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楽しい仕事の後に気の向かないパーティーが待っていたよぉ

「それは申し訳ありませんでした。お兄様はわたくしを心配して助言してくださっていたのですね」

「な、ウィス、そうやって普通に笑えるのか?」


 笑えるのか、とは随分とおかしな質問だ。けれど、実の兄からそんな質問が出るほど表情を取り繕っていたから、ぞろっぺぇ連に生真面目でつまらないと評されて、何を言っても良いと思われてしまったんだよぉ。

 でもそれはユーさんのせいじゃない。真面目なユーさんが大人の教えを実行しただけ。考え方にずれが出来た王子さん達とユーさんを、大人が正しく調整しなかったのが一番悪いんじゃないかねぇ。


「普通に笑うというものがどの様なものかは分かりませんが、お兄様も王孫殿下と行動を共にされる機会が多いので、感情の大きな動きを表に出さない様にと教育を受けていらっしゃいますでしょう?」

「あ、いや、確かに、オルクス殿下の家庭教師に言われていたが、学生としてあまり堅苦しいのは壁を作ると殿下が却下された」


 あー。

 王子さんがそう言ったらそうなるよねぇ。同じ14歳でもしっかり者のユーさんと、将来は王様になるけれど、今は祖父が、次は父親という余裕で気が緩んでいる王子さん。女子の方が精神的成長が早いと言うから、分からないでも無いけれど、王子さんの教育係はもうちょっと頑張っていただきたい。たった一人の王様の孫で、第二王位継承者にきつく当たるのは難しいのかも知れないけれどさ。


「そうなのですね。婚約者候補は常に冷静に、大きな感情を悟らせず、常に自分の表情を把握する。咄嗟の時にも失態を見せぬよう、どこにいても念頭に置いて行動しなくてはいけない。いたずらに外部に教育内容を話すのは避ける事。お兄様に誤解を受けてまで、黙っている必要は無いと思いましたのでお伝え致しました」


 驚いているのか泣きそうなのか、怒っているのかよく分からない顔をして「それは……」と呟くレルお兄さんから視線を外して前を見れば、両頬に手を当ててうんうんと頷くエピさんと、これ以上は無理なほど眉間に皺を寄せて目を細めたキルさん。

 いや、今の話を聞いて訳の分からない反応をされても、ねえ……。元26歳の世間スレしたあたしに、精細な十代の気持ちは分からないって事かい?商工会のおばちゃん達は十代も二十代も一緒って言ってくれるんだけれど、社会人と学生さんの間には大きな溝があるんだよ、きっと。


 移動中は学園の復習や届けられる慈善活動の報告等の手紙に返事を書いたりと、それなりに忙しいのに、勝手に悪いイメージを持っていた妹の事が気になり始めたらしいレルお兄さんに話しかけられるという面倒が追加された。

 揺れる馬車の中で手紙を書いたり、読書をしたり、書き物をしたりと、ありがたくも乗り物酔いし難い体質らしいユーさんの体で無駄な時間を作らないようにしているのだから、馬車を降りてからゆっくり話をして欲しい所だけれど、兄妹の仲が良くなる可能性が高くなるのなら付き合うしかない。

 普段の話や、好きな本といった話題の合間に、同級生と仲良くしたらもっと楽しいのでは無いか、幼い頃の様にぞろっぺぇ連と行動を共にして、少しばかり離れてしまった関係を修復してはどうか、という内容を混ぜ込んで来るので油断は出来ない。まあ、今までずっとアザレさんの為にユーさんを便利に使いたいという考えていたのだから、急に妹を優先する筈も無い。いきなり優先順位が変わったら、それは本心からでなくて利用してやろうとか悪い考えをしていると思うね、あたしは。


ーーーーーー


 二番目の街に到着して直ぐにレルお兄さんは先回りしていた父様に連れられて、警備兵の訓練場に引き摺られて行った。父様とレルお兄さんの方は結構な面倒事を片付ける羽目になったらしいし、あたし達が泊まっていた旅館に潜入して来ようとした連中も複数いたそうで、ルーストさんやキルさんが滞在中ずっとピリピリした空気を纏っていた。

 エピさんも気合を入れて「何かあったら一緒に逃げますからね!」と言っていたけれど、私の眠りは物凄く深い方で、一度布団を被ってしまえば耳元で大爆笑浅草名人寄席が始まったとしても起きない自信がある。逆に倒れそうになるほど疲れていて布団に潜って睡眠二秒前でも、出囃子の曲によっては一席終わるまで起き続けている自信もあったりする。


 旅館や警備兵の基地の周囲の地面がボコボコになっていたりしたけれど、ちょいとばかり移動しづらいだけで仕事に支障が無ければ問題無いと思ってそれもみんなに伝えたのに、恐怖を気丈に耐えていると思っているのがありありと感じられた。

 この辺の意識は日本人の私とエルトリアの人達の大きな差があるので、郷に入っては郷に従えってぇ事で大人しく警備された。何も問題無ければ、街をぶらぶらみて歩きたかったんだけどね。


 最後の砦は辺境と言われる場所で、少し離れた村の鍛冶屋の横の空き地を借りて作業する事になった。作業そのものは機密にあたるので、空き地を布でぐるりと囲んで、その外をユースティティア家の警備兵が警戒するという形になった。そうなると天井が無い上に中の音は小さいもの以外は丸聞こえ、作業に集中しすぎて『(うち)総体檜造(そうたいヒノキづく)りでございます。天井は薩摩の鶉目(うずらもく)でございます』『何やら床の間に化け物が出かかっておりますが、あれはインゲン豆に冬瓜に茄子(なすび)の化け物』『|天角地眼一黒直頭耳小歯違《てんかくちがんいっこくちょくとうじしょうはちごう》』何てぇ事を呟く(たんび)にやれ異常事態か?やれ魔法発動か?と飛び込んで来る人がいて、申し訳ないやら集中が途切れるやら。

 それでも何とか数を揃えていって、後少しという所で面倒が招待状という形になってやって来た。


「昼食と親睦パーティー」


 今回、軍の装備不足の責任問題で総責任者の爺様と実際に調査や確認をした父様の負担は物凄く大きかったらしい。個人事業主だったあたしは、自分が見渡せる範囲の仕事しか経験が無いから、大きな組織の中でこっそりやられた事の責任を取らないといけない二人は大変だねぇと思いながら、とにかく手を動かして根本的な武器不足の解消作業をこなす。

 現物だけでも揃う見通しが立てば二人の気持ちも少しは楽になるだろうし、あたし自身を家族として受け入れてくれて気ぃ使ってくれている事に恩返ししたいからね。


「それでシオンはどうしたい?気が進まないのなら私から断っておくが?」


 指で挟んだ立派な封筒を笑顔でひらひらと揺らす父様。


「良いですよ、行きますよ。ちゃーんとお嬢様として行って茶の一杯も飲んで来ますよ」

「笑顔で座っているだけではダメだぞ。ちょっとしたカドリーユ大会も開催するそうだよ」

「カドリーユ。炭坑節じゃあダメですか?」

「タンコウブシとやらじゃダメだろうね。話の流れからするとダンスの一つだと推測するが、シオンの国の楽しいダンスはエルトリアには合わないと思うよ?」


 優しい口調だが『やるなよ、絶対やるなよ』と剣呑な目つきで威嚇してきていらっしゃる。実際に歌って踊ったら、医者ぁ呼ばれる事間違いなしだ。それも精神の方の。


 カドリーユ自体はユーさんが踊れるんで問題は無い。四角の角に一組ずつの男女のカップルが位置取って、人数が多ければ男女二列になってパートナーを変えながら踊る交流を目的としたダンスで、延々同じ相手に手と腰を取られながら踊るよりはとっつきやすい感じがする。感じは感じだから、やりたいかと聞かれればやりたくは無い。

 しかもちょっとした大会と来たもんだ。ちょっとしたのちょっとはどれくらいなんだろうね?

 とは言ってもあたしも立派な大人だ。義務は果たすよ。今回の騒ぎで公爵家の立場は余り宜しくない。しかも王孫婚約者候補のウィスタリアは、王子さんに邪険に扱われていて、学園にも行かず爺様達に随行して療養中。ここできちんとしっかりした姿を見せておかないと、そりゃあもう大変な事になるらしい。

 あたしからすりゃあ療養中に親睦パーティーに出て来られるんなら、仮病になるんだけれど、ユーさん知識によると貴族の交流はとても大切で多少の体調不良は隠して参加するのが当然、寧ろ、体調不良になるような生活を送る方がおかしいと来た。


 そりゃね、遠距離恋愛で久方ぶりの逢瀬、クリスマスイブにプロポーズだって意気込んだ挙句に前日深酒して寝不足の上に腹ぁ壊して『藤さーん藤さーん、ほんっとうに申し訳無いんだけど、午前中に取りに行くはずだった婚約指輪を彼女に届けてくれぃ。三時、東京駅、銀の鈴。一生に一度のお願い。手数料も払うから、ぐぅぅぅ』と病院で点滴を受けながら電話をしてきた元同級生カップルの野郎みたいな状態だったらおかしいって思うけれど、社交如きでねぇ、体調不良ってだけで憶測で話が進んで尾鰭背鰭胸鰭腹鰭まで付いて噂になるってんだから恐ろしい。

 結局あの野郎は、届けてやって久しぶりに会った彼女とあたしで野郎が予約していたお洒落なレストランで食事した後、お届け報告の電話をしてやったら『俺が、行きたかったぁあ。でも有難う、藤さん、お疲れフジマウンテン』とほざいたので、立て替えた結構な金額の食事代を倍額にして請求してやった。誰がフジマウンテンだ。


 どうせ参加するのなら、我が家の団結力を見せてやるってんで、爺様と父様と一緒に来ている事情を知った公爵家の騎士の皆さん全員で参加してやろうじゃあないかと、悪代官みたいな笑顔を浮かべる父様。団結力は良いけれど、レルお兄さんが入っていない。奴め、ちょっとだけ反省したものの、空き時間はアザレさん達と合流しているんだそうで。

 二日にいっぺん位の頻度で坊ちゃん二人から飛鳥宛の手紙を貰っていたんだけれど、態々同じ場所を巡っているんだねぇ。てっきり諦めて帰ったと思っていたんだけれど、アザレさんにはアザレさんなりの理由があるって事だよね。アザレさんは網羅しているゲームの情報に随分と傾倒しているみたいだし、こっちに害がなけりゃあ何をしていても構わない。レルお兄さんとの関係改善にはちょいと力を入れるけれど、それも無理をしない程度にだ。無理はいけないよ、どっかで破綻するからね。

◇◆少しあれな言葉説明◆◇


出囃子:噺家が高座に上がる際にかかる音楽。寄席囃子。その流れで色物、芸人さんの舞台登場のテーマソングも出囃子と呼ばれる。作者は一丁入り、菖蒲浴衣、老松、お前とならば、二上り鞨鼓等に反応します。

家は総体檜造りでございます〜:古典落語 牛ほめより。

炭坑節:民謡、盆踊りに使用される。『掘って掘ってまた掘って、歩いて歩いて後戻り、押して押して、開いてちょちょんがちょん』と覚えさせられた記憶があります。掘る歩く押すは良いけれど、ちょちょんって……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王太子の唯一の子供で第2王位継承権、自分が王位を継ぐには何十年も先だからって王族としての言動を蔑ろにしてもいいってことはないはずです 王位を継ぐまでに何十年も先ってことはそれまでに第二子を作…
[一言] そのカップルが無事に添い遂げたのか気になります。 なんだかんだ幸せにやってそうな気はしますが
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