【別視点】キルハイトの不審【従者side】
本来であれば主人であり並んで歩くべきでは無いウィスタリアお嬢様だが、護衛が私しか居ない為、仕方無く隣を歩いているのだが、いつもと様子が違う。
何がどう違うかと聞かれれば、はっきりと言葉にする事が出来ないのだが、ほんの小さな違和感が拭えない。話し方も、癖も、身振り手振りも変わらないのに、まるで極めて薄くしなやかな布が挟まっている様な違和感。それは向こう側を見る事に一切障りも無く、指摘されなければ気付かない程の、うっすらとした何か。
殿下とレルヒエ様がメガイラ嬢に着いて居られる姿をお見せしてしまったのは大きな失態だ。本来なら、新入生の婚約者や上級生の兄姉が学園の校門から、入学式会場までエスコートをする。婚約者も兄姉も居なければ、親族が、親族が居なければ保護者となっている者が付き添う。
だから俺も朝、お嬢様が制服を着て出仕前の旦那様に嬉しそうにお披露目している姿を見て、先に登校した。在校生が登校して始業式をしたのち入学式が行われるから、身内がいる場合エスコートした後に親族席で見学が出来る。
俺は殿下、若しくはレルヒエ様がエスコートされると思ったので、行かずに新年度の課題の自習をしていても良かったのだが、どうせならお嬢様の見学をしたいと思って学園のアプローチ庭園に向かった。
到着時には未だお嬢様はいらっしゃらなかったが、殿下と側近候補とされているレルヒエ様を含む五人が、新入生らしき女生徒を囲んで談笑している姿があった。やたらと距離の近いそれを、生徒達が遠巻きに眺めている。遠くからでも目立つキラキラと陽の光に輝くふんわりとしたブロンドの頭はよく動き、キャラキャラと高い笑い声が響き、その度に「今この場所で大きく口を開けて大声で笑うのは良くない」とでも言われているのか、よく動く頭を傾げて口元に手をやっている。
レルヒエ様の普段の行動については、旦那様から嫡子だから自分なりに責任を持って行動出来る様になる為、大きな問題以外は気にしなくて良い。それよりもお嬢様の専属侍従として、守ってやって欲しいと言われているのもあって殆ど気にしていなかったし、学園でも一つ下で関わりが余り無いのと目立つ問題は耳目にしなかった。
それ以上に、第二王子殿下の側近候補なのだから、周囲には殿下とその仲間が居る訳で、匆々おかしな事をすると思っていなかったのだけれど、何故、たった一人の新入生に皆で目を掛けているだろうか。
見ていると近くまで寄る者はあっても、彼らに威圧的な視線でも向けられているのか、そのまま集まりの輪に入る事も出来ず引き下がっていく。
本当に何をしているのだろう。
兎に角、この事態は拙いと思って動こうとした時、優雅に、しかし戸惑った様子でお嬢様がいらっしゃった。本来なら、馬車を降りる所からエスコートされるべきなので、戸惑うのは当然だが不慮の事柄でもあったかと思われて、お一人でいらっしゃったのだろう。
しかし、状況としてはかなり拙い。いっそ、殿下もどなたもいらっしゃらなければ良かったのに。
慌ててお嬢様の方に向かうが遠くから見るつもりでいたせいで、距離もある上に花壇をまわり込まないといけない。かと言って、走ったり花壇を飛び越えたりすると、お嬢様まで悪く言われてしまう。少なくとも、お嬢様が問題のある行動を取る事は有り得ないけれど、このままであれば、殿下やレルヒエ様に付き従う形になってしまうだろう。そうなれば勝手な憶測で面白おかしい噂が広がってしまう。
俺が然りげ無く合流してお嬢様をエスコートすれば、殿下にもレリヒエ様にも相手にされていなかったとは言われるだろうが、少なくとも旦那様から専属従者として認められている上級生にエスコートされたという形を取る事が出来る。
けれど、優雅に挨拶するお嬢様は未だ遠い。お嬢様の性格なら、殿下の御心を慮って集団の傍に控えられてしまう。新入生で侯爵令嬢であるお嬢様が脇役の様な扱いをされるなんてあってはいけないのだ。
「では失礼致します」
後少しという所で、お嬢様の声がはっきりと聞こえた。優雅に、全く何も気にしていない微笑みを讃えて、悠々と、だがかなりの速さで迷い無く式場に向かうお嬢様。
「何で平気なんだ?」
思わず呟いてしまったが、どんどん小さくなるお嬢様の姿から、気を悪くしていないかと殿下達の方へ目を向けると、皆唖然としてお嬢様を見送ってた。
ーーーーーー
下校時間、お嬢様の教室に向かうとお嬢様以外の生徒しか居らず、近くの新入生に聞けば「終わった瞬間にあっという間に教室を出て行った」と言う。やはり、傷付いたのだろうと思って車寄せに向かうと、馬丁が暇そうにしている。お嬢様はこちらにもいらしていないとの事。
周囲の生徒や警備員に話を聞くと、紫の髪の女生徒が一人で出て行ったと。
慌てて旦那様からお預かりしている、お嬢様の位置がわかる魔道具を使って追いかけた。
「あら、キルハイト。こんな所で何をしていらして?」
「そっくりそのままお返ししますよ、お嬢様」
穀物を扱う商店の店頭のテーブルについて、悠々としているお嬢様に用向きを問えば、答えず質問で返して来る。続けて帰宅を促せば「未だ欲しい物がある」と引き下がらない。今迄、立場上譲歩出来ない事に関してはしっかりと断って来たけれど、ご自分の事は控えめ過ぎて我慢する方だったのに、余程先程の事がショックだったのだと思うの、だけれど。
ショックだとしても、いきなりやった事も無い行動を次々取り続け、思いも付かない物を買うと言うだろうか。それ以前に、一体どうやってそれらを知ったのか、それらでする何かの知識を得たのだろうか。俺が知らないだけで、お嬢様が読んでいた本の中にその様な記載があったのか、今日出会った同級生から聞いたのか。
こうやって目の前で話しているお嬢様の所作や言葉使いに一切の違いは無いのに、何か大きく間違っている様な。
結局、お嬢様に押し切られ希望の品を扱っている店に案内し、『ながしばち』なるコンロつきスモールチェストについては、応接室でお嬢様が自ら説明入りの図面を書いて特別注文した。その場でさっと書いただけの図面は、必要な大きさや作りについての記載はしっかり入っていて、奥から出て来た店長も感心する程だった。
どうして店長も図面にしないと分からない物を知っているのだろうか。
図面を書くまでは、殿下達の行為にショックを受けた後に同級生から新しい事を聞いて、気分転換にやってみようと思われたのではと考えられた。普段、控え目なお嬢様が俺に無理を言ったのも、神経が昂っているとも考えられた。
けれど、入学式後のほんの少しの時間で、あの様な変わった物を図面に起こせる程理解出来るのか?
俺の心はずっとざらりとしたものに包まれている様だった。