いいかい、坊ちゃん方。あたしだって今日初めて学校に行ったばっかりの12歳の子供だよ?そりゃあね、ユーさんの記憶はあるけどね、それはユーさんの物であって、あたしのもんじゃない。実際に生活してないあたしに責任をおっつけるんじゃないよ。それにアザレお嬢ちゃんと付き合う気は一切無い。頭ぁ擦り付けてお願いされたってやだね)
「ウィス、やってもいないのに殿下の期待を裏切る様な事を言うのは良くないぞ」
「お兄様、やっていないからこそ、大切なお友達の事を確証も無くお任せ下さいと言えないのです」
「それって屁理屈だよね?」
「トラディオ様、それは違います。皆様でしたら直ぐお分かりになるかと思います」
「何をだ⁉︎ 」
全く、あっちからこっちからまぜっかえして来て面倒な坊ちゃん方だね。他人 様が話している時は、一区切りがつくまで静かに待ちましょうってぇ基本すら守れないのかい?
「宜しいですか、メガイラ様は7歳にして崇高な御心で国民を導く殿下、礼節と義をもって守護の任にあたられるエアツェル様、神の愛と慈悲の心で人々の心を掬い上げるサンクーム様、古代の深淵と最新の叡智で魔を探究するトラディオ様、誠実と勤勉さで殿下を支えるお兄上と交友をし、良き友情を育み、素晴らしき意見と見識をお持ちの方なのです。確かに、今は令嬢達とはお話や興味の合わない事もありますでしょう。然しながら、わたくしの小さな交友の和にお入りになって仕舞えば、他の方々のとの交流に支障をきたす事もございましょう。細かな行き違いの誤解さえ無くなれば、わたくしが間に入るよりも多くの素晴らしいご友人を得られるかと思うのですが、如何でしょか?」
(こりゃもう適当に持ち上げて、煙に巻いちまうのが一番だよ。この天狗御一行の鼻ぁぐんぐん伸ばしてご機嫌さんにしちまえば、あたしなんぞどうでも良くなるよ。下手に面倒を引き受ける位なら、役立たずに思われた方が側杖食わなくって良いさね。それより何より、仲良しこよしのお友達ってぇのは他人の手ぇなんぞ借りないで、気に合う相手を自分で見つけるもんだよ。六年でユーさん以外を味方につけたやり手なんだからさ、これも一つの手なんだろうけど、あたしを巻き込まないで欲しいね)
あたしの言葉にニヤニヤしたり、ムッとして他所を向いたり、目を瞬かせたりと反応してる六人も、思う所があるらしい。思ったよりおだてに乗りやすいんだねぇ。誰かしらには反論されると思って、口八丁手八丁で誤魔化そうと思ってたんだけど、必要なさそうだ。
「確かに、ウィスタリアの言う通りかも知れないな」
「そうですね、妹の交友関係は同じ様な家柄に固まっておりますので」
「いろんな友達を作った方が良いな」
「アザレ嬢の良い所を分かってもらえたらいっぱい友達出来るよね」
「真面目なウィスタリア嬢と一緒に居たら近寄り難いと思われてしまうかも知れませんね」
「えー、でもでも、あたしウィスとも仲良くなりたいなっ」
「いやいや、ウィスの言う様に、先ずは特定の付き合いより同級生と広く交際するのが良いだろう」
「アザレ嬢なら直ぐにみんなに溶け込めますよ」
最後まであたしを立たしたまま仲間内で盛り上がり始めたので、優雅にお辞儀をしてそっと逃亡した。昔っからいうからね、三十六計逃げるに如かず。優しいユーさんは、戻れと言われない限り動かないから、泥っ船に乗ったままズブズブいっちまったんだろうねえ。誰にでも公平で優しいのは美徳だけど、ユーさんを引き摺り落として、その分浮上してやろうって輩がいるとこでは足を引っ掛けられちまう。
それにしても、アザレ嬢ちゃんは本気でウィスタリアと友達になりたいのかねぇ?以前もそう言ってユーさんを陥れたんだから、坊ちゃん達の前でのパフォーマンスだろうね。
随分とバカにされたもんだけど、相手している暇なんて無いからね。そのままへっこんでてくれると助かるんだけど……。
◇◆ちょっとアレな言葉説明◆◇
同い年;おないどし。同じ歳の音変化。
無是っけない;無慈悲な。
毛氈;動物毛を使ったフェルト。敷物として使用する。
似非卵焼き〜;落語長屋の花見より。黄色い沢庵を卵焼きに、白い大根の浅漬けを蒲鉾に見立てて重箱に詰め、お酒とそっくりな色に煮出した番茶を一升瓶に入れるシーン。似非=ニセ。
表六玉;間抜け。
半ちく;中途半端。
小塚原で四丈上に;晒し首、梟首。小塚原は江戸〜明治初期の刑場。四丈は晒し台の高さ
すっとこどっこい;ばか。間抜け。
おででこ芝居;木製の人形を使った小芝居。御出木偶
側杖;そばづえ。巻き添え、とばっちり。
◎色の表現について
・主人公の職業柄、和色、伝統色で表現しています。
緋色;やや黄色みのある鮮やかな赤色。「あけ」は日や火の色で、その後染法が変わりより鮮やかな赤である緋色が生まれました。
黄浅緑;鮮やかな黄緑。
白銅;僅かに青みを帯びた明るい灰色。
薄浅葱;淡い青緑。
群青色;紫みがかった深い青。
支子色;少し赤みのある黄色。梔子色とも。
承和色;菊の様な少しくすんだ黄色。
珊瑚色;黄みがかった明るい赤。
薄藤色;淡い青紫。
菫色;やや青みの濃い紫。
翡翠色;やや青みのある鮮やかな緑。
_(┐「ε:)_ 流石にブロンドは知っている26歳。