普段温厚な人が怒ると怖いよねぇ
本日はお日柄も良くってんで、ハイデル伯爵家の中庭に続くホールはフランス窓を取っ払って風通しよく、中庭にたくさん設えたガーデンテーブルの上には軽食とお菓子が並び、その間をウェイターさん達が飲み物のトレーを持って行き来している。
で、この屋敷の主人であるハイデル伯爵はどこにいるかって言うと、エルトリア軍内の拘置所に家族と使用人さん全員で全く嬉しくないバカンス中。親睦パーティーの主催者はお隣の領主ラースウィーゼ伯爵夫妻で、馬車を飛ばして三日かかるこちらに来て父様といつ戻れるかわからない楽しい残務整理をしているんだとか。
ユーさんの記憶で反乱を起こしたのがハイデル伯。今回調査した時点で、この地方の国軍の武器を上手い事横流した上に通常なら有り得ない数の私兵を訓練していたんで、お怒りの爺様率いるユースティティア公爵家騎士団に家を取り囲まれての大捕物。知らなかったけれど反乱ってぇのは結構な下準備が必要なんだねぇ。ユーさんの知識には過去にあった大きな戦いといった歴史の授業みたいなものはあるものの、細かい内容までは入っていない。一般教養として覚えている程度だったから、武器を揃えて泥棒行為をしたやつを捕まえておしまいと思っていたんだよね。
お陰で反乱の芽が早期に潰せたから大手柄だって爺様に褒められたけれど、そこまでは考えも及ばなかったので逆に『爺様と父様は凄いんですねぇ。あたしゃあ当面の問題だけ解決すりゃあ良いと思っていましたよぉ』と感心したら、頭をぐりぐりと撫でられた。
そんな中で大捕物終了のお祝いと、残務整理の休憩と、領主代行予定のラースウィーゼ伯爵家と地域の交流も兼ねた親睦パーティー開催、と。王都での集まりは、おかしな人が入っちゃぁいけないから警備も厳重なのだけれど、基本的に誰かしらが顔見知りってぇ状況なので見た目や挙動におかしな所がなければ領主館の中庭には誰でも入れる状態だ。
勿論、しっかりとした警備兵の皆さんもいるから万が一の時も安心安全。ユーさんみたいな立場の人間は、自衛と自己判断力を求められるけれど、そこはそれ自分の身を守る方法は必須課題として習っている。安全でも何でも、世の中に絶対は無いけれど、それを言っちゃあキリがない。
地元の人も気軽に入れるパーティーは、ごちゃっとした楽しい雰囲気があって楽しい。
楽しかったんだよ。途中まではね。
爺様と父様に挟まれて、ラースウィーゼ伯爵や関係者の皆さんにユーさん仕込みの穏やかな感じの良い微笑みってやつを浮かべていた時は楽しかった。地方の名物をお上品にいただいていた時も、ちょっとばかり、いや、かなり物足りないけれど、後で部屋で気が済むまで食べられると聞いて楽しかった。小さな子供達に地元の自慢話を聞かせて貰っている時も楽しかった。
「ウィス、ダンス勝負よ!」
と、桃色ぴらぴらのドレスを着たアザレさんにビシッと人差し指を突きつけられるまでは。
全く、人様を指で差しちゃあいけませんって習っていないのかねぇ。左手を腰にあてて、胸をそらせて、自信満々の顔で「勝負よ」って、言われても……。
「ちょ、ちょっと何をするのよ!」
「アズ、これはまずいよ」
「お祖父様、申し訳ございません。メガイラ嬢は学園でウィスと親しくしているので、気軽な雰囲気のパーティーでいつもの様に声を掛けてしまった様です」
「ユースティティア公女、あまりメガイラ嬢の態度をお責めになりませんように。神は慈悲の心を尊ばれます」
「やめてよっ!私はメガイラ伯爵家の娘なんだからっ!」
「その無礼なお嬢さんを丁寧にご自宅なり逗留場所なりに送って差し上げなさい」
「ユースティティア様、私はっ、ファビィのお友達でっ」
「うるさいのう。レルヒエ、お前は、普段大した交流もしていない、公爵家の娘を許可無く愛称で呼び、更には指まで突きつけて、周囲の状況を全く気にしない様な者を友人としているのか。いやはや、儂も孫に対して甘やかしてばかりはしていないつもりであったが、まさかまさか、生い先短いこの歳になって、この様なものを見せられるとはのう。数多の戦火を掻い潜り、多少の事では揺るがぬ心を持っていたつもりであったが、いやはや、トレラント、儂らもまだまだ未熟じゃな」
「左様ですね、父上。名も知らぬお嬢さん、私はレルヒエとウィスタリアの父である、ヴィラーセンだ。今日のパーティーは地域の親睦目的であるが、ラースウィーゼ家とユースティティア家の家族同士の親睦会を兼ねているのですよ。領民の皆さんも参加されていますから、厳しい上下関係は要求しませんが、最低限のマナーは守っていただきたいですね」
「初めて正式にご挨拶致します、メガイラ伯爵家が一女、アザレでございます。ユースティティア公爵様、ユースティティア公子様、レルヒエ様とウィスタリア様には学園でとても仲良くしていただいています。ユースティティア公子様は、領主を務められていらっしゃるヴィラーセン公とお呼びした方が宜しいのでしょうか?今日のご挨拶を縁に、今後はご家族の皆様を含めて懇意にさせていただきたいです」
あたしの両脇に満面の笑みを浮かべた爺様と父様が立っている。さっきまでラースウィーゼ伯爵と楽しそうに話していたはずだよねぇ?耳聡い上に、人混みを素早く移動してくる能力までついているってぇのは凄い。その二人に飛鳥がユースティティア家から受けた仕事の邪魔をした事は何処へやらで、堂々と挨拶出来るアザレさんも別の意味で凄い。
ぞろっぺぇ連と必要以上に仲良くしているアザレさんと仲良くした記憶はこれっぱかりも無いし、爺様達もご存知だって位、流石に分かっているはずなんだけれど、良くもまあ家族ぐるみで仲良くしましょうなんてぇ言えるもんだ。
「ははは、これはこれは面白い事を言うお嬢さんじゃな。国内外に恐れられている王国軍の紫炎の大将軍たる儂に、仲良くして欲しいなどとは」
「そうですかっ⁉︎ 紫炎の大将軍なんて呼ばれ方をしていても、こうやって目の前にいらしてお話すれば、本当は笑顔の可愛いお爺ちゃんですのにね」
うふふ、と笑うアザレさんに対して笑顔を崩さない爺様の右手は、有事の際に備えて腰に下げている剣の柄頭に乗っている。爺様のさりげないヤル気が見え隠れしているのに、気付かないアザレさんは大物なのか何なのか。爺様の面白いは悪い意味で言っているんだから、笑顔に誤魔化されちゃあいけないよ。あっという間に膾切りにされたっておかしくないし、爺様が弱い者を斬るための剣は持っていないってぇ矜持を持っているから、その首が繋がっているんだし。
後、それなりに礼儀正しく話せる事に吃驚したよ。直ぐに爺様をお爺ちゃん呼ばわりしたおかげで、ああ、アザレさんはやっぱりアザレさんなんだねぇとちょっと安心したけれども。
流石に、レルお兄さん達ははっきり『拙い』ってな表情になっているけれど、おおっぴらに止めりゃあアザレさんの非を認めた事になっちまうから、上手い事フォロー出来ないみたいだね。そこはもうちょっと頑張れ若人達。
「メガイラ伯爵令嬢、ユースティティア家としては伯爵家とも令嬢とも懇意にするつもりは無い。今迄、父や私が令嬢と挨拶しなかった意味を考えていただきたいものだな。ルクラティ学園の中で学生の誰と誰が仲良くしようが構わないけれど、学園の外では適切な距離と礼儀を持って行動すべきだと思うが、メガイラ伯爵家はその様に考えていないのかな?」
反論しようとするアザレさんの口を魔法の坊ちゃんの手が覆った。坊主の坊ちゃんもアザレさんに向かって首を振っている。
レルお兄さんは爺様に向かって『明るくて悪気は一切無いんです』と弁解しているけれど、爺様からは『悪気が無かったら何をしても良いとは知らなかったぞ』とつれない返事。事実、悪気が無くても許されるのは、最終的に被害が皆無か軽微の場合か、被害者が許してくれた場合のみ。更に言えば、被害者が良いと言っても犯罪行為は司法が許さないし、被害者よりも周囲が許さない場合だってある。
爺様が許せばユースティティア家はこれまでのアザレさんの言動を不問にするだろうけれど、問わないだけで記憶が消える訳じゃなし、今回父様が直接注意した分、今後何かあれば即終了になってもおかしくない。
これは修羅場ってやつかね?
拙い、これは拙いよ。勝手に騒いでいるアザレさんはどうでも良いとして、爺様や父様の立場に影響が出るのは拙い。
領地の皆さんも招いての親睦会。開催者側のユーさん家族が揉めるのは拙い。お祭りだってその場で揉めるのは粋じゃないから、一旦腹ん中に収めて、見えない所か終わった後で丁々発止とやり合うってのがお約束。態々足ぃ運んでくれている見物人には関係無い事だからね。
それにしても、あの気働きの出来る父様が、アザレさんをいなすんじゃなくて軽くとはいえ文句を言うってのはどういう事だろうか?
ちょいとばかし首を捻っていると、こっちに視線をよこしてそっと指をアザレさんに向けた後、斜めに切るような仕草をしてきた。
…………。
いや、待って、待って父様、それはつまり切り捨て御免ねってやつだよね?
ユーさん基準なら、公衆の面前で公爵家に不敬を働いたってんで、痛い目を見ていただくのは当然だけれど、謎のダンス勝負申し込みごときで、首と胴体泣き別れってな事になった場合、学園に味方の多いアザレさんの死因となったウィスタリアの立場はかなり悪くなると思うよぉ。
わかる、わかるよ、ユーさんの時は責任感の強いユーさんが家族に弱みを見せなかったせいで、仕事に打ち込んでいた爺様と父様はユーさんの置かれた状況を知らなかったからアザレさんに何もしなかったけれど、一度事情が明確になって愛する娘と公爵家を侮る態度に出られたら、スパッとやりたくなる気持ちはわかる。
けれども、スパッとやるならやるで、きちんと筋を通した方が良い。王都を離れた所で司法の手も入らずスパッと行ったら、王子さんと騎士の坊ちゃんを筆頭に、アザレさんに好意を持っている連中からの突き上げは必至だよ。
笑顔で怒り心頭の父様とアザレさんの間に入って、ぶった斬る宣言した指を握りつつ『ここは抑えて』という思いを込めて父様の目を見つめると、何をどう理解してくれたかは分からないが、極上の微笑みで小さく頷く父様。人目が無くなったら刀の錆にして良いっていう風にとらえてないと良いんだけど。
「ダンス勝負というものが良く分からないのですが、身体を傷付けるような事の無い勝負というのであればお受け致しますわ」
(とにかく、ダンス勝負が何かは分からないが、面倒だからとっとと受けて片付けようじゃないか)
「そうなのっ⁉︎ そうよね、そうでなくてはおかしいもん」
「ですが」
アザレさんが胸の前で握っていた手を取って両手で包み込む。
「気分が高揚していらした様ですので咎めだては致しませんが、指先を向けられるのは余り良い気分が致しませんので、次からは遠慮していただけますでしょうか?」
(ご機嫌さんな頭なのはわかっているけれど、人様を指差しするんじゃあないよ、全く。次やったら指を引っこ抜いちゃうよ?)




