王子さんは祖母である王妃さんと話すべきだと思うよ?
レルお兄さんの顔色が優れないけれども、普段から『考えの浅いウィスにはわからないかも知れないが』とお偉い調子で言ってくるんだから、己の心身の管理くらい己できっちり出来ている筈だよねぇ。王子さんを支えている自負もある様子。当然年長者として王子さんたちが間違った事をした時は忠告をして、正しい行動を見せている筈だよねぇ。
先日、父様に引き摺られて公爵後継としての心構えを懇々と聞かされた筈なのに、まさかまさか、父様と離れて寮に戻って可愛い歳下のお嬢ちゃんと再会した途端、頭っから全部すっぽ抜けた、なんてぇ事は無いよね?
なんて言ったら嫌味になるね。
実際は学園生活に戻って気が抜けて、気になるお嬢さんと行動再開した結果、見事にお気楽気分に戻ったって所だろうし。
それで年長者としてきちんと諌められなかった王子さんの後で青い顔をする羽目になっている、と。青春ど真ん中のお年頃なんだから仕方無いと言えば仕方無い。あたしも高校生の頃には素敵な恋が……、して無いね。して無かった。
余暇を一般募集している工芸作品展に全力を注ぎ込んで全校集会で表彰されたものの、外で何をやっているかは分からないけれど高校生のバイト代でアクセサリーを作ってくれる便利な同級生、あちらはオリジナルアクセサリーを安価に手に入れられる、こちらは持ち出し無しで実践練習と個人経営の基礎が学べる関係な高校時代だったねぇ……。
「入学以来、常に近しいご様子の王孫殿下とメガイラ伯爵令嬢のお姿を先生方や学生の皆が目にしております。王孫殿下のお側に控えておられる、エーファ卿、ゲネーシス卿、アルタール卿、レルヒエ兄上もメガイラ伯爵令嬢をお認めになり懇意にしていると皆が考えるのは自明の理でございましょう?王孫殿下と側付きの方々がお認めになられているメガイラ伯爵令嬢が婚約者候補になる事に何か問題がございますか?寧ろ、婚約者候補とされて無かった事の方がおかしいと思います」
(王子さんとアザレさんが、普通ならあり得ない仲良く過ごしているのを皆んなが見ているんだよ。その上、近くにいるお偉いお坊ちゃん達も何も言わないどころか一緒になってベタベタベタベタ、白い目で見られても平気で居るってぇ事はそれで良いと思っているから、やっていたってぇ事になるよね?だったらもうベッタリでも問題の無い立場である婚約者候補になった方が周囲もヤキモキしなくて済むじゃぁないか)
「わ、私は、別に、そんなつもりじゃなくて。あ、ラティ達の事は大好きだし、学園は皆んなが仲良くする場でしょう?皆んなもラティに話しかければ良いじゃない」
「そ、そうだ。私もレルヒエ達も、皆の意見を受け入れる事が出来るからな」
「学園は交流を深める場ではありますが、卒業後を見据えて自分の立場を考えた言動を学ぶ場でございます。王孫殿下が皆の声をお拾いになられる事はとても光栄ですが、敬愛する王孫殿下に対して全ての生徒が何時でもお側に参り話を聞いていただけるとなった場合、大混乱となるのは必至だと思われますが愚考でしょうか?」
(日本だったら皆んな仲良く民主主義、で良いけどさ、王制の国で色々と守られていて理想ばっかり見ていられる王子さんが『誰でも何でも話聞くよ』何てぇ言えば、押しが強くて声の大きい有象無象に囲まれて、嘆願やら愚痴やら思いつきやら、思いつくままに聞かされるって分からないのかねぇ)
事によっちゃ暗殺チャンスだよっ!
普段近づけない王子が、警戒心ゼロでアホ面下げて『広く話を聞く君子な僕ちん』と両手を上げてご意見ウエルカム、となれば、頭の先から爪先まで、ガラ空きの隙だらけで、土手っ腹に風通しの良い穴ぁ開けて汽車ぁ叩っこんで、エルトリア王孫鉄道開通おめでとうと来るね。開通の代わりに死ぬけれども。
「殿下、私からウィスタリア嬢に考えを述べても?」
「当然構わない。学園内では許可も要らないぞ」
無駄にキリッとした顔で言うのは武士坊ちゃん。王子さんを守る為だろうけれど、アザレさんにくっついて来て、あたしの仕事の邪魔をしなかった分だけ良い奴だ。今の所は。
レルお兄さんと同い年の現在高校二年生に相当する安全管理担当者として、是非、諌める側に回っていただきたい所だけれども、余り期待出来なそうだよ。
小さい頃はレルお兄さんと一緒にいつも真面目なアザレさんを助けてくれていた幼馴染の頼れるお兄ちゃんだったのに、アザレさんに会ってから段々『学生のうちはもっと柔軟な考えを持つべきだ』何てぇ言い出して、挙句、『無表情で弱者を切り捨てるウィスタリアを王妃として守る事は出来ません』と陰口を叩きゃあがったからねぇ。しっかりユーさんの耳に入った時点で、陰口としても落第だ。
「ウィスタリア嬢は学園の理念や警備体制に不備があると?だとすれば、随分と傲慢であると思うが?」
やっぱり残念なご意見だったよぉ。
「その様に聞こえたのであれば、わたくしの言葉選びに問題があったと思われますので、お詫び申し上げます。わたくしとしては、殿下のお言葉では『殿下は学園の生徒全てに対して、生徒が希望すればどの様な内容であっても、全て聞く』と捉えられてしまうと申したかったのです。生徒は多数、殿下はお一人、順番に聞き取りをしたとしても残りの学生生活の時間全てを使っても不足するかと」
(お前さん達が上げ足取りをしたいのか、それとも本気でそう思っているのか知らないけれど、聞いて欲しいと訴えて来る人数如何によっては、登下校も聞き取り、休み時間も聞き取り、放課後も聞き取り、お上品に食べながら話を聞いたりしないってんならお昼も満足に食べられないってことさね。両手両足全部の指を使って、それでも足りないだろうから、紙にでも生徒人数書き出しな)
「それは…」
「話を戻しても宜しいですか?」
何か言いたそうなぞろっぺぇ連に対して、ユーさん仕込みのお上品な微笑みで言葉を封じる。食らえ、貴族の腹芸的微笑み。
「殿下方がわたくしの所に態々足をお運びになったのは、メガイラ伯爵令嬢が殿下の婚約者候補となった事についてと受け取ったのですが、それについて、わたくしの分かる範囲でのお話はさせていただきました」
(ああもう、七面倒くさいねぇ。気に食わないユーさんの立場を悪くしようとして、差別のなんのと話を脱線させるのはやめとくれ)
あたしの言葉に弾かれたみたいに文句を言い出したぞろっぺぇ連に、再度、お上品な微笑みを食らわして、
「王妃殿下の決定ですので、わたくしの愚考などお聞きにならず、妃殿下の女官長にお尋ねになっていただけますでしょうか?」
顔が引き攣る様な笑顔で『そろそろ昼食をお取りになりませんと、午後の授業に支障が出るかと思いますが?』と付け加えれば、『やだぁっ、せっかくランチのデザートにクッキーを作って来たのにぃ』と騒ぐアザレさんを囲んで去っていくぞろっぺぇ連。
「手作りクッキーたぁ、随分とご機嫌な青春だねぇ。素人の作ったお菓子をそのまんま口に入れる王子さんと、それを止めないお坊ちゃん方、坊ちゃん方が毒味役を兼ねると言っても、完全に平和ボケしていらっしゃる」
「お嬢様、心の声が漏れていらっしゃいます」
「小声でもこちらを伺っている周囲の者に聞き取られる恐れがありますので、大人しく食事をして下さい」
エピさんとキルさんに注意されるあたしも、平和ボケの仲間入りかね。ヤダヤダ、気をつけないとね。




