坊主の坊ちゃん呼ばわりを断固拒否されたよ
「訪問の手紙は出しているのですが、体調不良で断られているのです。街で事前活動を行っているという事ですし、私達とゆっくり話をする程度なら負担にならないかと」
「負担になるから断られているんでってぇ考えるべきだと思うけど?第一、坊主の坊ちゃんはユーさ、ウィスタリアお嬢ちゃんに入学してからこっち今まで何を言って来たのか分かっててそれを言ってるんなら、一度頭ん中をお医者さんに診てもらうと良いと思うよ。いや、あれだね、思い込みで動いてるからお医者さんも匙を投げるね」
「何を仰っているのですか?」
「何をと言われても、あたしは公爵家に厄介になっているただの職人だよ?坊主の坊ちゃんの方がウィスタリアお嬢ちゃんと付き合いが長いんだろ?坊主の坊ちゃんが思いやりを持ってお嬢ちゃんと付き合ってきたんなら、落ち込んでいるお嬢ちゃんが坊主の坊ちゃんの手紙を見て『あら、嬉しいわ』ってんで喜んで訪問を受けるんじゃないのかい?それを袖にされたからって、あたしに言われても、ねえ」
「な……。それは、誤解があるからで。それとデイムヒガシ、私は坊主の坊ちゃんではなく神官見習いです。神の信徒である神官見習いの私をおかしな呼称で呼ばないでいただけますか?」
「神官ってのは神のお使いで、坊主は仏さんのお使いだし、お前さんは学生であたしより年下なんだから、坊主の坊ちゃんで間違ってないさね」
「止めてください。私の名前はゲナーデ・サンクーム・エーファ、女神ルクラティ大神殿大司祭の孫で、祖父である大司祭は爵位こそ無いものの侯爵家と同等の扱いと、王家に直言を許されています」
「そりゃあそりゃあ結構な事で。でもそれは、ゲナーデ坊ちゃんのお爺さんが偉いってんで、坊ちゃんは未だ学生で何者にもなってないんだから、胸ぇ張って主張されても苦笑しか浮かばないんで。爵位持ちの長男は下の家の当主の下くらいって扱いなんだよね?じゃあお前さんはその更に下というか、未だ神官として修行中なんだから、大司祭になるかどうかも分からないよね?」
「女神の信徒に向かって何という事を……」
いや、あの女神だよ?火事場であたしに丸焦げか身代わりかってな二択を押し付けた女神だよ?それもちっこい妖精に説明をおっつけて、で、身代わりをしてみりゃあ、アフタフォローは全く無くて、一年間手探りで頑張ったあたしが覚悟を決めて爺様達に土下座で事情を話した後、やっぱりあたしにゃあ何の通達も無く、生まれ変わったユーさんの現状を爺様達に夢の中で見せたってぇ女神さんだよ?
そういやあ、あの妖精もあれからこっち音沙汰が無いね。融通の効かない信用金庫だって相談すりゃあ乗ってくれるし、帰りしなにポケットティッシュの一つもくれるよ。最近メールやらSNSやらのせいで年賀状が売れなくて困っている郵便屋だって、年賀状十枚程度買えばポケットティッシュをくれる。一回商品を売りつけたら後は連絡しない限り何もしてくれない保険屋だって、相談窓口に電話をすりゃあ『すは解約⁈ 』ってな感じでその後暫く新しい保険の提案と飴ちゃん持って家に来る。なのに、あの女神には相談苦情受付窓口もなけりゃあ、保険外交員的な妖精の訪問も無い。
何てこったい。あたしゃあ結構可哀想じゃあないか。
「神官の坊ちゃんは女神の信徒だけど、あたしゃあ別の神様達を信じてるし、あたしの信じてる神様達は朝晩祈んなくても良いどころか、参拝したけりゃどうぞな神様達で、その代わり神の奇跡なんてぇのにはとんとご縁が無いんだけれど、そこはそれ、心のあり方だよね?人事を尽くして天命を待つってのがあたしの信心だし、誰がどの神様を信じているからと言ってどうとも思わないよ。オカルトな邪神とやらを崇拝した輩が、あたしを生贄にしようってな事を思ったりしていない限り」
「デイムヒガシはエルトリアの騎士爵を賜られのたですから、国教の女神ルクラティに宗旨変えをしなくてはなりません」
「やだよ、あんな、贔屓する女神なんぞ」
「しいきとは?」
「しいき何て言ってないけどね、気にしなくっていいよ。その伝ていけば、王子殿下が留学する事になってゲナーデ坊ちゃんもそれに随行したとする。で、その先で素晴らしい功績を挙げて爵位を授かったら、その国の守護神に宗旨替えするのかい?」
「それはありません。私は大司祭の孫であり、大司祭の地位を目指して信心している信徒ですから。唯の東国の平民出身のデイムヒガシとは違います」
「ちょくちょくお前さんはあたしに毒を吐くね。唯の東国の平民で悪かったね。その東国の平民を利用して、幼馴染の年下のお嬢ちゃんに虐めの追撃をかけようとするのはやめとくれ」
「何を仰るんですか?私がいつ虐めという卑劣な真似をしたと言うのですか?」
やだねぇ、このお坊ちゃんは。
「あのね、入学してからこっち、お前さんがやった事を説明してあげるから、両耳の穴かっぽじってよーくお聞きな。聞いた後に『やってない』ってんならもう手遅れだ。公爵閣下にお願いしておツケの実にしてやるから覚悟しな」
自分の都合に合わせて女神を言い訳に使う坊ちゃんには、事実に対してどういう見解になるかを説明してあげるのが一番良さそうだ。
先ずは、アザレさんを抜かしたぞろっぺぇ連とユーさんの付き合いはアザレさんが現れる七歳よりも前、それこそちっちゃな頃から始まっている。ユーさんにとって二つ上の騎士坊っちゃんとレルお兄さんがやや厳しめのお兄さん達で、ゲナーデ坊ちゃんは女神の慈悲をお手本に、いつもニコニコ優しいお兄さんだった。ユーさんの入学までは。
ユーさんが自宅で家庭教師に指導されていた間に、冒険心旺盛な野郎どもは城下町に出てアザレさんに出会い、庶民の暮らしやその問題や取り入れるべき事を若い革命家の如くに話し合い盛り上がっていても、週に一回程度、大人である王妃さんや王子妃さんを交えて行われる交流のお茶会では、ニコニコと話を聞いてくれるユーさんに対して礼儀正しく優しく接していた。
けれど入学して蓋を開けてみれば、自分達が成すべき事を最低限はこなしていた程度のぞろっぺぇ連と、将来の為に公爵令嬢として自己研鑽を続けて来たユーさんとの差は大きかった。やった方が良い事は幾らでも出てくる。それをやるのかやらないのか。ぞろっぺぇ連には高い理想があるけれど、実行力が無ければ机上の空論にしかならない。
馬に乗ってピクニックに行くのに未だ見えない行き先だけを見据えて馬を走らす馬鹿はいない。馬や自分の調子、持ち物と天気を確認しつつ、目の前の道はどうなっているか?障害物は無いか?同行者がいるならその人の様子はどうか?ってな事を考える。理想という目的地に着く為には、現状の力量や環境等の確認が必要だし、足りないもんがあれば用意して出発する。
理想に水を差す存在になったユーさんに対して色々思う所はあるだろうし、可愛いだけの筈だった妹みたいな存在がゴリゴリの現実主義者になっていた事に幻滅したのかも知れない。だから野郎どもがあれこれ言うのも仕方ないとも言えるけど、ゲナーデ坊ちゃんがユーさんを責める必要は無い。
王子さんが王孫婚約者候補、将来の妻候補が気に入らないと注意するのは当然だ。将来当主となり公爵家を背負うレルお兄さんが妹に注意するのも当然。同じ学年で首席のユーさんに嫉妬したアトラーク坊ちゃんの子供っぽい言動は、ちょいと問題があるが実際子供なんだしまあ許容範囲だ。だけど、慈愛の女神の信徒だと自負するからこそ、年長のゲナーデ坊ちゃんが女神の教義を振りかざして年下の女の子を締め上げるのは側から見たら虐めと取られても仕方無いよねぇ。
「あたしは学生じゃ無いけれど、学園の話は耳に入って来るんだよね。誰にでも親切で悩みや不安の相談に乗ってくれるエーファ様ってのがお前さんだよね?どんなに本人に瑕疵があっても真っ向から否定する事なく、問題点を丁寧に励ましながら一緒に考えてくれるって評判だ。なのに、ウィスタリアお嬢さんとあたしにだけは、頼んでもいないのに絡んで来て女神の教義を便利に使って否定的な言葉を言ってるよね?」
「そんな事はありません」
「あります、あるね、ありありさ。お前さんが否定しても、ウィスタリアお嬢ちゃんへの言葉は学園の関係者の、あたしへの言葉は街の人達やお城の関係者の証言があるから、嘘だと思うんなら確認して見るといいよ。言っとくけど、たくさんの人を買収する程、金も暇も無いからね」
驚愕の顔をされても事実だし。けれど、涙目で眉根を寄せて小刻みに震えられると、こっちが虐めているみたいな気分になって居心地が悪い。
「これはあたしの勝手な言い分だから聞き流してくれて良いんだけど、ゲナーデの坊ちゃんは大司祭を目指さなくても良いと思うよ?」
一瞬にして目ん玉が転げ落ちそうな顔になったのがちょいとばかり面白い。
親は親、子は子。どうしても後を継がないといけない家業ならいざ知らず、女神信仰の大司祭になりたくて修行している司祭や神官は山ほど居る。エーファ家がずっと大司祭を輩出しているとはいえ必ずそうである必要は無くて、各地にある神殿のトップである司祭の投票で大司祭が決まるって話だから、誰が選ばれた所でみんな大司祭になれる資格を持った立派な女神の信徒。
立派な大司祭の家系だから、当人も家族も周囲も疑問すら持たずそうなるって思っているんなら、そうならなかった場合はびっくりされるってだけだ。
確かに、一族代々敬虔な信者ってんだから、生まれと育ちは最高だろうけれど、向き不向きを考えた事も無いってのは勿体ない。
「絶対大司祭になれって言われている訳じゃあないんだよね?立派な爺さんらを見習って、日々精進せよとでも言われている位じゃないのかい?だったら、他の将来を目指したって良いさね。一子相伝の仕事だっていうのなら仕方が無いけれど、熱心な女神の信徒で大司祭になる資格持ちなんてごまんといるよね?ゲナーデの坊ちゃんは成績だって悪く無いし、ヤットウ、いや、武器の扱いだって結構な腕だってお嬢さんに聞いてるよ。例えば、田舎や辺境で困っている人を助けたり布教活動するのだって良いし、女神さんを信仰しながら全然別の仕事をしたって良いんじゃないかねぇ」
教会は金儲けを俗なもんだと言うけれど、お金があれば困窮している人達をたくさん救えて、一家離散や困窮による病死や餓死なんてのも救えるから、教義に反さない収入を得てそれで人を救う慈善院長にも成れるんじゃないかな。日々、祈りと努力を重ねたゲナーデ坊ちゃんなら。
大司祭を目指す目指さないに関わらず、ここでいい加減なあたしに構って無駄な時間を過ごすより、今後救えるたくさんの人達の事を検討して動いた方が建設的だよぉ。ゲナーデの坊ちゃんにはその力があるよぉ。とにかくね、今困っている人を助けて、今後の展望を考えて、学園の課題も全部片付けて、せっかく視察に来たんだからこの街の問題も片付けて、それでも暇があるってなったら、無駄だと思うけれど、あたしの宗旨替えにおいで。話だけは聞くから。でもまあ、あたしの宗旨変えはどうやっても無理だけどね。好きな時に好きな神さん仏さんを拝んで良い国の人間だから。
と、つらつら適当に思っている事ととにかくあたしに構うなという事を、立板に水の如く勢いよく話し切って、お帰りはあちらと中庭の出口を指し示せば、本日の護衛のお兄さん二人がすすっと近寄って来て、ゲナーデの坊ちゃんの両脇を固めて移動開始してくれた。
さようなら、ゲナーデの坊ちゃん。魔法の坊ちゃんと無駄を悟って王都にお帰りになると良いよぉ。当然アザレさんもお持ち帰りで。
◇◆少しあれな言葉説明◆◇
与太:ばか。馬鹿げた事。
こそばゆい:くすぐったい。照れ臭い。
袖にされる:すげない扱い、冷淡な態度を取られる。相手にされない。
すは(すわ):驚いた時の感嘆詞。そら。さあ。ほら。
おツケの実(御汁の実):お味噌汁の具。
( ゜д゜)「なんて顔してるんだい。気に要らないんならおツケの実にして食っちまいな」
という風に江戸っ子モガの祖母が使っておりました。つまらない物、事、状況等に対してフリーに使える言葉がおツケの実。つまらないものは食べて腹に入れて無くしちゃえ、それでもう気にしないって事らしいです。
因みに、
( ゜д゜)「そんな驚いた顔してると目ん玉転げ落ちるよ。落ちたらおツケの実にして食っちまいな」
という謎の活用もしていました。御御御付け(お味噌汁)の具材は自由自在何を入れても良い様です。




