困ったら先生に助けて貰いましょうとかなんとか
「あら、ウィスどうしたの?」
「ユースティティア公爵家が娘、ウィスタリアが殿下と皆様にご挨拶申し上げます。ご歓談中にお声を掛けます無礼をお許し下さい」
「お昼休みにそんな堅っ苦しいこと言わないで。ね、みんな」
「そうだな。ウィスタリア、楽にしろ」
「殿下の寛大な御心に感謝致します」
「お休みしていたけれど体は大丈夫なの?みんな心配していたのよ?あ、一緒にお弁当食べましょ?私が作ったんだけど口に合うかなぁ」
「アザレ嬢、怠けて休む様な妹に気を使わなくても良いんだ」
誰が怠けてたってんだい?あたしゃあ働いたよ。算術の苦手なあたしが、手前の義務もおっぽりだして帰って来ない、すっとこどっこい後継の分も領地の税金計算を手伝ったりしてやったんだ。このずんべらぼうめ。
あたしがユーさんじゃ無いのをありがたく思うんだね。尊敬している兄が、礼儀知らずと言われてもおかしくない言動をするお嬢さんに馴れ馴れしくされるのを受け入れて、やにさがった面で兄貴風吹かして来るなんざぁ気丈なユーさんでも人目のないとこまで行ったら泣くかも知れないよ?
「年度末から家にこもって、新年度の式典にも出て来ない。単位を満たす為に課題提出と自宅での定期試験を受けているそうだが、教師の方々にも手を煩わせて申し訳ないと思わないのか?兄として実に情けない」
「事情があって登校出来ない生徒に対しての救済措置は、学園で定められた規定ですので活用させていただいている事に対して感謝はしておりますが、申し訳ないという気持ちはございません」
(やるこたぁやってるし、ありがたいと思っているし、制度は活用するもんだよ。申し訳ないと思うんなら兄としてなんとかしやがっておくれでないかねぇ)
「ウィスタリア、お前はユースティティア公子の嫡女であり、学年成績首位者として学園に貢献すべき立場であるのに、己の体調一つ管理出来ない事を不甲斐ないとは思わないのか?私の婚約者候補として情けない」
「体調不良の件に対しては大変申し訳ないと思っておりますが、祖父や父に相談をし、医師と連携をとって療養しております。現状で無理をすると、身体的にも心理的にも今後に響くとの診断内容は陛下と妃殿下にお伝えしており、恐れ多くも直々に休学の許可と労りのお言葉をいただいておりますので、殿下にはどうぞご寛恕いただけますようお願い致します」
(あたしゃあ痛くも痒くも無いけれど、お前さんの態度が悪いからこうなってんだよ。爺様と父様公認で、お抱え医者さんにぶらぶら病の診断書を出して貰ってんだ。本来なら王様の孫であるお前さんが学年首位の成績をとって貢献すべきで、婚約者候補達を蔑ろにしてお気に入りのお嬢ちゃんとベタベタしてる事を恥じるべきだよ)
「あのさぁ、どうして休んでばかりのウィスタリアが試験で一位なの?幾ら公爵家が選んだ優秀な家庭教師でも、授業に出ないで満点を取るなんて無理でしょ?同学年の僕からすると、教本には記載してないけれど授業中に先生が話した内容も試験問題になったりしているのに、それも正解するってどう言う事?これって不正があるとも思えるよねー?」
ああ、そう来るのかい。つまりお前さんはあたしに喧嘩を売って来るんだね。
魔法使いの坊ちゃんが珊瑚色の目をキュッと細めて嫌味ったらしく疑問をぶつけて来たお陰で、残りのお兄さん達が「不正だと?」と色めき立つわ、アザレさんが「ウィスはそんな事しないわよ。信じてあげなきゃダメ」なんぞと思ってもいなさそうな事を口に出しながら、クネクネペタペタと海水浴で絡まってくるワカメみたいに蠢いていらっしゃる。
「アルタール卿、軽率なお言葉はアルタール侯爵家の品位を穢すことになります事をお忘れなく」
「お前、殿下の前で失礼な態度を取った上、己の不正を誤魔化そうとするな!」
言いがかりだけは訂正が必要なんだけど、興奮した騎士見習い坊ちゃんがいきなり腕を捻りあげてきやがった。
けどね、こっちもこれくらい予想の範囲だし、爺様達軍の凄腕に訓練を受けているかいがあって上手い事腕を引き抜けた。力を逆向きに、てこの原理ってやつだ。騎士坊ちゃんはぽかんとした顔してるんじゃないよ。か弱いユーさんの体を、ゴツい猪騎士見習いから守った事を逆に感謝して貰いたいねぇ。
騎士坊ちゃんの突撃を受けて、一瞬キルさんとエピさんが飛び出したけれど、今はあたしの半歩後ろに下がってくれている。後で煽ったのは謝らないといけないね。ユーさんの体に傷つけられたら、二人して寝込みかねないし。
「ゲーネシス卿、ここは学園の中庭です。ゲーネシス伯爵が率いておられる近衛騎士団では、学びの場で武器を持たない未成年に対して、事前警告も正式な令状も無く力を振るっても良いとされているのでしょうか?確かに、不敬罪であれば何をおいても優先されて当然かと思いますが、わたくしは皆様のご歓談に失礼する事に断りを入れさせていただいた上で、休学や試験についての疑問に返答しようとしただけでございます」
(見習い坊ちゃんはここがどこか分かってるのかい?手ぶらのか弱いお嬢ちゃんに暴力振ろうとするなんざぁ、親の顔が見たいって言われてもおかしくないさね。まあ、売り言葉に買い言葉で嫌味っぽく言ったのは認めるけれど、状況を見極めて欲しいもんだよ)
「皆、喧嘩はダメよ?ね?ウィスも意地悪な言い方しないで、アトラもツェルも女の子に意地悪したんだからごめんなさいして、それで仲直り、ね?」
は?
「メガイラ様、わたくしは意地悪を申し上げたつもりもございませんし、仲直りしなくてはならない事をしたとも思っておりません」
「でもぉ」
「休学中に学園に参りました当初の目的を果たしましたら直ぐに帰宅致します。ですが、休学と試験について不正を行なっているという様なお言葉をいただきました件について、訂正しなくてはなりません。これは学園の制度と体制についてにも関わることでございます」
(あたしゃあ早く帰りたいんだよ。レルさんに手紙渡す。読んで貰う。その場で返事貰う。これっぱかりだけなんだからさ)
「ユースティティア嬢、その様にきつい言葉を使われるのは感心しません」
「エーファ卿、わたくしは事実を申し上げただけでございます」
今度は神官見習いの坊ちゃん。みんなしてアザレさんに良いとこを見せたいのか、かわるがわる突っかかって来られても困る。とにかくあれだ、黙って話を聞けと言いたいんだけどねぇ。
「兎に角、誰もウィスタリアに用は無い。体調不良で休学している者が学園の中を自由に歩き回るべきでは無いだろう。昼休みの邪魔をした事は不問にしてやるから目の前から消えろ」
「それは出来かねます。わたくしはユースティティア公爵からの手紙をレルヒエお兄様にお渡しする為にこちらに参った次第でございます。こちら開封確認して」
「そんなもの寮の部屋に届ければ良かったんだ。我が家の事で殿下のお時間を邪魔するなど不敬だろう」
ああ、帰れって言うんなら、こっちの話をとっとと聞いた方が直ぐに終わるだろうに。
「オルクス殿下、私から幾つか話をさせていただいて宜しいですかな?」
「これはこれはオフェンベール教授、暫く顔を見ていなかったがご壮健な様子で結構だ」
「過分なお心遣いいたみいります。先程から少々揉めておられた様ですが、学園の理事会にユースティティア公爵より事前連絡を受けております故、学園側としては問題にはなりません。体調不良の中、レルヒエ君に直接伝言を届けに来られたとの事ですから、ウィスタリア嬢を無理に引き止められぬ様お願い致します」
「私は無理に引き止めてはいない。休学した者が学園内にいる理由を問うただけだ」
「それだけではありますまい。先程から見て降りました故」
流石爺様、と言っても実質連絡したのは事務仕事に長けた父様だろうけど、問題が起きた場合に備えて手を打ってくれていたんだね、有難いよ。
ユーさん仕込みのご挨拶を好々爺風のオフェンベール教授にすると「よいよい」とニコニコと微笑まれた。元々六年間好成績な上に向学心のあるユーさんに対して殆どの教師達に認められていたみたいなんだけど、さて、この腹芸が得意なお歴々がどこまでどう思っていたかあたしには判断がつかない。
やった事は入学から休学までの間、ユーさんの記憶を生かしつつ真面目に授業を受けて、自由研究的な提出物を出しまくる位。予習復習に余念の無かったユーさんは、一度習った事は定期的に見直ししていたからそれを生かして自宅学習出来るのは本当にありがたい。しかも、趣味が学ぶ事なもんだから頭ん中の記憶を書き起こすのも難しくなかったから、授業中なんかにどんどんノートに書き出せた。
「ユースティティア嬢、ここで見ているから用事を済ませてしまうといい」
「ありがとうございます。では、公爵よりレルヒエお兄様にお手紙を預かっております。この場で開封し、お返事をお聞かせ下さいませ」
(教授が来てくれたお陰で、煩い連中が黙ってくれて助かったよ。さて、とっとと手紙の返事を聞かせて貰おうかねえ)
「私に?」
公爵家の印章入り封筒から封蝋を破って手紙出すと、何故か覗き込むぞろっぺぇ集団。私信の保護というやつはどうでもいいらしい。レル兄さんも一応公爵家の人間なんだからさ、個人情報とか色々考えた方がいいんじゃないかね?
しかも勝手にあれこれ言ってるし、王子さんが何か言いかけて教授に止められてるし。これはちょっと黙っておいた方がいいね。あたしが早く答えろと言ったら、全員で突っかかってくるに違いない。黙って、じっと、レル兄さんを見つめれば、何やらバツが悪そうな顔で視線を逸らした。全く、周囲を窺いすぎだよ。視察に行くか行かないか、別に誰かの許可は要らないんだから、気分が乗らないんなら断ってくれたってあたしゃあ構わないね。爺様達が呆れるだけで。
「これはどうしても行かねばならないのだろうか?」
「学業の兼ね合いもありますので、強制ではありません。ですが、当主であるお爺様は同行を望まれていらっしゃるかと。手紙の内容をご確認下さい」
「レル、無理に行かなくてもいいんじゃないかな?レルのお祖父さんとお父さんとウィスが行けばいいんでしょ?」
「メガイラ嬢、他の家庭の事に口を出すのは感心せぬよ」
「でもでも先生ぇ、学生なのにお仕事なんてお勉強が遅れちゃう」
「レルヒエ君は16歳、学生であっても当主から仕事を割り当てられても問題は無いのう。メガイラ嬢と同学年のユースティティア嬢は多くの慈善活動を公爵家の女主人代行として行っておる」
「そ、それは、ウィスが偉いお家に生まれて、お勉強したからで」
「レルヒエ君と同じ家だな?」
「え、ええと、えっと、向き不向きが」
「メガイラ嬢が口出しする事では無いな。他家の、増してや高位の家の事に口を挟むのは止めておくのだ」
「でもでも、お友達で、学園は平等で」
「学園が平等なのは、学ぶ事について、だ。家格の高い者が低い者に対して命令をしたり、学業の妨げになる様な行為をしたり、お互いの立場に遠慮してスムーズなやり取りの妨げになる様な行為を禁止しているのであって、学業と関係無い事であれこれ言うのはマナー違反だ。各家の都合を考えず踏み込むのは止めなさい」
あの煩いアザレさんが唇をとんがらかして黙ったよ。流石先生は強いね。
「ウィス、お爺様に分かったと伝えてくれ」
「承知致しました。それからわたくしの事で少々弁解させていただきたく」
ちらりと王子さんを窺うレル兄さん。教授先生の手前、あたしに嫌味だの文句を言うのは拙いってな事を理解するおつむりはあるらしく、こっちを睨みながら頷いた。
「ウィス、何の弁解だ?」
「成績は出席できない分、自宅学習の課題と自主学習の内容を提出して判断していただいております。試験についてはお兄様のおっしゃる通り先生方にご負担をお掛けしておりますが、不正の無い様に先生の監視の元、自宅にて学園と同じ制限時間で行っていただいております。ですので、点数や成績についてお疑いとの発言は、学園の管理と先生方への糾弾となりますゆえ、お控えいただければ幸いでございます」
「「「「なっ!」」」」
お口を揃えて吃驚してくれなくて良いよぉ。笑っちまったらどうしてくれるのさ。
「では教授、態々お口添えいただきありがとうございました。体も未だ本調子ではありませんので、これで失礼させていただきます」
「良い良い、ユースティティア嬢のレポートは面白いからのう。早く元気になって、授業で皆の前で披露してくれるのを楽しみにしておるぞ」
『何あれ?何あれ?レル、ちょっと大丈夫?』ってな言葉を背中に、教授と一緒に中庭を歩けば、目の前の生徒さん達が挨拶をしながら左右に割れた。残念ながら話題になるようなトラブルは教授のお陰で無かったと思うんだけれど、思いもよらない事が噂になるからおっそろしい世界だよぉ。
◇◆少しあれな言葉説明◆◇
ずんべらぼう;行動や性格がだらしない事。態度や行いに締まりがない事。投げやりな事。
ぶらぶら病;寝込むほどでは無いが、取り立てて良くも悪くもならず、ダラダラとはっきりしない不調。江戸時代の労咳(肺病)、気鬱症、恋煩い等がこれにあたる。