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トラブル回避でなく解消をしてみようと思うんだよね

 アザレさんに街で出会ってからこっち数日間、作業場で一人コチコチやりながら考えを整理していた。


 一年目は黙って一人で様子を見ていた。二年目になって、爺様に協力を要請してキルさんやエピさんにも事情を話した。で、あたしの持っている技術を使って、彫金師の東を作り出して自由になる貯金を作りつつ、ユーさんと東を使い分けて慈善事業を進めて冤罪を掛けられたとしても善行の実績を積み上げつつ、学園での王子さんとアザレさんの距離感やらを理由にウィスタリアの婚約者候補辞退願いを出して、アザレさんを囲むずるっぺぇ連と距離を取るとこまでは進めた。

 でだ、爺様達は日本にいるユーさんの姿を夢のお告げで見る事が出来るからそっちは良いとして、あたしの動きについて誰も正誤判定をしてくれないのが中々キツい。身内でも何でも弱音を吐くのは嫌いだ。ダメだと思ったらそこで自分には無理だと結論つけてしまうから、やらないといけない事は折り合いつけて、最高最上でなくて良いから納得のいく結果までは持っていける様にするのを信条にしている。


「全くしっかた無いねぇ」


 ガシガシと頭を掻けば、視界に綺麗な銀髪がひらひらと舞う。本当にね、弱気になってどうすんだよ。女神さんの啓示って後押しもあったけれど、胡散臭いあたしの話を信じてくれて、実の孫、実の娘、大切な客人として心を砕いてくれる人達がいるのに不安になってちゃあしょうがない。

 面白い体験だとも思えるし、正直理想の優しい父様も出来た。小姑みたいな弟(キルさん)も、明るい妹(エピさん)も側に居てくれてあれこれ助けてくれる。爺さんと婆さんは親代わりになってくれたけれど、やっぱり親兄弟のいる家庭に憧れていたから今の状況を喜んでいる自分もいる。


 結局の所、何が嫌かと言えば嘘をついた事だ。


「あああああああ!ヤダヤダヤダヤダ!日本人だよ、日の元は島国出身だよぉ!」


 ちょっと落ち着いた。大声を出すのは体に良いね。ついでに日光と外気にあたろう。

 作業場の掃き出し窓から中庭に出るべく、薄いカーテンを開けるとキルさんとルーストさんがヤットウの稽古をしていた。


「何で中庭でやってるんだい?訓練場のある正門横のアプローチでやったら良いさね」

「警備を兼ねてるからな」


 警備か、警備ね。一応あれだ、金目のもんを作っているあたしは警備対象だ。でも屋敷の中でもこの作業場はかなり奥まっている上に、中庭に入り込むには辿り着くまでに多くの警備の目を掻い潜る必要と専用の鍵がいる。


「悩み事があるんなら聞くぞ」

「悩んではいないよ」

「絶叫されていましたよね?」

「気のせい」

「あれが気のせいなら大概の事は気のせいで済むな」

「シオン様がおかしくなるのは問題ありませんが、そのせいでお嬢様の体調が崩れるのは大問題です」

「あたしゃあ正気だよ。次の一手を考えていただけさね」

「何か協力は必要か?」

「かなりね。考えを纏めるからちょいと待っとくれ」


 眩しい日差しの下でヤットウの稽古をする二人を横目に、日陰でストレッチをしながらユーさんの記憶を整理。日々健康増進と鍛錬に励んではいるものの、必要以上に日にあたったら日焼けしてエピさんに怒られてしまうので、こうやって木陰を利用したり鍛錬場の一部に天幕を張って貰っている。


 今までやっていたのは、ユーさんが帰って来た時の居場所と使えるお金の確保。で、追加してやっているのがユーさんを王子さんの婚約者候補から外す手続き。外せない可能性も高いけれど、爺様と父様、ユーさんの家として候補である事を望んでいないって事を表明しておくのは重要だよ。

 東飛鳥としてアザレさんと話した内容を整理して感じたのは、アザレさんがユーさんを追い詰めた六年間の記憶を持っていないらしいという事。逆にあたしはユーさんの記憶を持っている。なので、アザレさんの望む物語をあたしが知っているって事と、それ以外の大きな問題を未然に防げるかも知れないって事だ。


「よし、大体纏まったよ。こっちに来て座って聞いとくれ」


 三人よれば文殊の知恵じゃあ無いけれど、実働をお願いする事も多いからちゃんと伝えた方が良い。一旦、作業場に戻ってガーデンテーブルに蜂蜜レモン水の水差しとコップを運ぶ。ちゃんと塩も入れた。

 こんだけ丈夫なお二人さんだから放っておいても大丈夫だろうけれど、万が一倒れられたら困る。折角なので、練習中の魔法でレモン水を冷やしてみた。冷えろー、冷えろー。いや、やっぱり無理だ。キルさんに「()やしとくれ」とお願いしたら瞬時に終わったので、やはり頼りになるねぇ。


「何か急務があるのですか?」

「そうだねえ。備えあれば憂いなしだ。辺境向けに武器を大量に作りたいんだけれど、ここでやったら輸送も大変だし多くの武器を王都で保有したら謀反やらを疑われるんだよね?だからあたし自身が出かけてって、作るつもりだけれど爺様達は許してくれると思うかい?」

「納得出来る理由があれば恐らく」

「お嬢様が王都から離れる理由が必要ですね。往復と作業時間が必要ですから、シオン様の不在の間替え玉で誤魔化しきれないと思われます」

「シオンさんは大量の武器を一気に作れるのか?剣を一つ作るんだって、粘土や砂で枠を作って、鉄を溶かして流し込んで冷やして固めて刃を付けてと結構な手間と時間が掛かるぞ。第一、こっちの武器の作り方を知っているのか?それともシオンさんの国では武器を手早く作る方法があるのか?」

「こっちの武器の作り方は調べたけれど、はなっから終わりまで手早く一人で作れって言われても出来ないよ。あたしの国の刀剣だって制作過程を見学させて貰った事はあるけど、とんでもない手間と技術の賜物だって感動した位で作れって言われても無理だ。けどね、あたしが制作過程の一部を受け持てば、手間と時間をかなり減らせる筈なんだ。詳しくは爺様達のとこで話すよ」


 爺様と父様の両方が屋敷にいる方が少ないのだけれど、今は可愛い大切な一人娘が精神的ショックで寝込んでいるので出来るだけ側に居たいとごねて王都待機の権利を得たとか何とか。爺様も父様も王子さんの不義理とレル兄さんの青春反抗期にお怒りという事を、言葉と態度で表明中なんだそうで。

 そのせいで、毎日王都の騎士団で将軍直々の訓練希望者をちぎっては投げちぎっては投げして、謎の信望者が続々増加中。そのうち越権行為と見做されて、騎士団のお偉いさんと喧嘩になるんじゃないかと心配ではあるものの、『拳で語れば分かり合える』と言われたので放っておく事にした。


 ユースティティア公爵の会議室にユーさんの事情を知る軍の人や騎士さんに集合を掛けて、テーブルに広げたエルトリアの地図の上にぽんぽんぽんと転がっていた文鎮を置く。会議中に配られた資料が吹っ飛ばない様に、テーブルに置いてある筆記用具やらが入っている籠に沢山の文鎮が入っているのだけれど、どれもこれもあたしの手(すさ)びで思いついた花を彫ってあって我ながら可愛らしくていい仕事だと思うよ。

 女性受けしそうだし、慈善施設の手先が器用な連中で量産したら売れるかも。


「ここんとことここんとことここんとこ、で、武器が必要になる」

「今ある武器では足りないというのか?その根拠は何だ?何か情報を掴んだのか?」

「王都の中でちまちま動いているあたしが、大きな情報なんぞ手に入れられる訳が無いじゃあ無いですか。頭ん中の記憶を整理して、未然に防げそうな問題を引っ張り出しただけですよぉ」


 こっちに来てからあたしは面倒ごとが終わった後のユーさんの事を考えて動いていた。なので、十八歳になるまでのユーさんが見聞きした宜しくない事については気にしていなかったんだけれど、アザレさんに粘着されたお陰で終わってからどうするかだけでなくて、それまでに出来る事にも目を向ける事にしたんだよね。


 アザレさんはゲームとおんなじにしたいらしくて、シナリオと違う動きをするウィスタリアと、モブとやらに相当する飛鳥にあれこれいちゃもんを付けたり、キ印扱いされる可能性も恐れず接触してあれこれ言ってきていたんだよね。実際は、既に自分がゲームのシナリオを逸脱して、ぞろっぺぇ連と親密になっている訳なんだけれど、そこは都合良く考えているのかどうなのか。ま、レル兄さん以外関係無いしどうでも良いさね。

 って事は、アザレさんはユーさん関連以外はゲームとおんなじ流れになっていると信じているからこそ、学園生活が始まってからこっちイレギュラーなユーさんが許せないってとこなんだろうね。


 と、するとだよ、ユーさんが見聞きした思い出も、現実に起きる可能性が強いと考えても良い訳だ。その中で三回、ユーさん家にとって大きな問題が起きる。北方の少数民族の蜂起、南西の伯爵の反乱行為、東の谷からの飛翔系モンスターの大量発生。

 この三つ以外もちょっとしたトラブルはあるものの、大きいのはこの三つ。以前は時間差で起きたそのトラブルに爺様と父様が東奔西走で掛かりっきりになって、その隙をついて王子さん達がユーさんを冤罪で罰し、レルさんに公爵家を継がせて良い様にしようと画策したんだよねぇ。ユーさんが聞いて、エルトリアを離れる羽目になった最後は学園では一人ぼっち、正しい事を言っても否定され、婚約者として失格だと責められていた。

 記憶の中にはちゃんと王妃さんから問題は無いか、とか、困っている事は無いか、とか、わたくしの力は必要か、とか聞かれていた思い出があるんだけれど、それに対してユーさんは『殿下の婚約者として、公爵家の娘として、責任を持って全てにあたらせていただきます。どうか見守って下さいませ』と返してたんだから救われない。


 責任感は大事だけれど、水から()でられて気付かないうちに()だっちゃうカエルってやつだ。

 王子さんも学園入学前までは、お城でユーさんと定期的に交流をしていて、僕は将来この国をより繁栄させたいだのなんだのと、笑顔で青臭い理想を語って、ウィスタリアには僕に寄り添ってお互い支え合っていきたいってな殺し文句をほざいていらっしゃった。いやもうね、この世界の坊ちゃん嬢ちゃんの愛だの恋だのは、ロミオとジュリエット並みに凄い。まかり間違ったら今日恋に落ちて明日には心中だよ。


 あたしのあんまり得意でない説明に爺様たちの顔色が変わった。民族蜂起に謀反に化け物の出現と、面倒かつ危険極まりない事態だからねぇ。


「やたらと話が脱線するが、今は平穏で全くその様な気配が無いのに武力蜂起があると?」

「記憶によれば、ですけどね。ただでさえ忙しい爺様と父様がに健気にも心配を掛けたくないってな事を思って、何とか周囲に認めてもらおうとしていた記憶もあります。っと、みんな揃って落ち込まないで下さいな。兎に角、この家は言葉が足りなかったんだから、戻って来たら幾らでもはなしゃあ良いでしょ?爺様も父様もユーさんも家族が好き、家の人が好き。キルさんもエピさんもユーさんが好きで、支えて貰っているからこそ、主人として常に凛としていないとって思っていたのもお二人さんを好きで信頼していたから、ね?」


 ショックと怒りで青くなって、嬉しさと照れで赤くなってと、いっそがしい人達だよぉ。


「今が平穏無事で、武器を溜め込むのは宜しくないってのは分かるんですよ。でもね、必要最低限は用意しておかないといけない。所が、ユーさんの記憶だと爺様達が武器不足で困っていたってんだからおかしくないですか?爺様も父様も戦闘のプロだから、武器弾薬も食料の備蓄量もきちんと計算出来て用意してあった筈なのに足りなかったのは何故か?どうぞお答え下さい」

「そこで人任せか⁉︎ 」

「いや、専門外なんで」


 爺様を中心に事情を知っている軍の方々があれこれと意見を出しあうのを横目に、おやつタイム。陽食取り扱い商店の店主が、王妃さんお気に入り騎士の東の為に、綺麗な小豆を入手してくれたんで餡子作りが捗る捗る。たっぷり餡子のおはぎは美味しいねぇ。

 エピさんと一緒にあっさりした紅茶でいただけば、エスパーキルさんの視線が時々突き刺さる。会議、頑張れ。

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