春の麗の隅田川に流れる僕ドザエモン
地方巡業じゃあないけれど、前に問題のあった地域三箇所を順繰りにまわるべく、ちょっとばかし周囲がゴタゴタした。
事前に父様が暗躍して三箇所の問題点を確認、発覚が早かったから記憶の頃より被害は少ないものの、やっぱり武器の横流しが判明してんで、先ずは正式な在庫確認と調査の為に爺様が信用している軍のお偉いさん二人と父様が先行して現地に向かった。
父様チームには「私はまだ学生なので同行出来ません」と言って抵抗したレルお兄さんが、学園の寮から拉致同然で随行させられたと、現場で寮から着替えやら日用品を纏める仕事を担当していたキルさんから報告を受けた。ただでさえ、真面目なキルさんが、それはもう呆れ返ったような目付きと声音で『あの様な醜態、シオン様にもよろしくない事を言ってくる輩が居るかも知れませんが、適当に聞き流して下さい』と忠告してくれるくらいだったから、それはそれは恥ずかしかったんだろうねぇ。
途中から『私が長期外出をするにはオルクス殿下の許可が必要です』とか何とか言って逃亡しかけたらしいけれど、父様は王様の裁可を得て動いてる訳だから、王子坊ちゃんの許可なんて雨の前の紙で出来た雨合羽、火事場の蝋燭、真っ昼間の提灯、風下に笊、なーんの役にも立ちゃしない。
爺様があたしの話を上手い事王様に伝えてくれたのはありがたいけれど、不正を働いていた連中がいたってのは爺様の責任問題になるだろうし、結構なお咎めがあったらと心配していたんだよね。でまあ、結局の所、大きな組織の下の方で不正を働かれても、上がきっちり抑えるのは難しい。大切なのは発覚した時にどう対応するのかと、即大問題になった時にどう対処するのかが大切だとか何だとか言う話になったそうで、爺様が『管理不足だった。どんな咎めを受ける』と報連相したのに対して、王様は『早期発見出来て僥倖であった。正しい対処を持って償いとせよ』と返して来たんだとかで、実質お咎め無しだったらしい。
いやあ、粋な御沙汰だねぇ。格好良いよ。記憶にある王様は、威厳のあるそれでいて何でも打ち明けたくなる優しい空気を漂わせたお爺ちゃん。王家主催のパーティーに行けば会えるらしいんだけれど、子供は強制じゃぁないし、面倒ごとは避けたいからあたしになってからのウィスタリアは一度も顔を合わせていない。
公爵家のお嬢様ってな立場なのと、爺様と王様が戦友だから小さい頃は爺様にくっついてお城に行って、年寄りの茶飲み話を聞いたり茶菓子をいただいたりといった、ユーさんのほんわかした記憶もあるけれど、ユーさんも成長するにつれ回数も減っていき、学園に入学してからはユーさんの立ち位置の問題もあってユーさん自身も家族全員が招待された場にしか足を運ばず、しかも通り一遍の挨拶しかしていなかった。
今は、その通り一遍の挨拶どころか顔も合わせて無いんだけどね。あの王子さんとのゴタゴタで婚約問題がぶらんぶらんになってるから、公式な場で気を遣わないようにって気にしてくれているんじゃあないかね、ってのが爺様達の考えだ。仲が良くてもズバッと聞いちゃあいけないらしい。表向きは。
そんな訳で、一番最初に問題になった場所、森林資源豊富な王家の管理地にある代官所の離れにご厄介になって、離れの庭に順次運ばれてくる鉄を型に押し込める作業をしている。単純作業なので別段楽しくは無いが、事情を知っている人以外立ち入り禁止なので、東方から来た哀れな御面相の彫金師が謎の歌や言葉を誦じながら作業していても誰も気にしないので、まあまあ快適ではあったんだよね。
うん、快適ではあったんだ。過去形ってやつ。
「ねえねえ、君一人しか居なのに、どうしてこんなにたくさんの材料と、仕上げ前の剣がいっぱいあるの?僕はこんな野蛮な物について詳しく無いんだけど、鍛冶って熱源が無いと出来ないよね?ねえねえ、武器を量産するのって叛意があるってとられても仕方がないんだよ?君は公爵家の食客だから、公爵閣下の許可があるんだろうけど、騎士団や自警団が見たらどう思うのかなあ。僕は面倒ごとが嫌いなんだけど、君はどう?」
煩い。僕僕僕僕煩い。そんなに僕僕言いたいんなら、墨東は向島百花園にでも行って、永井荷風の隅田川を読みながら桜餅でもお召し上がりになりゃあがれ。ついでに大川にザンブリと飛び込んで、僕ドザエモンとか言いながら流れていけばいいんだよぉ。
それに一人っきりじゃあなくて事情を知っているルーストさんが、庭の端っこで鍛錬しながら護衛当番をしてくれてるし、軽食やお茶を届けてくれる侍女さんだって出入りしている。
あのすっとこどっこいレル兄さんときたら、ひとりぼっちは詰まらないとでも思ったのか、大好きなアザレさんから一人だけ引き離されるのが嫌だったのか、楽しくって為になる視察旅行みたいな口実でお友達お誘い合わせの上、ご招待してやがったんだからどうしようもない。
魔法使いの坊ちゃんと坊主の坊ちゃんとアザレさんが、そりゃあもうご機嫌で王子さんの手配した特注四頭建てバカでかの金ピカイカレ馬車を三台も連ねて、代官所に現れた時は眩暈がしたね。
『シオン、王都からバカの一団が到着するそうだ。面倒だろうが絡んでくるだろうから、適当に相手してやれ。あいつら自身はまだ学生で親にぶら下がっている立場だから、邪魔だったらアスカとして蹴散すが良かろう。はっはっは』とか、爺様は笑っていたけど、蹴散らそうにもぞろっぺぇ連は無駄に根性と自己顕示欲があるから人の話を聞かないで、べれべれと己の主張ばかり話し続けるから面倒だ。
かといって、役人やらそれに連なってる連中やらの汚職やら横領やらの始末をしている爺様や父様に、『連中はあたしを侮ってるんで、振り払えないんで何とかして下さい』っていうのも情けない。とりあえず何を言われようが放っておく事にした。基本無視で、何かされたら五倍返しの予定で、なんて考えてたんだよ。
結果、これだ。
レル兄さんは爺様曰くバカ連中を引き込んだ事をお怒りの父様によって、一番面倒な裏取再確認や細かい状況の再検証の作業に連れて行かれたものの、代官屋敷に残った三馬鹿が無聊を託って代わる代わる作業中においでなさる。
魔法坊ちゃんと神坊ちゃんはこの好機にアザレさんとの距離をぞろっぺぇ連の中で頭一つ分でも抜き出したいってぇ切ないんだか、面倒なんだか、よく分からない青春男子学生心満載状態でこっちの都合なんぞこれっぱかりも念頭に置かないでやって来るんだよねぇ。
「ねえねえ、黙ってるって事は口を開いたら拙いって事かな?前にあった時は結構饒舌だったのにね。僕知ってるんだけど、シガシ卿はよく喋るって有名だよ。オリエンタルデザインが得意で、納品時に色々と説明してくれるって僕の知っているご婦人方に聞いてるんだ」
「あ?誰がシガシだ?あたしゃあ東だよぉ。人様の名前を間違えるのは礼儀知らずのする事だよ」
「何それ?だからシガシ卿でしょ?デイムアスカシガシ」
魔法の坊ちゃんと坊主の坊ちゃんは協定を結んでいて、日替わりでアザレさんとの二人だけの時間を過ごして、残った方があたしんとこに来て、アザレさんに取って有利になりそうな何かしらを引き出そうとして来るんだけど、エルトリア貴族のお約束、あたしの苦手なまわりくどい聞き方をしてくるもんだから、逆に何を聞き出したいのかさっぱり分からない。
昨日は坊主の坊ちゃんが神の教えが何とか、女が職人になるというのは罪がどうとか、仕事をして金を稼ぐのはあれだとか、王妃殿下に気に入られたとはいえ女性とは何とか的な、謎の問答を仕掛けてきたんで首を捻ってたら『己の罪深さについて暫しお考えになると宜しいかと』という謎のアドバイスを頂いた。
結局、端的に言うと何なのかい?と聞いたら、それは己の心の中から自ずと湧き上がるんだそうで。あたしに自発的に何かをさせたいらしいんだけど、言ってくれないと分からないし、ぞろっぺぇ連のして欲しい事なんぞ面倒そうなんでやりたく無い。