坊主じゃなくて神官の坊ちゃんと影武者さんと
ユーさんの記憶だと、坊主の坊ちゃんはぞろっぺぇ連の中でも積極的にユーさんを邪魔にしたりはしていなかったものの、アザレさん絶対正義という前提でユーさんは公爵令嬢として間違っている、上の立場であると言うのなら神と人に対して恥ずかしい行いはするなと言い続けていた。
所謂あれだ、いじめっ子の尻馬に乗る小狡いタイプ。気持ち良いんだろうねぇ、はっきりした反論出来ない状態の悪人を、悪人より立場が上の人達を盾にして、間違っている相手を正してあげる為にっていう大義名分を携えて、自分の信じる正義という言葉の武器で滅多打ち。
あたしも大概意地悪な悪人だけれど、坊主の坊ちゃんは自分は正しく思いやり深いと思い込んで、ナチュラルに正義を振りかざし、それでいて決定的な言葉を使わないタイプなんだと思う。確か、文化祭の協力をして欲しいと商工会にやって来た高校生の言葉を借りれば、やり過ぎの正義廚とやら。
ユーさんは坊主の坊ちゃんに対して、厳しい戒律を守り親身になって他人の相談にのる誠実で尊敬出来る人物。他人を思って厳しい事も言うが、慈悲深く公平。ってな評価をしている。なもんで、坊主坊ちゃんが『ウィスタリア嬢』を思いやり不足でもっと高みを目指せるのに努力を怠り、婚約者候補である王子さんの気持ちを考えず体面ばかり気にして、神から与えられた人を愛する、人を許すという事を理解していない、なんてえ与太を真面目に受け取って傷付く羽目になった訳だ。
聞くだけならご意見ご感想ごもっともなんだけれど、あたしだったら「じゃあお前さんはそれを全部実践してんのかい?」と言い返ちまうね。アドバイスってのは、相手の気持ちを汲み取って支えてやれるくらいの覚悟が無いならやらない方が遥かに良いと、性格の悪いあたしはそんな風に思う。
勿論、相手からアドバイスを求められて、その内容がただ聞いて欲しいってんなら「なるほどなるほど」で良いし、ただ共感して欲しいってんなら「それはそれは」で良い。そんなもんに真面目に答えた日にゃあどれだけ時間がかかるか分からないしねぇ。
でだ、この坊主の坊ちゃんは自分の信じるルールを、自分が信仰する女神の教義を元にアドバイスをする。小さい頃から女神の使徒として学んで来ているし、大司祭の孫ってぇ立場だから当然しそこは問題無い。相談事を持ち掛けられればニコニコと優しく答える。答えるけれど、キツい意見を言う時は『女神の教義によると』ってな前置詞をつける。
これは私の言葉では無く、国が信仰している女神のルールですよ、と。貴方もエルトリアの守護女神を信仰してますよね?その女神のルールですよ、と。あたしの信仰心なんぞ困った時の神頼み程度だから、神様を絡めて言われた所で『善処します』でお終いだけどね。
「私達が休学し態々こちらに足を運んだ上で、ユースティティア嬢とデイムヒガシを慈悲深き神の御名によって罪深き罪人のくびきから赦し解き放とうと心を砕いているにも拘らず、不実な態度を取り続けた事については猛省していただきたいと思いますが、ごまかしとは言え話をしようという態度を取った事については評価しましょう」
起きたまんま寝ぼけて演説打つのも結構だけれど、真面目に聞く聞かないはこちらの好き勝手なんで、鍛冶屋から刃をつけて戻って来た刀の柄を握りやすい形に加工しながら相槌だけ打つ。あたしゃあ優しい大人だからね、得意気に話す学生さんの話を『成る程、左様、ごもっとも』で聞き流して差し上げる度量は持っているつもりだ。あとで面倒になる可能性がある肯定はしないけど。
「分かりましたら、ユースティティア嬢も交えて、お話をしましょう」
「えー、嫌だよ」
「は?今、何と仰いましたか?」
「いーやーだーよーって言ったけど?結構はっきり言ったのに、聞こえないってんなら耳のお医者さんに行った方が良いよ」
何故か植え込みの向こうで素振りをしている今日の護衛のお兄さん二人がこっちを見て苦笑い。ここんとこルーストさんが連続勤務になっていたんで、『自主訓練も出来る環境なので全く問題ありません。寧ろ護衛を外れてシオンさんが何をやらかすか離れた所で心配する方が怖いです』なんぞと言うのを『大丈夫大丈夫、あたしを信じて!面白いもんがあったらお土産にしつくれ』と無理やり街に追い出した。
基本的に、あたしについてくれる護衛さんは、事情を知っている人だけにしているから二十人弱。爺様が直々に選んだ真面目で実直な人達何だけれど、最初のうちは皆緊張半分入れ替わりに対する脅威半分って感じで腫れ物に触るみたいな扱いを受けていたんだけれど、いつの間にか仕事はきっちり態度は緩くなっていた。キルさん曰く『変な歌を歌ったり変な踊りを踊るからではありませんか?』と言うんだけれど、変な歌を歌った覚えは無い。落語を誦じたり、ストレッチをしながら頭に浮かんだ歌を歌ったり、ラジオ体操を歌から初めて第二まで掛け声付きでやるくらいだ。
ラジオ体操といえば、出だしの腕を振って足を曲げ伸ばすとこを見た瞬間、キルさんとエピさんに絶対やってはいけない動きだと言われた。足を横に開くのが特に拙いらしい。と言う事は、平泳ぎもダメなのかねえ?
足を開いて曲げ伸ばすから良いんであって、馬に乗る時だって開脚するんだから気にしないでいただきたい。とはいえ、二人から圧力が凄かったので、譲歩して一人でやる時以外、足は揃えて屈伸する事にした。
「デイムヒガシ、貴方はご自分の立場がお分かりなのですか?神はお嘆きです」
「女神ルクラティとやらを信仰して無いんで、泣こうが嘆こうがあたしにゃあ関係無いんで。お嘆きの上に罰ぃ与えてくるってんなら、少しは考えるけど、本当に嘆いてるかどうか分からないし、あたしが信じてる神様はあれこれ細かい事を定めて無いんで」
「なんて罰当たりな。エルトリアに居を構える限り、女神の恩恵を受けているのですよ」
「恩恵なんぞ知らないよ。この国に来てからこれといった変化は無いからね。第一、坊主の坊ちゃんは何かの理由で他の国に長期滞在するとしたら、そこの国の神様と女神様との戒律が異なった場合は自分が大切に守っている規則を後回しにするのかい?しないよね?そういう事だから、あたしに対して神様を言い訳にあれこれ言っても聞かないよ。それと、ウィスタリア嬢と話したけりゃあ、あたし経由じゃなくて正式にユースティティア家に訪問を申し込んどくれ。許可が出るかは知らないけれどね」
既に本体と会ってるけど。
ここから見える二階のバルコニーがウィスタリアの部屋で、緊急事態の際は梯子を掛けるなりして二階へ移動、影武者をしてくれているフリーシャさんと交代出来る。交代しやすい様に火傷痕メイクを顔に飴細工を貼り付ける方法ではなく、髪と目の色変え魔法の髪飾りと、お面に飴細工をくっ付けたもんを身に付けて、取れば瞬時にウィスタリアに戻れるようにしてある、
フリーシャさんは元々爺様肝煎りハウスキーパーの直下で臨機応変に仕事をするメイドさんをしつつ、必要に応じて二つ年下のユーさんの影武者をしている人で、10年程前に辺境の孤児院を訪問した父様に珍しい薄藤色の髪とユーさんに似た雰囲気を持っているという理由で引き取られた。
ユースティティア家は軍閥という事で家族が危険に見舞われる可能性が高い。とはいえ、幾ら平民の孤児だろうが本人の同意も無しに危険な仕事をさせるというのはユースティティア家の矜持が許さないので、八歳までは普通に教育時間もとった侍女見習いとして育て、断ってもいいという大前提を話してからお願いをして受けてもらったとの事。危険が伴うのでいつ辞めても良いという契約になっているから、お願いするあたしとしても気が楽だ。無理してもらうのは気が引けるからね。
で、部屋でフリーシャさんは何をしているかというと、あたしの代わりにシンコ細工やつまみ細工を作ってくれたり、学園から出ているユーさんの課題をやってくれたりしている。『ウィスタリアお嬢様の代理のシオン様の影武者という事になるのですから、同じ事が出来なくては影武者としての沽券に関わります沽券に関わります』だそうなんだけれど、いい加減なあたしと同じなんて言われるとこそばゆい。
偶にベールを被って孤児院や救貧院にウィスタリアとして儚げな雰囲気を漂わせながら短時間訪問もしてくれているので、学園に通学するのはまだ無理だけれど、体力を回復しながら療養中という姿をあちこちに見せてくれるありがたいお嬢さんなので、あたしの方がよっぽどダメな大人ってぇ気がしてならないよ。いや、とことん助かってるんだけどさ。
ユーさんの服装やメイクだけでなくフリーシャさんが身のこなしや声の出し方や雰囲気まで身につけてくれたんで、大した付き合いの無い人や遠目なら先ず見破れない程度まで似通っている。けれど、当然ユーさんとそれなりにお付き合いがある人が近くで見れば、ニセモンって見破られてしまう。特殊メイク技術があるわけじゃあないし、その代わりの魔法だって万能って訳じゃ無い。フリーシャさんを見た人全部がユーさんに見える様にするには、フリーシャさんが幻影か変化の魔法を所持した上で常に魔法を持続させるか、幻影か変化の魔法道具を使うか、完全にフリーシャさんを変化させてしまう魔法道具か魔法を使うか。
フリーシャさんは魔力無しなので一つ目は無理。二つ目はいつ来るかわからない三馬鹿や、真っ当で緊急の陳情や訪問者の為に充電の如く結構な充魔力が必要な魔法の道具を使うのはコストパフォーマンスが悪い。三つ目は初っから却下。何で一人のお嬢さんの見てくれを変えるなんて鬼悪魔の所業を選ぶ必要があるのか?無いね。無い無い。
だからこそ三馬鹿が正当な理由があるとか何とか言って部屋に向かったりするのを防ぐべく中庭に向かった場合はあたしが相手するからってスルーして通す様にお願いしているんだけれど、まさか毎日日替わりでやって来るとはお釈迦様でも思うめぇ、ってやつだ。
でもまあ昨日、魔法の坊ちゃんの相手をして差し上げたんだし、ここで坊主の坊ちゃんを畳み込めば、アザレさんの勢いも止まる弱まるだろうし、それなりに考える余地が出来ればレルお兄さんとユーさんの誤解も解きやすくなる、と思いたい。坊主の坊ちゃんとの関係は悪化するだろうけれど、そこはそれ、家族の方が大切って事で一つ。
◇◆少しあれな言葉説明◆◇
与太:馬鹿。馬鹿げた事。
こそばゆい:くすぐったい。照れ臭い。
袖にされる:冷たくされる。相手にされない。すげない扱いを受ける。




