表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/85

隠し財産なんてぇのは余程上手く隠さないと発覚する

 今日は楽しいお出掛け、と言いたい所だけれど、あたし一人じゃあよく分からない商売の話をするってぇ事で、東飛鳥として一緒に出掛けた事のないキルさんと並んで歩っている。普段護衛をしてくれるルーストさんは、何もなけりゃあ距離をとって見守ってくれているので、基本一人で好き勝手やって帰ると言うのが飛鳥スタイル。隣にずっと人がいるってのはなかなか新鮮だ。


 新鮮だけれど、小姑っぽくあれこれ言ってくるのが面倒で、それをこっちが受け流してそれが新しい苦情につながると言う悪循環。相性が良くないのかねぇ。しかも、繊細なキルさんが『ここまで言ったら気を悪くするかも知れないけれど、それで困られるのも申し訳ないから言わなくては』と律儀な気持ちを見え隠れさせながら言うもんだから、胃でも悪くするんじゃぁないかとちょっとだけ心配にもなる。

 学生のお坊ちゃんを苦労させるのも悪いけれど、あたしの気質を変えるってのも無理な話なので、そこは出来る限り大人の配慮をしてあげられたらな、と思わないでも無いでも無いでも無いでも無く。年下との付き合い経験がほぼ無かったからねぇ……。


 飛鳥として一人で街を彷徨き出した当初は、見た目のせいで結構な頻度で絡まれたけれど、逆にそれだけ一気に目立ったせいで『見た目不気味な東国人が定期的に毛色の変わった店を出す』と認識されるのも早く、トラブルを嫌った自警団が露天を出すスペースを管理している組合に聞き込みをして飛鳥がユースティティア家預かりの職人だから安心となっていたんだよね、あたしの知らない所で。

 だもんで、今絡んでくるのは、儲けている事に対する嫌がらせだったり、汚い御面相が感染るとかいう迷信じみた考えを持っている人やらがぼちぼちと言った所で、適当にあしらって居なくなってくれれば良し、危ない様ならどこからともなくルーストさん達の石礫が飛んで来たり、それでもダメならあっという間に相手が攫われると言うおっそろしい仕様になっている。

 流石にあたしも人攫いは容認出来ないと抗議したんだが、ちゃんと怪我をしない様に自警団の事務所までエスコートしていると自信満々に言うルーストさん達日替わり見張隊の皆さんの態度に、思わず『そうでございますか。それならようござんした』と頓狂な返事を返してしまって、大笑いされたのがちょっと悔しい。

 因みに、連れ去られた相手は自警団の事務所で『気に入らない相手だと言うのは分かるけれど、あれは貴族に気に入られた職人だから手を出した方が咎められる』と言い含められるだけで、酷い目に遭うわけじゃ無いから安心してくれとの事。その酷い目の基準が、ちょいとばかり気にはなるんだけれど、そこはそれ郷に入れば郷に従えって言うし、あたしの酷い取り調べのイメージとユーさんの記憶の酷い取り調べのイメージに若干差があるというか、結構差があるのを気にしてはいけないんだろうね。


 本日のお出掛けの目的は『東飛鳥の財産を信託する事』だ。ユーさん名義の財産をあれこれ動かすと、公爵家という柵と制約がかかってしまう。現在、慈善事業は公爵家の財産とウィスタリアの個人財産で運営しているけれど、各施設での軽作業や職人見習い育成で大分支出も抑えられる様になった。じゃあ、その浮いた分を他に回すってのは簡単にはいかないんだそうで。

 慈善事業への寄付や、赤字運営の活動は公爵令嬢として相応しいけれど、所謂商売で儲けるのは下世話なんだそうで。ユーさんの記憶を浚っても、公爵や侯爵家の令嬢は商売に関わらないのが普通であり、伯爵家ならギリギリ。勿論、家業や領地の関係で商売に携わる伯爵家以下の令嬢が商売に対して素晴らしい手腕を振るう事は良い事という面倒なルールが出て来るので、それを破って帰ってきたユーさんに迷惑を掛けるのは嫌だ。


 こうやって留守を預かる身としては、あの青春王子さんがとち狂って死刑なんてぇイカレタ強権を振りかざしてきた場合に、自由に使える財産を確保しておいて最悪国外逃亡にも対応可能にしておきたい。

 例え異世界でも、国が保証する通貨が存在する世界なら先立つものは結局お(あし)さね。後は、目立たない服とか鞄とか、それを保管しておく場所とか。あたしとしてはユーさんに渡すだけなら箪笥預金で良いと思って、チェストの中にちまちま溜め込んでいたんだけれど、ハウスメイドさん達が掃除をしている時に『服が入っている筈なのに異様に重い、しかも本来の鍵穴がついている部分に見た事も無い飾りがついている』と爺様達に報告がいって侵入者に危険物を仕込まれた、ってな疑惑を持たれた挙句、厳重警戒での本体への物理的破壊攻撃で開封をされて『もう少し保管方法を考えるように』と説教を受けた。

 確かに、使用人の皆さんが出入りして色々なお仕事をしてくれている部屋に、怪しい物体を置くのは間違っているのでそこは反省した。反省したけれど、見た事も無い飾りと言われた部分は職人仲間に教えて貰った寄木細工で、あっち押しこっち引っ張りと正しい手順を踏まないと開かない代物をグネグネ金属能力で再現して鍵穴部分をカバーするみたいに貼り付けたのは、自慢出来る事だと思うんだよねぇ。

 実際、爺様に自慢しまくって、軍の大切なもんを入れる鍵カバーとしても使えると感心された。問題は、あたしが知っている寄木細工のからくりパターンが三つしか無い事と、自分でオリジナルの細工を考える事が出来ないって事だ。まあ、爺様が使いたいってぇとこに幾つか設置する程度しか出来ないだろうけれど、必要だってとこを指示して貰えれば動くのが職人だから難しい事は考えなくても良いさね。


 でだ、東飛鳥の名義で投資信託する。そうすると証書が貰えるから、飛鳥の名前を書いて印璽を押せばそれを持っている人が発行元に行けば払い出しやらなんやらが出来るらしい。で、その印璽ってやつを事前に役所に登録しないといけない。そりゃそうだ。証書を盗まれて勝手に印璽を登録されてしまえば、第三者に払い出しされても文句は言えない。日本の実印と同じ意味を持つ印璽は、日本と同じく印鑑登録ならぬ印璽登録で公式な書類に対して本人確認になるってこった。

 印璽はハンコみたいなシーリングスタンプ型と指輪型のシグネットリングがあって、本人確認の為の大切な物だから作成を請け負う店も信用のおける老舗が多いとの事。デザインも作った後は破棄しないと偽造出来るし、もしトラブルがあれば店も弁償する責任があるという不文律もあるんだと。


「我ながら可愛いと思うんだよねぇ。桜と朝顔に川の流れを入れて、チェーンやピンも通せる様な指輪に仕上げるとか、我ながら素晴らしい仕上がりだよぉ」

「自画自賛も結構ですが、調子に乗って落とさない様にして下さいね」

「大丈夫だよぉ。あたしゃあ二十な、じゃなくて、二十歳のお姉さんだからね、歳下の学生さんに落としもんの心配をされるのはいただけないよ」

「例え歳上だとしても、年齢を数え間違える方を心配するのは当然ですよね」

「いや、それはほら、大人の事情があるからというか、何というか。兎に角、役所だって一人で行けるよぉ。分からない事があったら、ちゃーんとお役人さんに聞けるし、目も耳も口も達者な大人のお姉さんなんだからさ」

「東さんのエルトリアに対しての知識は偏っていますから、先手を打ってトラブルを未然に防げる手段を取るべきですよね」


 冷静沈着、余り表情を崩さないキルさんが、珍しくにっこりと笑った。これはあれだ、何があってもあたしを監視してやるってぇ心意気が表に出ているやつだ。笑顔でありつつも、山葵色の目ん玉はじっとりとあたしを睥睨していらっしゃる。若いんだから、もっとこう明朗闊達にしていた方が、気楽だしモテると思うんだけれど、それはあたしの勝手な考えでキルさんからすれば大きなお世話でしかないし、人様に迷惑を掛けなければ個人の自由は最大限に守られるべきだよね。

 いずれにしても、助けて貰えるんなら手間も減るしありがたい。あたしの身体はあたし自身のもんじゃあないから、みんなの心配もよく分かる。ただ、今までずっと自分の事は自分で、って考えてやってきたから、ちょっとなんかモヤモヤする。これはあたしの都合だから、好意は素直に感謝したいんだけど、そう出来ないのもモヤモヤするんだよねぇ。


「余り難しく考える必要は無いと思いますよ。東さんは妃殿下のお気に入りの職人ですし、公爵家の庇護を受けていらっしゃいますし、あれこれ考えても大して良い案は出ないかと」

「バカの考え休むに似たり、とでも?そうやって生意気な事ばっかり言っていると、耳から手ぇ突っ込んで、ぱくぱく人形にしてやるよぉ」


 指輪をはめている左手を顔の横にあげて、ハンドパペットみたいに手をぱくぱくさせる。『何ですかそれ?』と自然な笑顔に変わったキルさんの年相応な表情がなんかちょっと嬉しい。やっぱり人間、素直な笑顔が一番だよ。

 そうだ、ぱくぱく人形の製作も子供達の新しい仕事に出来そうだね。エルトリアの人形劇は貴族の女子供向けの立派なやつばかりだけれど、ハンドパペットを作って人気のある子供向けの物語や、慈善院のお年寄り向けの物語をやったら需要も見込める筈。演目に合わせて豪華な布で作ってビーズをつけても良いし、紙でざっくり作っても良い。人形製作は小物製作班にやって貰って、あたしが知っている御伽噺を西洋風にアレンジして上演すれば脚本家に払うお金も要らない。つまりこれは!


「儲かる……」

「東さんはもう少しお金に拘らない方が良いかと」


 ううう、確かに、守銭奴っぽく思われるのは嫌だねぇ。どうしてもわかりやすい結果を考えるとそっちにいっちまうのは良くないよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ