謙虚な人の大丈夫をそのまま受け取ったらいけないよ
平和な王都で必要以上どころか、防衛に必要な複数の場所の不足分を量産したら謀反を疑われかねないし、ユーさんの記憶を浚っても大きな鍛冶屋はあるものの、一気に量産となると無理だ。
「となると、現地で作業する事になりますが、シオン様が現地入りするという事は、ウィスタリアお嬢様が王都から消える事になります。武器が必要な三箇所は王都から距離があり移動時間も作業時間も掛かりますから、何かあった時シオン様が居ないとこちらから断れない方がウィスタリアお嬢様をお呼び出しなさったりご面会をご希望された場合、対応出来ません」
「流石に顔をよく知っている方には身代わりを見抜かれてしまいます」
あたしが出かけている間、具合が悪いなんてぇ理由で誤魔化してくれているキルさんとエピさんが無理って言うんならそうなんだろうけれど、問題が起きるのが分かっていて解消方法もあるのに手をこまねいて見ている訳にも行かない。
「だったら『ウィスタリアお嬢さん』の静養も兼ねて、地方訪問って言ったら良いんじゃぁ無いですかね?幸いユーさんの努力で入学からこっち成績は上々、授業でも試験でも答えが頭っからポロポロ出て来てくれるお陰で、王子さんのうわっついた態度に心を傷つけられたって療養してもちゃんと自宅学習と成果を学園に送っておけば出席単位が取れるだから安心ですよぉ」
「だがなあ、王妃殿下がウィスを諦めきれんで婚約の撤回を保留にしておるから、目の届かない所には行かせないと思うぞ」
「ですけれどね、このまんま膠着状態ってのも拙いんじゃ無いですか?王子さんは注意しても『学生のうちは自由な交流が認められている。不純な交友は無い』と聞き流すし、レルさん含めてお偉いさんのお坊ちゃん方も『自分達には無い市井の感覚を学ぶ事は卒業後の糧になる』なんぞとほざいて正当化するし、王妃さんお気に入りのウィスタリアお嬢さんは家から出て来ないし、出たとしてもまた寝込むっていう悪循環になってますしねぇ」
あたしの言葉にみんなして微妙な表情を向けて来る。
いやだってさ、偶には学園に顔を出して生存確認しておこうかなって思って行ったら、教室の席に着く前に王子さんの腕にぶら下がったアザレさんが、レル兄さん含むぞろっぺぇ連の腕をふざけて叩いたり触ったりしながら盛り上がっていらっしゃって、あたしに気がついた生徒さん達から『あれをなんとかしてくれ』ってな視線を受けまくったんで、こりゃもう三十六計逃げるに如かずってエピさんの腕を取って即座に帰ったからね。
ありゃあダメだよ。あんなとこに居たら、ぞろっぺぇ連には絡まれる、生徒さん達には尻拭いを期待された上に王子さんに相手にされない事で侮られるで、碌な事にならないね。
「大体爺様も父様もなんだかんだで王妃さんに優しすぎるんですよ。王子さんは王妃さんの孫で育児に関わってはいないでしょうけれど、可愛いと思うんなら間違いは正すべきなんです。優秀なウィスタリア・シャトルーズ・ユースティティア公爵令嬢を婚約者にして、王子さんの足りないもんを補わせたいってのは間違っていませんけれどね、背負わせちゃあダメでしょう?王子さんが身に付けるべき事は身に付けて、配慮すべき事は配慮する。エルトリアの政略結婚ってのは見合いでしょ?」
「見合いとは?」
「ああ、ええと、あたしの世界じゃあお互い好いて好かれて好かれて好いて、一つの餅なら半分こ、半分の餅なら四半分、四半分の餅なら四半半分……」
「シオンさん脱線してます」
「キルさ、キルハイトさんいつも済まないねぇ、いやね、だからまあ、あれですよ、恋愛結婚が主流なんですよ。で、それ以外に見合いって呼ばれるの方式があって、親やら仕事のお偉いさんやら、まあ、本人の事を良く知っている立場が強いもんが結婚を前提に男女を引き合わせる事をそう言うんですよ。で、見合いで結婚するから見合い結婚。大概、見合いして一応本人達がお互いと一緒にいて大丈夫そうだったら婚約して結婚ってな流れなんで、政略に比べりゃあ少しは当人の意思が入りますけど要は条件ありきの結婚ですよ」
「うむ、そうだな。シオンの世界は女性も社会に多く出て平等に仕事をして賃金を得ているから、異性との出会いも多く、お互いの条件や性格を自分の目で確認出来るから、親が引き合わせずとも多くの者達が自己責任で結婚するのだな」
「ですねぇ。で、その見合いっていうのは条件があるからこそ、当人達が納得する訳じゃないですか。自分で相手を見つける事が出来る易い世界で、態々見た事も聞いた事も撫で回した事も無い相手を」
「シオンさん、見た事も聞いた事も無いまでは良いとして、異性を撫で回さないで下さい」
「実際には撫で回さないよぉ。話の調子じゃぁないか」
キルさんのチェックは厳しいね。見た事も聞いた事もと来たら次の順番は撫で回すだよ。来て見て触って体験してって、国立科学博物館のイベントチラシにも書いてあったし。
「兎に角、初見の相手と婚約するのは紹介者を信じているから出来るんだ。王子さんの婚約者候補としてのユーさんの能力と実力と性格なんかはユースティティア家が王子妃として、将来は王妃となっても大丈夫だと保証しているからだよね?で、王子さんはそれに対してきちんと報うべきだよね?可愛い孫娘を、可愛い娘を、魑魅魍魎の住処みたいな世界の王妃にするんだから、苦労はしても幸せになって貰わないと納得いかないよね?」
「シオン、それでもね、公爵家に生まれて国民の働きで衣食住を保障されている限り、国に貢献するのは当然なんだよ」
「父様、知ってますよ、知ってますとも。ユーさんの記憶があるんですから。でもですよ、ユーさんだけが嫌な思いをするのは間違ってますよ。それに、あたしがこっちに来る前のユーさんは国に十分貢献していたと思いますけど?」
爺様達は学園入学式の日から、中身あたしの巻き戻りまでの約六年間のユーさんの頑張りを知らない。正直言わせて貰えば、入学前までのユーさんの頑張りもそれなりにしか知らないと思う。
あたしが知っているユーさんの物心ついた時から絶望するまでの十八年の記憶には、忙しくしている爺様と父様、忠実に親切にしてくれるけれど主従の距離がある使用人の皆さん、良いお兄さんだったのににアザレさんの肩を持って妹の事を悪様に言うレルさん、恋愛感情は不明だけれど確実に敬愛と親愛のあった王子さんが心変わりする様、幼馴染でもあるぞろっぺぇ三名の変化といったもんだけれど、いつもいつも一生懸命で誰にも迷惑を掛けないようにと心掛けていたユーさんの気持ちに寄り添い続けていた人は居ないと思う。
勿論、爺様を筆頭にユーさん家の人達は、入学後のレルさんを除いて皆んなユーさんを大切にしていたし、話を聞く体制はいつでも整っていたとは思う。思うけれども、頑張り屋さんは自分でなんとかしようとしちゃったからね。これっぱかりは相性やら状況やらが悪かったとしか思えない。
そこで、あたしが言いたいのは、皆んなが知っているユーさんの貢献は切れ切れですよ、と。
入学から卒業前までのユーさんは慈善施設に定期的に通って状況を確認し、貧しい子供の為の学校を設置したり、老若男女相手に合わせて職業訓練の紹介状を書いたり、王様に現在必要な援助計画とその許可願いを提出したり、王孫婚約者として疎まれつつありながらも毅然とした態度と誠実で慈愛に満ちた気持ちで貴族の人達と交流しながら、不用品を集めてバザーにまわしたり、要らなくなった蔵書を集めて民間の図書館を作ったりとまあ、あれこれやっていた。
しかも、学園では主席の地位を保ち、王子さんや大切な人を守る為の護身術の鍛錬を欠かさず、決められた王家の配偶者教育に通って王妃さんと王太子妃さんに心を配りつつ安心して貰える様に学習して、あればあっただけ良いだろうと殆ど行き来の無い国の情報や言葉まで習う始末。
更に更に、ユースティティア家の娘として王都の屋敷の内情に気を配り、結構な数ある領地にも精通しておかねばと手紙での交流をしながら必要に応じて領主夫人達宛に贈り物をしたり、軍の人達に付け届けをしたりと大活躍。エルトリアの貴族家の社交窓口は夫人となっているのだけれど、ユーさん家はお母さんもお祖母さんもいないから、ちっさなユーさんが配偶者教育担当、家の執事さん、家の家政長さんやらに一生懸命聞いて頑張っていたんだよ。
いやね、将軍としてゴリゴリ現役後身を育てるのに忙しい爺様の考えが及ばなかったのは分かるし、爺様をフォローし早くに母を亡くした息子娘に気を配りつつ地方領主と連絡を取り合っての管理と書類仕事をがっつり抱えた父様が大変だったのも分かるし、レルさんに至ってはまあ子供だしで、繊細っていうかまあそういう仕事を失念していたのは仕方が無いと思うんだ。
思うんだけれど、『困った事は無いか?』って聞いて『大丈夫です』って答えらえたまんま鵜呑みにするってのはどうかと思うよ。今何をしているのか。それはどれくらい大変なのか。他にしている事は無いか。
世の中には『困っているか』と聞かれて『困っている』と答えられる人間と、言えない人間がいる。『助けが必要か』と聞かれても『必要』と言えない人間がいる。言えない人間にも色々な理由があるけれど、期待に応えたいとか出来て当たり前なんてぇ感じで自分を追い詰めて結局一人で抱えてしかも成果を出すタイプは、どんなに無理をして結果を出していても笑顔で『大丈夫です』と答えるからそこは聞く方がちょっとばかり工夫しないといけない。やり遂げる能力がある人間にやって貰うのはありがたいけれど、出来るからといってオーバーワークさせたら、確実に潰れる。最後、責任感の塊みたいなユーさんがもう頑張れないと思ったみたいにね。
ってな事をぺれぺれと話して。
「だからさ、当主の爺様か親である父様は『今は何をどれ位やっているのか?協力者はいるのか?これからの予定はどうなっているのか?何かやって欲しい事、手助けがあるとより良くなる事、紹介して欲しい人はいるか?』ってな感じで聞き取りをすべきだったんだと思うんですよぉ。で、どうですか?国にも家にも十分貢献してますよね?」
と、締め括る。みんなして鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔をしているが、あたしゃあ間違っていない、と思う。ユーさんが義務だって思っていたのも分かっているし、周りの貴族の女性達がそういう細々とした事をやっているのも知っているけれど、ユーさんのそれは図抜け大一番小判型だよぉ。
「ユーさんの頑張りに免じてちょっとばっかし静養旅行をしてもバチは当たんないと思うんですよぉ。そりゃね、戻った分はもう一度やらないといけないんですけれど、そこはそれ、今度はきっちりみんなで情報共有して対応して、で、ユースティティア家の結束力を強めていければって思うんです。そうなれば、ちょっとばかり目が眩んでいるレルお兄さんも頭を冷して考え直すかも知れません。出来れば家族みんな仲良くしたいじゃあ無いですか」
あたしの言葉に爺様が強く頷いた。
◇◆少しあれな言葉説明◆◇
図抜け大一番小判型;早桶(棺桶)の種類。古典落語『付け馬』に出て来る。実際に江戸時代から大正初期まで使われていた座棺(座って手を組んで納められる)。桶型の座棺になったのは鎌倉時代から。早桶は死者が出た時に急ぎで「早」く作った棺「桶」の意味。
大きさで 並二番<並一番<大一番<図抜け大一番 と四種類に分けられている。




