ご面倒さんは向こうからやって来る上に大層押しが強い
結局のところ、ユーさんがどう思ってどうしたいのかなんて箱を開けてみなけりゃあ分からない訳で、残念ながら自分で何とかしないとと必死になっていた彼女の最後の気持ちを相談されたもんが居ないから予想出来る人も居ない。
でもま、誰しも常に最高な選択を出来るわけじゃあないし、あたしが用意したもんが役に立たない確率だって高い。締め切りが決まっている中で、あたしが納得出来る事をするだけだ。それに爺様や父様だって良かれと思う対策をしている筈。だから今、こうやって学園にも通わず準備時間を確保して貰えている。
「そういえば、婚約者候補から外れたのかい?爺様に頼んだけれど結果を聞いてなかったよ。キルさんなら知っているよね?」
「いえ、保留だそうです。とりあえず呼び出しなどしないのでゆっくり療養して欲しいとの事でした。ですので、お気を付けて行動なさって下さい」
「分かったよ。具合悪いのに施設にぴゃらぴゃら出掛けてる、なんてぇ事の無いようにする」
「大体、そんなに仕事をして稼いでどうするんだ?資産が必要なら閣下が幾らでも融通されるし、繋がりを隠したいのだとしても既にかなりの資産を持っているよな?」
「細工もんが好きなだけさね。で、するからにはきちんと認められたいから安売りはしない。誰かの為にじゃなくて自己満足だから」
「少しは仕事を休んで、エルトリアを楽しんでも良いのでは?」
「ああ、外国旅行と思って遊んでも良いんだぞ。閣下も無理していないかと心配しておられた」
おや、真面目なキルさんから休んでも良いと言われるとは意外だね。爺様も父様も『無理していないか?』とちょくちょく言われるけれど、別に無理はしていないんだけれどね。ユーさんに相談されなかった事を気にしすぎてないと良いね。戻って来た時に笑顔でお迎えしてあげて欲しい。
「あらあ、東さんでしたね。意外な所でお会い出来てびっくりです」
ふわふわの金髪、無駄にぱちぱちと瞬きする翡翠色の目。高直そうな桜色のワンピース。意外な所も何も、よっぽどお前さんが此処に居るのが意外だよ。
「メガイラ伯爵令嬢、この様な所でお会い出来るとは光栄です」
「ええー、そんなに畏まらなくても良いですよぉ。私は平民の方でも立派なお仕事をしている方は尊敬していますもん」
その言い草だと、お前さんが立派だと思わない仕事をしている平民の方は軽蔑しても良いって事になるけどね。ま、飛鳥の場合、御面相に難があるから余計だろうけれど。
実際、さっきからアザレさんは面と偽物の火傷痕をチラチラ窺っているし、気持ち悪いってな感じに眉を潜めたりしている。隠せない程の嫌悪感があるんなら、はなっから話しかけなけりゃあ良いのに。
「幾らで王都の治安が良くても、お一人だと危ないですよ」
「そう?小さな頃からこの辺りは歩き回っているけど、なーんにも危なく無いわよ。それとも家までキルハイトさんが送ってくれる?」
「申し訳ありません。本日は公爵閣下に東様のお手伝いをする様に言いつかっておりますので、宜しければ女性の傭兵の方に依頼します」
「結構よ。ね、それより東さん、ちょっと二人で話したい事があるの」
「私にはありませんので」
「えー、そんな意地悪言わないでよ。私は伯爵家の娘なのよ?言う事が聞けないなんて無いわよね?時間を頂戴、これは命令よ」
公爵家に押し掛けてくるのを何度も追い返したけど、どうせ大した用じゃ無いに違いない。アザレさんの中で知りたい、させたい、確認したいだけだろうさねぇ。
「メガイラ嬢、ご存知無いようですが東様は爵位をお持ちです」
「そうなの?「かい?」」
思わずアザレさんとハモっちまったよ。あたしの事なのにあたしが知らないとかどういうこった?
「東様は王妃殿下に王家公認技術師として勲爵士、騎士と同等の地位を受けられております。東様の作られたジュエリーが他国への贈り物とされ、大変喜ばれ国交に寄与したとして後見人であるユースティティア公爵閣下が代理で授与されていらっしゃいます。東様、新しい身分証明メダルを受け取られましたよね?」
「これかい?前のより大きくなって、落とすなって言われたから枠を手作りして組紐付けて腰にぶら下げてたら、おんなじ様な枠を作ってくれってな仕事が増えてありがたいやら面倒やら。デザインはシュッとしていて良いよね」
「メガイラ嬢は伯爵令嬢でいらっしゃいますが、東様はご本人が勲爵士でいらっしゃいますので上の立場となられますので、命令をなさるのは不敬となります」
あたし自身が知らない事を知っていて、アザレさんの我儘を止めてくれているルーストさんの言葉を確認したくて、『そうなのかい?』とキルさんに目顔で問えば、薄い微笑みで頷く。
やだねえ、知らないとこでお偉い地位をいただくなんざぁ、面倒でしょうがないよ。あたしが作ったもんが役に立つのは嬉しいけれど、真っ当な代金さえ頂ければ良いだけで、別にお偉くなる必要は無い。寧ろ制約が付く方が面倒だ。
「えー、ずるーい。私だってオルクスに協力してエルトリアを良くしてるのにー」
欲しけりゃ代わりにやるよ、と言いたい所だが流石にそうもいかないもんだ。名誉勲章なんてぇもんはその時々の匙加減なんだから、常びったりのオルクス坊ちゃんに頂戴って言ってみりゃあ良いんじゃあないかねぇ。ちっちゃなお子さんだって手ぇ出して『頂戴な』位言えるんだからさ。断られる事も結構あるけれど。
大体狡いってなんだよ、狡いって。ずるってのは能力不足を誤魔化して利益を得たり、他所様の手柄を横取りしたり、弱った所に漬け込んだりてtな時に使う言葉だよ。
あたしゃあずるはしないよ。真っ当正直な怠け者で通ってんだ。仕事の納期は守るし、頼まれた事は責任を持つよ。ただ、ちょいとばかり面倒くさがりで、運よく要領のいい人間に生まれついたから、手を抜けるとこは全力で抜く事にしているし、休める時はしっかり休む。やる時とやらない時の差をつけて、シャキシャキだらだら動いた方が効率が良いからね。
「酷いですぅ!それにオルクスを坊ちゃんなんて呼ぶのは失礼ですー」
ありゃ?
どうやら思った事をそのまんま口に出していたらしい。キルさんとルーストさんが実に味わい深い顔で『あーあ』と呟いている。いや、あーあっていう位なら途中で止めとくれよ。タバコ屋の御年九十歳自称初老の貴婦人伊織さんなら、途中でスパーンと煙管を打ち付けて『はいそこまで』ってやってくれるんだけどねぇ。で、そのたんびに雁首が飛んでって、連れ合いの勝士さんが治すってのが一連の流れだ。
商工会の爺様連には『シオンちゃんは立板に水で話すから、どっかで止めておくれ』って言われていたから、難しいのは分かるんだけどさ、いつも小姑みたいにもちゃもちゃ言ってくるキルさんならやれるはずだよ。
「すまないねえ。話す時は丁寧に話そうと思ってるんだけれど、あんまりにもお嬢ちゃんがおかしな事を言うからつい、思っている事が口っからでちまったよ。あたしの地元の言葉だから気にしないでおくれな」
「お、思うだけでも不敬なんですよっ!」
両の拳を顎の下でぐっと握り、頬をぷくりと膨らませるのは何かのおまじないかい?多分、可愛いと思ってやっているんだろうが、ちっちゃい子が無意識にやったんならいざ知らず、当年とって十五歳の西洋お姫様人形みたいなアザレさんがやっても寄席のイロモノにしか見えない。
それともあれかい?当年じゃなくて十年取ってかい?五歳のお嬢ちゃんが膨れたら可愛いよねぇ。
「今後気を付けますよぉ」
「メガイラ嬢、東様は未だエルトリアに慣れておられませんし、妃殿下より職人として成果を出し続ける限り、多少の文化の違いから生じる無礼は許されておられますので、余りキツくあたられませんようお願い致します」
今度王妃さんに改めてお礼を贈んないといけないね。あれだ、四季の花を彫った平打ち簪セットなんか喜ばれそうだよ。地金の硬さを自由自在に変えられる様になってからこっち、下準備の工程の手間が一気に減ったからね。数日手が空いている時にコチコチやれば仕上がるよ。
王妃さんは質実剛健って方向性だから、高直な地金じゃなくても喜んでもらえるし、バラして使っている中古の銀の燭台が未だ残っているからあれを細工して磨けば元手も掛からなくて一石二鳥だ。
「分かったわよ。じゃあ、ちょっとだけお話しして欲しいってお願いするわ」
「嫌だよ、面倒くさい」
「そんな事言わないで、ねえ。私ね、ウィスの秘密を知ってるんだから」
「お言葉の途中ですが、ウィスタリアお嬢様を愛称で呼ばれるのは止めていただけませんか?お嬢様はメガイラ嬢に愛称呼びをお許しになられてはいらっしゃいません」
「でもでも、レルだってウィスって呼ぶし、私がウィスって呼んでも文句言わないもん」
「レルヒエ様はお嬢様の兄君ですが、ユースティティア家の見解としては友人でも無い方に愛称呼びされるのは不本意でございます」
「えー、ウィスは同じ歳のお友達だもん」
「私はお嬢様の専属従者ですが、お嬢様はメガイラ嬢をご友人とは思っておられません」
「キル様は誤解してるんです」
「私はメガイラ嬢にキル様呼ばわりされる謂れはありません」
「キルハイト、東様も困っておられるから少し控えろ、な?」
「えー、じゃあじゃあ、私の事アザレかアズって呼んで良いですよ?そしたらお友達ですもん」
「落ち着け、キルハイト。な?」
揉めてるねぇ。キルさんの不満がちょっとばかり漏れ出しちまって、ルーストさんも困っているみたいだね。仕方無いねぇ。ここは一つ、話を聞いてとっとと追い返そう。
「良いよ、話を聞くよ。それで良いだろ?ルーストさん、キルさ、キルハイトさん、未だ少し時間に余裕があるし面倒な事は片付けっちまおうね。このお嬢さんは何度もしつっこくしつっこくして来た前科があるし、良いよ、とっとと話しな。言っておくけれどね、あたしゃあお前さんの事が好きじゃないし寧ろ嫌いなタイプになるから、元々悪い口がもっと悪くなっても我慢しとくれ。出来ないんなら御破産だ。今直ぐ帰っとくれ」
「え?え?え?何?何でそんな変な話し方なの?東さんってにほ、え?」
「ここで話すかい?それとも別なとこにするかい?多少時間があるって言っても、わざわざ話をしたいって言うメガイラさんの為に話したくもないあたしがお相手して差し上げましょうってんだから、手短に頼むよ」
何だい、変な話し方って。そりゃあ確かに下町言葉は廃れ気味だけれどさ、高座じゃあ普通に使われているし、衛星放送では時代劇の再放送がてんこ盛り。著作権の切れた有名どころの明治時代の捕物帳や怪談話や人情話なんかは、無料の電子図書館で読める。当然、使われているのは江戸言葉。それを聞いたり呼んだりして『変』ってぇ感想は出ない筈だし、他所様の言葉使いに変って思うのは勝手だが、口に出すのは失礼極まりないよ。
まあ、あたしがアザレさんに面と向かって『嫌いなタイプ』って言ったのも結構な失礼だけれども。
戸惑うアザレさんと不愉快を満面に押し出したキルさんとあたしを交互に宥めていたルーストさんが、食堂のお姉さんを捕まえて奥の打ち合わせ室を借りてくれたんで、アザレさんのお話しはそこで御拝聴させていただく事になった。
流石、大人の騎士は仕事が出来るねぇ。あたしだって、この傭兵組合にそんな場所があるって知っていたらちゃんと借りたよ。アザレさん支払いで。
◇◆少しあれな言葉説明◆◇
当年;今年。今。現在の歳(本来は満年齢・数え年)。
寄席のイロモノ;演芸場の講談と落語以外の演目。演者を書いためくりの前者が墨書きであるのに対して、後者は朱書き(朱墨)だった為。ヒロインキャラは『態とらしくお笑い芸でもやっているの?』と内心で揶揄している。
しっかた無い;仕方が無い。呆れたり面倒になった時の言い方。普段は通常の「仕方ない」でした。
高座;寄席の出演者が使う一段高い座席(舞台)。