話を聞くよと言いながらついつい饒舌になっちまうのはご愛嬌
打ち合わせ室のテーブルにアザレさんと向かい合わせ。あたしから見て右っ側にキルさんとルーストさんに着席して貰う。本来なら飛鳥の護衛さんなんで傍だか後だかに立って貰うべきだけれど、連れを突っ立たせるのは気が引けるんで今回は手を合わせてお願いして、無理やり座って貰った。
「場所も改めたし、それで何だい?普段から暇さえありゃあ、ユーさ、じゃない、ウィスタリア嬢を出せの、あたしを出せの何のと大騒ぎして。良いかい?御用とお急ぎで無いのなら篤とご覧あれってぇ相手っ方が言っているんならいざ知らず、お前さんが話しましょう、こちらが聞きましょう、と双方納得するから会話になるんだよ?ユースティティア家が四六時中訪問大歓迎、誰でもいつでもお気軽においで下さいって言っているかい?言っていないだろうよ。エルトリアじゃあ貴族のお宅に『こんにちは、良いお天気さんで御座います』と訪問する前に、先ずは手紙を送るのが普通で、どうしても急ぎでって時は先触れっていう人を送って『よござんす、おいでなさい』と言われて初めてお伺い出来るって聞いているだけれど違うかい?違わないよね?」
「え、ちょ、早」
「確かにね、世の中にゃあ例外ってのがたくさんあるよ。けれどね、日常で学ぶ阿吽の呼吸ってのがあるじゃあないか。第一、言い草が気に入らないよ?『愛称で呼んで良いですよ。そうしたら友達』って、どこの寝ぼけた輩が言い出したんだい?挨拶したらお友達ってのは、ちーっさなお子さんのルールだよ?悪いけれどあたしゃあ、友達は自分で選ぶ事にしてるんだよ。いや、違うね、全然悪いと思っていないよ。価値観が違いすぎて、一切分かり合える気もしないし、お願いだから双方の為に近付かないでおくれでないかい?袖振り合うも他生の縁ってな事をいうけれどね、どんな因果因縁があろうとも相性が悪いのはどうしようもないよ。ね、これでもう良いだろう?」
「いや、何で?え?え?でもでも、私、困っ」
「でもももしもも猫も杓子もございません。こまっが困ったのこまか、狛犬のこまか、細切れ微塵に切り刻むのこまか知らないけれど、どれもこれもあたしにゃあ関係無い事だし、今日ちゃんと時間をとったんだから納得しておくれでないかい?」
危なく『日本アルプス駒ヶ岳か駒形どぜうか小間物問屋の御隠居さん』と口走るとこだったよ。駒形どせうと小間物問屋はアザレさんの雰囲気から察するに分からない可能性が高いけれど、日本アルプス駒ヶ岳は思いっきり日本って言い切ってるからね。
気持ちよくポンポン喋っていて、周りを見ていなかったんだけれど、目の前のアザレさんは目ん玉かっぴらいてプルプル震えているし、右っ側のキルさんは茹で卵を丸呑みしちまったみたいな顔してるし、ルーストさんは笑いを堪えている様子。何で真っ当な事を言ってこんな反応されないといけないんだろうね?
「そっ、それはっ、東さんの都合でしょぉ!私はっ!違うと思うのっ!」
びしょ濡れのチワワ並みにプルプルしながらも、反論があるらしいアザレさん。
「一々反論されても面倒なんで、主張は簡潔に感情論無しでお願いします」
さあどうぞとご拝聴の体制を整えれば、ご不満そうに横のお二人さんにちらちらと視線を向ける。で、こっちをちらちら。空気は読めるけれど、読みたくないし、アザレさん相手に読む気も無いので読まない。
「あたしの話でご納得いただけたのならお帰りはあちら。いや、せっかく部屋の代金を払ったんだし、どうぞ時間いっぱい御寛ぎにいただいても結構ですよ。じゃ、これで」
「待って下さいっ!わ、私の話を聞かないと後悔すると思うわっ!それにキルと騎士さんに聞かれたくないと思うけど?」
「後悔は後に悔いるから後悔なんで。無駄なやり取りする方が後悔するんで。あたしには二人に聞かれて困る様な事が無いし、下手に二人に離れて貰ったせいで後から難癖つけられたり水掛け論になるのは勘弁して貰いたいんだよねぇ」
そんな目ん玉ぁひん剥いてパチパチやられても、何とも思わないよ。キルさんとルーストさんにも何やら目顔で訴えている様だけれど、若くして人生達観している風のキルさんと、爺様と父様に忠誠を誓ってい信頼されているルーストさんから『得体の知れない生き物』を見る目を返されている。その状況でクネクネパチパチ儚げアピールといった事を続けられるんだから、心の強さだけは感心するよぉ。
「むう、後から後悔しても遅いんですからねっ」
「いやだからさ、後からするから後悔だって言っているじゃあないか。後悔が先に出来るんなら人間の文明は飛躍的に進歩して、今頃地下帝国や海上帝国が設立されているか、失敗しないせいで肥大した心が驕りを生んで人類の危機が訪れててんじゃあないかねぇ」
「じゃあ言いますけど、東さんって日本人ですよね?陽国にモブ転生か転移して、気持ち悪い見た目になっていたか、なったかしてこのままだと差別されて大変だとか思ってエルトリアに来たんでしょ?それでウィスの家に入り込んで、ウィスを助けて自分によくして貰おうと思ったのよね?確かに、スピンオフとかネット小説でザマァが流行ってるから上手くいくと思うのは分かるんだけど、ちょっと無理があると思うよ?ウィスは意地悪で頑固だから上手く動いてくれなくて、結局病気って事で家に押し込めたんだと思うけど、大人しく仮病なんてするキャラじゃないもん。それに、王妃様を味方につけたつもりかも知れないけれど、ちょっとでも失敗したら命だって危ないんだから。騎士になったからって得意になっていても、オルの気分一つで剥奪されちゃうのよ?少なくとも私に味方してくれたら、オルもレルもゲナもプレもアトラも助けてくれるから安心よ?東さんはウィスの家に捨てられたら、いきなり行く所が無くなっちゃうでしょ?それに、捨てられるだけで済めば良いけど、ウィスの家は血に飢えた野獣みたいな兵士がいっぱいいるし、公爵も小公爵も怖い人なんだからちょっとした失敗で殺されちゃうわよ?」
よくしゃべるねぇ。口から生まれたのかい?
黙って聞いていればあたしからの返事が不安になったのか、首が左右にクネクネと動く。そのうち取れっちまうんじゃあ無いかね。傍のお二人さんに目を向ければ、ルーストさんはちょっとだけ驚いた様子で、キルさんはこちらがびっくりするほどの無表情。多分、訳が分からないんだよね?大丈夫、あたしも分からない。
「ちゃんと聞いてます?とーっても大切な話なんだからぁ。キルも騎士さんも内緒にしておかないと、ウィスが」
「先程も申し上げましたがウィスタリア様です。正確には学園の外、公の場でお付き合いのないメガイラ伯爵令嬢からお嬢様が名前で呼ばれるという事があってはなりません。また、私はウルザーム伯爵家の三男、メガイラ伯爵令嬢に愛称で呼ばれる筋合いもありませんし、許可をした覚えもありませんし、許可をするつもりもありません」
「えー、これは内緒話なんだから良いでしょ?それに、東さんがキルと騎士さん」
「家名で呼んでいただけますか?不愉快です」
いやなんでお三人さん揃ってあたしを見るんだい?あたしゃあ真面目に話を聞いているだけなんだけれどねぇ。
「うーん、まあ色々言い分はあるみたいだけれど、マナーは守った方が良いと思うよぉ。ウルザーム卿とルースト卿はあたしの立場を尊重して、ここでの話を公爵閣下とその関係者には話さない筈だよ」
あたしの言葉にお二人さんが大きく頷く。これは信用問題だ。ま、何を言っているのか荒唐無稽の妄想女だと思っている可能性もあるけれど。
「で、メガイラ嬢は同じ伯爵家の子息であるウルザーム卿とルースト卿を愛称やら職名だけで呼ぶのは礼儀違反だ。歳だって二人の方が上だよ。それとも何かい?メガイラ嬢はルースト卿から『女学生』と呼ばれて嬉しいのかい?違うだろ?」
キルさんから『アズさん』と呼ばれたら嬉しがりそうなので、そっちは言わないでおく。
「でもでも」
「でもも案山子もへったくれも無いよ。みんな仲良しはそれば通用する学生さんだけでやっとくれ。話も良く分からないし、あんまり大人を馬鹿にしないで欲しいねぇ」
「嘘よ。ウィスが」
「ユースティティア嬢」
「ユースティティアが」
「ユースティティア嬢です。東様、メガイラ嬢はお心が定かではない様ですし、話になりません。これ以上お時間を割かれるのは無駄ではないかと」
「ちょっとキルったら」
「ウルザームです。次に失礼な呼び方をされた場合、ウルザーム家からメガイラ家に抗議をさせていただきます」
「そんな酷ぉい」
酷いのはアザレさんの頭だと思うんだけれど、これを言ったら延々騒ぎそうだ。それにしても、この適当さで上手い事攻略とやらが出来たのは奇跡なんじゃあないかと思うんだが、ゲームの主人公とやらには何かっしらの特別な力でも働くのかね?それともエルトリアの野郎どもはこういうお嬢さんが好み……、では無いね。
エスパーキルさんがあたしを睨んでるよ。あれは『また変な事を考えていませんか?』の目だ。付き合いも長くなって、こっちもあちらさんの気持ちがちょっとだけ読める。大概、あたしの言動を否定する場合なのが気に食わないけれど。
「兎に角、時間も掛けたくないんでチャチャっと答えさせて貰うけれど、初っ端から最後までメガイラ嬢の言っている事が分からないね。モブテンセイカテンイってのも分からなけりゃあ、スピンオフトカネットっていう小説も知らないよ。ザマァってのがザマアミロって意味なら知っている言葉だけれど、何が何だとザマアミロなのか分からない。エルトリアではスピンオフトカネットとかいう物語が流行っているのかい?」
「俺は知らない」
「見た事も聞いた事もありませんね」
「違うもん!スピンオフ小説とかネット小説とかだもん。コミカライズもいっぱいあるんだから!」
◇◆_(:3 」∠)_◆◇
駒形どぜう;駒形どぜう浅草本店。本店と言うが支店はない。読みは澄んで『こまかた』。どぜうと書いてどじょう。どぜう汁と崩して書いてあるお品書きを『とせうけ』と読むのが三代目三遊亭金馬師匠の落語居酒屋。
祖母曰く「ナナイロを山ほど掛けて食べるのが通だって言うけれどね、あたしゃあ泥鰌は泥臭くって嫌いだよ」だそうで。ナナイロは七味唐辛子。
・でもも猫も杓子もございません
・でもも案山子もへったくれも無い
嘗てデモもストも無いという言い方も流行ったそうです(デモ行進とストライキがセット)。猫も杓子もは何もかもという意味であり引用としてはやや誤用。単に「も」で揃えた結果。でも案山子もは本来、『しかしも案山子もへったくれも無い』で「し」揃え。勢いで使用しています。へったくれは取るに足りないつまらない物。何故か案山子もへったくれ扱いらしいです。