ダンス勝負で爺様大活躍
いやもう体がバッキバキだよ、バッキバキ。剣の型取りやら意匠付けやら合間に入る、アクセサリーの注文やら、本職の作業が楽しくて楽しくて、ちょいとばかり運動不足だったのがいけなかったね。弛まぬ努力と生来の才能を備えたユーさんが、物心ついてからこっち余程の事が無い限り日々行っていたダンスと護身術の鍛錬をサボった私が悪かったよぉ。
禍福は糾える縄の如し、人間万事塞翁が馬、因果応報、エピさんに『最近、ダンスのお浚いを休んでおられますが大丈夫でしょうか?』と聞かれた時に『忙しいしラジオ体操で何とかなるんじゃ無いかね?』と答えたんだっけ。で、そのラジオ体操も仕事が楽しすぎてすっかり忘れていたっていう次第。態々注意してもらったのに面目無いねぇ。
サボっていたせいでお休みしてた筋肉が『急に出番かい⁉︎』ってな感じで痙攣と腓返りを起こした時は、この世の終わりかと思ったよ。いやもう、ユーさんの鍛えに鍛えた『え?わたくし不都合など何もございませんが?』スマイルと、パートナーをしてくれた爺様と父様とキルさんが異常を察知してくれていい感じに操ってくれて乗り切れたから助かったけどね、もしその場でへたり込んでいたら何を噂されるか分からないとこだったよ。
こっそり父様とキルさんにダンスサボりの注意されたけど、今度ばかりはあたしの手抜かりなんで大人しく謝ったら『素直に謝られると怖い』と言われた。解せないねぇ。
ダンス勝負ってのはエルトリア女性の遊びらしい。ユーさんはそういう遊びがあるってのは知っていたけれど、基本的に優雅な宮廷社交ダンスや、学園学科のダンスといった各式のあるパーティー向けダンスの経験しかない。
お祭りや仲の良い友達同士でやるお遊びであるダンス勝負の詳細は一切知らなかった。
先ず、周囲の人に投票に使う花だったり、リボンだったり、何かしらの物を一つずつ渡しておく。で、勝負参加者がダンスを同時に踊る。終わったら気に入った方に花やら何やらを渡して、一番多い人が勝ち。
要は人気投票だね。ダンスの出来も然る事乍ら、投票者の好みがかなり反映されるし、そうなると見た目や服装も加味される。
履物屋の悦子さん、御歳88歳米寿、自称77歳喜寿、も現役のダンサーとして大会に出る時はシュッとした若いパートナーをお願いするって言ってたね。挙句、『しーちゃん、男装してパートナーになっとくれよ。やってくれたらぱーちーにぴったりのすあろすきーとか言うビーズの付いた草履をあげるからサァ』と言い出して、それを聞いてた帽子屋の徳子さん、御歳80歳卒寿が『それならあたしゃあボンネットをあげるから、しーちゃんはあたしとペアを組もうよぉ』と。
揉めそうなとこで逃げたけれど、次に会った時に『女同士ってバレたら失格になるから、仕事関係でいい男が居たら紹介しとくれ』と迫られた。で、『あれこれ贅沢は言わないけど、そうだねぇ。年寄りに優しくて、あたしらより頭一つは背が高いと嬉しいね。それと、日頃からある程度の運動をしていて、細身でスーツが似合う、御面相はそこまで求めないけれど清潔感があって人好きのする感じで、それでいてあたしらをくわない感じの控えめさと、優美な動きをするくらいかねぇ』と、盆と正月が一緒に来たくらいの贅沢を言っていた記憶がある。今頃、婆様方は元気でやってるのかねぇ。……。やってるね、お迎えさえ来てなきゃあ……。
で、爺様とあたしのペア、アザレさんと魔法の坊ちゃんペアで勝負したら、爺様が一番投票用の飴玉を集めるってぇオチがついた。粋な渋爺様のがっちりとした体と苦み走った凛々しい顔付きと、国を守る将軍という肩書は伊達じゃない。そりゃ集まるでしょうよ、飴玉が。将軍に対する忖度ってえやつもあるだろうし。次があたしで、アザレさん、魔法の坊ちゃんの順。
これで終わったと思ったら、アザレさんが『勝負と言えば三戦して二勝した方が勝ちに決まってるでしょ』と。だったら端っからそう言っとくれ、と思いつつ笑顔を絶やさず受け入れた自分を褒めてやりたいね。
二回目は地元女性の人気を一番に集めた坊主の坊ちゃんが、こっそり自分の分をアザレさんに渡すというイカサマをして負けた。その場で追及したところでシラを切られたらそれまでと口を噤み、隣で静かにお怒りの父様には『まさか大司祭の孫がズルするたぁびっくりだよぉ。この場で盛り上がりに水を差すよりも、天知る地知る我知る人知る、自分自身がルール違反をした事は忘れらないって事を後で父様から伝えて下さいませんかね?その方が自分が何をしたかをよーく理解すると思いますよぉ』と囁くと、晴れやかな笑顔を向けてきた。
あたりの柔らかい怒りの父様なら、それはもう心を抉る言葉を掛けてくれるに違いないね。あたしが注意するのが筋なんだろうが、意地悪なウィスタリアには落ち着いて慈悲の心が無いだのイヤミったらしいだの神の慈愛の心がどうだのといった、お得意の御託を並べて何をしたかってぇ現実を表面で弾いちゃうだろうしねぇ。
それと、『まだまだ父上には敵わない』とちょっと寂しそうな父様には、あたしの投票分の飴玉を進呈した。『愛する長女からの唯一は凡百を凌ぐ!』と嬉しそうなのは良いんだけれど、周りの人たちの投票を凡百というのはどうかと思う。
すすっと寄ってきた爺様には『儂には呉なんだ』と悲しい顔をされるし。いやだって、爺様の人気が凄かったのと、疲れた時の糖分補給だと思って終わってすぐ口に入れて噛み砕いちまったもんはしょうがない。ひっくり返して振ったって出てきやしないし、出てきた所で汚くってお話にならないね。
三回目、本来ならレルお兄さんがパートナーになるのが真っ当なんだけど、お兄さんの腕にはご機嫌なアザレさんがくっついていて『ごめんなさぁい。ファビィが私と踊りたいって言うからぁ』とのたまった。
となると主催者のラースウィーゼ伯爵にお願いするのが筋なんだけれど、開始合図のファーストダンスでご夫婦ともに、移動の強行軍と連日の前伯爵の残務整理と気合を入れたパーティー準備で積み上がった疲労が腰にきてしまい、生まれたての仔馬と小鹿よろしくピクピクと痙攣しながらガーデンチェアに鎮座ぁましまして引き攣った笑顔でホストを務めていらっしゃる。
ぎっくり腰は癖になるから、部屋に下がってゆっくり治療して頂きたいくらいなのに『代理の領主として領民に不安を与えてはいけない』とおっしゃる伯爵に、無理をさせるつもりはサラッサラ無い。
一勝一敗、イカサマをされたとはいえ負け越すのは性に合わない。勝ちに拘るあたしの犠牲者を求めて、辺りをぐるりと見回せば、
「ウィスタリアお嬢様、わたくしにお手を取る栄誉をお与え下さい」
と、胡散臭い微笑みを貼り付けたキルさんが、いつの間にかすぐ側に立っていた。
「閣下と公子様とお嬢様をバカにする相手は許せません」
胡散臭い笑顔のまま囁くキルさんの手を取れば、緑青色の目がキュッと細くなって『思い知らせてやりましょう』と悪代官面になる。その相手をしているあたしは悪の越後屋ポジションかい?あたしゃやだよう。正義の味方の方が良いよぉ。
三回目だから後先考えず、気合を入れて踊る。踊る阿呆に見る阿呆、どうせ阿呆なら踊らにゃ損々。ええじゃないか、ええじゃないか、天からお札が降って参りましたぞ。
「関係無い事を考えてないで、しっかり踊って下さいね」
「何故バレた⁉︎ 」
「上のお嬢様は顔に出やすくていらっしゃいますから」
「ごめん、絶対勝つ」
頑張った。それはもう頑張った。そうしてめちゃくちゃ頑張ったのに、一番飴玉を集めたのはキルさんだった。分かりやすい、実に分かりやすいよ、領民の人達よ。そうだよね、若くてかっこいい人が一番だよね!人間素直が一番だよ!
とはいえ、二戦目の時点で坊主坊ちゃんからこっそり飴玉を貰って勝利したアザレさん。お怒りの父様がレルお兄さんをきっちりマークしていた為に受け取れず、当然、ユーさんの努力の積み重ねとあたしのちょっぴり復習によるダンスの腕前の方が上な訳で。
「ざまあみろってんだ、このすっとこどっこいの唐変木、あんにゃもんにゃ糸っクズ、空気ラッパアセチレンガス、味噌汁で顔ぉ洗って出直して来やがれ、ずんべらぼうめ。お前さんがずろっぺぇ連と連れ立ってぴゃらぴゃら遊んでいる間に、毎日休みもせずに研鑽し続けたユーさんの実力を思い知ったか、丸太ん棒。こちとら全身が痛くって悲鳴を上げるまでお前さんがしつっこくやりたかった勝負に付き合ってやったんだから、ありがたく思って己の実力不足を猛省しやがれってんだ、遊び半分の努力なんて火事場の蝋燭、月夜の提灯、雨の日の紙で出来た雨合羽ってやつだよぉ」
「上のお嬢様、幾ら小さな声でも聞こえる可能性がありますので口には出さず心の中でどうぞ。更に申し上げさせていただきますが、とても宜しくないお顔をなさっておられます。どうか御自制下さいますよう」
「あら、失礼」
宜しくない顔がどんなもんだかは分からないけれど、キルさんが言うんだから宜しくないんだろう。ユーさんスマイルに切り替えて、投票してくれた人達に全身の痛みを堪えて優雅に礼をして顔をあげれば、「卑怯な手を使ったんだわぁ」と喚くアザレさんが、良い笑顔を貼り付けたエピさん率いる面倒な女性客対応チームに囲まれて、控室にご案内されていた。
そんな大変な思いをして凌ぎ切った代理領主お披露目パーティー翌日、机に突っ伏してぐったりとするあたしの横で、ケロリとした顔で来てくれた有力者達へのお礼状を書くキルさん。手書きな事に意味がある、って事だけれど、今回はあたしの頑張りに免じてキルさんが書いてくれるって言い出した時は、槍でも降って来るんじゃあ無いかと思ったけれど『サインだけは直筆でお願いします』と続いたので、ある意味安心した。
体中痛いけれどね!
「エーファ様達はお帰りになるそうですよ」
「坊主坊ちゃんね。達って事は……」
「アルタール様とメガイラ様もお帰りです」
「それは重畳。全身筋肉痛じゃ無けりゃあもっと重畳」
「ダンスの練習をサボるからですよ」
「そうだねぇ。反省しているよぉ。職人は体が資本だからね」
「職人でだけでなく、誰しも体が資本ですよ」
「だねぇ。忙しいキルさんにあたしの思い付きを押し付けて時間を取らすことも多いのに、日々の鍛錬を欠かさないんだから頭が下がるよぉ。けどねぇ、この流れで言うのはなんだけど、休養も自己管理の一つだからね。ちゃんとお休みは取っとくれよ」
「本当に、この流れでそれはどうかと思いますよ」
「ごめんよう」
ギシギシと痛む体を起こしてサインをする。
「失礼します。飛鳥様にお客様ですがいかが致しますか?」
二通の手紙が乗ったトレーを机に置くエピさんの顔が、何やら渋い。手紙の差出人は、と。
「帰ったんじゃないのかい?」
坊主坊ちゃんと魔法坊ちゃん。
「帰る前にご挨拶したいそうです」
「あたしゃあしたくないね。着替えるのが面倒だし。体中痛いし。パーティー前から仕事休んで、新しいアクセサリーのデザインの参考に町を見たいって出かけてるとでも言って、お帰り願っとくれ」
「分かりました」
「お坊ちゃん方には、飛鳥が戻ったら手紙を渡す、返事が必要なら仕事の合間に書くようお願いするとでも言っとくれ」
「はい。面倒だって言ってもシオンさんは優しいですよね」
「優しくないよ?手紙を貰って、返事がいる内容なら短文でも良いから返しておかないと、落ち着かないだけだよ」
キルさんがペーパーナイフを渡してくるよりも早く、一通をベリッと開封して内容確認。
…………。
もう一通。
…………。
「何と?」
「文章は違うけれど、どっちも顔の傷痕を治したかったら力になる、だそうだよ。何度もお断りしているのに、そんなに他所様の御面相が気になるもんかねぇ。ああ、ダンス勝負に負けたアザレさんの為に飛鳥に貸しを作って、ユースティティア家に絡んでこうってぇ腹積りってとこかね」
首を傾げた瞬間、ピキッと痛みが走った。
「痛ったぁ」
「シオン様は緊急でない限り、考えてから動く癖をつけるべきだと思います」
「色々と考えているし、まだるっこしいのは嫌いだよ」
「考えても即行動に移すのは、どうかと。お嬢様に危険が及ぶ可能性をお考え下さい」
確かにそうだ。ユーさんが帰って来た時に、本物の傷が残っているなんてぇ事になったらユースティティア家の皆に面目が立たない。
「キルさんの言う通りだね。心配かけて申し訳なかったよ」
「そうやって反省しても、実行に移さないと意味がありません」
「信頼されて無いねぇ。キルさんから見てあたしは無茶ばかりしているってこったね」
「今更気が付いたんですか?」
結構前から気が付いていたけれど、気が付かない振りで無理を通してたってぇ事実は胸に秘めておこう。それが良い。




