面倒の元締めのお嬢さんに責任を持って頑張って頂こうかねぇ
不足していた武器の仕事を終えて、あたしは王都に戻った。爺様は問題行動のあった連中の再訓練、父様は新しい役所人事やら書類仕事やらで居残りとなったので、少し、いや大分心細い。
ダンスバトルでアザレさんの手を取ったレルお兄さんと向かい合って、気不味い帰路になると思いきや、レルお兄さんは王都での公爵家管理を任されたとかで先行して帰っていった。今回の大問題発覚で父様に引き回され、大好きな女の子とペアになれたダンス勝負で妹従者ペアに負け、思うところもあるんだろうけれど、ユーさんが戻って来た時にいい関係になれるようにしていきたいねぇ。
それにしても、頭ん中にドクダミやらぺんぺん草の生えた青春お花畑のレルお兄さんに管理を任せて大丈夫かと心配になって、憚りながらと爺様に聞いてみれば『家中が多少揉める程度なら幾らでも修正が効くし、外部に迷惑をかけない様に儂が信頼している部下が囲んでおるから大丈夫だ』と呵呵大笑された。渋いねぇ。かっこいいよ。
最後に『被害は無くとも失策をする様であれば、後で何が悪かったから説明した上で説教してやるわい』と握り拳に息を吹きかけていたから、レルお兄さんの首がすっ飛ばない様に祈ってあげたあたしの優しさが無駄にならないと良いんだけれど。
一年目は様子見、二年目は爺様達に相談しつつ地固めと来て、そろそろユーさんの友達関係の改善を考えないといけない。お互いを信頼出来る親友ってのがいれば、どんな困難も乗り越えられるなんてぇ物語みたいな事は言わないれど、少なくとも礼節とマナーを守っている限りそれなりに信用してお付き合い出来る人が欲しい。
第一、ユーさんの記憶や性格をなぞったお付き合いをして、お互いを支え合えられる友達を作ったとしても、それはユーさんの友達じゃぁなくて、ユーさんの振りをしたあたしの友達だ。生まれも生き方も好みも違うユーさんとあたし、両方が納得いく相手だとしても、その相手が見ているのはユーさんの姿でユーさんの真似をした藤 紫苑って訳で、あたし自身が相手を騙しているみたいな気がして落ち着かない。
だから、今は信用してお付き合いが出来るってだけで十分だ。
じゃあってんであたしが来る前、ユーさんが18歳までの記憶を総浚いして、親友や相談事の出来る友達をピックアップしてお付き合いしていこうと思った次の瞬間、ユーさん自身が立場上特定の相手と親しくしすぎないと決めていた事に気が付いた。って事は端から端まで思い出したとしても該当者無しって事になる。
学園や学習関係は先生や担当の人に聞く、市井の情報は偏らない方にあちこちから報告を貰う、婚約関係は様子を伺いながら指導役や王妃様とのお付き合いで、小さな頃は公爵家の娘として、婚約してからはその立場も考慮して、頑張っていたユーさん。目の前にいたら思わず『ちょっと散歩でも行かないかい?』と河原にでも連れ出したいとこだけれど、頭ん中にしっかり残っているユーさんの矜持ってぇのを考えたら、気楽に『休んで良いんだよ』とも言えない。
こっちに戻るまで日本の家族やお友達とのんびり過ごせていると良いねぇ。まあ、ユーさんには女神さんが付いているし、夢で成長記録を貰っている爺様と父様が心配していないみたいだから、大丈夫だろうけれど。
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「最近のウィスタリアは随分と目立つ行動を取っている様だけれど、休んでいる間に考えが変わるような事があったのかえ?」
療養期間前以来、顔を合わせていなかった王妃さんがにこやかに微笑む。王孫婚約者候補とのお茶会ってぇ名目ではあるものの、候補者全員が辞退中ってんだから表面上和やかでも一皮剥けばえらい事になる。
そんな状況で目立ってるなんてぇ言われたせいで、候補のお二人さんの目付きがきつい。卒業まで留学を狙うエルトリーべさんと辺境の充実名目で領地に戻りたいプリュネさんからすれば、王子さんと同い歳でお二人さんより家格も上のユーさんとくっついてもらうのがベストだよね。
「妃殿下にはお気をかけていただきまして心より感謝申し上げます。お陰様で普段見られないものから多くの事を学ぶ事が出来ました」
王妃様対応用ユーさんスイッチをしっかり入れて、変な言質を取られないようにと気合も入れて、あたしにゃあ絶対出来ない口角だけ上げる笑顔を心掛ける。この、必殺口だけ笑いの他に、片っぽの眉を跳ね上げる、西施じゃあないけれどほんのりと顰む、目を心持ちに合わせて細くする技もしっかりと身についているんで、『ユーさんのスイッチこれこれこういう表情』と念じれば、顔の方が勝手に動いてくれるんでありがたい。
一応、身につけた事が抜けっちまわない様に、鏡を見てチェックもしているんだけれど、その度にキルさんやエピさんに笑われる。別に気にはしていないんだけれども、態々笑顔で『思っている気持ちと表情が違うのはどんな気分ですか?』と聞かれた日には、『自分でやってみるのが一番早いよっ』と返してやった。全く、箸が転がるんでも面白いお年頃なのかね、あの二人は。
さてさて、王妃様の本日の御用の向きは、保留になっている王子坊ちゃんの婚約者についてだそうで、嫌だ嫌だと我儘を言わないで三人全員他の候補を蹴り落とすつもりで励めとの事。この結論に辿り着くまでに、イカレタ言葉遊びが繰り広げられていたのは王族貴族のご愛嬌。
本来なら、未来の王妃の座を見据えた地位につける栄光に感謝をし、国民の働きに支えられている特権階級高位貴族家の娘として期待に応えないといけないんだそうで。確かにね、税金を納めてくれる方々に応えるべきなんだろうけれど、あのすっとこどっこい王子の婚約者以外の方法なんぞ幾らでもある訳で。
元を正せばあのぞろっぺぇ連の頭領、青春恋愛浮かれ王子に魅力が無いのがいけない。で、その浮かれポンチの保護者である王家の皆々様が責任をもって王子さんをひっ捕まえて、国民の働きに支えられている心得を叩っこんだ上で、その結果を出してくれたってぇなら良いけれど、ぶらぶら王子さんの様子を見ている限り全くそうは思えない。
まあ、誇り高く責任感の塊みたいなユーさんを絶望させたぞろっぺぇ連の言動が改まった所で、深ーく傷ついた心が修復されるわけも無し。せっかく何の柵もない平和な世界で生活して心が癒されたユーさんが戻って来た時に、もうユーさんを傷付けない王子さん達になったから安心して結婚出来るよ、なんてぇ事にはならないね。
ユーさんなら必要に応じて過去に自分を追い詰めた連中とお付き合い出来るだろうけれど、それはユーさんが己を抑えられるからであってわだかまりも心の傷も無くなるわけじゃあない。あたしが総浚いしたユーさんの最後の記憶と思いの中に、王子さんへの愛情も恋慕も敬愛も、好意ってぇ名の付くもんはこれっぱかりも無くなっていた。只々悲しい辛い苦しいだけ。
爺様も父様もあたしも、そんな思いをさせた王子さんや周囲の都合の為に、ユーさんが無理をして義務を果たす必要なんてこれっぽっちも無いって思っているから、婚約者になるっってぇ選択は絶対無いんだよねぇ。こうやって王家は尊重しているし、お茶会に付き合うのは婚約者候補、但し辞退申請中だから。
はっきりと勅命が出ていないのに『絶対無理』と言うのは、不遜であり不敬だから。なんだかんだとユーさんに期待している候補のお二人さんには悪いけれど、ウィスタリア・シャルトルーズ・ユースティティアがきちんと対応してますってぇ事を対外的に表明しているだけの茶番。優しいユーさんと違って底意地の悪いあたしは『絶対嫌だ』と言う権利を行使してやれるんだよぉ。
「わたくしにとって其方達は可愛い孫娘も同様と思っておるのだけれど、わたくしが思うよりも其方達はわたくしを思ってくれておらぬのかのう」
「王妃様、わたくしは心より王妃様をお慕いしております」
「わたくしもです」
慌てた様子を噯にも出さずに、それでいて素早く否定するお二人さん。
「おや、ウィスタリアの声が聞こえぬようであったが、わたくしの耳が弱ったのか、療養していたウィスタリアの声が細いのか、どちらであろうかの?」
どっちでも無いって分かっていて言われてもねぇ。まだるっこしいのは嫌だねぇ。それでも、こっち来たあたしを大切にしてくれている人達と、縁あって繋がったユーさんの為に一踏ん張りしてやろうかね。
もし何かあっても爺様達がついているから、ちょっとばかり腹を括って言ってやろうじゃないか。
「尊い妃殿下に斯様に恐れ多く光栄なお言葉をいただきました事、臣下ウィスタリア・ユースティティアは至宝として心に刻みつけ、生涯忘れる事はございません」
(王妃さんが期待してくれるのは、ユーさんの努力が報われて嬉しいし光栄なんだけれどねぇ)
満足そうなお三人さんだけれど、本題はここからだよ。
「斯様な栄誉を受けながらも未だ至らぬ所が多く、お心遣いにお応え出来ぬ事もありお詫び申し上げます。今後、妃殿下のご期待に添えますよう精進して参りたいと思います。その為に卒爾ながら妃殿下にお願いの儀がございます」
(ありがたい次いでにお願いがあるんだよ)
「申してみよ」
「メガイラ伯爵令嬢を王孫殿下の婚約者候補のお一方としてお考えいただけませんでしょうか?」
(アザレさんを婚約者候補にしとくれ)
頭を軽く下げたのでみんなの顔は分からないけれど、丸テーブルを囲んでいるんでエルトリーべさんとプリュネさんの体ほんの少しだけ竦んだのが目に入った。
ほぅ、と小さなため息は王妃さん。
「ウィスタリア、かの娘について余り良い話を聞かぬのだが、何故その様な事を申した?」
「人の評価というものは面白いもので、取り用によっては正反対となりえます。わたくしが見る限り、メガイラ嬢は多くの学友に囲まれ人心掌握の魅力をお持ちかと。交友関係が広いという事は多くの協力者と選択肢を有すると言えましょう。宜しくない部分があるとしても、婚約者候補として不足している事を学べば変わられましょう。グロースターべ様、マスキュール様、お二人も婚約者候補の教育係をして下さいました方々の手腕をよくご存じでいらっしゃいますが、如何でしょう?」
(理屈と膏薬は何処にでもくっつくからね、明るい性格は考えなし、異性と距離が近いのは小さい頃からのもんだから矯正可能。友達が多いってぇ事は武器になる。どうせ実際に教えるのは専門家だから、ユーさん達をビシビシ扱いた様にして貰えば良いじゃあないか)
「かの娘では家格が劣るとは考えぬか?無論、低くとも婚姻による利益が大きければまた違って来るがの」
「人との結びつきは大きな財産と考えております。学園での良好な交友関係は大きな力になりますでしょう。わたくしの力不足を棚に上げて申し上げるのは心苦しゅうございますが、メガイラ嬢の力量には感嘆するばかりでございます。わたくしとしても、見習って多くの方々と良い関係を築ける様精進致しますが、現状、王孫殿下にも認められていらっしゃる事は学生達に周知されております。婚約者ではなく候補として教育係の方々とのお引き合わせをしていただくご検討をお願い致します」
(あれだけあちこちでべったりなんだから、良いじゃぁないか。お陰で候補者の三人が嫌な目にあって逃げ出したがっているんだからさ)
「恐れながらエルトリーべ・シュピーゲル・グロースターべ、妃殿下に申し上げます。わたくしもユースティティア嬢に同意させていただきます。王孫殿下のお心にしっかりと添えるという事は、何にも変えられぬ資格の一つではありませんでしょうか?」
「わたくしプリュネ・ミロワール・ファーベルも同意致します」
二人とも膝の上で強く拳を握っている。いやまさか、お二人さんまで乗ってくるとは思わなかったけれど、これはありがたい援軍だ。もし不敬だってんで罰せられるんなら、言い出しっぺのあたしが二人の分も引っ被らないとだね。
「ほほほほほ……。ウィスタリアも顔を上げなさい。下を向いていたら話し難いからの」
ゆっくりと顔を上げれば口元を扇で隠して目を細めた王妃さんと、お手本みたいな微笑みを浮かべたお二人さん。
「教育係や学園の教師達から聞く其方達の様子について、わたくしはとても満足しておるし、其方達の努力に報わねばならないと考えておる。其方達が婚約者候補として正しくあるというのであれば、ウィスタリアの申し出を受けても良かろう。王妃は交流の要であるからの」
勝った、勝ったよ。お願いが通ったよぉ!
アザレさんにも頑張って貰おうじゃないか。大好きな『セイホシ?』とやらの為にさ。
これで荷がちょっとだけ軽くなったよ。いやあ、良い仕事したよ。うん。




