ヒロインさんの主張によれば友達の友達は友達
朝から孤児院に行っていたフリーシャさんが帰って来たらしく、着いて行ったキルさんが複雑な表情で中庭においでなすった。
「来ますよ。あれが」
「あれとはどのあれだい?」
「面倒なあれです」
「三馬鹿ならどれも面倒なあれだけどね」
「お姫様気取りのあれです」
「ああ、紅一点のあれね。順番だとそうなるけれど、せっかくなんだから三人でお出掛けすりゃあ良いのにねぇ」
「三人だと面倒な紅一点に相手にされていない側の不満が大きくなりやすいのでは?」
ユーさんの記憶のアザレさんは庶民の目に立って国を良くしようとする理想と行動力を持った少々礼儀作法に難のあるお嬢さんってな感じなのだけれど、あたしの判断だと子供っぽい理想と無駄な行動力とルール無視を若さの特権として日々楽しくやっているお嬢さんなので、とにかく距離をとって視界にも入れたくない。
蓼食う虫も好き好きって言うし、ぞろっぺぇ連が好意を持ってチヤホヤするのはそういうもんだと思っているし、こっちに来なけりゃあ何でも良いんだよぉ。女神さんがあたしにした依頼は、ユーさんの立場を守ってその後の生活に支障が無いようにして欲しいって事であって、アザレさんが複数の坊ちゃんに囲まれて楽しく過ごそうがどうしようが関係無いんだよね。
ユースティティア家の事情を知っている皆さんは、アザレさんとメガイラ伯爵家を潰したいと思っているみたいだけれど、態々藪蛇なんて面倒なだけだし、ただでさえウィスタリアを巻き込みたがっているアザレさんに付け入る隙を献上して差し上げる必要も無いさね。少なくとも今はユーさんの失脚の準備を整えて無いんだから、これといった罪は無い。鬱陶しいし、やたらと絡んでくるので有害ではあるけれど。
あんなのは何時間でも待たせた後で急用が入ったから帰れって伝えたら良いんです、てな事を言うエピさんを宥めてアザレさんを通して貰えば、せっかくの可愛らしい顔に憤懣やる方ないといった表情に、やたら乱暴な動作で勝手に休息用のテーブルについてポットのお茶を勝手に飲み始めた。
王子さん達が見たら機嫌が悪いけれどどうしたのだろうか?なんて気を使ってくれるのかも知れないが、ここでは招かざる客なんで放っておく。ここにあるお茶なんぞ冷めても飲める適当なやつだし、軽食もあり合わせの適当なもんだから、多少飲み食いされた所でどうって事も無い。既にアザレさんはレルお兄さん以外のユースティティア家の関係者に、図々しい礼儀知らずと思われているので、今更気取られたところで気味が悪いだけだよ。
「ラディとサンクに何を言ったのか教えてくれません?東さんの事、見た目は悪いけれど、性格はそんなに悪い人じゃ無いって言い出したんだけど?
ん?ラディとサンク?……。ああ、魔法の坊ちゃんとゲナーデの坊ちゃんだ。アトラーク・トラディオでラディ、ゲナーデ・サンクームだからサンク。ミドルネームを愛称で呼ぶとなると、結構な仲良しって事になるんだっけね。
全くあのお坊ちゃん達のトンチキ加減はどうしようも無いね。見た目を貶してそのフォローのつもりか何か知らないけれど性格がそんなに悪く無いってのは褒め言葉じゃないよ。そんなに悪く無いってのは、良くないって事だよ。下手なフォローをするくらいなら、黙って口ぃ閉じときゃあ良いのに。
「ラディさんもサンクさんとやらも知らない名前ですけれど、どこのどなたさんで?」
「は?何回も会ってるじゃない。知らないふりしたってダメなんだから」
「あちこちで露天を出したり、ユースティティア公爵家経由で受注仕事を受けているんで、会った事がある人達の可能性はありますけれども、名乗られた覚えはありませんねえ。何を言ったのかって聞かれるってぇ位だから、それなりに話をした相手なんでしょうけれど、こう見えてあたしも人気者なんでね、結構あちこちからお声が掛かるんですよ。この御面相だから集まりのご招待はご遠慮しているんですけれども、独特のデザインの剣帯飾りやらアクセサリーやらの注文が引きも切らないんで、千客万来なんですよぉ。そんな状況で記憶に残るとお思いで?」
どうして飛鳥が坊ちゃん方のミドルネームを知っていると思っているのやら。ぞろっぺぇ連はシンコ細工屋台やお手軽アクセサリーの露天で、何度も飛鳥と会話をしているし、お城で絡まれたりもしているけれど、フルネームでご紹介に預かった事は一度も無い。
王妃様のお気に入り出入り職人って事で騎士爵をいただいたけれど、国のルールが分かっていない外国の下々の職人は仕事のみのお付き合いで。交友関係を広げる気は無いからお偉いさんの名前や人間関係を覚えるつもりはありませんって事で細かな面倒ごとを免除して貰っている。お偉いさんの名前すら覚えていないのに、そのお坊ちゃんのフルネームを知っている訳が無い。
ユーさんの努力の結晶といえる大量の知識があるから、顔みりゃあどこのどなたさんで係累からその仕事から立場からスルスルっと出て来るけれど、それはウィスタリア公爵令嬢のもんであって、外国の平民の知識じゃないからね。外に出るのは市場調査と小銭稼ぎで、お客さんには愛想良くするけれどお代を貰うまでのお付き合い。日本にいた時も、仕事は一人で家にこもってやっていたし、趣味も思いつきた時に一人で食べたいもんを食べに見たいもんを見に行くってやつだったから、こっちに来て一気に周りに人が増えたけれど、あたしの性格を慮ってくれる人達なら良いけれど、無闇矢鱈とパーソナルスペースに踏み込んで来る輩とのお付き合いはご勘弁願いたい。
「だって、みんな顔が良いじゃない?」
カオガイイジャナイ?ああ、顔が良いじゃない、ね。語尾が上がったってぇ事は疑問系かい?同意を求められても……。
「そうなのかい?粉屋に入った泥棒みたいに生っ白くて、薄浅葱やら珊瑚色の目ん玉ぁしてる、猫の額ほどの裏庭の碌に日も当たらない所でポーッと育ってそうな、そのくせ高直な肥料だけはふんだんにいただいのか、お育ちの良さが表に出まくった、総領の甚六みたいな、キラキラしいお二人さんは顔が良いのかい?」
「え?は?」
「そりゃあね、この国のお偉いさんに顔だちの整った御仁が多いのは事実だけれどさ、誰が見ても顔が良いって判断するとは限らないよね?好みだってあるし、その好みの顔だって表情が良くなきゃあそれまでだ。大体、あたしが顔が良いってだけで態々相手の名前を丸暗記するタイプに見えるかい?やだよ、そんな面倒な。最低限覚えなきゃらない事は覚えるし、あたしに良くしてくれる人や恩人なら話は別だけれど、お坊ちゃん方はあたしを気味の悪い御面相で命令を聞かない元平民で罵倒しても構わない相手って思っている様だし、そんな相手の事を知りたいと思うわけが無いじゃないか」
首を右、左と順番に傾けてぱちぱちと瞬きをしているアザレさんに、お帰りはあちらと優しく誘導して差し上げた。
「お客様、いや、約束もしていないから身分を笠にきた侵入者さんのお帰「まだ話は終わっていません」、そうなのかい?帰らないってさ」
「ヒガシ様、閣下勅命任務の邪魔になるのであれば、我々に排除をお申し付け下さい」
「ちょっと、やめてよ。私はウィスとファビィの親友なのよ⁉︎ それに王孫のラティ、オルクスと親しくしてるんだから」
王子さんを呼び捨てにするアザレさんには、中庭にいらっしゃるみなさん全員から冷たい視線が向けられているけれど、おめでたい事にご本人は全く気にしていない様子。寧ろ、王子さんと親しい私ってば凄いでしょ、みてみて位の気分なのかねぇ?
「公爵のお嬢さんはお前さんの事を親友だと思っていないよ。親友ってのは双方仲良くしましょうってんで成立する間柄だから、片想いの状態で親友って公言するのは大間違いだよ。親友の親友は親友ってのも違う。親友が紹介して来たからと言って気が合うかどうかは別物だ。まあ、王孫殿下と公爵のお嬢さんは家同士が決めた婚約者だし、公爵家のお坊ちゃんとお嬢さんは兄妹で家族だし、その他の坊ちゃん方は幼馴染ではあるけれど一緒に街に出掛ける仲間じゃあないから、どういう繋がりであれアザレさんと公爵のお嬢さんは友達にはならないよ」
「東さんはエルトリアの人じゃ無いからそう思うだけでしょ?教えてあげる、エルトリアのルールは違うんだから」
…………。
いや、違うよ。ユーさんの記憶にそんなルールは無い。寧ろ、絶対王政で社会階級差がはっきりしている世界だよぉ。公爵家のユーさんを伯爵家のアザレさんが勝手に親友呼ばわりしちゃダメだ。勿論ウィス呼ばわりも完全にダメ。
一瞬、考え込んだあたしの隙をついて、パァっと満面の笑みを浮かべたアザレさん。
「うふふ、ね?それでね、私、親友のウィスともっと一緒に居たいなーって思ってるんだけど、何でか避けられちゃってるでしょ?で、よーく考えたんだけど、やっぱり東さんに邪魔されてるんだなーって思ったの。だからね、お願い。私達の邪魔しないでくれる?」
「邪魔も何もお嬢さんが会いたく無いと思っているんだから、あたしゃあ関係ないさね」
「嘘ばっかりー。私ね、ここに来るまでにいーっぱい考えたのよ。でね、やっぱり東さんは嘘をついてるって分かったのよ」
楽しそうなアザレさん。相手に嘘をつかれたなんて言いながら笑うんだから恐れ入谷の鬼子母神。
「前に聞いたわよね?日本人の転生者かって。そしたら陽国の出身だとか誤魔化してだけど、東さんが嘘をついていたら全部解決するでしょ?」
「何が解決するって?」
「ウィスが「ユースティティア嬢、若しくは百歩譲ってウィスタリア嬢か様と呼ぶべきだと思うよ。とっ捕まりたくなければ」えー、だってお友達だもん」
「お友達じゃないって何回言ったらわかってくれるのかねぇ?あたしの周りにいるのはユースティティア家の皆さんだよ?その主家のお嬢さんを愛称で呼ぶのは無礼だってんで、今直ぐ引っ括られてもおかしかないさね。幾らアザレお嬢さんがお偉いお坊ちゃん方と仲が良くったって、それはそれ、これはこれ。ここにいる護衛のお兄さん達もお手伝いのお姉さん達も、公爵さんが仕事をしているあたしの為に付けてくだすったんだから、お前さんの宜しくない言動は筒抜けになってると思った方が良いんじゃないかね?」
あたしの言葉にムッと口を尖らせる。これで帰るかなと思ったのに、大きなため息を吐くと人差し指を立てて小さな声で話し出した。