取り敢えずヒロインさんに出禁を通達したよぉ
「ウィス、タリア、さん、「様」さーまー、が、おかしくなったのはルクラティ学園に入学してからよ。私は伯爵家の娘で田舎にいた時間が長かったから、公爵家のウィス、タリア、様、とは付き合いが無かったけれど、ラティ「オルクス殿下」、オルクス達「殿下」、オールークースーデーんーかー達から色々話は聞いていたわ。その時のウィス、タリア、様、は私の知っているウィスタリア、様のイメージぴったりだったのに、学園の入学式で会った時は、殿下達もびっくりする程違ってたのよね。大体おかしいじゃない、殿下の婚約者なんだから「候補の一人だよ」、ちょっと混ぜっ返さないでくれる?」
訂正を入れる度に顰めっつらの面白い顔を見せられるあたしの方がご勘弁願いたいんだけれどね。別にあたしが様付けで呼ばれたい訳じゃなくって、あたしがこの国の外れを許す人間だと思われると困るから言っているだけだよぉ。
第一、黙っていると勝手に都合の良い方に考えていく傾向があるみたいだから、ちゃんと否定するところは否定しておかないとダメだ。
「ちゃんとした言い方をしてくれれば混ぜっ返す必要はこれっぱかりもないよ」
「いちいち煩いのよ。えっと、だからね、おかしいでしょ?ラティ、じゃなくて殿下にもファ、じゃなくて、もう面倒臭い!」
「面倒なら帰ってくれて構わないよ。もう二度と来ないでいただけるとありがたいね。はい、お帰りはあちら」
「帰らないわよ」
残念。
「ウィスタリア様は元々能力が高いから学園に通わなくても何とかなるって言われれば確かに納得出来るんだけど、殿下達をここまで避ける必要は無いでしょ。だって、側にいて当たり前の立場なんだから。なのに徹底的に関わらない様にしているのは、誰かに言われたからとしか思えないわ。それはどうしてかなって考えたら答えは簡単よね」
ふんす、と鼻息荒くニヤニヤ笑いを浮かべるアザレさん。可愛いお顔が台無しだ。
勿体ぶった様子でこほんと咳払いをして、ご高説を開始した。
曰く、ユーさん自体は問題無いけれど、ユーさんの周りにセイホシに詳しいテンセイシャかテンイシャがいる。アザレさんの有り余るゲームやラノベの知識と、明晰な頭脳からモブテンセイという答えを導き出した。何故なら、ユースティティア家の誰かがテンセイしているのなら、公爵家から伯爵家に圧力を掛ける方が楽だから。
そうでないのはゲームのキョーセイリョクが働きにくく、それによって自由度の高い一つの大きなジャンルになっているモブテンセイかモブテンイした人がユースティティア家の味方についたから。セイホシヌマの住人である自分は、シリーズ全てのストーリーとキャラクターを網羅している。続編で陽や秦華の攻略キャラが出て来るけど、女の東飛鳥なんていう陽や秦華出身のネームドキャラはいないし、それに相当するキャラもいない。
日本人だった飛鳥はゲームスタート前にモブとしてセイホシの世界に居る事に気が付いて、自力で幸せになれるヒロインじゃなくてバッドエンドを迎えるライバルキャラであるユーさんを助けて、その見返りとして保護して貰ったりしている。ついでに言えば、ユーさん家だけだと何かあった時に困ると思って、こっちで手に入れた職業を使って王妃さんにも擦り寄った。
飛鳥を信じた公爵家はトラブルを最低限に抑える為にユーさんをぞろっぺぇ連から出来るだけ引き離している。
どうよ!と言われても、ねえ……。
「違うし意味がわからないって言っても信じないんだよねぇ?」
「当然よ。もう全部わかっちゃってるんだから」
あー、そりゃあそりゃあ、素晴らしい思い込みでいらっしゃる。あたしは女神さんに頼まれてユーさんの代理をしているんであって、アザレさんの予想とは全く違う。
「念のため言っとくけれどね、訳のわからない単語を並べられても困るんだよ。先ずのっけからセイホシってのが分からない。あ、いちいち説明しないどくれ。聞くのも面倒だから。皇帝や将軍に使える御典医は知っているけど、テンイシャってのが典医者の事を指している訳でもなさそうだし、テンセイシャとやらはさっぱりだ。モブテンセイとやらでテンセイが出て来るから、テンセイってのが一つの単語なんじゃないかとは思うんだけれど、それでも分からないね」
「嘘よ。誤魔化さないで」
いや本当にゲームとかさっぱりだし。花札とかトランプなら出来るけれど、ゲーム機やらアプリゲームとやらには興味が無いから知識も無い。仕事柄、同業者との繋がりでSNSをやるのにスマホは持っていたけれど、仕事のやり取りメールと写真が便利に撮れるもん位の扱いだったよ。
アザレさんと話していると、文化祭の出し物を相談しに来たばかりの高校生さん方を相手にしていた時の気分を思い出すね。色々面倒事でもなんでも楽しくて仕方がない雰囲気ってやつだ。アートクレイシルバーのアクセサリー自作体験教室をやりたいってんで、盛り上がってキャアキャアやって来て、あれこれ大騒ぎ。簡単早いという謳い文句の良い部分だけでお願いされたんで、先ずは落ち着いて説明を聞いてくれる状態になるまで、ちょいとばかり時間がかかったっけ。
そんな雰囲気自体は嫌いじゃないし、寧ろお祭りみたいなノリは好きな方なんだけれど、思い込みが激しくて自分達の世界と周囲の温度差を分かっているという前提が無いのは好きじゃない。やりたい事と出来る事は違うし、現実はこうだと言う説明をきちんと聞いてくれて、そこから考えてくれる人とは付き合えるけれど、アザレさんは思い込みで盛り上がったままの高校生さん達の状態を延々維持してこっちぃ来るんだから困る。
「だからさ、嘘だの何だのあれこれ言われても知らないとしか言えないんだよ。あたしからすりゃあアザレさんが乱心して、有りもしない妄想を垂れ流しているキ印としか思えないね」
「キ印って?」
「あー、いやほら、あれ、頭があれって事で」
「頭があれ?」
首をかくんと傾げて、両手を頬に添えて暫し。
「ちょっと!ねえ!もしかして頭がおかしいって言ってる⁉︎ 」
正解。
「疲れているみたいだし、帰った方が良いよぉ。若いうちに夢と現実をごっちゃにしていると、将来碌な事にならないから。ホテルに帰ってたっぷり水分とって、布団を引っ被って寝ちまいな。それから、物事を話す時は常識を考えて、現実をしっかり見つめて話すと良いよ?アザレさんの中でそのセイホシとやらがとっても大事なのは分かったからさ、何だったら自分でそのセイホシゲームとやらを作ったら良いよ。物が出来りゃあ妄想から現実になって、訳のわからない事を言われて困っているあたしも助かる。一挙両得だ。残念ながらゲームにはとんと御縁が無いんで、制作のお手伝いは出来ないけれど、成功を願っているから頑張っとくれ」
笑顔で出口を指し示せば、何やら難しそうな顔をして口を尖らせる。
「ねえ、本当にセイホシを知らないの?」
「見た事も聞いた事も撫でまわした事も無いね。アザレさんの話で何かのゲームってのは分かったけれど。やたら絡んで来られて、エルトリアの専門用語みたいなもんを並べられても困るよ」
じーっとあたしの目を見つめてきたと思ったら、すっと視線を外して「解凍系のラディとサンクがほんのちょっとだけ気にしてたけど、正しい選択とは全然違うみたいだし、プライドの高いウィスがキモいモブのアドバイスなんて聞かないよね。東国シナリオでも舞台はエルトリアだから、原住民がどういう感じか分からなかったけど、こんなのがいてもおかしくないよね」と呟いた。
キモイモブの原住民のこんなのとやらで悪うござんしたね。言うと面倒だから黙っているだけで、全部聴こえているよ。
「ううん、分かった、ごめんなさい。東さんは他の国の庶民なのに、分からない難しい話しちゃってごめんなさい」
いちいち無意識にバカにしてくるのはアザレさんの生来の性格がちょいとあれなのか、精神年齢があまり高くないのか、こっちの世界に生まれてお貴族様のお嬢様としてチヤホヤされたのも良く無かったのかねぇ。それでいてぞろっぺぇ連には全面的に好かれているんだから、詳しいゲーム知識と女子力ってぇのを最大級活用して結果を出してるってぇ事については、ある意味尊敬に値するよ。何にせよ、突き詰めてやっていく人のスタイルは好きだからね、性格は別として。
「じゃあ改めてお願いね。私は何回も東さんのお客様になってあげたし、お客様は神様でしょ?だから伯爵家の私が、ただの騎士の飛鳥とお友達になってあげるわ。神様でお友達の私の言う事は聞かないとダメよね?それに、私のお願いを聞いたらその汚い顔を治してあげる。だから「メガイラお嬢さんのお帰りだよ。ルーストさん、お願いしまーす」や、ちょっと、やめて!なんでっ⁉︎ やだっ!」
「お帰りはあちら。別に頼んで買って貰ったもんは無いし、ありがたい事に本職はいつも大賑わいだから、メガイラのお嬢さんにかって頂かなくても結構なんで、今後のお取引はこちらからお断りさせていただきます。露店だろうが作業場だろうが、おいでになってもお相手はしませんのであしからず。では、金輪際ごきげんようさようなら」
気の利くルーストさんがいつの間にか呼んでくれていたらしい、侍女さん三人掛でアザレさんを拘束、お出口に誘導開始。直ぐにきいきい騒ぐアザレさんを、間違いでも公爵家のむくつけきお兄さん達の手が掠ったりした日にゃあ、早晩青春恋愛脳坊ちゃん方の抗議と襲撃を受けてしまう。
「メガイラ嬢、ご注意申し上げましたよね?東様は妃殿下より騎士爵を賜った、伯爵令嬢のメガイラ嬢よりも目上の方だと」
「ちょっと、ただの雇われ護衛のくせにっ!貴女達も離しなさいよ!それに地位とかお友達だったら関係ないじゃない!」
「確かに私は公爵家の護衛官をしておりますが、ルースト伯爵家の三男ですからメガイラ嬢にただの雇われ護衛と言われる覚えはありません。それから、東様はメガイラ嬢を友人とお認めになっておられませんので、前提自体が間違っております。屋敷のお出口までお送りしますので、どうぞ、お帰りを」
さよーならーと中庭を出ていくアザレさんに手を振って、大きく伸びをすると、バルコニーからこっちを見ているキルさんと目が合った。騒ぎが気になって、上から見ていたってところだね。「煩くしてごめんねえ」と両手を合わせてみせると、首を大きく横に振って部屋に戻って行った。




