ゲームの存在自体を知らない事が強みかも知れないね
助けておくれよ、巻き込んでくれた女神さんさぁ。あたしとアザレさんだったら、アザレさんの方が多数派何だと思ってはいるよ。あたしは渋好みのジジババ大好きで、趣味もレトロだ。だけどさ、同じ世界から来てる筈なのに、ここまで価値観とか考え方が違うとねぇ……。
帰ったらもう少し趣味の幅を広げた方が良いんだろうか?
まあ、今考えても仕方が無いからお返事だけはしておくかね。
「そう言われても、分からないもんは分からないんで。で、お嬢さんが寝込んでいるのを仮病と決め込んでいるみたいだけれど、根拠も何も無いよねぇ?これっぱかりは実際に寝込んでいる所を見せる訳にはいかないから違うとしか言えないんだけれど、だからと言ってメガイラ嬢と公爵家の橋渡しをするつもりはこれっぱかりも無いよ。あたしは公爵家の客分って立場だし、メガイラ嬢に寝込んでいるお嬢さんを見せなくちゃいけない義務も無いからね。そのお世話になっている公爵家を随分貶してくれているけれど、それを外で言ったらそれこそ伯爵家のお嬢さんでもその頭と胴体がさようならしてもおかしくないんじゃないかい?ああ、安心しとくれ、メガイラ嬢が公爵家の悪口を言った事についてはこの場の話として収めておくから」
にこりと微笑めば、眉根を寄せてたっぷりと嫌悪感を表してくれるアザレさん。うんうん、小汚い御面相で小馬鹿にしてくる言い方をされたら、大変嫌な気分になるよねぇ。
命が危ないって言えば味方になると思ったのなら、随分と単純だ。
「つまり東さんは日本人じゃないし、転生も転移もしてないし、聖星も知らないって事?」
ここが正念場だ。あたしは嘘が下手だ。だからテーブルの下でぐっと手を握った。あれ?なんで握り拳の上にキルさんが手を乗せてくるのかね?これはあれかい?テーブルの下で重ねしっぺ大会でも開催するおつもりかい?嫌だよ、キルさんはヤットウの腕が立つんだから、しっぺなんぞされた日にゃあユーさんの白魚の様な手が腫れっちまうよ?
これでルーストさんまで参加された日にゃあ、腕がもげるかも知れない。
「聞いてないですかね。あたしゃあ多分陽の出身ですよ。物心ついた時には秦との国境の片田舎で金属加工の家に引き取られていたから、もしかすると秦の人間かも知れないけれど、小公爵閣下には言葉の言い回しが陽だって言われてるんでそっちかなと。で、彫金を学んでこっちに来たんです。どうせなら違う文化の国の方があたしも学べるし、あたしの作品も売り込めるってね。国境警備中の公爵閣下に拾って貰えたのは本当に僥倖で、そうでなけりゃあそれこそこの御面相のせいで差別を受けながら工房に作品の売り込みをしながらその日暮らしをしてたんじゃあ無いかと思うよ。で、何度も言うけれどテンセイカテンイとテンセイモテンイが何が分からないけれど、言葉の繋ぎからするとメガイラ嬢はあたしが日本という場所からテンセイカテンイだかテンセイモテンイとやらをして、エルトリアに来たと思っているってこったね。最後のセイホシは合言葉みたいなもんかい?」
「違うわ、聖星はゲームのタイトルよ。東さん、本当に知らないの?じゃあじゃあ、純粋に公爵家を手助けしているの?」
「手助けも何も、お世話になっているだけだよ。で、だよ」
あたしは空いている方の手を顔の高さに上げて人差し指を立てた。
「メガイラ嬢は何でその日本とテンセイカテンイとやらに拘っているのか?何で礼儀を重んじるこの国で婚約者でも恋人でも無い王子さんや貴族のお坊ちゃん達を愛称で呼ぶのか?何で付き合いの無い公爵家を悪鬼の巣みたいに貶すのか?何で助けて貰っているあたしがお嬢さんを助けているってな考えに至ったのか?生まれも育ちもエルトリアのルースト卿とウルザーム卿の知らない日本の事を、確信を持って話せるのか?お嬢さんの言動に拘り追い回し会いたがるのか?ただの職人のあたしが作ったブローチに固執したのか?疑問はたくさんあるんだけれどね、何で地図にも載っていない日本とやらに詳しいんだい?」
一旦言葉を切って、ねえ?と言えば、ぐっと言葉に詰まるアザレさん。東もユーさんも転生やら転移の事は聞かれているけれど、アザレさん自身が転生者だとは一度も聞いた事がない。こっちが確定しなければ口に出さないつもりなのか、出方を窺っているのかは知らないが、そこはまあ正しいと思う。
だって、異世界から生まれ変わって来ました。この世界はゲームの世界です。私はこの世界の地位の高いお坊ちゃんと恋愛します。なんぞと言い出した日にゃあ、キ印扱い間違い無しだ。
そこまで頭を使えるんなら、ユーさんを放っておいてくれればいいのにねぇ。以前、ユーさんとの六年間はユーさんを孤立させて冤罪を被せたものの、ここまでしつっこく接近した事は無かった。恐らく、ユーさんの言動はアザレさんがよーく知っているゲームと一緒だったから。けれど、あたしの好き勝手やる言動はそうじゃない。以前の記憶も無いから、一度成功してこれが二回目って事も分からないけれど、ゲームと違うって焦っているのか、不安なのか。
でもねぇ、アザレさんの言動だってゲームと違うんだよね。あの妖精とやらが言っていたよ。学園で王子さん達と愛を育むゲームだってのに、小さな頃から仲良くなっていたって。無意識にゲームの主人公と登場人物は違うとでも思っていて、思った通りの動きじゃないと嫌だって事かい?だとすると随分と傲慢だ。この世界はアザレさんの為にある訳じゃぁない。
「で、そっから導き出せる答えってのは、メガイラ嬢がその日本という場所からテンセイカテンイとやらをして来た存在で、予言みたいな魔法が使えるって事になるんだけれど、どうかねぇ?」
「ち、違」
「なんてね。実際にある訳の無い荒唐無稽な御伽噺みたいな想像までご披露しちまったけれど、残念ながらあたしはメガイラ嬢の希望には添えないし、協力なんてとてもとても出来ないよ。元々、多少でも協力する気があれば、ルースト卿とウルザーム卿に同席を頼まなかったし、こう見えても義理堅い人間なんでね、公爵閣下に後足で砂掛ける様な真似をする卑怯もんじゃあないさね。それと、まあ、よく分からない話をされた事くらいは公爵閣下に話すけれど、貶したのなんだのと面倒になる様な事は伝えないよ。人間誰しも、色々な考えを持っているからね。態々お嬢さんと他の人の仲を複雑にするのは不本意だ」
席を立って何やら不満気なお二人さんを扉に追いやる。公爵家を貶されたんだからお怒りご不満ごもっともだけれど、ここで更に時間を取られたら溜まったもんじゃない。
「これでお仕舞い。あたしゃあ言い分を聞いて説明もしたよ。これ以上もこれ以下も無い。今度押し掛けて来ても相手はしないからそのおつもりで。正当なルートでの仕事の依頼なら受けるけれど向こう半年は手一杯だし、あたしみたいな醜い外国の職人は余程の事がない限り、仕事を頼みたくもないと感じるんだけれど、まあそこはそれご縁があったらご贔屓に」
頭を下げつつお二人さんを部屋からも押し出して組合の建物を出ようとしたら、お偉いさんに捕まった。技術系の勉強会ってのがあるんだそうで、良かったら参加しないかとか何とか。忙しいんで資料だけ貰うと言えば、顔繋ぎは出来るだけした方がいいと言われた。
人付き合いあんまり好きじゃあ無いから選んだ仕事なのに、珍しいデザインをするって事で色々気にされているんだとか。いやもうね、本当に、ギリギリだよ、色々と。




