久しぶりの学園でご面倒様がやって来る
言い出しっぺがやらずに誰がやる。
何というかまあ青春恋愛脳に支配されて妹を蔑ろにしてくれやがったので、学園の寮に押し込んだレルお兄さんを連れて行くとなると、それをお知らせする必要があって、爺様の名前でお手紙を数回送ったのに返事がないのは此は如何に?
年度末の休みにタウンハウスに一度も顔を見せず、進級で買わないといけないもんなんかについては寮に連れて行った使用人さんをメッセンジャーにして寄越すのに、行く行かないの決定的な返事をして来ないのはいただけない。金が欲しいなら義務を果たせと言いたいね。学生さんは勉強が仕事って言うけれど、エルトリアの場合、貴族の子供ならある程度の年齢になったら家に貢献してくれる人達の為に働くのは当然だ。
爺様と父様が揃って暫く王都を離れるとなると、それなりに仕事に目鼻をつけていかないといけないそうで、レルお兄さんに直接お手紙を渡した上で、その場で開封確認返事を貰う所までやるべく、あたしは久しぶりに学園の門を潜った。
一応、未婚のお嬢さんが男子寮に行くのは拙いし、伝言をした所で手紙の返事も寄越さないんだから意味が無い。下手に呼び出しても『聞いてない』なんぞとほざいて有耶無耶にしかねない。
ので、レルお兄さんの予定を確認して、確実に捕まえられる昼休みの中庭を襲撃する事にした。先生の話によると、一週間のお昼は場所を日替わりにして食堂職員さんにお届けして貰ったスペシャルランチをキャッキャウフフで食べているらしい。で、週末休日の前だけは、中庭でアザレさんお手製の特盛弁当を食べているそうで、これはあれかね、男心を掴むのは胃袋からってのを実践しているのかね?
ユーさんの記憶からすれば、これは異常事態だ。何で、検査もしていない素人の手作り弁当を、お偉い坊ちゃん方がこれっぽっちの疑いも持たずに食べるかねぇ。別に絶対食べるな、とまでは言わないよ。真っ当な手続きをし、な、さ、い、な、ってんだよ。
もしもあたしがあのお坊ちゃん方に毒を盛ろうと思ったら、人も場所も食材もきっちり管理されている食堂のランチよりも、隙だらけのアザレさんの手作り弁当に放り込む。そうなったら犯人は当然重罪人だけれど、弁当を作って隙を見せたアザレさんも未必の共犯になってしまう。王子さん達の口に入ると分かっているもんの管理を疎かにしたんだからね。
管理された食事ってのは本人を守るだけで無く、それを作ったルートをはっきりさせて変な介入をさせない為でもあるんだから、せめて毒見とか何とかやらないと。ぞろっぺぇ連が頭に貧乏草生やして馬鹿っつら並べて、可愛くってたまらない意中のレディであるアザレさんの弁当を疑うなんてとんでもないと思うのは勝手だけれど、毒では無いにしてもアザレさんの衛生管理に手落ちがあって食中毒でも起こしたら、最悪ぞろっぺぇ連が大好きな可愛い可愛いアザレさんの首が三尺上で目ぇ剥いて舌ぁ出してこんにちは、だよ。
口では『アズは私達が守る』ってな事を言っているのに、やってる事がズレている。これも青春フィルターなんだろうか。十年一昔前に青春終了したあたしにゃあよく分からない。いや、高校時代は既に爺さんの本格的な弟子として一人で仕事を受けられるレベルになっていて、楽しい彫金ライフを送っていて男女の心の機微ってのに縁が無かったから、その頃でも分からなかったね。うん。
周囲の女子達が『マウンテンさーん、ペアリング作りたいんだけどー』ってな依頼を山程持って来て、作っている間中延々お惚気話を聞かされた割には、面白いエピソード以外は全然頭に残っていない。
……。
藤だから藤さん、で、藤さんから富士山でマウンテンになったんだっね。呼び名が。あんまり嬉しくない思い出だよぉ。藤って名字は凄く好きなのに……。いやね、日本の霊峰富士山は好きだけれどさ、そういう問題じゃないし。名前は大事。
「お嬢様、先ほどから表情が大変な事になっていますよ」
「お辛いのなら私が手紙を渡してお返事を聞いて参りますわ」
「いええ、これはわたくしが公爵閣下に託された物。返事を閣下にお伝えするまでが使命です」
多くの耳目があるんでお上品なユーさん機能を全力解放。これに付き合ってくれるキルさんとエピさんには感謝しか無いね。例え、変な顔をしていると指摘されたとしても、だ。全く、ユーさんにはそういう言い方をした記憶が無いのに、あたしにゃあ辛辣ってどういう事さね。そりゃあね、ユーさんは和氏の璧であたしとは全然違うけれど。
婚約者候補の辞退をお願いしたものの、そのまま宙ぶらりんになったまま。ウィスタリアが先に辞退を申し出たせいで、同じく候補のグロスターべ嬢とマスキュール嬢の使者と手紙が毎日家に来ていて、最近だと会って返事を貰わないと帰れないとまで言われたんだよね。
取り敢えず、普段着扱いのドレス着て目の前で倒れてやったら来なくなったけれど。二回ぶっ倒れたうち、一回目は事前にお知らせしていなかったせいで、キルさんとシュザームさんにぎっちり叱られた。仮病なら仮病と事前申請しないと、家の人全員心配するから止めろってね。倒れたのを見た瞬間、仕事に出ている爺様と父様に連絡係が飛んでいくとこだったって。
これは反省。
ぞろっぺぇ連がアザレさんと常びったりなのは、真面なお坊ちゃんお嬢ちゃんとしては大変不愉快で、公爵令嬢で王子さんの婚約者候補のウィスタリアがきっちりと解決しないといけないってのが共通認識。王子さんと結婚しないにしても、外国の王族にだって嫁に行ける立場のウィスタリアが、王子さんの不義理程度でショックを受けて倒れる何てあってはならない事だっていうんだからご面倒にも程がある。
道理が通っているのなら、人任せにしないで王子さん達に言えば良い。言い難いのなら親を通しても良いし、立場上難しいのなら匿名で教師を経由すれば良い。一人だと心細いのなら、集団で訴えれば良いし、集団でも面と向かって言えないんなら署名でも何でもすれば良い。気に食わないのに署名リストに名前を書くのさえ怖いってんなら、指ぃ咥えて黙って見れば良いんだよ。見るのはあたしをじゃなくて、気に食わない連中を。
学園では学びの中で生徒は公平であるってのは、学ぶ機会や内容を平等にするって事で、決して目上のもんに対して無礼講って意味じゃあ無いんだけれど、エルトリアの貴族社会のルールを破っている奴らのせいで、円滑な学園生活が送れないっていうんなら文句を言ったってバチは当たらないよ。
少なくとも、あたし自身はあんまり話した事が無いけれど、ユーさんの記憶の中の王様は実直公平な人だ。国の為に強権を振るう事はあっても、未来を担う人材を育てる教育機関で手本となるべき孫とその周りの連中がルール無視で恋愛ボケしている事を許してはいない。黙っているのは誰も声を上げないし、上がらないのなら生徒達で対処すべきと考えているからだろうね。第一、先生や教育機関のお偉いさんを飛び越えて王様が裁定をするのは一足飛びも甚だしい。
チラチラとこちらを窺う生徒達の視線を一切無視して、食堂に入ろうとすると、
「ユースティティア様、お久しぶりでございます。体調を崩されていると伺っておりましたが、お元気になられたんでしょうか?」
「我が家の使いから大分お加減が悪いと報告を受けておりましたので心配しておりました。今、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「グロスターべ様、マスキュール様、お久しぶりでございます。未だ病み上がりで本調子ではありませんが、祖父より兄にお伝えする事がありまして、名代として参りましたの。祖父も父も忙しくしておりますし、兄もオルクス殿下の側近候補として学ぶ事が多く家を出ておりますから、万が一にも伝わらないと困りますので。申し訳ありませんが、兄の所に行かねばなりません。祖父の使いを終わらせてからでもよろしゅうございますか?」
(よくもまあ、この短時間であたしの登校を知ってお二人揃っておいでなさったもんだ。壁に耳あり障子に目ありって言うけれど、学園の情報伝達にゃあ感心するよ。仮病だけど未だ治ってない事になってるし、何としてもレルさんを捕まえて爺様達に後継としての心構えをたたっこんで貰わないといけないから、お前さん達にかまっている暇は無いんだよぉ)
「左様でございますか。では、昼休みで収まらないようでしたら、お知らせいただけますか?放課後にお時間を少々いただきたく存じます」
「分かりました。お二人のお元気なお姿を見れて嬉しゅうございますわ」
(計画上多分無理だけど……。あたしに声掛ける元気があるんなら文句は王子さんにお願いしたいね)
楽しいお弁当会場は食堂のテラス席を抜けた先にある中庭だ。婚約者候補が三人もいる王子さんと、婚約者がいる四人のお坊ちゃんは、本来なら学生時代にじっくりと交際して仲を深めるべき相手がいるにも関わらず、一人のお嬢さんを囲んで浮かれ騒いだ状態で生徒の集まる昼休みの食堂を堂々と闊歩して行くってんだから、厚顔無恥というか青春恋愛真っ只中というか。
そんなぞろっぺぇ連が通ったであろう通路を、真っ直ぐ前を見て歩けば、食堂中の視線を独り占めと来たもんだ。オマケにヒソヒソ話付き。ユーさんなら色々と配慮するんだろうれど、あたしにとってはどうでもいい。寧ろ、直接声を掛けられて時間を取られる方が面倒だ。
進んだ先、中庭の綺麗に整えられた植え込みの芝生に大きなブランケットを広げてお弁当を楽しむぞろっぺぇ連。
入学してからそれまでの交流が一気に無くなって、知らない伯爵令嬢がいつも王子さんの隣に立つようになった。声を掛けても忙しいと遠ざけられ、学外で時間を取れないかと聞けば学園で会えるのに余計な手間をかけさせるなと言われ、公爵の娘なら生徒の手本となり学園の為に貢献すべきだと自治活動の仕事を押付けられて、せめて昼食時間を一緒にと探して見つけたのが、王子さんと兄を交えた幼馴染達が伯爵令嬢を囲んで楽しく話したりその流れでお互いの体に触れ合う姿。
淑女として、婚約者候補や婚約者のいる者として礼儀を逸脱する行為を目の当たりにして、衝撃を受けた記憶。さまざまな感情が去来して、それでもしっかりと間違いを糺さねば王子さん、幼馴染達、兄の品位が保てず周囲から軽んじられてしまうと気を取り直して注意すれば、友情を理解しない愚か者と叱責されて撥ねつけられた記憶。
はあ……。いや、フラッシュバックみたいに思い出した所で、あたしにとっては痛くも痒くも擽ったくもないんだけれど、坊ちゃん方の無神経さとアザレさんの優越感がちょいと気に触る。小さい頃から国をどうこうってな教育を受けている自覚があるんなら、それこそみんなが幸せになる様に目配りしないといけないんじゃないかね。




