見えない所でやられるよりは、見えた方がまだマシなんで
王太子さんにはお姉さんが一人、弟さんが二人、妹さんが二人いる。王妃さんは六人の子持ちだ。お姉さんと上の妹さんと下の弟さんは同盟の為の外交婚で他国で王妃、侯爵夫人、王配として地位を固めている。上の弟さんは宰相さんの補佐をしつつ、王太子さんに何かあった時の為の保険で、下の妹さんは外交官の侯爵夫人として活躍中。
たった一人の王妃だからこそ、子供は世継ぎ一人だけではいけない。そうだねぇ、王家が直系存続を大切にするってぇシステムなら当然だ。
王太子妃さんは当然理解している筈だけれど、と婚約者候補の教育係さん御三方による王妃様の気持ちを慮った代弁という体裁で、王太子妃さんの吊上げ大会が始まった。正直、あたし達王孫婚約者候補には関係ないご家庭の問題なんだから、早く返して欲しいと思う。思うんだけれど、すっとこどっこい青春王孫坊ちゃんから端を発した問題なもんで、当事者兼証人みたいな微妙な立場で留め置かれてしまっているんだよねぇ。
やだよぉ、ほんとに。
あたしの価値観からすれば、王太子妃という地位だからこそ出来る仕事を思いっきりする為にも子供は一人の方が良いってぇ王太子妃さんの考えは理解出来る。でもそれは一夫一妻の国の人間、且つ、他所様の出産事情なんてぇデリケートな問題に踏み込むのは野暮だって思っているから。
王太子夫妻の考える運命の恋と理想の国とあったかい家庭は、エルトリア王家にはそぐわない。直系に重きを置く状況で、嫡子が一人だけでは心許無いどころかお話にもならない。
王妃さんは六人の子供を設けたからこそ、一夫多妻が認められているエルトリアで王様に第二妃をという声を無視する事が出来た。政治的結びつきの為に、第二妃をと進言されても『婚姻以外の方法で調整する方が、将来の混乱を防ぐ事が出来る』と言われれば、己の利を得る為に娘を差し出そうなんてぇ輩の下心は通用しない。
そんな王妃さんに、あのすっとこどっこい息子しかいない王太子妃さんが敵う筈も無く。
王太子妃さんは三十半ば。今から子供を産むにはちょいとばかり年齢が高いが、経産婦で周りに優秀なお医者さんがいっぱいついているから、然程難しくは無い筈だ。実際、王妃さんだって、下のお子さんをそれっくらいで産んでいる。
でだ、今から子供をと決めたとしても、そんな鶏や犬猫じゃああるまいし、産みましょう、はいそうしましょうてな具合に、ぽんころぽんころ子供が産まれるってぇなら苦労は無いわけで。
「わ、私と、で、殿下は、運命の恋で結ばれた『バチン!』ひっ」
「太子妃殿下は運命の恋で国民を不安になさるおつもりですか?将来の国母ともあろうお方の考えがこれでは、とてもとても」
グランフェット夫人が無表情に言い放つ。
「運命の恋、言葉だけなら素晴らしいですね。臣下としても見習いたいところですが、太子妃殿下はここにおります私どもの配偶者について、どのようにお考えなのかお聞きしたい。私どもの配偶者は、お互いの家長や他家の方々との兼ね合いを考えて結ばれた相手でございます」
「……っ」
「運命の恋を否定する訳ではございませんよ?皆に希望と夢を与える広告塔、というのであれば。ですが、経費の掛かるだけの広告塔で構わないというのであれば、実利は他の者にお任せなさっては如何ですか?」
「で、でも……」
ビシッ!!!
「申し訳ございません。わたくしの不徳の致す所でございます」
「クライヴ、レナータを許しておやり。リルスの教育担当だった頃から時間が経っているのだから、ましてや、王太子妃になってからの事を責めてはダメよ。可愛い娘達も怖がってしまうわ。それにね、ウィスタリアの教育成果は目覚ましいものでしたのよ。と、なれば、自ずと責任は誰が取るのか、わかるでしょう?」
王太子妃さんの『でも』の次の瞬間、ユーさんの教育担当であるシュトルデ夫人の頬をディルギン夫人が扇子でひっぱたいた。エルトリーべさんとプリュネさんの押し殺した声が続く。
いやあ、怖いね。シュトルデさんは結構なお年で、ユーさんの前にまだ子爵家のお嬢さんだった王太子妃さんの教育係を担当した。もう二十年も前位の事なのに、態々叱責を受けるってぇのは完全な茶番だよ。デモもストも無いもんだ、かい?
王太子妃さんが理想を追い求めたせいで、咎を受けるのは元教育係さん。で、王妃さんがそれを許して、悪いのは王太子妃さんだと匂わせる。所謂、義理を通したってぇやつだ。本当に面倒だねぇ。王様が王太子さんに、第二妃さんを迎えるようにってぇ言えばそれまでなんだけれど、反抗されても面倒なんで、王妃さんから王太子妃さんに文句を言うなと釘を刺した。青春恋愛脳王子さんと結婚したくないと表明した三人の前でね。
ユーさんの記憶と常識からすれば、政治に私情を持ち込んだ上に、自分達の恋愛観で息子を甘やかした王太子妃さんはお話にもならないのだけれど、まあ、それでうまく回っていたら問題は無かったんだろうね。けれども残念ながら回っていない。回っているのは王子さん達の頭ん中の青春楽しいメーターってぇ事で。
「王太子妃殿下が妃殿下の恩情を無碍にする、などという事はありませんでしょうけれど、その際は」
「わたくしの力不足という事でございます。如何なる罰もお受け致します」
「おやおや、それは困るわね。わたくしはレナータの事を気に入っているのに。それに、レナータのカリキュラムに不足は無いと思うのよ?ウィスタリアがそれを証明してくれているでしょう?」
王妃さんは随分とユーさんを買っていたらしい。
結局のところ、王太子さんが若いお嫁さんを貰うという事は決定していて、それを第三者の前で王太子妃さんに突きつけるってぇデモンストレーションだった訳だ。とまあ、気楽に考えていたのが拙かった。
「それでね、ほら、オルクスの婚約者に立候補した者が居たでしょう。初期の候補リストの端にも載れなかった、学業も大して振るわないなんとかと言う娘が。そのお嬢さんをね、リアンナが見ているのだけれど、ねえ、分かるでしょう?のんびり楽しく過ごして来たお嬢さんが、王家に名を連ねる為には、どれだけの努力がいるのかどうか」
ほほほ、と口を隠して微笑う王妃さんは、夏祭りの露天を如何に有利な場所に展開しようかと画策している和菓子屋の女将に似ている。これは拙い。ここにあたし達がいるのは、やんわりと学生さん達に話を広める為の布石と、恋愛脳の大元締めの王太子妃さんにケジメをつけたってぇ事を見せ付けるためじゃない。
確実にあたし達に何か嫌な事をやらせようとしている。少なくとも、表向きは穏便に。
「さて、御三方の努力により、オルクス殿下の婚約者候補としての教育は恙無く終了と言っても宜しい状態になっております。これより先は、婚約者となった者が責任を持って受ける内容ですので、今はこれで結構です」
グランフェット夫人の無表情が怖いね。顔は無表情だけれど、目が座っているよ。
「私達三人が総力を上げて、メガイラ伯爵令嬢の教育にあたりますが、資質に少々心元無いという事で意見が一致しております。ですので、御三方には大変申し訳ないのですが、少なくともお一人は婚約者候補として籍を残していただきたい。これは、陛下の懸念でもございますので」
お前達には断る権限は無い。ってな言葉が見え隠れどころか、大看板で目の前に打ち立てられている。やだよぉ。
おまけにお二人さんが視線だけでこっちを窺ってくると来たもんだ。ま、そうだよね。ユーさんの時は、予告なしに逃げたんだから。
で、何だか訳のわからないまま、ウィスタリア・ユースティティアが婚約者候補として残る事になった。
なんでだよぉ。ただ、ニコニコしていただけじゃあないか。そりゃあね、嫌がっているお二人さんより年嵩のあたしが引き受けた方が良いかなー、とは思ったよ?実際、逃げられて後からお鉢が回ってくるよりも、近くで状況を眺めていた方がましっちゃあましだ。虎穴に入らずば何とやら。年の順でエルトリーべさんが残ったとしたら、あのアザレさんが大人しく黙っているとは思えないし。
けどねぇ、幾ら何でも爺様が断っているのに、そこを無視するのは酷くないかい?こっちもね、遠慮しているんだよ?色々と。あのあんにゃもんにゃ唐変木に、偉ぶるんなら義務を果たせってんだこんちきしょう、とは言わないようにしているし。
それでもまあ、アザレさんが箸にも棒にも引っ掛からなかったら、他の国から良さげなお嬢さんが見つからなかったら、王家の血を引き王位継承権を持っている健全な夫婦が見つからなかったら、と言う交換条件は付けた。どうしてもダメなら最悪婚約者の立場を受け入れるけれど、ユースティティア家はそれを認めない、とね。
つまりは、アザレさんに対する完全な当て馬だ。王太子妃さんの失敗もあるから、恋愛脳だけで何とかなると思うなよ、と。もうね、それはそれで良いんだよ。ユーさんの記憶の中には、やたらめったら絡んでくるアザレさんでいっぱいなんだからさ。今までの経験からすれば、アザレさんはユーさんを恋のライバルにしたいみたいだから、下手に離れても近寄ってくるに違いない。
あれだよね、嫌い嫌いはただの好きじゃあ無いけれど、アザレさんは誰かをダシにして自分の立ち位置を作るんじゃあ無くて、自力で自分の居場所を勝ち取って欲しいよ、本当に。