出来ないのなら出来るようにして差し上げます
「レルヒエ、王孫殿下にきちんと説明していないのであれば、お前の責任だ。東殿は王妃殿下の御用職人として身分証明をいただいている。生国を捨てた訳ではないからエルトリア国籍は取得していないが、この国で好きな物を好きな様に作る権利を持っているから、無理を言ってはいけないのだよ」
「ですが父上、その女はたかが平民の職人ではありませんか。オルクス殿下の命を断るなどあってはなりません」
「殿下、こちらの部屋に入りました時に聞こえたのですが、東は妃殿下の許可証が必要という事を言っていた様ですが間違いありませんか?」
「そうだ、小公爵。お祖母様がそいつに作らせたブローチの複製を作れと言ったら、生意気にも許可がいると言ったのだ。王孫である私の命令に従わないとは不敬であろう」
「お言葉ですが、妃殿下より数とデザインを指定されて作った物ですから、許可無しに複製する事は出来ません。ですから、東に作らせるのは諦めていただければと思います。どうしても同じ物が欲しいと思し召されるのであれば、少々乱暴な方法ではありますが、この東が作った物を事情を知らない職人に複製させれば宜しいのではないでしょうか」
「出来ぬのだ」
「出来ないとは、如何様な理由でございましょうか?」
「既に多くの職人に見せた!しかし、この細い細工部分が出来ないと言われたのだ。そいつしか作れないのだ!」
さっきからそいつそいつと煩いねえ。その上、そのたんびに指でさして来るのも気に食わない。他所様を指さすなってのは、礼儀の基本だよ。幾ら王子さんが偉いからおかしくないとしても、あたしの常識からすりゃあ気に食わない。
にしても、ほっそい部分が作れないとはね。せっかく貰った金属を好きな硬さに出来る能力をフル活用して、グングン伸ばして伸ばして、伸びろや伸びろ、天まで伸びろってな具合に細く細ーく伸ばした部分が再現出来なかったんだねぇ。調子に乗って糸みたいにして、ついでに絡めたりして大変楽しく加工したね、あたしゃあ。
元々細く長くする金属加工そのものの難易度が高い上に、エルトリアのアクセサリーは型を作って溶かした地金を流し込んで大きな形を作ってから、細かい細工をしていくのが主流の様で、これはユーさんの持ち物もそうだし、店売りしているのもそうだ。まあ、そりゃあそうだよ、あたしだって金属グネグネの力を持っていなかったら他の職人が作れない程のほっそい部分なんぞ作れない。型は使わずとも、大きさを合わせた大元をタガネで彫ったり、細かいとこをロウ付けしたりして完成させる。
女神さんからグネグネの力も貰えたのもあって、こっちの職人さんも便利な魔法を使って金属を限界まで細く出来ると思っていたけれど、無理だったのかい。へー、ほー、ふーん。店で見かけないのは、作るのに魔法を使っても手間と時間が掛かる上に、流行っていないからだと思っていたよ。
ジリジリと父様の後に移動完了出来たので、一安心してぞろっぺぇ連を見れば、状況が芳しくないのはご理解いただけたらしく、何やら気難しい顔をなさっておられる。唯一、表情が豊かなアザレさんははっきりとあたしを睨んでいるけれど、手間に父様が居るのでその鋭い視線は父様の渋マッチョボディに遮られて、これっぱかりの攻撃にもなっていない。
それにしても、急に来られるのは困るねぇ。今日は子供達が来ていたから顔に偽物火傷痕をはっつけて作業していたけれど、普段一人で作業する時はちょいとばかり視界が悪くなるんで偽装していない。部屋の鍵は掛けているものの、こんだけ大騒ぎして尊大な態度をとる連中だから、そりゃもうお気軽に扉ぁ蹴破るくらいの事はしそうだし。
そうなったら、見た目ウィスタリア中身職人のあたしと面ぁ付き合わせて『おこんにちは。本日は良いお天気様でございます』てなもんだ。そうなったらそうなったで『弟子入りしましたの』とでも言って誤魔化そうとするだろうけれど、つかなくて良い嘘はつくなって死んだ婆様も言っていたし、流石に無理がありすぎて信じて貰える気がしない。ま、ユーさんの中身がお出かけ中って方が理解の範疇外だとも思うけれどもさ。
つらつらとあたしが色々考えているうちに、父様が王子さんを『王妃さんの許可が無いとダメだから』という事を、様々な言い方で何度も伝えて、顔も声音も全く納得していないながらも『わかった』という言葉を引き出す事に成功した。凄いね、流石、ユースティティア家の交渉の主担当。父様が主担当なら爺様が副担当。で、二人とも武闘派主担当も兼ねている、というより、率いている王国軍そのものが武闘派に決まっているよよねぇ。
情報合戦メインで戦えるのは近代兵器のその先、コンピューターであれこれ出来る様になってからだ。あたしはあんまり得意じゃ無いけれど、商店街の年齢層が高いので、パソコン作業担当にされている。池袋の大型書店をぐるぐるまわって買った入門書を見ながらぽちぽちキーボードを叩く程度しか出来ないのに、やれスクリーンに映し出せだの、それインターネットとやらで店内BGM用の音楽を買ってくれだの、やたらと要求が高いので『やりたい事があるやつが、やれぇ!』と教本を投げつけると見せかけて押し付けて、優しい婆様軍団にパソコン作業を今後とも宜しくと高直な団子詰め合わせをいただき、結局婆様連曰く女子会としてそのまま皆んなで美味しくいただいた。平均年齢が喜寿を過ぎていても、女子会と言って良いのか分からないが、婆様方を怒らせるのは愚の骨頂なので女子会って事で一つ。
でまあ、このまま帰っていただいたとして、黙っている可能性は低い。飛鳥が屋敷を出た所を狙ってちょっかいを出されるんじゃないかねぇ。だったらこちらも譲歩しようじゃあないか。
ぞろっぺぇ連は扉が壊れっちまう位の勢いで帰って行った後、父様の見ている前で金属の糸を作って絡めたもんを複数作り上げる。更にこれに円弧をつけたりして本体につけるんだが、細くして絡めただけで真っ直ぐの部品だ。
「これをレルさんに渡してくれませんかね?あの調子だと作るまで煩そうなんで、出来ないって部分さえあれば後はくっつけるだけなんで、腕の良い職人さんが複製してくれる筈です。あたしは対価を貰って仕事をしているんで、自分の技術に対して謙遜する様な事があっちゃあいけないと思いっているんですよ。勿論、お客さんの期待に応える努力も、もっと技量を上げる為に情報や手先の訓練もしてますけどね、やっぱり先人の技術の素晴らしさを見る度にまだまだって思うんですよね」
「そうですか。どんな役目も仕事も日々の積み重ねは大事ですからね」
「何がどうあっても、やっぱり努力を積み重ねた時間には追いつけないんですよ。あたしが研鑽を続けてその歳になれば、後はその人とあたしの素養と天性の勝負になりますけど、年上の相手は更に時間を重ねてって先に居るんですよ」
「それとこの細工がどうつながるのかな?」
「未だにあたしは魔法ってもんに納得がいかなくて、ユーさんの魔法の力を持ち腐れ状態にしてるんで、技術と魔法を合わせて細工するってのが出来ません。女神の力がなけりゃあ出来ない細工もいっぱいありますけれどね、それは置いておいて、エルトリアのアクセサリー職人さん方の作るもんをたくさん見て来て、今は出来なくても早晩必ず作れる様になるでしょうねぇ。なもんで、それを今渡しても問題無いと思いますよ」
「であれば、不肖の息子を含む、煩い者達を黙らせる為に先渡ししても良いと」
「王子さんもひっくるめて煩いってぇのは不敬なんじゃあ無いですか?」
「ここには事情を知る者しかいないからね。ウィスを軽んじる様な連中なのだから、他に迷惑が掛からないのであれば陰口の一つや二つ、いや、幾らでも出て来るよ。今更だけれど、私がもっとウィスに心配りしていたら「ストップです」」
一瞬にして悲しい顔になった父様の目の前で、人差し指を立てて横に振る。
「帰って来たら幾らでも甘やかしてあげると良いんですよ。そうやって落ち込むたんびに何回でも言ってあげますからね。ユーさんは父様が大好きなんです。敬愛して、尊敬して、愛しているんです。そこを疑う様な事を言っちゃあいけません。悪い事を何度も言ってると、心が荒んじまいますよぉ。あたしゃあ親との縁が薄いんで、『大きくなったらお父様と結婚する』ってサラッと言える娘さんは本当に羨ましいんですよ。ですんで、反省はここまでで」
「ははは、シオンには敵わないな。もしシオンが実体を持ったエルトリアの住人で、私の目の前に現れたのであれば再婚を願い出ていただろうね。勿論、初婚となるシオンに対して子持ちの再婚ともなると失礼であるのは重々承知の上での戯言だと流してくれるよね」
「可愛い愛娘の顔見てそういう冗談を言えるのは凄いと思いますけどね、こっちの好意をぽんぽん口に出すやり方にゃあ慣れてないんで勘弁しておくんなさいな」
全く、油断も隙も無いよ。この国の人達はご挨拶程度の会話でも好き好き言うんだから。私の勝手なイメージからするとイタリア風だ。前にイタリアに行った時『美しい女性に声を掛けないのは失礼だ』ってな事を店の小父さんが言って、そっからの流れで『イタリアには何をしに来たんだい?観光には見えないけれど、良かったらこの後お茶でもどうかな、可愛い東洋のお嬢さん』って繋がったのにはビックリしたよ。デザインの勉強で忙しいのでって断ったら、嫌な顔一つせずにケロッとして『日本は綺麗なお嬢さんが職人をしているんだね』なんて言いながらお勧めの美術館を教えてくれたっけね。
で、あれだよ、恋人同士がキャッキャウフフを多く見かけたのはフランスだったよぉ。こっちも映画とかのイメージがあったから余計そう感じたのかも知れないけれど、少なくともあたしの周囲にはいないタイプが山盛りだったね。美術館でも展示を見に来てんだか、それをダシにその後の二人で贈り合う記念品の話しに来てんだから分からないカップルも多かった気がするよ。
「オルクス殿下がこれを使ってブローチを作った場合、確実に問題になる事は分かっているんだよね。と言っても、私もこれが一番良い方法だと思うよ。彼らは諦めないだろうし、それが自分達にどの様な結果を齎すのかもう少し考えるべきだ。ウィスの事もそうだったけれど、私はレルヒエにも気を配るべきだし、ユースティティア家に対しての問題は私が収拾するから好きな様に動きなさい。但し、やる前の報告だけは欠かさないでね」
「それはもうお約束しますよ。別にあたしゃあ状況を引っ掻きまわしたい訳じゃあないんだから」
「うんうん、大変だけれど宜しくね。この飾りについては、殿下に声を掛けられて作成を断った知り合いの工房にまわそう」
「ありゃ、坊ちゃん達はこっちに動きが筒抜けな職人さんを使ってるんですか?」
「王室御用達の工房に頼んだら王妃殿下に筒抜けになるから、彼らの個人的に知っている工房を順にあたったんだよ。だからレルヒエが知っている、我が家と取引のある工房も声を掛けられて断っているんだ。シオンもこっちの技術が知りたいと見学に行って、仲良くなった親方だから安心して任せられるだろう?」
「腕さえあれば性格が捻じ曲がっていても尊敬しますけれどね、あたしゃあ」
「依頼を断ったという前提があるのだから、気になってその部分だけを我が家経由で手に入れてもおかしくないだろう。実際、細かいパーツの多い宝飾品は各部分の得意な工房で受け持って、最後に一番優秀な工房が組み上げる事が多い位だからね。そんなにブローチが欲しいのなら手に入れて貰おうじゃないか」
もしかして父様静かにお怒りって感じかい?目付きが剣呑だよ。