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先立つものはとにかく現金だと思うんだよ

 傭兵ってのは期間限定の兵として戦うってなざっくりとしたイメージしか無かったんだけれども、その戦うってぇ仕事にはたくさんの種類があって、正規兵じゃなくても必要とされる仕事はいっぱいあるらしい。特に、山林の案内が出来るとか多種類の言語を使えるとか天気が読めるとかいったスペシャリストは大歓迎なんだとか。

 でもねえ、身元がしっかりしているんならともかく、正規兵ですら時間を掛けて信用を勝ち取ってまで紛れ込む間諜がいるんだから、重要な仕事を任せられるんだろうかねぇ。


 説明を聞いて首を傾げるあたしに『傭兵としての実績で信用度を上げるんだ』とか、『従軍経験の少ない傭兵には最重要な仕事はまわさない』とか、『通詞は各国の商品を扱う店や役人に顔合わせさせて様子見する』なんていう事を色々と説明してくるキルさん。完全にエスパーとして覚醒したんじゃあないか。もしそうだったら、あたしの秘密(しみつ)が色々とバレるから困るね。

 チャラチャラした寝巻きが苦手だからくたくたの浴衣を仕立てて着て寝ているとか、部屋でうどん粉を捏ねてすいとんを作って食べているとか、風呂で狂歌を唸るとか、雑草をかき分けて七草を探すとか……。


 残念ながら昼食のスプーンは曲げてくれなそうだし、キルさんエスパー疑惑はほっぽらかして食堂の定食をいただく。パンとミネストローネみたいなのとザワークラウト。味が濃いのは肉体労働系の客が多いからだろうか。ユーさん家で出るおしゃれなデザートとは逆方向のメニューが並んでいる。

 ここではあたしの顔をチラチラ見る輩はいるものの、あんまり嫌悪感を感じない。傷痕のあるお客さんも結構いるってだけでなく、向かいにルーストさんも居るし、隣には綺麗な顔をしているものの表情がキッツイキルさんも座っているから、これで絡んでくるやつはかなりの心臓の持ち主だよねぇ。


「東さんは陽の食事にこだわりは無いのですか?」

「へ?」


 食事は全ての資本なのでルーストさんにスープのおかわりを要求したら、気が利く事にクリームシチューを持って来てくれたのでありがたくいただいていた所、キルさんにぽそりと質問された。

 ちょうど口に入れた所なので、もぐもぐごくんしてから回答する事にする。口に何か入っている状態で話しなんぞしたら、爺さん婆さん集団に次々と説教を喰らうからね。


「そりゃあ白米は好きだけれど、ある程度以上の味なら文句は言わないよ?朝昼晩、三食きちんと食べられるのはありがたい事だからね」

「もしかして食事で苦労されたのですか?」

「いや、全然。しっかり量のある三食おやつ付きの生活だったよ。それに忙しい時はバナナと固形やゼリー食品とサプリメントで済ましてたし、面倒になったら茹でたスパゲティをソース無しで食べてもいたから、栄養さえとれりゃあどうでも良いってぇ時と、美味しいもんをわざわざ食べるってぇ時があって、普段の食事にあれこれ言う気は無いだけさね。エルトニアで陽の食事を取るとなると、どうしても高直になるからね。米味噌醤油は買えているから、時々部屋で米炊いたり雑炊作ったりしてるからそれで十分だよ」

「知らない食品の名前も出ましたが、エルトリアには無いので聞きませんけれど、その後の調理の話でわかった事があります。偶に変な香りがしたていたのはそのせいだったのですね」

「拙かったかい?」

「余り宜しくありません。お嬢様の部屋ですから」

「今は作業所だけでやってるから、既にほら、なんて言うのかい、ええと時効ってやつだ」

「近々陽食のレストランを手配します」

「良いよ、勿体無い。どうしても食べたくなったら言うから気にしないでおくれな」


 それはそうと、和食にあたる陽のレストランが洋食と同じ音とは()如何(いか)に。


 傭兵の仕事の中で、通詞ならユーさんにも出来そうだよね。軍閥の公爵家の娘として、高位貴族令嬢として、勉強熱心なユーさんは小さい頃から色々な国の言葉を学習習得して来ている。エルトリアに接している国だけでなく、大陸全土の国語の最低限の会話と読み書きを習得しているのは凄い。日本だったらマルチリンガルと呼ばれるあれだ。

 商工会の連中なんぞ『紫苑ちゃんは若いんだから、外国の言葉をいっぱい覚えられるよね?紫音ちゃんが覚えたら外国の人にもっとお土産を買って貰えるよね』ととんでも無い事を言って盛り上がっていたっけ。無理だよ。

 指物師(さしものし)の隠居の徳治さんが『台湾生まれだから台湾語なら話せる』とか言ってたけれど、その後帰国までの道といったヘビーな話を聞かされた。内容も重かったけれど、お年を召してらっしゃる徳治さんの行ったり来たり前後を忘れて延々続く小粋なトークが……。


「ユーさんが帰って来たら通詞、通訳として働けるね。人間関係が嫌なら国外に出たって良いし。今日、あたしが預けたお金も国外でも出し入れ出来るんだから、この後も貯金を続けていけばそれなりの生活基盤を築けるよね」


 ぐっと声を落として思った事を言えば、難しそうに眉間に皺を寄せるお二人さん。

 ガヤガヤと騒がしい食堂で、あたしの考えを話しておきたい。


「閣下の目の届かない所に行くのは無理じゃないか?」

「普段の生活も使用人を多く使っておられましたし」

「いやでもね、あっちで六年育つって事は、五歳、幼稚園か保育園の年長さんまで成長するんだよね。って、幼稚園を知らないか。あれだ、幼児教育機関ってやつで、幼稚園なら三歳から保育園なら0歳から入れて、生活のあれこれや身辺自立やちょっとした勉強をする場所だよ。六歳になると小学校って言う子供だけで通学する学校に全員入学する事になっているから、それに向けての準備もするんだ。だから五歳まで成長していれば、ドレスは無理だけれど普段着なら自分で脱ぎ着出来るし、簡単なお使いも出来る。第一、元来賢いユーさんが十六歳の記憶を持ってあっちに行ってるんだから、精神的には二十二年の人生経験を持って帰って来るんだよ?で、体は十八歳なんだから護衛してくれる人さえいれば何とかなるさね。護衛だって希望者が殺到するだろうし、あのすっとこどっこいなぞろっぺぇ連と離れて明るい未来が待ってるよ」

「我が国の貴族令嬢も幼少教育を受けているが、十八歳で自立は難しいと思うぞ」

「だから、本物の十八歳じゃないって言ってるじゃないか」

「純粋なお嬢様には難しいかと」

「女神さんにも守られてるんだろ?あたしにゃあ冷たい女神さんも、ユーさんには優しいから何とでもなるよぉ」


 どうやらあたしの考えている自立の道はお二人さんからすると難しいもんらしい。でもさ、ユーさんは頭も切れるし真面目だし能力も高いんだよ。で、あたしが用意したお金と事前施設の運営権があれば、それをきちんと運用出来る筈だ。

 キルさんとエピさんは何があってもついていってくれるだろうし、爺様と父様が信用している部下の人達も傍に居てくれる。だから戻って来た後のサポートは万全だと思うんだよ。出来ればレルのお兄さんも元の妹思いのお兄さんに戻って欲しいけれども、これは残り時間でやれるだけやってみるしか無いよね。


 女神さんが冷たいと言ったのが悪かったのか、お二人さんがちょっと悲しそうな顔をしている。すまないねえ、こっちでは守護神でもあたしからすりゃあ、誘拐されて十二歳のお子様の代役をおっつけて来た謎の神さんなんでね。

 考えてみりゃあ、あれだね、日本の神様はそこにいらっしゃるってだけでも意味があって、こっちにお願いがある時にお邪魔して願いたい放題願うってので良いんだから気楽なのかも知れないねぇ。

◇◆少しあれな言葉説明◆◇


通詞;通訳、通訳する事。通事、通辞、通弁とも。江戸時代の役人でポルトガル語、オランダ語、中国語、ロシア語、英語などを通訳する。

うどん粉;小麦粉。

狂歌;社会風刺や滑稽を盛り込んだ短歌。個人的には『貧乏をしても下谷の長者町 上野の鐘の唸るのを聞く』が好きです。

指物師;釘を使わず、木を組み合わせて家具等を作る職人。京指物、江戸指物が伝統工芸として有名。

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