レルさんの言うみんなってのは全員の事かい?
一箇所目の不足していた武器の作成を終え次の場所に向かうべく荷物整理をしていると、廊下が何やら騒がしくなった。どうやら父様にあちこち連れまわされたレルお兄さんが合流したらしい。まあ、次の場所でも不正を働いた連中を抑えたりする父様に同行させられるんだろうから、また直ぐに別行動になるだろうさねぇ。
ユーさんの記憶の中でもレルお兄さんはユースティティア公爵家の後継としての気構えは見せていたし、様々な勉強は頑張っているんだと思う。だからこそ、アザレさんの理想的で素晴らしく実行が容易に聞こえる言葉に乗っかって、地道で真面目で面白みの無い妹の考えをつまらないと感じるし、兄の理想を否定する妹を嫌煙した。
楽しく盛り上がるぞろっぺぇ連からすれば、小さな頃は言う事を聞いてとことこ後を追って来た妹、妹分、幼馴染がマジメくさった様子でコツコツと努力を積み上げ、鬱陶しい事を言ってくる大人の言葉を受け止めて研鑽する姿はとにかく面白く無かったんだろう。
ユーさんには分からなかった様だけれど、ユーさんが学園に入学したばかりの頃は城下町での買い物やら食事やらに誘ったり、街で流行っているお菓子やちょっとしたアクセサリーなんぞを渡して、一緒に楽しく過ごしたいというアプローチをしていたんだよねぇ。残念ながらユーさんはきちんと手順を踏んでいない視察は危険だ、飲食物は注意が必要だ、息抜きは必要だけれど最低限の義務は果たすべきだってな事を言って連中のお楽しみを否定する様な感じになってしまったんだよねぇ。
そうなると楽しい事を共有出来て、耳心地の良い事を言ってくれるアザレさんと比べて余計に鬱陶しがられるという悪循環。結局のとこ、子供の純真な残酷さってやつだよぉ。
「あの連中がやって来ると面倒だから、とっとと先行したいねぇ」
「シオンさんの割り当ては終わりましたし、閣下の許可が降りれば直ぐに出られるかと」
「許可をとって参ります。降りましたらそのまま厩舎に向かいますので、伝達が来ましたら移動して下さい」
キルさんが出て行って直ぐに、廊下の音量が上がって何やらユーさんを出せだのなんだのひとしきり騒いだ後、ふっと静かになった。
「急に静かになるとちょっとばかり怖いねぇ」
爺様か父様に連れて行かれたのか、お仲間が遊びに来て玄関に向かったのか、前者なら良いけれど、後者だと突撃人数が増える。
何をどう取ったのか知らないけれど、魔法の坊ちゃんと坊主の坊ちゃんが飛鳥宛に、魔法やら神聖術やらで顔の火傷痕を治療して欲しいと思うのなら連絡をするようにといった手紙をよこしてくる。折角エルトニアで騎士爵を授かったのだから、少なくとも嫌悪される様な傷は目立たなくすべきだってぇ理屈は分かるんだけれど、実際には火傷痕は無いしこれがなけりゃあ、単なる色違いのユーさんだ。
自由に動ける飛鳥を失うだけならまだしも、同一人物だとバレれば四尺上で晒し首、いや、エルトリアだと体と首の泣き別れか、首を起点に命を支払うブランコ体験をさせられてしまうじゃあないか。百害あって一利無し。どういう気分の変化か知らないけれど、全くもって不要な親切だよぉ。
職人だから見た目をそこまで気にする必要は無いし、傷跡が残っている事で炎を扱う仕事は危険が伴うと戒める為にも残しておくと返事をしたにもかかわらず、しつこく手紙を送って来るのはやめて欲しいんだよねぇ。実際に何を考えているかは知らないけれど、王妃さんに気に入られている飛鳥の傷痕を消せば、お褒めの言葉だっていただけるだろうし、少なくとも鬱陶しい見た目は無くなるよね。
そんな手紙も面倒になった飛鳥は次の作業先に移動した、事になっている。朝のうちにフリーシャさんとルーストさん、事情を知っている公爵家の護衛さん二人の四人が、地味な格好で出て行った。
気分転換を兼ねた静養の視察同行をしているユーさんってな設定だから、入れ替わりが難しい移動中にフリーシャさんにユーさんの振りをしてもらうのは無理。一緒に移動して断りにくい相手にちょっとした仕事を目の前でやって欲しいと頼まれたら詰む。顔は誤魔化せても仕事は出来無いからねぇ。少人数で気楽に移動したいと出ていったと言うテイにするのが一番だ。
昼食を終えてから出発したゴトゴトと田舎道を走る、簡易ベッド二台まで備えた大型馬車の車窓に流れるのは心和む田園風景。横には「こういう時こそ兄妹の仲を深めるべきだと思います」という理由で父様率いる先行隊同行を逃れて小言を垂れ流しに来た心ささくれるレルのお兄さんが鎮座ぁましましていらっしゃる。
黙って座っていればちょいとばかり線が細いものの、短く刈った薄藤色の髪を後ろに流して菫色の瞳を持った賢そうなお顔をした貴公子ってやつだ。ユースティティア家は軍閥の一門だから、平均的な体力しか持っていないレルお兄さんは引け目を感じているのか、多くの知識や情報を学んでいる。あれだ、ええと、軍師。黒田官兵衛とか竹中半兵衛とか、そういうあれ的な。
勝手に引け目を感じているみたいだけれど、前に出る人ばっかりいたって話にならない。後方支援や多角的に客観的に見て考える人は絶対必要なんだから、ヤットウが苦手でも爺様も父様も全く気にしていないし、寧ろ私達にはない発想で軍を支えてくれと言っている位なのに、学園やら軍やら近衛騎士やらの剣術大会で上位に入れないとかいう事でストレスを感じているみたいだねぇ。
「田舎の視察に随行出来るくらいなら、復学すべきでは無いのか?」
「家庭用の課題は提出しておりますし、座学での必須課題は最終学年終了分まで終わっております。それについては学園長先生に認めていただいておりますから、問題無いかと」
(ちゃんと宿題を出しているし、勤勉なユーさんのお陰で六年間の課程は復習が楽で済んでいるんだよぉ。学園長が良いって仰ってるんだから、一生徒のお兄さんに言われる筋合いは無いね)
「学問さえ出来れば人付き合いを等閑にして良いと考えているのなら大間違いだぞ。公爵家に連なる者として、ユースティティア家唯一の女性として、社交に励むのも義務だろう?」
「かのお方が伯爵家の御令嬢のお考えに関心を寄せられて、それを邪推なさる方々が思いの外多くいらっしゃいますのはご存知ですか?」
(あのすっとこどっこい王子さんがアザレさんと御神酒徳利の関係になっているせいで、パーティーに出ると嫌味や陰口を叩かれる上に、探りを入れられて不愉快になるって事くらい理解して欲しいもんだね)
「ん?ふん、事情も知らず古臭い考えを都合の良いように解釈して、勝手な事をあれこれ囁くような輩をあしらえないでどうする。ウィスが頼りない姿を見せるからつけあがるのだ」
「わたくしだけで済めば良いのですが、かのお方もお兄様達をもあて擦られてしまいますのよ?それを聞いた周囲の方々も面白がっている様子が見られますし、わたくしが表に出ないだけであれば憶測でわたくしだけの噂をするにとどまりますのに、態々、お兄様方の宜しくない噂の種を提供する必要はございません」
(あたしはお前さん達の苦情受付窓口じゃあないんだよ。第一お前さん達が婚約者さん達をほっぽって、アザレさんとベタベタしているから、ユーさんが火消しをしてた時も、それ以上の大火事を起こしていたじゃあないか。このアンポンタン)
「それは……」
「わたくしが上手く立ち回れない事についてのお叱りは受けますが、お祖父様とお父様に相談した上で現在の状況を許していただいておりますので、ユースティティア公爵家として問題はございません」
(トラブルの大元が手前さんの所業を棚に上げて偉そうな事を言うんじゃないよ。今のあたしの生活は公爵家公認だよぉ)
だからといって、そのストレスを妹であるユーさんにやつ当たるのはお門違いだよ。優しいユーさんは大切なお兄さんとお兄さんが支える王子さんの事を思って、確実におかしな事以外は静かに受け止めていたけれど、あたしがそれに付き合う義理はない。第一、エルトリアの淑女として正しく対応したユーさんを自分たちの都合の良いように、冷血漢の差別主義者と決めつけた挙句に、大勢の前で吊し上げ大会を計画していた相手に同じ対応をする訳がない。
やだよ、あたしゃあ。優しくしたら噛み付いてくるって分かっている相手に、菩薩の様に対応しようなんて思うかね?思わないよ。ギリギリレルお兄さんに対しては、家族のありがたさが分かるから何とか関係修復をしたいとは思っているけれど、一方的に決めつけられるのも上から御高説をたれられるのもごめんだね。
「そうやってきつい言い方をするから皆んなに嫌悪されるのだ」
「皆んなとはどの皆様でございましょう?」
(どちらのみんなだい?)
「誰も彼もウィスが高慢で冷たく近寄り難いと言っている」
「お兄様からご覧になって、誰も彼も、で宜しいのですね?」
(レルお兄さんから見た全員で良いんだね?)
「そうやってきつい言い方をするから、同級生にも嫌われるのだ」
「お兄様はわたくしの同級生の皆様方に対して聞き取り調査、乃至は諜報活動をなさったのですか?」
「ん?どういう意味だ。その様なおかしな真似をする必要がどこにある」
「いいえ、正しくはお兄様が把握なさっている、わたくしとお付き合いのある皆様全員にご確認されたのですね」
「何が言いたい?」
「皆様がわたくしを嫌悪されていると仰るのですね」
「そうだ。公爵令嬢として失格だと皆が言っている」
向かいに座っているエピさんは無表情で目線を窓に固定して兄妹の会話を聞いていませんアピールをしているけれど、キルさんは何やらあたしに目で合図を出してきている。大方、逃げ場の無い車内で余計な事を言うなとでも言いたいんだろうが、逃げ場が無いからこそ言っておける事がある。
「お兄様は『わたくしを知る全ての皆様がわたくしを高慢で冷たく近寄り難いと評し嫌悪し、学園の同級生全員に嫌われている』と仰いました」