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【別視点】キルハイトの動揺【従者sied】

 シオン様から内情を打ち明けられて一年少々、シオン様にとってエルトリアに来て二年少々が過ぎた。

 打ち明けられた当初は、ウィスタリアお嬢様に比べて短慮でいい加減で口が悪く、お嬢様の記憶が無ければ一日たりともまともに過ごせないであろう彼女が、よくも一年も私達を誤魔化して暮らせたと半ば呆れ、半ば騙されたという口惜しさがあったけれど、一年経って改めて考えてみれば、女神の祝福を受けて大切に保護されているお嬢様に比べて、お嬢様の記憶と身に付けている能力だけで六年を凌げと言われただけのシオン様の胆力には感心するし、一人で黙って過ごしていた一年はさぞかし辛かったと思う。


 結局、お嬢様の側仕えとして支えきれなかった悔しさをシオン様に八つ当たりしていた所も多かった。お嬢様なら出来た、お嬢様の記憶と能力があるのにおかしい、お嬢様が戻って来た時にシオン様の所為で悪く思われている様では困る、といった事を結構キツく言っていたのに、『ごめんねえ。あたしもお姉さんだからユーさんが安心して戻って来れる様に頑張るよ』と言って、お嬢様なら絶対にしない気の緩んだ笑顔を返して来る。

 こっちが苛々している時にはシオン様が謝罪しているにも拘らず、ふざけないで欲しいとか、お嬢様はそんな顔をしないとか、更にキツくあたったのは俺の心が弱いからなのに、『美人さんが怒ると顔に皺がよって取れなくなるからやめといた方が良いよぉ。ちゃんと出るとこではきちんとするし、人目があるとこでは気を抜かない様にするから許しておくれな』と言って、俺は悪くないという事を言外の匂わせてくれていた。


 考えて無いようで色々考えているし、思っている事をはっきり伝えてくれるのでこちらとしても動きやすい。時々有り得ないほど大量の仕事を押し付けてくるけれど。

 自分で出来ない事を人を使って実行するのはお嬢様の立場なら当然だけれど、シオン様は先ず自分がやれそうならやってみる。その後、効率を考えて出来そうな人の手配をこっちに投げて来るのは困るけれど、自分だけで抱える事はしないので、そこは安心して見ていられるのでマシなんだろう。


「別に態々専門外の事をご自分で試されずとも良いのでは?」


 一度助言したのに、『やらないとどれくらいなもんか分からないじゃぁないか。まあ、素人の遊びみたいなもんだし、玄人と違って見通しも適当なんだけどね。一生懸命やってくれている人からすりゃあ、口だけ出してくる相手よりも、足を引っ張る邪魔(もん)でもちゃーんとお互い顔を合わせて、一緒に作業した相手の方が気安くなると思うんだよぉ。現場で不満とか聞き取りも出来るし』と、言って聞き入れない。

 気がつけば、多くの人に慕われる公爵令嬢としての地位を確立していた。ただし、本来のお嬢様にとって大切にすべき、学園の生徒達と貴族の奥方様方以外に。


 正直な所、お嬢様が帰って来た後の事を考えれば、お茶会やサロンといった社交に力を入れていただきたい所なのだけれど、幾らお嬢様の振りが完璧に出来るといっても、


『貴族の集まりは苦手だねぇ。表裏が激しくってさぁ。第一、卒業前までユーさんと仲良くしていた筈の連中が、実は裏であれこれ言ったり王子さんらの都合の良いように動いてたっていう事を知ってるあたしとしちゃあ、そうそう付き合いたいとは思えないんだよねぇ。そりゃあね、人間、一人一人は概ね善人ってのも分かっているんだけど、嫌な思い出を持ってお付き合いするなんて、ちょいとばかり気ぃが進まないね』


 と、言う様な人に無理はさせられない。無理して失敗したら最悪だ。


 お嬢様の代理をするのだから完璧で当然、常に気を張っていて当然、ユースティティア家を一番に考えて当然、王制貴族制の無い世界から来たのなら死ぬ気で早急に慣れるべき、お嬢様に関係無い様な事はやるべきでは無い、戻った後に困る様な技術を残すべきでは無い、お嬢様の安全を考えたら公爵家の領地で守りを固めて大人しくしておくべき等、多くの事を押し付けたのは間違っていた。

 シオン様が前向きで楽天的な性格で無かったら、知識はあっても二十六年間馴染んだ場所から、いきなり『命を助ける代わりに、異世界で六年間12歳の女の子の身代わりをやれ。自分の世界とはかなり違うが、女の子の十八年分の記憶と身につけた所作があるから、それを使って起きる問題を全て片付けろ』と言われてどう思ったのか。聞いても『習うより慣れろって言うし、水に落ちたら岸まで泳ぐしか無いよねぇ』と呑気に返してくる。


 初めのうちはちょっとした事でも苛々させられるし、説明不足の状態でとにかくやってくれという要求も多いし、気を抜くと淑女らしさの欠片も無く、変な歌を歌いながら思い付いた事にどんどん手を付けていく厄介な人で、お嬢様の為で無かったら直ぐにでも王都の外れに放り出したいと何度も思った。

 けれども時間が経つにつれて、シオン様には筋の通った考えと計画があって、元々一人でする仕事をしていて人に頼むことが得意では無く、それでも彼女なりに誠実にお嬢様の知識と記憶に基づいてあれこれ提案をしてくれていると分かった。この事を、ヴィーヴさんに話したら『そうですね、閣下と爵子様もそのようにおっしゃって、シオン様のお話を大変面白く聞かれていらっしゃいます』と返された。


 思い直して謝ろうにも、お嬢様を心配する気持ちも理解出来るし、別に何も悪い事はされていないから気にしなくて良いと言われる。挙げ句の果てに、『あたしゃあこう見えても26歳のお姉さん、いや、こっち来て一年過ぎてるから27歳のお姉さんだからね、キルさんより(とお)も上だから安心しておくれな』と言って来るのが鬱陶しい事この上ない。

 何が、10歳上だ。小さなお嬢様の姿で、それでいてお嬢様なら絶対にしないポヤポヤした表情や気の抜けた笑顔をしながら、『そんなにキリキリしないでさ、明日は明日の風が吹くよぉ。急いては事を仕損じるって知ってるかい?』と言ったその次には、『あたしゃあ短気なんだよ。即断即決即実行。当たって砕けろって言うじゃないか』と言ったりするんだから始末に負えない。


 気が付けば、次に何を頼まれるのかと思っていたり、『これはキルさんじゃなくてエピさんにお願いしたいんだけど』『いやあ、同い年(おないどし)のルーストさんにお願い事するのは遠慮があんまりいらなくて助かるねぇ』等と言われるのは気に入らない。

 お嬢様の体で職人の仕事をするなんて絶対ダメだと思っていたのに、真剣な顔でアクセサリーを作っている姿を見ると、シオン様には本当にやりたい事、立派な仕事があったのに、それを片手間にしてでもお嬢様の居場所作りや今困っている人を助けたいと動き回っている彼女のお人好しさに、モヤモヤした気持ちが湧き上がる。


 そんな自分でもよく分からない気持ちを抱えて、休学中の課題を受け取る為に学園の教員室に向かっている途中で、珍しく一人きりの状態のメガイラ嬢に呼び止められた。

 纏めていないブロンドの頭はだらしなくふわふわと広がり、緑色の目をやたらとぱちぱち瞬きさせながら、ふらふらしたカーテシーを見せられているこの状態は、新しい拷問か何かだろうか?


「こんにちは、キル。休学は終わったの?」


 いきなり名前を、しかも略称で呼ばれるとは。これのどこが良くて、レルヒエ様が一緒に行動しているのか理解出来ない。


「メガイラ伯爵令嬢、私はキルハイト・ウルザームです。メガイラ嬢にその様な呼ばれ方をされる覚えはありません。急いでおりますので、失礼」

「えー?だって、キルはファビィの従者でしょ?主人であるファビィが愛称呼びを許してくれてるんだから、従者のキルを丁寧に呼ぶのはおかしいでしょ?」

「私はウィスタリアお嬢様の付き人です。では失礼します」


 レルヒエ様のミドルネームを、しかも愛称で呼んでも良いのは家族か婚約者のギプフェル嬢だけの筈だが、大方あのシオンさん曰くぞろっぺぇ連中は、『平民の振りをして城下町を散策するのならお互いミドルネームで呼ばないとね』とでも言って、こうなったに違いない。

 確かに、小さな頃からそうやっていたのだろうけれど、物事の道理のわかる年齢になったら、お互いの立場を尊重すべきだ。あのシオンさんですら外面は整えている。


「ねえ、キルは」

「いい加減にしていただけますか?私はユースティティア家預かりになっておりますが、ウルザーム伯爵家の三男です。お付き合いの無いメガイラ嬢にその様な呼ばれ方をされる覚えはありません。これ以上続けるのなら、公爵閣下と父に相談の上、メガイラ伯爵家に報告させていただきます」

「えー、何で何で?私はファビィだけじゃなくってラティとも仲良しなのに?それに私だって伯爵家なんだから、キルと「止めていただけますか?」、キルハイト卿と同じ立場でしょ?」

「真面に話が出来ないのでもう行きますけれど、これだけは言わせて下さい。同じ伯爵家ですが、私は三男です。男子です」

「ん?分かってるけど?」


 分かってない。全く分かっていない。同じ家格の子女なら領地の力や宮廷での勢力と言った色々な要因も加味して考える必要があるが、基本息子が後を継ぐエルトリアでは何番目の子供であろうとも男子の方が上だ。

 メガイラ家は娘に何を教えているのだろうか。それとも殿下達に囲まれているうちに、礼儀に対して疎くなってしまったのか。地位の高い子息達に対しての敬意を、一緒にいる自分にも向けられていると勘違いしたのか。失礼な態度を咎めるどころか、親友だから気にするなと甘やかし有り得ない愛称呼びを許した殿下達のせいなのか。シオン様の世界、メガイラ嬢の前世でやっていたゲームとやらに似ている世界や人物達に浮かれて、平等な世界の思い出に引っ張られて頭が緩くなったのか。

 多分、全てだな。


「ねえ、ちょっと待ってよ。ねえねえ、キルハイト卿はウィスに無理やり付き合わされてるんでしょ?それともあのジュエリーデザイナーが将軍に取り入って、あれこれ面倒を押し付けて来るとか?キルハイト卿はウィスの護衛より騎士団に入って、ウルザーム家の領地を(おびや)かす野盗や害獣の討伐とかをしたいんでしょ?」


 気持ち悪い。


「何を言っているか分かりませんね。それから、お嬢様の事は家名でお呼びいただけますか?お止めにならないのであれば、正式に抗議させていただきます。では」

「ねえ、止まって、話を聞いてよ。私ならラティに頼んで騎士団に「結構です」え、ねえ、ちょっと!」


 少々遠回りになるが、早足で階段を上がって演習場に向かう事にした。狙い通り、俺の速さについて来れなくなったらしく、後で喚く声が小さくなって消えた。


「本当に気持ち悪い女だな」


 小さな声で呟く。小さくても良いから声に出さないと、自分の中に生まれたドロリとした気持ち悪さが消えない気がした。

 確かに、騎士団に入りたいと思っていた。でもそれはシオン様が俺達の前で閣下に頭を下げる前までだ。信じるしかない状況で、お嬢様を助ける為に力を貸して欲しいと真剣に頼まれて、騎士団の事など頭から抜けた。

 ウルザームの領地を守るのは俺じゃなくても良い。兄が二人もいるから、俺は自分の居場所を自分で見つけないといけないと思っていた。だから、小さい頃から騎士になって家族を安心させたかった。その気持ちが強すぎて、無茶をする事があったから父さんが軍の将軍である閣下に頼んで、先ずは閣下の下で基本を学べと言われた。


 直ぐに軍の訓練に入れると思ったら、気概があっても実際に自分より弱い者を守る技術と、状況に合わせて考えて動く能力が無ければ意味が無い、と言われてお嬢様付きにされた。不満はあったけれど、毎日の剣術や武術の指導してもらえる時間もあり、自分を納得させてお嬢様に仕えた。

 実力が認められたら、護衛ではなく軍の最前線か王都の騎士団に移動させて貰うつもりだった。シオン様が『ユーさんは最後までキルさんとエピさんの事は信じてた。だからあたしは二人を信じてる』と言われるまでは。


 俺は覚えていないけれど、俺は六年間お嬢様の側にいて、最後の最後に助けを求めて貰えなかったものの、『ユーさんにとって大切で大好きな人達だからこそ、弱さを見せて心配をかけたり悲しませたく無かったんだよぉ』と言うシオン様に、今度こそお嬢様を、中身はシオン様だけれど、守りきってみせると誓った。

 だから、今は騎士になりたいと思わない。そんな事は全部終わってからでいい。お嬢様を、あの面倒でお人好しで人を子供扱いする癖に、自分は子供っぽい言動をするシオン様。

 いつも笑顔で今の状況を楽しんでいる反面、口に出さないだけで不安も寂しい気持ちもあると知ったのは、つい最近。夜中の中庭で一人で空を見上げているのを見つけて、声を掛けた。


『ああ、ちょっとおきちゃったからさ。あたしの住んでたとこより星が見えるなって感心してたんだよぉ。あたしは家族と縁が薄かったけど、沢山の良い人に恵まれててさ、死んだ爺さんが『空は何処にいるか分からない人達の上にも繋がって広がってる』なんて事を言ってたなって。で、こことあっちももしかして繋がってるのかなって思ったんだけど、いやぁ、違うね。星の位置が全然違う。あたしゃあほら、インテリゲンチャだから、ちょいとばかり星座も知ってるんだ』


 小さく笑うシオン様。普段見る楽しそうな笑顔じゃない。


「あっちぃ戻ったら、あたしの本当の体はもう無いんだけど、何とか理屈を付けてお世話になった人達にお礼を言いたくてねぇ。あたしの世界では魔法が無くて、欠損した体の一部を他の人から貰ってする治療法があるんだよ。でまあ、あたしはそれを登録しててね、運よくあたしの体が生焼けだったら誰かの役に立ててるかも知れない。だからね、一部を貰ったよってな嘘をついて、挨拶したい人を訪ねられたら良いなって思うんだ。体の一部をくれた人がお礼を言いたいってな夢を見たとか何とか」

「そんな事がよくある世界なんですか?」

「無いよ。無いけど、嘘かほんとかは知らないけど、そういう話もあるっていう記録もあるんだよぉ。やっぱり無理かねぇ。あ、そうだ、偶然くれた人の事を知って、お世話になっていた人に手紙を出すってな方法もあるねぇ。その方が現実的だ。キルさんに声を掛けられたから、一人で考えるより良いのが思い浮かんだよ。ありがとうね」

「私は何もしていませんが。それから、キルさんは止めていただきたいのですが」

「いやいや、そこに人がいるだけで、考えの手詰まりが解消なんて良くある事だよ。それにこんな事キルさん以外に言ったら、帰りたいのかとか無理してるんじゃ無いのかとか心配されちゃうじゃないか」

「私はシオン様を心配していないと?」

「心配はしてくれるよね?そうじゃ無かったら、声なんて掛けないで見ない振りか、ユーさんが体壊すって注意するかのどっちかってとこじゃないか。たださ、ほら、他の事情を知ってる人だと罪悪感に()っ張られそうだし、そうなったら気軽にお願い事をしづらくなる。キルさんなら、その辺の切り替えが上手そうだから大丈夫かなって。別に性格が(つべ)たいって言ってる訳じゃあ無いよ」


 確実に冷血漢扱いされていると思うが……。

 でも、シオン様にとって俺だけ別なのか。


「良い方に受け取っておきますよ。体調不良になる前に、早く寝てください。部屋まで送りますから」

「はいはい」


 ピシッと佇まいを正して、お嬢様として部屋に向かうシオン様の後ろ姿に、知らず手が伸び掛けて止めた。俺は何をしようとしたんだろうか……。

_(┐「ε:)_ インテリゲンチャ

◇ 知識階級を指す概念。そのような立場にある知識人。高等な学問を修め、多くの現象を広い見識をもって理解して、様々な問題を解決する知恵を提供したり、その知識によって発見・発明された成果物を提供することによって、社会から対価を得て生活する人。

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[一言] もし同じ時空でも違う星だったなら、観察地点が違うんだから星座だって違うものになるよぉ もしものすごく時間が隔てていたなら星の配置も動くから「ここは地球だったのか」もありえるかもねぃ
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